古能久礼(このくれ)殿

Kodak DCS760    ULTRON 40mm F2    F4   1/60sec.

古式の能を久しく・・・などと云う意味ではあるまい。これは万葉仮名と思われる。万葉集巻第十九の多くは大伴家持の作になるが、4166番に次の歌がある。長歌なので一部だけ抜き出すと、「許能久礼能 四月之立者 欲其母理尓 鳴霍公鳥 従古昔 可多里都藝都流 {鴬}之 宇都之真子可母」({鴬} 冠は「貝」が横に二つ並んだ形)。(ウエブサイト波流能由伎による)。水色の部分が殆ど「古能久礼」と同じである。万葉仮名なので、この程度の漢字の相違よりも、読みがどちらも「このくれ」であることが重要である。「このくれ」を現代の表記に直せば「木の暗(くれ)」、つまり「木の葉が作るほの暗さ」と云うことになる。もっと気の利いた訳を考えて見ると、「緑陰」とでもなろうか。参道の様子を想い出して戴きたい。家持がこの辺りを「古能久礼山」と名付けた理由にも得心が行くであろう。

上の歌を仮名交じり文に直すと次のようになる。「木の暗(くれ)の 四月(うづき)し立てば 夜隠り(よごもり)に 鳴くほととぎす いにしへゆ 語り継ぎつる うぐひすの 現(うつ)し真子(まこ)かも」木の葉が小暗く茂る四月ともなると、夜の闇の中に鳴く時鳥、この鳥は昔から言い伝えて来たように、まさしく鶯の子供なのだな(新潮日本古典集成 萬葉集五による)。

画像の建造物がどんな性格を持つのかは知らぬが、「木の暗」より名前を得たのは間違いなかろう。