平成26年4月中旬、霞城公園前を通ると見事な桜が咲いている。「駒姫も400年以上前にこの桜を見たのかね。最上義光公や天童頼貞さんも見たのかね。」と桜を眺めながらぼんやりしていたのだが、今年は例年よりも早めに咲いているので、翌週の人間将棋開催時に桜が散ることを懸念していた。
葉桜も良いがやはり、満開になる前か満開の桜をプロ棋士には見て頂きたい。

4月26日土曜日ガソリンスタンドでタイヤ交換をし、「全ての旅が冒険になる」がキャッチフレーズである愛車エスクードを走らせて天童市へと向かう。
冒険と言ってもせいぜい天童市までが私の行動範囲である。

この「英ちゃんが行く!」も学生時代の文章から数えると15年目。去年、鈴木環那女流二段は「新幹線の中で見てるんです。あれ良かったですよね、ドラえもん」と前の文章の感想を私に言った。
そう、このような文章を読むのは作成してから半年後でも一年後でも数年後でも良いと思っている。
「ああ、こんなことがあったよね」と誰かの記憶の引き出しになってくれれば、それはとても嬉しいことなのだ。
今回は女流棋士賞を受賞した甲斐さんがやってくる。花輪さんの行動に要チェックである。

「英ちゃんが行く!これが人間将棋最前線だ8」〜傑作ノート、おしりペン〜
(橋本英樹さんレポート)


平成26年4月26日土曜日、私は天童市舞鶴山駐車場にいた。窓を開けて車を駐車しようとすると、桜の花びらが車中に入ってきた。「参ったな、舞鶴山が私を歓迎しているの?」と思ったが、ただ単に後ろにある桜の木を揺らしてしまったらしい。私は「あらあら」と独り言を言いながら車中に入った花びらを外に出し、ペットボトル入りのお茶を大事に持ちながら頂上に向かって歩き出した。

頂上に到着し、本部に向かうと深浦九段、甲斐女流二冠、鈴木環那女流二段、花輪さんが席に座っていた。
「おはようございます」そう挨拶をすると花輪さんは「おお、来たね」といつも通り私に言う。
鈴木環那女流二段の隣に座ると湯呑が目に入ったので間髪入れずに「こういう、飲みかけのお茶が入った湯呑を見たら一部のファンはベロベロしちゃうでしょうね。いや、私は全く興味がありませんが」と突っ込んでみた。
「またー。そういうこと言いますか。でもイベント会場でペットボトルが結構なくなるんですよね」
実に興味深い話である。
「と、いうことは?」「あ、私ちょっと行ってきますね」
「あ、行っちゃいますか。ちょっ!まっ!いつも大事なところで!」
人気者は多忙なようである。

〜人間将棋一日目〜
テントの中にいても暇なので週刊将棋を見て過ごす。深浦九段、甲斐女流二冠、鈴木環境那女流二段が散歩すると言うので花輪さんと五人で出かけることにした。

まずは天童ワインコーナーである。四人は何かワインのような赤いものを飲んでいるが私は飲まない。
次はチョコレートフォンデュに向かう。女性は甘いものが好きなようだが、なぜなのだろうか。不思議である。

次はどんどん焼きである。どんどん焼きというのは、小麦粉を水で溶いたものを鉄板にひき、磯のりやかつおぶし、魚肉ソーセージ、あおのりなどと共に焼く微妙な食べ物である。
私は5つ購入しテントに戻り皆に渡した。

人間将棋対局前に成田弥穂氏と阿部美鈴氏と会った。
阿部利一さんは娘の晴れ姿を目を細めて嬉しそうに見ている。
「阿部さん、一緒に記録とりましょうか」「おお、とるか」奥さんと共に三人で丘に座る。

大学将棋で人気があるのか、阿部美鈴氏のまわりには学生らしき男子がやってくる。
「阿部さん、阿部さん。お父さんちょっと!」「何や?」「娘さんのところに男子がたくさんやってきてますよ。いやーやっぱりモテますね、お父さん」「ん?んだみだいだなあ」
心中穏やかではないだろうが、さっぱり近寄らないよりは良いと思う。それでも阿部お父さん、複雑な顔を浮かべる。

人間将棋一日目は鈴木女流二段が居飛者穴熊に構え猛烈に攻めたものの、甲斐女流二冠の受けも強く、甲斐女流二冠の勝ちとなった。
対局終了後は多面指しの指導将棋である。
ふと見ると渋谷さんの顔が見える。毎年参加しているのだろか。

〜夜の部〜
一日目のイベントが終了し、私は帰ろうとしていたのだが、花輪さんから
「夜の懇親会に天童支部の東海林さんが参加出来なくなったから来てくれない?5,000円ね」と言われた。
「はあ。じゃあホテルいずくらに電話しますね」
私はホテルいずくら電話で予約した後にセブンイレブンに行き、麦茶と靴下を買った。
後はホテルいずくらにチェックインし、午後6時半まで本を読んで過ごした。

滝の湯ホテルに行き、受付を済ませると席が決められていた。「え、竹の席じゃないの。なにこれ?」松とか竹とか、苦手である。
それでも飲んでしまえば、もうどうでも良くなってくる。フルコースを堪能し、ビールと日本酒を浴びる程飲んだ。もはやこれで一丁あがりであるが、結局二次会三次会へと行くことになった。
二次会では鈴木大介八段と将棋ウォーズをやった。「先生は棋神って使ったことあるんですか?」「いや、私は使いませんよ。だってほら、ここに棋神がいるわけですから!もうたくさん有り過ぎてあげちゃいたいくらい」「そりゃあそうですね」棋神鈴木大介八段はうまそうにハイボールを飲む。

三次会では金井五段に将棋を教わった。アマチュアが良い手を指したと思ってもプロ棋士にかかればそんな好手は何でもない。とにかく好手、妙手を指し続けなければプロ棋士には敵わないという印象を受けた。
上等な酒を飲み将棋を指した後に床につく。今夜は眠れそうだ。

〜人間将棋二日目〜
人間将棋二日目、午前8時半にはホテルを出て「なか卯」に向かう。和風チキンカレーを食し、さっさと舞鶴山を登った。一番乗りかと思ったが、本部では村岡さんや渡辺さんが準備をしており、私も駒、駒台、将棋盤を並べてハッピを来て椅子に座っていた。

しばらくすると花輪さんがやって来て「おお、随分早いねー。実はこれを用意してきたんだ」と言う。
花輪さんはノートを出して「おしりペン」と書いてあるページを自信満々に私に見せてきた。
「なんすか、これ?」
「これはおしりペン」「え、おしりペン?」「昨日、環那ちゃん、2次会逃亡したから、おしりペンペンってこと!」花輪さん疲労でついに乱れたか。
30分後、プロ棋士の方々も続々と本部に入り、昨晩の話をする。
「ほら、環那ちゃん。これだよ」花輪さんは得意気に傑作ノート「おしりペン」を出す。
「花輪さん。おしりペソに見えますよ」鈴木環那女流二段は失笑しながら手厳しく指摘する。「これはおしりペン!おしりペンペンってこと。駄目だよ、もう逃げるんだからー。昨日電話したのに」

「花輪さん。なんか、ドラえもんの道具みたいなこと言いますね。おしりペーン!それ一応写真撮っておきますね」
「いや、まあいいんだけど」花輪さんはなぜか気恥かしそうにノートをしまう。
この問答に深浦九段は妙に受けている。

〜桜の木の下で〜
おしりペンに呆れたのか鈴木環那女流二段は「ちょっと桜を見てきます」と言いテントから離れた。
26歳の大人になったものの、物騒な事件が多い昨今、プロ棋士の身に何かあったら大変だと思い後を追い、前日にどんどん焼きを購入した店の近くにその姿を発見した。
「環那さん、桜と一緒の写真を撮らせて頂けませんか」「桜とですか。わかりました」「いやー恐れ入ります。ありがたい。勿体ないことで」「アハハッ、なんですかそれ?」「こちらでお願いします」

写真を撮った後にどうぶつ将棋を見つけたので二人で席に座った。

「これ、どうするんでしたっけ?」「この王様が相手のここにいくと終わりなんです」
「そうなんですか。ではお願いします」「お願いします」
「これをこういきまして」「では、私はこれをこういきまして」「あ、それだとこういきまして」「負けました」

さすがに、鈴木環那女流二段はどうぶつ将棋にも長けている。

どうぶつ将棋終了後、テントに戻り掲示板に投稿する。鈴木環那女流二段は「どっちが桜だかわかりませんね」と冗談っぽく言ったので私は「キター!また、そういうこと言うの」と返した。
金井五段は「まあ、価値観は人それぞれですからね」とバッサリ切る。
しかし、この写真を見た甲斐女流二冠は「わー可愛い」と呟いた。
鈍感ボーイの私でもこの言葉には反応した。「甲斐先生、先生も桜と一緒に写真撮らせていただけますか?」「えー、いいんですかー?わかりました」「じゃあ行きましょう!」

今度は甲斐女流二冠と歩き出す。
「甲斐さんは山形は何回目ですか?」「ええと、三回目です」「そうですか。以前、甲斐さんとスナックで一緒になったのですが、あの時は白いスーツを着てましたね」「白いスーツ?」「そう、白いスーツです。さ、ここで撮りましょう」「ここは、さっき鈴木さんが撮った所ですね」「良くわかりましたね。さ、撮りまーす。もう一枚!ありがとございます」「ありがとうございました」「これも載せますね」「あ、クレープが食べたいです」「今、買いますか?」「いえ、後でいいんです」

二人でテントに戻り掲示板に投稿していたのだが、人間将棋対局までに時間があったので甲斐女流二冠、鈴木環那女流二段、花輪さんとで散策することにした。
前日のように三人はぶどうジュースのようなものを飲んでいる。
書駒のコーナーもあり、両女流プロ棋士は興味を示した。係りの人のアドバイスを受けながら二人は真剣に書いている。

甲斐女流二冠は希望の「希」を書き、鈴木環那女流二段は「卯亀」と書いた。
「いやーいいですね」と言いながら私は写真を撮る。

隣の店のおじさんは鈴木環那女流二段に対し「あんたうまいねー。プロの将棋指し?いいね!字上手だよ!」と話しかける。「ありがとうございます」と鈴木環那女流二段はいつもの対応である。
仕上げに家紋のように五つか六つ点をつけ、「V」の模様をつけている。「何それ?家紋?」「亀です!」「何それ?ブイ?」「うさぎです!」中々当たらない。

書駒教室が終了すると花輪さんはどこかに行ったので三人で散策を続けた。鈴木環那女流二段は「クレープを食べましょう。私が払いますから」と言う。「いやいや、私が」「いいえ、英さんにはどんどん焼きを買ってもらったので私が」一度決めたら曲げない性格は将棋にも出ているのだろうか。
三人で出店に並んだのだが鈴木環那女流二段は「5つください」と注文する。「ちょっと多くないですか?時間もかかるし」「いえ、5つでいいんです」「そう」
1つめのクレープは甲斐女流二冠が受け取り、2つめは私が受け取った。この時、ストロベリーソースがこぼれたので、「すみません、ティッシュありませんか?」と二人に尋ねると甲斐女流二冠はそっとティッシュを出した。「いやーさすが甲斐さん。女子力というものがありますね。ありがとうございます」「私は対局の時も持ちませんから」鈴木環那女流二段は胸を張って私に言った。「いやいや、甲斐先生はさすがです」
クレープは思った以上に時間がかかるので、甲斐女流二冠と私は「もう時間がないので、3つにしましょう。もう人間将棋が始まってしまいます」と鈴木環那女流二段に注文の変更を促したのだが、中々折れない。
3つ出来上がった時点で20分前になったので後ろ髪引かれる鈴木環那女流二段を説得し帰ることにした。「もう、大丈夫だったのにー」
甲斐女流二冠は「もう、相変わらずこうだと決めたら折れないんだからー」と言い、私も「出会った19歳の時から全然変わってない」と呟いた。

〜スーパーアイドルAKB26〜
テントに戻り甲斐女流二冠の隣で初めてのクレープを味わった。
「こういうの東京にはたくさんあるんでしょうね。山形ではあまり見かけないんですけど」
クレープの話をしている間に人間将棋開始15分前である。
プロ棋士は全員着替えて、私は記録用紙を手にして丘に座る。するとなぜか、後ろに手を組んで周りの様子を見る甲斐女流二冠の姿が隣にあった。「あれ?そろそろじゃ」
間近で見るのが新鮮だったのだろう。甲斐女流二冠は数十秒後、大盤の前に向かった。

人間将棋は深浦九段と金井五段の対局である。正直、後で花輪さんと顔を見合わせて気づいたのだが、写真をじぇんじぇん撮っていなかった。
後手の深浦九段の勝ちとなったが、鈴木大介八段のトークは相変わらず軽妙で飽きない。そして両女流プロ棋士の応対も素晴らしいと思った。
対局が終了し、テントに戻ると花輪さんがいたので話かけてみた。「いやー、やっぱり女流プロ棋士ってすごい人気ですね。次から次へとファンが色紙を持ってきて。クレープ買いに行ったり、写真撮りに行くだけで話かけられるんですよ」

「そりゃあそうだよ。だって環那ちゃんなんてスーパーアイドルAKB26(エーケービー・トゥエンティーシックス)だもの!」「じゃあ、今年は27歳になるから?」
「そう、スーパーアイドルAKB27(エーケービー・トゥエンティーセブン)になるんだよ!」
このセンス、呆れてモノも言えない。

〜書駒〜
隣に甲斐女流二冠がやって来た。椅子の上には色紙が置いてある。「これ、どうしたんですか?」「せっかく書いたのに。頼んでくれた人が見つからないんです」「なんと、勿体無い。もし見つからなかったら私が」「その時はお願いします」


指導対局が始まる前なのでプロ棋士は全員移動したのだが、甲斐女流二冠の荷物が置き忘れてあった。私は荷物を持って甲斐女流二冠が指導している側に椅子を置き荷物を置いた。

予想以上に人いて写真を撮るのも大変である。またも渋谷さんの姿を見つけた。毎年参加しているのだろうか。
指導対局終了後、甲斐女流二冠に話かけてみた。「先生、駒の出来は如何がでしたか?」
「ねえねえ、見てみてー。かわいいでしょう?」甲斐女流二冠は可愛げに言う。蓋を開けると先ほど書いた「希」の駒と小振りな駒が入っていた。漆の艶が実に美しい。「おお、いいですね。よかったですね。」小振りな駒の表には鮮やかな模様の中に智美と書いており、裏を見ると将棋の駒が6種類くらい赤い文字で書いてあった。「素晴らしいですね。色紙はどうでしたか?」「色紙はすぐに渡す人が見つかったんです。だから、今度はいつか英さんに書きたいと思いますのでその時はもらってくれますか?」「はい、勿論です。ありがたいことです。いつかお願いします。」甲斐女流二冠の丁寧な対応には本当に恐縮する。
指導対局が終了した後、甲斐女流二冠や鈴木環那女流二段はファンに囲まれて写真や色紙を求められていた。
私は「相変わらずすごい人気だな」とその様子を見た後に舞鶴山を降りた。
駐車場に停めている愛車に乗り、ラジオを聴き風を切りながら山形市へと向かう。
この二日間、どんどん焼きやクレープを頬張ったり、酒を飲んだり、桜の木の下で写真を撮ったことを甲斐女流二冠や鈴木環那女流二段は数年後に憶えているだろか?忘れた時はこのHPに来て思い出して欲しい。
「ああ、そういえば山形県に来たときにおしりペンとか言った人もいたよね」と。