■■ GO! GREYHOUND!全米長距離バスの旅 ■■  

 VOL.6

ニューメキシコ + 西海岸前編


 セントルイスからテキサス州を南下し、バスはメキシコ国境を目指します。
ダラスを2回目通過したので 北米大陸の西半分をぐるりと輪を描いて走ったことになりますね



ベルエア ピント GMC。 場所はニューメキシコ? もしかするとテキサスかも






■ サンンアントニオは水の街
 

   テキサス州はダラスから南に下ると、一気にメキシコの空気が濃くなってきます。 行きかう車もなんとなくヒスパニック調です。(つまりどこと無くボロい(^^;)ヾ)
 サンアントニオには街の中に人口運河が流れていて(SanAntonio River Walk) ゴンドラに乗って観光します。 説明によると戦前のダム建設の土地改良事業に際し、地域の再開発として作られた人工的なエリアです。 もちろん運河周辺の商業施設は後年の新しい設備なのでしょうが、遊園地でもない街中を水路が広がる光景は 北米大陸ではここだけでしょうね。 周囲はオープンカフェとか花壇とか親水ゾーンとかありました。
 見方によっては超大型のショッピングモール風でもありますね。 ま、サンアントニオはもともと緯度的に充分暖かい土地ですから 水さえあれば緑は濃く育つので見た目は綺麗ですね。 
 


 
 で一応 記念にと思い 運河沿いのちょいと小粋な屋外テラスでメキシコ料理も頼んでみましたが メニューもよく判らないまま手ごろな値段の奴を頼んだのがいけなかった。
出てきたパスタそのものはまったく普通で味もOKなのですが、その上に載っているトッピングがトンでもない奴でした。 とにかく辛い。辛い辛い辛い。 爆発的に辛い。 到底舌の上には載せられない辛さです。 元々メキシコ料理はチリ味で辛いですが そいつはホットペパー系の赤い辛さではなく 薬品と言うか毒と言うか 化学兵器みたいな味というか、TNT火薬みたいな味(たぶん)(^^;)ヾです。 ちょっと生命の危機を感じるぐらいの辛さ、いや痛さです。 苦痛です。(^^;)ヾ 
 おそらくは青唐辛子の類なんでしょうが 食べる前に怪しげな匂いもまったくしないし、油断していました。 見た目だけならきゅうりのキューちゃんみたいなんですから。  
 ええい こいつを残しては 日本人の沽券にかかわると思い ビールと一緒に全然辛くない振りをして飲み込みましたが あれは本当にひどかったですね。 




■ アラモ砦
 


 
サンアントニオの町外れに 西部劇でおなじみのアラモの砦があります。 当時のメキシコ領からの独立を目指すテキサス住民(東部からの移住者がほとんど)が 5000名のメキシコ軍が包囲するなか2週間もの熾烈な戦いの末 デビークロケット以下テキサス軍180名が玉砕した有名な場所です。 しかしその犠牲がテキサス人の魂に火をつけたのか、続く戦いではメキシコ軍を壊滅させて 見事テキサス共和国は地域からの独立を勝ち取る訳ですね。
 簡単に言えば、テキサス人にとって アラモは負けたが、偉大なるテキサス人(テキサン)の象徴なのでしょう。 翻る旗も星条旗ではなくテキサス州の旗(昔のテキサス共和国国旗)です。

  
 
       
 アラモ砦正面。砦一体が記念公園になっています 
リバーウォーク内の水路を行く観光ゴンドラ


 アラモ砦観光の後はさらに道を西に向かいます。 周囲は西部劇と同じですね。 荒野とサボテン、建物もプエブロスタイルと言う耐暑建築になってきます。 とはいえほとんど人間はおりませんね。 ひたすら荒野ですね。 そんな荒野の只中に目的地はあります。  そうナショナルジオグラフィック信者の聖地、カールスバットです。





■ カールスバット
 


   こちらは自然科学や生物学に関心のある方にはおなじみです。 アメリカ大陸最大(ホンマかいな)の洞窟で、 蝙蝠数千万匹が暮らしています。
行った日には幸いな事に(^^;)蝙蝠たちは どっかもっと暖かい地域へ飛んでいっているようで姿をみせませんでした。

 ひとしきりナショナルパークの説明を聞いた後 洞窟を下ります。 (入場料3.5ドルと記憶) 最初のうちは観光気分でホイホイ降りて行くのですが、つずら折りの歩道を降りていくとやがて周囲はどんどん暗くなり ヲイヲイこれは大丈夫かと思うぐらい暗くなります。 足元が濡れている所もあり油断なりません。 手すりをつかまった方が安全な部分もありますね。 深度を増すにつれまさに地底探検のムードは深まり、小さな地底プールとか 珍しい鍾乳石なとを見ながら歩く事小一時間。 たどり着いた最後の部屋(Bigroom)はドーム球場並の大きさになっていました。 
で、地上に戻るのはエレベーターで助かったな。(^^;)ヾ なにしろビル83階の高さって話でしてそれを歩いて元に戻る事は ちょっとできませんって。 
 
       
地底への道 
アリゾナの大地


 その後 荒涼とした大地を一路バスは東に向かいます。まさに荒野の一本路ですね。 日本人としてはこういう所で写真を撮りたくなるのは これまた悲しい性ですね。(^^;)ヾ








■エルパソとフアレス/メキシコ 
 


  メキシコ国境沿いにバスは東に進みます。 有名なリオグランデ川とか サンタフェ鉄道の線路沿いを進む訳です。

ファレスはエルパソの隣街。 リオグランデ川を挟んだ観光地ですがメキシコ合衆国ですからきちんとしたイミグレもあります。 どこからみても 日本人風の明らかな観光客は 事実上ノーチェックですけど外国は外国です。 話の種にメキシコにも行ってみる事にしました。
 
しかし5mメキシコに入った途端、国民所得が1/5(当時)になっている事を実感いたしますね。 観光客目当てのお土産屋さんの裏路地にはゆでたエビとかがてんこ盛りになっていたりして 何か有機アミノ酸系の匂いもしたし、そこは別の国でした。 そのままユカタン半島へ脚を伸ばす事も5秒ほど考えましたが、さすがに情報が少なく諦めざるを得ませんでした。




ファレス市内です。 写真は借り物です。Boby・Doo氏ありがとうございます。




 
その後バスはメキシコ国境沿いを西に進み、太平洋を目指します。 もうこの辺では気温も上がり、太陽もまぶしい。 エルパソ、サンアントニオ、サンマルニロ、サンディエゴの横をかすめて ロスのバスディーボに到着しました。 一ヶ月以上掛けてぐるりとアメリカ大陸を回って元の場所に戻って来たわけです。





■ まだまだ旅は続きますぜ。 今度は西海岸を北上します。
 

 
 てなわけで40日ほどかけてLAに戻ってきました。 しかしお楽しみにしていたLA市内見物は最後に回して、先にサンフランシスコに向かう事にしました。 
 本当は太平洋岸を北上する進むローカル線の方が海が見えて眺めも良いし、乗っていて楽しいのですが、ダイレクトにサンフランシスコに向かう乗客はインターステート経由の直行便に振り分けられてしまいました。残念。
LA-SF間はグレイハウンドでも有数のドル箱路線らしく1時間に1本の定期便以外にも、乗客が溜まるごとに臨時便を出していて事実上待ち時間なしで乗れますね。 
 インターステートも心なしか飛ばし気味にバスは走り、きっかり4時間でサンフランシスこに到着です。OH!ゴールデンゲートブリッジもちゃんと見えてるぞ。 幸いお天気は最高です。





■ サンフランシスコは坂の街
 



 サンフランシスコはもう観光地として最高でしょう。 有名な橋に、ケーブルカーに、監獄に。 コニーフランシスの歌まであるしね。 
もう観光地としては当時からすでに開発され尽くされた感があって だれでもがリラックスして楽しめる街ですね。 やはり西海岸は良いですね。
で私も もちろんケーブルカーに乗り、 ゴールデンゲートブリッジを歩いて渡り(^^;)ヾ、アルカトラス刑務所の監獄に入ってきました(^^;)ヾ。 もうこの頃には典型的なお登りさんとして観光客姿も板に付いたというか、。 ケーブルカーだって俺が運転してやるぐらいの勢いです。(^^;)ヾ



 
       
 アルカトラス島を望む坂 
一番有名な坂。



 上に述べたごとくケーブルカーは面白いので何度も乗りました。 そのうちに仕組みも判ってきます。 日本のケーブルカーは 一本道の坂の頂上にローラーがあって、ケーブルの両側にぶら下がったゴンドラを上下に上がったり下がったりさせるだけですが、(つまり上り便下り便が常に一緒に動く。香港のも同じ)、 ここのはゴンドラの位置と動きには関係なく、常時道路の下をケーブルがぐるぐる廻っているのですね。 運転手さんがそのケーブルを任意の判断でレバーで摘み、坂を上っていく仕組みですね。 もちろんケーブルを離せば止まるし、安全の為 別系統のブレーキもついていますね。 途中一度そのクラッチが消耗したのか ワイヤーを掴め無くなり お客さんを乗せたまま路上でレバーごと交換する羽目になりました。 写真はその際の様子です。
日本なら始末書モンでしょうか まあそのくらいはね。アハハアトラクション同然と申しますか、別段何て事ない様子でした(^^;)  乗客も面白い物見られたと喜んでいたし(^^;)ヾ。 





エンコしたケーブルカー






■ さあここまで来たら行くしかない。 いざアメリカの東の端 ワシントン州、シアトルへ
 


  サンフランシスこからさらに1000KMはあるんですけど全米地図の四隅は抑えておきたいなあとの思惑を抑え切れずに動きました。ほとんど義務感と言うか意地と言うか(^^;)ヾ
 で、カリフォルニア州/サンフランシスコを出ると周囲も環境も人の流れも非常に落ち着いた感覚で、自然も街も綺麗ですね。 
 ポートランドなんか自然公園の中に町がある感覚ですしオレゴン州はいいところだと思いました。 インターステーツを爆走20時間。 いよいよシアトル到着です。 

今でこそイチローのマリナースで地名度が上がりましたが、当時のシアトルは港町+ボーイングの工場 以外にメリハリの有る部分がなく 記念館など見てそのまま今度は引き返しました。

今から考えれば 先にLAを見てそのまま北上、カナダ、アラスカと走りアンカレッジから飛ぶのも面白かったかもしれないですね。 (カナダ北部から北上はヒッチハイクなになったかも)




■ 折り返しの深夜の爆走 リノとラスベガス
 


 
 ほとんど義務感だけで西海岸を往復した当方は 再度サンフランシスコから今度はグレイハウンドの子会社の便に乗り換えです ところがこのバスがボロイ(^^;)。 画像が無いのが残念ですが シーンクルーザーと呼ばれる旧タイプのこれまた初期型と思われます。 田舎の路線を突っ走るには適切な車なんでしょうが、多分1950年代の製造ではないでしょうか。 月夜のシェラネバダ山脈をあまりスピードの出ないバスはひたすら南下しますが 道中深夜2時過ぎなにやら室内に焦げ臭い匂いが・・・。 リノは飛行機ファンには有名な土地ですが 時期はずれ飛行機が飛んでいる筈もなく通過しただけでした。




でと言った訳で ついに砂漠の不夜城ラスベガスに到着しました。 そこでの奮戦ぶりと当時のLAの様子はまた次号に。


  









 
といった訳でニューメキシコ + 西海岸前編編でした。 

次はいよいよ最終回LA/ラスベガス編です 
現在までの走行距離1万マイルです



まだまだ旅は続きます







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