■■ GO! GREYHOUND!全米長距離バスの旅 ■■  

 VOL.4 紐育 


60マイルで飛ばすグレハウンド号の車窓遥か彼方に
地表から突き出した 何本もの摩天楼のシルエットが見えてきた。!! 



 ラジオシティミュージックホール。 全米芸能人憧れの地。
アメリカの芸人なら一度は立ってみたいステージがここ。
ラインダンスの元祖「ロケッタース」の本拠地でもありますね。 
グラミー賞の授賞式でおなじみです。観光ツアーで楽屋裏も見学できます。


■ ついに大陸横断。 
 


 
 グレイハウンドから摩天楼のシルエットが見えてきた時は感激したなぁ。  LAから地面を走りに走ってついにここまで来ましたよ。 北米大陸の長さ大きさを陸路実感出来たのは良かったな。
 さらに、ニュージャージ側からハドソン川をくぐる長いトンネルに入って上に出たと思ったら もういきなりニューヨークの高層ビル街のど真ん中に出たのでまたまたびっくり。 何分それまでアメリカの田舎ばかり見てきたので刺激が強すぎるね。 (^^;)ヾ
 バスディーボもさすがにでかく地下に発着場所があります。 なんとなく人の姿も雑多な気がするね。 さあ着いたぞニューヨーク。 
海を越え 山を越え 谷を下り 川を渡り はるばるやって来ただけに感激も大きいね。




■ 見所満載のNY 
 


 世界の都ニューヨークですからね。観光地は沢山あります。 自由の女神、エンパイヤと世界貿易センタービル、 ブロードウエイのミュージカルも見たいし。 とにかく何でも見てやろうの精神で動き回る事にしましょうか。 それにしてもNYの人は歩道歩くのが速いねえ。 唯でさえコンパスが長いんだからこっちは流れについていくのが大変だな。 横断歩道も別に守らなくても良い様子だけど車が多くて危ない。 

   



ビリー・ジョエルの曲 52stの看板は有名。


■ ますはやっぱりエンパイヤステートビルから
 


 
 今も昔もNYに行った人は 全員間違いなくこのビルに登りますね(^^;)ヾ。 昔仕事で行った親父の土産もこのビルのペナントだったもの(^^;)ヾ。 当然オノボリさんの息子たる私も登りますね。  親父がNYに行ったのは昭和40年代も前半で ハワイ/グアムでないアメリカは珍しい事として通用した時代ですから、「行った登った高かった」で土産話になりましたが さすがに自分の時代にはもっと色々な情報を知っていた訳で、 アールデコ調の内装とか、 見るべきものは多かったですね。 

 実は次の日 夜8時過ぎにも登りました。 確かにNYの夜景は綺麗でした。 ブルックリン橋のライトUPも粋な演出と思いました。 その時展望台の下方から雪が吹き上げてきたのには驚きました。 地上では雪なんか降ってなかったですから。  で、その後も目ぼしい高い建物には結構上りましたけど、その後高層ビルの屋上に露天で出してくれる所は他に無かったですね。 貿易センタービル、シカゴシアーズタワー、トロントのタワーも。 これは保安上の目的が最大なのでしょうね。

** 現在はラスベガスのストラトス?の屋外遊技場が一番高いでしょうか。 



自分が撮った世界の都ニューヨーク。 絵葉書同然ですけど良く見ると今は無きPANAMの看板も




■ 次はやっぱり自由の女神
 


 
 これまた 今も昔もNYに行った人は間違いなく自由の女神を見に行きますね(^^;)ヾ。  自分が行ったときはシーズンオフでもありそれほどの混雑はありませんでしたが、夏場にはフェリーチケットが確保できない場合もあるそうです。

 島に渡ると移民博物館があって過去の移民の歴史、当時の移住者の少ない持ち物などが上手く展示されています。
 トランク一つでアメリカに渡って、努力とチャンスを掴んで大成功するって言うのがアメリカ流浪花節の真骨頂ですから どうしてもこのエリアは切り離せないのですね。 メイフラワー号は初期のアメリカ開拓史におけるシンボルですけど、それ以後19世紀.20世紀にアメリカに希望を求めたヨーロッパ移民は このNYの自由の女神を目指したわけです。(映画タイタニックで有名になりましたね。)

 で、短いAVによる説明の後、いよいよ自由の女神に登ります。 狭い螺旋階段をぐるぐると登りますね。 お年寄りの観光客など息が切れるほどの段数ですよ。 でも人の行列に付いて行くのでゆっくり上れます。 ここまで来て登って見ない手はありませんね。
              
 自由の女神とWTCが見えます     自由の女神の内部。髪の部分の裏です 俯瞰でみると要塞島ですね


 
 ぐるぐると回る事約10分。 自由の女神の一番上は2畳ほどの空間でした。   なーるほど 自由の女神って鋳物の外板をボルトで留めて出来ているんだなあと感心。 外を見渡せるサッシも付いています。 少しい覗いてみましたが眺めも結構いいですね。と同時についに今回の旅行の目的の一つは達成できたなあとの感も確かに有りました。
フェリーに乗って 入場の行列にも少し並ばなければなりませんから やはり半日は掛かる観光ですけれど、 NYに行ったらどうしても行っておかなければならない名所でしょう。
こちらについては色々な観光案内のサイトがありますから詳しくはそちらをご参照ください


■ 世界貿易センタービル
 


 
 この頃になると、登れるものは何でも上がってみるのが自分のスタイルになっていました。 行ってみるとまあでかいでかい。 エンパイアステートビルとは比較にならないほどの敷地面積と建物の規模ですね。 地上から見上げるとあれだけの体積の構造物が存在している驚きを感じましたね。 エンパイヤステートビルはまだ「ビル」だけど、ワールドトレードセンターは四次元間から沸いてきた巨大な構造体のようで、有り得ない大きさと言いますか 生物学的に理解できないと言いますか、到底人間の作った物とは思えない巨大さでした・・。、 
 ただ屋上展望台に上がってみて 室内の造りはフロアも壁も鉄骨造なフィール。 よく言えば近代的ですけど悪く言えば軽いかなと。 しかし遥か足元に見える「下界」は本当に遠かった・・・。 
 あの時は リメイク版のキングコングが登ったビルぐらいの認識しかありませんでしたが、まさか後日例の911テロで消滅する事になろうとは露にも思いませんでした。
 




■ 結構充実していた自然史博物館
 


 スミソノアンに負けない展示物がありました。 特に生物の骨格標本と剥製、さらには恐竜の化石の展示には力を入れているのが良くわかりました。
 絶滅した大型哺乳類とか良いコレクションでしたね。 私はまたここで一日近く捕まってしまいました。 庭石のようにデカイ隕石とかドラム缶ほどの大きさの水晶とかね。(^^;)ヾ 興味は尽きないわけですね。

       
 NY自然史博物館入り口  突然の出会いに驚く二人。
 今ではディノのこの姿勢展示は否定的な意見が多い


■ マジソンスクエアーバックを知っていますか
 

 
 知っていればあなたの年代は容易に想像できますよ(^^;)ヾ もちろん私もどんな処だろうと見に行きました。 幸いNBAの試合をやっていまして チケットブースはどこか?とキョロキョロしていると 気の良いビジネスマンがC席のチケットをくれました。 ありがとう。
 僕らにはどちらかといえばプロレスや昔のローラーゲームの興業で馴染がある場所なんですね。 入場してみるとスクエアービルとの名前とは違い 観客席はぐるりと正円形でした。 建っている場所がマジソン街の角にあるだけで、建物が四角ではなかったです。(^^;)ヾ




NBA試合中の状況。 選手のぴっちりパンツが当時を偲ばせマス(^^;)  


 
 試合はNYニックスとマイアミの一戦。  終始NYがリードしていましたが 観客は4分の入り。 シュートブロックで湧くぐらいでした。 ユーイングとかの入団でNYが活気を取り戻すのは後日の事ですね。
 で、試合後お土産にマジソンスクエアーバックを買うかと思い探しましたが そんな物はどこにも売っていませんでした。orz







■ NY5番街は世界の都。(昼の部)
 


 平日でも午後になると凄い人ですね。 全米だけでなくそれこそ全世界から人が集まっている実感はありました。  有名なタイムススクエア界隈は当時から小売が主流でしたね。 なぜだかギリシャ系と思われる店が多く対面販売の今で言うキタムラみたいな感じでした。 カメラ、ラジオなどの家電、宝飾時計、それにみやげ物ですね。 当方も調子が悪くなったカメラを一台ここで入手すべく交渉。 売り場の兄ちゃんに値切り倒すのです。 目当ては正価125ドルのコニカ35ミリオート。 これを80ドルで購入したいのですね。 
 あっちの店が安いだの、あと5ドル負けてくれたら買うだの、交渉事は世界共通ですね。 相手がOh!ジーザスと言い出してから 後10%引きが落としどころの様でした(^^;)ヾ
 でもあの当時は、正直昼間でも治安は良く無かったと思います。 明らかに売人もうろついていましたし、 目の前で突然警官が密売人を取り押さえて後ろ手錠かける逮捕劇を見たりしましたから。(本当) もちろんマリーの姿は何処にも無かったわけで・・。


■ NY5番街は世界の都。(夜の部)
 


 夜になっても5番街は人の通りが途切れる事はなく不夜城の如しでありますが深夜ともなるとXXX系(伏字ではない)のネオンが一段と輝くのもこれまた事実。 H系専門シアター。 ○○ノショップ。 ○○小屋まで 正直に申し上げて大変に・・・。
ふらりと出るとプエルトリコ系の小柄な娘が「Pleying?」と腕を絡めて来ます。 そのままプレイしちゃたらどうなるのか?との好奇心も沸きましたが 当時すでにAIDSの問題は重大な関心時でもあり・・・。   うーん。 さすがに公開の場でこれ以上のレポを上げる事は出来ないですね。特に当HPではRQ嬢の撮影会レポートを表示限界としていますから(^^;)ヾ


 大脱線で申し上げるなら 当時の状況って貴重な直輸入雑誌の○○写真も 無残にも削られている時代だったですからそれはそれは刺激が(^^;)(^^;)(^^;) さすが本場は違うと言いますか さすがアメリカは社会の懐が大きいといいますか...。 (以下自粛)

 もちろん都会では夜間の徒歩移動は絶対禁止といわれていました。5番街でも40丁目以後南にいくのはマズイのはすぐ解りました。 さらにそれ以上人気の無い所に行くのはもう無謀ですね。  もちろん私は夜間でも多少は遊びに出かけましたし、チャレンジブルな事もやりましたけど 最大限の警戒をしながら行動しましたよ。 普通に歩く時でも 俺は警戒しながら歩いているぞと周囲に判るようにしないと駄目な訳ですね 





■ ハーレムにも行って見た。 
 


 誤解されるといけないのでどうやって行ったかは書きません。 また興味本位で他人の生活を覗く事も本意ではありませんので心苦しいのですが 実際に一目見ないと判らない事がありますから・・・。 

 行ってみると結構人手のある大通りもあったりしますし、予想とは少し違いましたね。 一部のマスコミや雑誌でレポがあったように 街は寂れて廃墟でガタガタ、コカイン中毒が路上でウロウロってレベルではなかった。 しかし本当に危険な地域には足を踏み入れていないと思われますし、バスが通る幹線道路沿いでも相当荒れた感覚はありました。 もちろん到底黒人以外の人種が入れる状況では無かったですね。  

          
 ハーレム!      チャイナタウン


 
 チャイナタウンは もちろんハーレムとはまったく意味が違いますが、当時すでにNYの観光ツアーにも組まれる地域でした。 リトルイタリーと違い住んでいる人の顔が違いますから 人種の意味はわかりやすいですね。 当時だとアメリカの田舎から来た観光客などの中には アジア人なんか生まれて始めて見たって人も多かったでしょうしね。 自分も何か昼食を取ったと思いますが記憶にないですね。 チョップスイ? だったでしょうか??
  



■ その他の観光地の様子は 

 
** 国連ビル  総会議場見学ツアーに参加。 それこそTVで見たマンマ。 絨毯は緑だったか別に超高級とも思えず
** セントラルパーク 冬場だったので木々の緑がないのは残念。
** ジョン.レノンの「ダコタハウス。」 なんとも暗いムード。 しかし古いだけではないね。 
** 当時悪名高かった地下鉄も乗ってみた。昼間ですけどね。 正直身構えましたね。そのくらいの空気はあったな。 今は相当安全になったと聞きますが
** ユニオンスクエアー。 ヒッピーの残党が10人ほど。(^^;)ヾ 寒かったしね 
** NYストックエクスチェンジ。 残念ながら改装中で内部は見られず。 しかたなく牛の像を触ってきた。 牛はブル(強気、上げ相場の株用語)ですからね。 
** ロックフェラーセンター。 確かにキンピカの像の下ではスケートをしていました。ただあそこですべるのは相当に自己顕示欲が無いとね。(^^;)




■ ブロードウエイミュージカル

   
 私は別段ミュージカルのファンではないけれど話の種に一本見ました。 有名人が出ているのが良かろうとローレン・バコールの 「ウーマンオブザイヤー」を観劇。 割引チケットに並んで25ドルなり。 センター前から15列目でした。飛び込みで買った割には結構良い席でしたよ。 ミュージカルは席が悪いと楽しめませんから。

ローレンバコールは言わずと知れたハンフリー・ボガードの奥さんだった人。 さすがに彼女は貫禄が違いました。 (当時すでに60は上回っていたハズですが)
 ショーそのものも良い評価をもらっていた作品(トニー賞)でしたが 基本的にはローレンバコールを見にいくショーですね。 ハスキーボイス、美貌、完璧なスタイルは健在なりでした。 もちろんダンス、歌、セットの展開、すべてが堅実にまとまっていて 彼女を周囲が大切にしている事はすぐ理解でき なるほどと思いましたね。  私の目で見る範囲でも競演者とダンサーの質サイズは非常に良かったと思います。





 良く見ると行列できてますね。 



■ そのほかの状況

** どこに泊まっていたか?。   NYではYMCAバンダービルドにしました。 年齢を考えても、当時の治安状況からしても、最低限の選択だと思います。
   一人部屋一泊20ドルでしたがNYでは破格の値段に感じました。普通のホテルならBクラスシングルでも50ドル必要と記憶しています。
** 設備はどうか? 長期滞在者向けにコインランドリーあり。室内の設備は最低限。 TVの映りが良かったのは幸いでした。
    もちろんこの料金ではバストイレは共同となります
** プエルトリコ系のメイドさんは イカにもNYらしくて気に入ったな。フレンドリーだったし。
** ホテル周辺の治安はどうだったか? パトカーのサイレンが夜鳴り響くのは映画のワンシーンと同じでした。 
    しかしNY市警の革ジャンは全米一カッコ良いと思いましたね。(^^;)
** メシは何を食っていたか?  NYではYMCAのカフェテリアで朝晩を賄っていました。 沢山種類があれば何か口に合うものはあるわけで。
** なんと当時のNYには朝マックがあって。  セット3ドルです。でも当時のレートでは700円近い計算なんで あまり利用はしなかったなあ。
** 飲料は? これは全米を通じでコカ・コーラ社の「TAB」を飲んでいました。 日本で言うドクターペッパーのカロリーレス版ですね。
  甘い甘いカラメル味ですが 実は発音が難しい。 「タブ」ではまったく通じず 「テェァーブ」と米語的に言わないとね。(^^;)(^^;) 解ってもらえません。







NY港の午後の太陽を見る津軽屋。 
 感慨に耽り ナルが相当に入っているが・・・。



 
といった訳でNY編でした。 

次は ボストン、シカゴ、セントルイス編です 
現在までの走行距離7500マイルです




まだまだ旅は半分です







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