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旅の車窓から

シンガポール

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赤道直下のシンガポールへ

シンガポールはマレー半島の先端、 ほぼ赤道直下の北緯1度に位置し、主島シンガポールとその周辺の50以上の島々から構成されています。シンガポール島は、淡路島ほどの広さで、以前から北部ジョホール海峡ゴーズウエー(長堤)でマレーシアとつながっています。下の地図にはまだありませんが、90年代には島の西部にもう1本も連絡橋を架設しています。

シンガポールの人口は350万人、多民族国家で、中国系が77%、マレー系が14%、インド系が7%などとなっています。公用語は、英語、中国語、マレー語、タミール語4つの言語で、街中では英語がよく通じます。

シンガポールを訪れたのは、1988年のことです。4泊5日で、エアーとホテル、それに半日の市内観光がセットになったパックツアーで、当時としては最も安い10万円。これからシンガポールに行こうという方の役には立ちませんが、ちょっと古いシンガポールをご覧いただければと思います。

※ 3ページの末尾にそれぞれリンク先を設けました。詳しく知りたい方はご利用ください。


シンガポールのMRT

公共交通機関をバスに頼っていたシンガポールにMRT(Mass Rapid Transit)が開通したのが、1987年のことです。

都心部は地下を、郊外に出ると高架線を走ります。 トンネル、高架橋から電気設備、車両まで、その建設には多くの日本企業が関わっています。もう10年以上以前になるかもしれませんが、日本で放送された明電舎のテレビコマーシャルに、シンガポールのMRTが登場していたことを覚えていらっしゃる方もおられるのではないでしょうか。 

当時のMRT南北線の北の終点Yishun MRTの車内 幅が広く掴み棒が目立つ

開通から1年後の1988年末段階では、MRTの路線はまだ1本だけ。現在の南北線のYishunから都心部のCity HallやRaffles Placeを経て、東西線のLakesideまで(だったと思います)、1本の路線として直通運転が行われていました。 最近では、日本の地下鉄の駅にも番号を付けるようになりましたが、シンガポールでは開通当初からYishunはN12、Raffles PlaceはC1、LakesideはW11などと、番号がついていて外国人にも大変わかりやすい ものでした(その後の新路線の開通で、番号はそれぞれNS13、EW14・NS26、EW26と路線名を冠したものに変更されているようです)。

券売機は日本と同じお金を入れてから金額ボタンを押す方式で、シンガポール以外の外国では見たことがありません。 出てくる切符は、国鉄のオレンジカードのようなプラスチックで、直接自動改札機に通します。まだ日本のJRではイオカードが出現する前だったので、大変珍しく感じました。 駅に設けられたエスカレーターの運転速度が速く、慣れるととても気持ちよく感じます。

郊外のMRT駅前のバスターミナル 洗濯物が突き出る公団住宅

郊外のMRTの駅の周辺には、公団住宅が林立し、各戸の窓からまっすぐ旗のように直角に突き出た物干し竿が、何ともユーモラスな風景です。赤道直下のシンガポールの団地は、室内に朝日や西日が入らないようにでしょうか、南向きまたは北向きになるように建てられています。地震がないのでしょう、高層団地のを支える柱が細く、日本人には不安に感じます。

現在の、シンガポールのMRTの路全図は、こちらをご覧ください。 最近では、LRTと呼ばれる無人運転の線路上を走る新交通システムが接続している、MRTの駅もあるそうです。

 


庶民の足となるバス

それでは、当時のMRTに乗ってシンガポール島の北のYishunから南へ、都心部を経て西のLakesideまでご案内しましょう。MRTは都心部では地下に潜ります。

クリスマスの飾り付けがされた市街地 SBSの英国製二階建てバス この頃は冷房はない

MRTをオーチャードで降りて地上に出た広い通りが、東西に走るオーチャード通り。かつては果樹園があったことからその名が付いたといわれるシンガポールのメインストリート です。ホテルや日系を含むデパート、ショッピングモール等が軒を連ね、世界各国からの観光客が行き交います。

バスも多くの系統が通っていますが、オーチャード通りは一方通行のため、同じ系統でも行きと帰りで通る道が異なり注意が必要です。

ベンツのマークを付けたちょっと古いバス オーチャード通り TIBSのバスは日本製 日野の当時の新車も冷房なし窓全開

シンガポール最王手のバス会社はSBS。赤と白の車体で、ロンドンと同じ英国製の二階建てバスを走らせていました。MRTは冷房完備ですが、他社も含め、常夏のシンガポールで当時の路線バスは冷房無し、窓は全開です。もう、今ではそんな車両は残っていないでしょうね。

 


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