網野神社
嶋児神社

しわ榎
釣溜(つんだめ)
右手前の島が福島 西浦福島神社
という話で、これが今ある浦島太郎お伽話の元になっていると思われます。このお伽話にはまだ亀は登場していません。逸文丹後風土記(713〜715)から日本書紀(720年巻14「雄略天皇の治世22年」)に受け継がれ、さらに万葉集に受け継がれて、室町〜江戸時代のお伽草子となり、浦島太郎として完成するのは明治時代になってからのようです。
亀が登場するのは日本書紀で、
浦嶋子が釣りをしていると大亀がかかり、たちまち亀は乙女となり、妻にしたと、
そして二人は蓬莱山へ行き、仙人たちを訪ねた。其のことは別巻に書かれている通り
とありますが、別巻はわかっていません。また万葉集(高橋虫麻呂記)では「逸文丹後風土記」に似て亀は登場しません。
丹後 網野町には、この嶋子を祭る嶋子神社、網野神社、乙姫を祀った西浦福島神社など
があります。
丹後にはもうひとつの浦嶋伝説ガあります。
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2.丹後 浦島伝説
浦島太郎伝説は、全国各地に伝わっており、20ヶ所ほどを数えます。添付図−1に示しました。
丹後に伝わる浦島伝説は、逸文丹後風土記の水江浦嶋子として、
昔、銚子山古墳の地続きに日下部氏の屋
敷がありました。日下部會却善次夫婦に
は子供がなく、子宝に恵まれたいと百日
祈願をしていました。
満願の夜、夫婦は不思議に同じ夢を見ま
した。神から「ふたりの願いを聞き届け
よう。明朝、福島へ来い」とのお告げで
す。翌朝、出かけると赤子が置かれてお
り、夫婦は「嶋子」と名づけ大切に育て
ました。
釣り好きの若者に成長した嶋子は、澄の
江での漁のときは釣った魚を一旦磯の
「釣溜(つんだめ)」にビクのまま浸け
ておいたといいます。
ある日、嶋子は福島で大変美しい娘に出
会いました。乙姫様でした。ふたりは夫
婦の約束をし、小舟で竜宮城へ行きまし
た。手厚いもてなしを受け3年の月日が
経ちました。嶋子は故郷が恋しくなり、
帰ることになりました。乙姫様が「お別
れに手箱を差し上げます。再びお出でく
ださるお気持ちがあるなら、決して中を
お開けなさいますな」と美しい玉くしげ
(玉手箱)を渡しました。
嶋子は懐かしい万畳浜へ帰ってきました。
ところが屋敷に着いてみると、一面が荒野原に・・。竜宮城
での1年は、人間界の何十年にもなっていたのです。嶋子は
悲しみ、途方にくれました。その時、玉くしげのことを思い
出し、これで数百年の昔に戻れるのではと箱の蓋を開けまし
た。すると中から白い煙が立ち上り、嶋子はしわだらけのお
爺さんに。驚いた嶋子は思わず自分の頬のしわをちぎって榎
に投げつけました。
その後、嶋子がどうなったかはわかりません。ただ、しわを
投げつけたという一本榎は「しわ榎」といわれ、今では姿形
を変え、日本海を渡って来る浜風にゆられ寂しそうに立って
います。