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別子・翠波はな街道2011.10

四国有数の工業都市である愛媛県新居浜市と四国中央市。
重化学工業と製紙業で栄える町だが、瀬戸内海から急峻にそそり立つ山に一歩入ると、そこには見事な自然美が楽しめるドライブルートがある。
それが「別子・翠波はな街道」
1700mを越える山脈を乗り越え、それらの山々が生み出す清流と渓谷美の中を走り抜けるドライブはとても気持ちがいい。
「はな」と名前がつていているだけあって、周辺は花を愛でる事ができる施設も点在する。
そして、日本で最も南に咲く高山植物のツガザクラの銅山峰、山一面がピンクに染まる西赤石山のアケボノツツジなど。
登山者にとって人気の花の山も、このドライブルートからアクセスできる。

僕の勝手な解釈であるが、はな街道の「はな」は「花」以外に「華」がある。
新居浜市と日本の大企業である「住友」が発展した礎となった別子銅山。
日本一の紙の生産量を誇る四国中央市の産業を支える水資源。
今日の産業の華やかさ、そして過去の栄華。
それらの「華」をドライブ途中に垣間見ることができるのが、「別子・翠波はな街道」でもある。
今回はそんな「華」を探しに、2歳の娘と一緒にドライブ旅行に赴いた。

別子銅山記念館

別子銅山記念館
まず訪れたのは、街道の入口にある「別子銅山記念館」
別子銅山の歴史や技術などに関する展示がされている。入館は無料。
半地下構造で、屋根に一面のサツキを頂く建物は、山を自然に還した別子銅山の理念そのもの。
また、ここでは 実際に鉱山で使われた鉱山鉄道の車両が展示されている。
別子銅山鉄道の機関車
中でも機関車はとても貴重なもので、「別子銅山鉄道・上部線」で使用されていたもの。
明治26年に開通した、標高1000mの山の上を走っていた山岳鉄道だ。
まだ平野部の町の中にも汽車が走っていないような明治中頃に、山の上でこの機関車が多くの鉱石や人を運んでいた。
当時の別子銅山の賑わいと、その高い技術力を今も静かに物語る。

マイントピア別子

マイントピア別子
さて、街道を少し走ると道の駅「マイントピア別子」に到着する。
マイントピア別子は別子銅山の最後の採鉱本部があった端出場(はでば)の跡地に作られたテーマパーク。
温泉、レストラン、バーベキュー、芝生広場、そして観光坑道に砂金堀りなどが楽しめる。
多くの施設は撤去されているが、別子銅山最後の拠点だけあり、第四通洞や端出場水力発電所などの巨大な産業遺産もそのまま残っている。
貯鉱庫や別子銅山鉄道鉄道・下部線のトンネル跡など、紹介はされていない当時の施設跡も敷地内に点在。
また、少し山道を登ると、電気や水道が通っていた巨大な鹿森社宅跡がまるで古代文明遺跡のように深い森の中に眠っている。
今回はリニューアルした観光坑道を楽しんだ。
マイントピア別子・遊学ゾーン
当時の機関車を模したトロッコ列車に乗り込み、産業遺産である当時のトンネルと鉄橋を通り抜け、観光坑道にたどり着く。
この時期はトロッコ列車沿いの冬桜も目を楽しませてくれる。

当時の坑道の一部を開放した観光坑道の内部はひやりとしている。
中には在りし日の別子銅山の様子を紹介する展示がずらり。
へぇ〜と思うものから、ちょっと時代を感じるシュールなものまで。見ていて飽きない。

また、巨大な遊具で遊びながら銅山開発について学べる「遊学ゾーン」がリニューアルし、子供も楽しめる施設となっている。
なかなか大がかりなものなので、小学生でも楽しく遊べそうな施設だった。


マイントピア別子を後にし、はな街道をさらに走る。道は「別子ライン」と呼ばれる、紅葉の名所。
11月中旬には、美しい清流を湛えた渓谷が紅葉で真っ赤に染まる。
途中、清滝と呼ばれる紅葉の名所、紅葉に染まる渓谷にかかる近代化産業遺産の遠登志橋などの見どころも多い。
「マイントピア別子・東平ゾーン」という看板に導かれ、分岐する細い山道を登れば、そこは「東洋のマチュピチュ」と呼ばれる大正時代に採鉱本部が置かれていた町にたどり着く。
当時は3000人を越す人が住んでいた町も今は森の中に埋もれていて、第三通洞や変電所跡、貯鉱庫跡などが今も残る。
特に貯鉱庫跡が、まるでインカ帝国の遺跡のように山の上にそびえており、それが「東洋のマチュピチュ」と呼ばれ、多くの人が訪れている。

さらに、はな街道は山を駆け上がっていく。
東平への分岐路を過ぎた頃から道は細くなるので運転には要注意。
立派な大永山トンネルを通り、また細くなった道を下っていくと別子銅山日浦登山口にたどりつく。
「登山口」とあるが、ここは江戸時代、別子銅山開山時に賑わった鉱山町の入口。
山に入れば今も坑道や工場、小学校や社宅、神社の跡が残っている。
在りし日は京都から役者や芸者が呼ばれ、海沿いの新居浜市から嫁入り道具を買いに来る商店もあるほど賑わっていたとか。
1世紀以上前の華やかな街の入口は、今は登山の入口。とても不思議なものだ。

筏津坑

筏津坑
日浦からややすると、筏津という場所に着く。
筏津山荘という宿泊施設があり、名山「東赤石山」への登山基地となっている場所だ。
しかし、この場所には「筏津坑」という別子銅山の支坑があり、鉱山町としてとても賑わっていた場所だ。
筏津坑内部
付近を散策すると、確かに過去の栄華の名残といえる遺跡を目にすることができる。
特にその代表格といえるのが、「筏津坑」そのもので、一部が観光施設として無料開放されている。
過去の採掘の様子や道具を展示しているだけなのだが、一歩中に入るととてもひんやり。
滴り落ちる水の響きが、閉塞されている坑道先が地底深くまで続いている事を感じさせてくれる。
実際、この筏津坑先ほど訪れたマイントピア別子の第四通洞までつながっている。
はるか山の向こうまで、地底でトンネルをつなげたそのスケールの大きさには驚かされる。

現在は鉱山という生活の場がなくなった別子村はとても静か。
平成の合併前までは日本一人口の少ない村だった。
合併時は生活と結びつきの強い四国中央市、ともに別子銅山で発展した新居浜市。
どちらと合併するか意見が分かれたそうだが、現在は新居浜市と合併している。
その事実を示すかのように、別子村を過ぎると、四国中央市に向かうはな街道の道も2車線部分が多くなり、走りやすくなる。

富郷ダム

富郷ダム
はな街道は、水源地帯でもある。
新居浜市、四国中央市自体は、急峻な山から一気に瀬戸内海に水が流れるため、水資源には恵まれていない。
一方、ひと山越えた旧別子村を流れる「銅山川」は日本三大暴れ川に数えられる「吉野川」の最大の支流のひとつ。
1500m級の山脈が両側に立ち並び、その水を集めながら四国を横方向にに流れている。
その水量はとても豊富で、現在4つのダムが立ち並び、山の向こうの両市に大量の水を供給し、産業を支えている。
そんなダムの1つで最も新しい「富郷ダム」は気軽に見学できる。
富郷ダム上部より
ダム横の駐車場に車を停めれば、徒歩でダムを渡れる。
ガラス窓からダムのゲートを開放する施設内部をのぞけたり、ダム内部のエレベーターでダムの真下に下りられる。
ダムの内部の通路はまるで冷蔵庫のようにひんやり。通路を出ると、ダムの真下。
見上げるその姿は圧巻だ。
放水の時などもこのダムの真下に立つことができる。
当然安全は確保されているが、水しぶきを浴びながら、大量の水を吐き出すダムの姿を見る事はめったに無い。

霧の森

霧の森
霧の森は別子・翠波はな街道の終着点・・・いや、離れといったほうが良いか。
地図を見れば、金砂湖より国道319号線を銅山川沿いに走るように見えるが、残念ながらこの区間は狭路が続き相当に運転がしんどい。
産業遺産やダム湖に水没した集落の跡を見る事ができるが、それ以上に時間と体力がかかる。
ここは金砂湖より北上、法皇トンネルを通り、いったん四国中央市の市街地に出る。
そこから県道5号線か高知自動車道で再南下する。新宮インターチェンジの目の前が、霧の森だ。
霧の森の馬立川
霧の森は 道の駅にも指定されている。
清流馬立川のほとりにあり、緑豊かな森に囲まれたアウトドアスポットだ。
霧の森がある四国中央市旧新宮村の特産品である新宮茶を紹介する施設にはカフェが併設され、落ち着いた雰囲気の中で特産の茶を使ったスイーツを楽しめる。
施設内を流れる馬立川のほとりには更衣室や東屋があり、夏には水遊びをする子供でとても賑わう。

さらには、入手困難な人気のスイーツ「霧の森大福」の工房が施設内にあり、相当に高い確率で購入が可能。
霧の森は、抹茶をふりかけた大福の中で濃厚な生クリームを包んだ、入手困難なとても美味しい人気スイーツ。
霧の森がある旧新宮村に足を運んでもらう為の特産物なので、ネットや松山店で行列・売切必須の人気商品もここではあっさり買える。

霧の森コテージ

霧の森コテージ
さて、本日の宿は「霧の森コテージ」
霧の森の中に設けられたログコテージだ。

【霧の森コテージはじゃらんでも予約可能】

コテージにはベッドや寝具、自炊道具にアメニティセットや浴衣まで準備されており、至れり尽くせり。
広いウッドデッキのベランダや、シャワールームまであり、もちろん冷暖房も完備。
霧の森コテージの温泉
ログコテージでの宿泊だが、併設されているレストランでの夕食が可能で、事前に予約すれば朝食を準備してくれる。
なんといっても霧の森での宿泊は、「霧の森交湯〜館」という日帰り温泉と宿泊者専用の温泉棟の2つの湯が楽しめる。
2つとも泉質が違うので、温泉好きにはたまらない。

温泉と美味しいスイーツと森の癒し。今回の旅の締めくくりにはもってこいの、癒しの宿。

今回走った「別子・翠波はな街道」は子供も大人も楽しめる、自然と近代化産業の足跡を楽しめられる見事な観光ルートだった。
訪れるたびに、季節がめぐるたびに、また新しい発見ができる。
歴史と自然が織りなす風景は知れば知るほど、その美しさやロマンを感じられる。
何度もこのルートは訪れているが、今回もまた違った多くの発見ができた旅だった。
イメージ

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管理人 KUMA.
普段は平凡な会社員
アウトドアと旅行が趣味
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