壱岐はその力量を発揮し、近畿商事の受注へと結びつける。
そんな中、ともに薦めた防衛庁の陸大同期の川又空将補を汚職の疑惑に巻き込み、自殺(実際は事故死と扱われる)という事態に追い込んでしまい、壱岐は憂慮し辞表を提出するが受理されず、次の仕事へと。
自動車会社再編: 自動車業界の生残りをかけた再編問題で、近畿商事は千代田自動車(いすず自動車)とフォーク(フォード)の合併を画策し、交渉に入るが、副社長に昇進した里井との確執がだんだん激化し、壱岐は手を引くことになる。最終的にはフォードは鮫島の仕切る東京商事(日商岩井)と組んで東和自動車(マツダ)と合弁会社をつくることとなり、壱岐は交渉に当たった千代田の幹部と更なる合併を模索することで思いを共にする。(後にGMといすずの提携へと発展)
そんな中、妻を交通事故で亡くした壱岐はやがて秋津中将の娘千里と思いを募らせやがて深い関係となってゆく。
イラン石油開発: 最初は石油公団主催のグループに入るべく画策をするが、財閥系商社と政府・官僚筋に軽んじられ、独自の応札に米・オリオン社と組んで打って出て、種々の工作を経て一番応札で石油開発の権利を獲得する。
その後石油公団の支援を受けて油井を試掘してゆくが石油はなかなか出ず窮地にいたるが、最後と決めてかかった油井で油が噴出す。また千代田自動車とGMの提携を実現にこぎつけ、契約を交わすことに。
これを気に社長の大門に勇退を進言し、自らも近畿商事を退社する。そして急死した谷川元大佐を引き継いで朔風会に専念することに。そして手始めとしてソ連への墓参に旅立つ。
寸評: 第二次大戦で大本営参謀であった一人の男が、シベリア抑留からの帰還後、商社マンに転身し、中心的な役割をもって係わっていったことをシリーズとして描いており、実在の人物をモデルに小説化してはいますが、物語そのものは現実を再現しているかのようでありますし、当時の背景がよくわかります。
シベリア章では、抑留者よりの抑留体験を通して、過酷で非人道的なソ連当事者の扱いや取調べでの状況を聞き出し、壱岐正に凝縮させて告発しているかのようです。
次期戦闘機の買付では、記憶にありますようにロッキード事件(田中首相が逮捕される)はこの小説が発刊されて2年後に正に現実として起こっています。
自動車会社の再編では、フォードとマツダ、GMといすずの提携を暗に語っていて、これには計り知れない利権と工作があったことが想像されています。
また日本の石油戦略においても、三菱、三井財閥グループに伊藤忠が割って入ってイランの石油利権を奪取する物語ですが、国家戦略としての石油が、政財界と官僚の醜い争いに、作者も目を覆いたくなるような思いになり描いてみようとしたのではないでしょうか。
実在の瀬島龍三氏は2007年に95歳で亡くなりましたが、二次大戦中、軍部の中枢にいて、参謀としてよく知る立場の人が、戦争への道筋やソ連との交渉でどういうことが話し合われたのか全然語っていません。語る責任、史実を残しておく責任があったのではないでしょうか。”生きて証人たれ”をまっとうしていません。
東京裁判、ソ連の証人3人については、10.二つの祖国 を参照してください。
13.不毛地帯
作者 山崎豊子(1924〜 ) 1973.6〜78.8 サンデー毎日連載
あらすじ: 第二次大戦中、大本営参謀であった一人の男が、シベリア抑留から帰還後商社マンに転身し、中心的な役割をもって会社を引張っていった。そんな経緯をシベリア抑留の悲惨な状況に加えて、商社でのT.次期期戦闘機買付に纏わるライバル会社との確執、U.自動車会社再編に伴う海外資本との結びつき、V.中東・イラン石油開発に纏わる争いとして、政財界の確執・利権争いに絡めて語っている。
主な登場人物:
壱岐 正…関東軍参謀から大本営陸軍、作戦課参謀、戦後近畿商事へ
伊藤忠商事・瀬島龍三氏がモデルと言われている
大門一三…近畿商事社長 元々大阪船場の繊維問屋出身
近畿商事社内関係者…里井常務(東京支社長)、兵頭部長(鉄鋼部)、海部、
与謝野(海外部)、糸川(繊維部)他
鮫島辰三…ライバル社 東京商事 日商岩井・海部八郎と言われている
秋津千里…秋津中将の娘 陶芸家
シベリア抑留関係者…秦関東軍参謀長、ワレフスキー元帥、
東京裁判ソ連側証人:秋津中将(草場辰巳)、竹村少将(松村知勝)、
壱岐中佐(瀬島龍三)
日本軍関係者:谷川、神森、寺田:朔風会〜シベリア抑留者の集まり
次期戦闘機買付時関係者…
政府:貝塚官房長、久松経済企画庁長官、三島幹事長
防衛庁:原田空爆長、川又空将補
自動車会社再編 千代田関係者:村山専務、小牧常務
イラン石油開発関係者:イラン側:ドクター・キア(イラン石油公社
筆頭理事)、ドクター・ファルジ(国王の黒衣、待医)
オリオン側:リーガン会長、ジェームス(本件担当)
シベリア: 壱岐が昭和31年に帰還するまでに受けた幾多の苦難、過酷な抑留生活を記し、当初は26名の同僚とともにハバロフスク近郊、アムール河に近い地点→シベリア→ハバロフスクの収容所での重労働、木の伐採などの強制労働従事した。
戦犯として東京裁判では、秋津中将、竹村少将とともに出廷するが、秋津中将は東京で自決という事態に遭遇する。
その後ソ連戦犯として25年の刑を受け、北極の流刑地マガダンを経て北緯65°のラゾ収容所に送られ、炭鉱で強制労働に従事させられる。最後は日本人は壱岐一人となるが、落盤事故に遭い、左足を骨折、その後マガダンの病院へと。そしてべトン工場建設に250人の日本人とともに強制労働に従事した。
昭和28年にスターリンが死去後、昭和31年にやっと故郷へと。11年のソ連抑留生活であった。
次期戦闘機買付: 近畿商事の大門社長に請われ入社した壱岐は、やがて次期戦闘機すなわちラッキード(ロッキード)F104とグラント(グラマン)スーパードラゴンF11の機種選定にかかわることになり、近畿商事/ラッキードと東京商事/グラントの競合で政界、官僚を巻き込んだ泥仕合ではあったが、特に防衛庁の幹部に顔が効く