将棋マル秘の一手「金という駒の特性、一時的な悪形は好形の前哨」

今回のマル秘の一手は初手からの驚きの2手をまずご紹介させていただきます。昨年(平成21年)11月28日の新人王戦、先手は甲斐智美女流二段対後手は青森県出身の奨励会三段、西村一義九段門下の小泉祐三段の将棋から。初手甲斐先生の▲5六歩。それに対する小泉三段の一手は・・・なんと△7二金!初手に金や銀を上がる手はまれに見ますが、この飛車を囲うように金を上がる手は私は見た事がありませんでした。

しかしあらかじめお断りしておきますが、この「将棋マル秘の一手」というコーナーはもう6年もやっておりますが、「奇襲戦法」という手は今までにもご紹介していなかったつもりです。私自身、そうした奇襲というものが嫌いなのもありますが(そうしたもので勝てるほど将棋というものは単純ではないですから)実戦で使える多少なりとも「戦術、本筋」これが含まれた手でないとご紹介はしないつもりです。それを踏まえましてのこの△7二金という手はこの将棋を並べてよく考えてみましても奇襲と言えるものではなく、本当に「理論的に考えられた手」であるというが分かってきました。






数手進めてみましょう。▲7六歩△7四歩▲5八飛△7三金。こう進んでハッと思いました。この金の意味するところと言いますか、この△7二金という手はとある将棋がベースとして研究され、指された手じゃないのだろうか。














その将棋とは・・・昨年7月号の将棋世界誌での企画「指し込み2番勝負!!」の角落ち戦で、下手西川和宏四段に上手の鈴木大介八段の指した初手△6二金、この手が指された意味と同類の意味があった今回の△7二金だったのではないか?当時のその角落ち戦の△6二金の将棋世界誌に書かれていた解説をここにご紹介させていただきます。

「・・・・・『西川君の棋譜は調べた。実戦派の振り飛車党で中終盤に力を出す。序盤が勝負だと思った(鈴木大介八段』)。角落ちでも序盤で作戦勝ちしようというのだ。△6二金〜△7四歩は下手の振り飛車を牽制する手段だそうだ。『△6四金型を見せて、下手は中飛車にしにくくなっている』と鈴木大介八段。『これをとがめるには居飛車にするしかないが、居飛車にはしてこないと思った』という。まさに、勝負の鬼だ。・・・・・」










甲斐女流二段と小泉三段の将棋で、まず小泉三段は「甲斐先生は振り飛車党だ」という事は当然知っていたと思います。その甲斐先生が初手▲5六歩と突いたからにはこれは100%に近く「中飛車」志向だという事が見えたでしょう。そして初手から▲5六歩△7二金▲7六歩△7四歩▲5八飛△7三金。こう進んで先ほどの鈴木大介先生の解説を思い出してみましょう。この局面で先手が例えば▲5五歩と突いたとしたならば後手は△6四金とするでしょう。この△6四金の形が先手の▲5四歩からの歩交換を防ぎつつ、先手の角の頭を狙った、大きな意味で言いますと「盤面を制圧する」かのごとく形になる。これが鈴木大介先生の言う「△6四金型を見せて、下手は中飛車にしにくくなっている」という意味だったのではないでしょうか。昔、△5三金から△6四金というルートをたどる「対中飛車金立ち戦法」という戦法がよく指された時代もありました。しかし金立ち戦法は「△5四歩を突かなくてはならないため、5五に焦点ができてしまう」という事もあり、今回の△7四歩から△6四金の形は5五に焦点がなく、そうしたところでも得しているという意味も大きくあると思います。また、小泉三段が鈴木八段の角落ち戦の時のように、△6二金でなく△7二金と上がったのは、振り飛車党の甲斐女流二段が万が一に▲2六歩から居飛車にしてきた時に△6二銀と上がる余地を残し、「中住まいの形で戦う」などの戦い方を考えていた意味もあったのかもしれません。

第2図から本局を進めてみましょう。▲4八玉△6二銀▲3八玉△4二玉▲2八玉△3二玉▲3八銀△8四歩▲1六歩△8五歩▲7七角△6四金



▲7八銀△7二飛▲1五歩△7五歩▲同歩△同飛▲6六歩△7四飛▲6七銀△7六歩▲6八角△7五金。こうなった形を見ていかがでしょうか。後手の初手△7二金という手はパッと見、奇襲戦法なのではないかと多くの人は感じた事と思いますが、この飛車と金のバランス、また△5四歩と突いていない事が大きなメリットとして生きているところなど、理論的な思いを私は富に感じずにはいられないのです。















第5図から更に数手進めてみましょう。▲5五歩△3四歩▲3六歩△4二銀▲3七桂△6四歩▲7八金△6五歩▲同歩△同金▲5六銀△6四飛▲6七歩△7五金▲2六歩△7三桂▲2七銀△5四歩▲3八金△5五歩▲同銀△7四飛▲4六角△6五金












▲7五歩△同金▲6六歩△5三歩▲2五桂△3一金▲6四銀△6三歩▲7五銀△同飛▲5二金△4九銀▲5九飛△3八銀成▲同銀△4八金▲6九飛△5五角、以下小泉三段の勝ち。好形の形の利点を大きく生かした指し方の、その本局の快勝譜だったと思います。














さて、今の甲斐女流二段と小泉三段の平手戦、先ほどの西川和宏四段と鈴木大介八段の角落ち戦と共に「金が、はため奇妙な悪形の形(金が7三や3三、6四や4四などと「角の筋」に入るのは昔からいい形でないとされていますから)から、実は好形をめざしている」というところが共通したところだったのですが、調べてみますとこうした金の動きと言いますのは、昔からその「角落ち戦」で多く指されていたのには私は驚いてしまいました。古い棋譜で恐縮ですが何局かご紹介させていただきます。1968年に指されました大山康晴十五世名人と関則可アマの角落ち戦。












第8図から△7三金▲6七金△6四金 ▲4六歩△8五歩▲7七銀△5五歩▲同歩△同金▲4七銀△5四金。この5四に金を携えるのは角落ちの上手の理想形の一つと言われています。












1950年に指されました升田幸三先生と加藤一二三先生の角落ち戦!。















第10図から△7三金▲6六歩△8五歩▲7七銀△8四金▲6七金△7五歩▲同歩△同金▲7八金△7四金。


















1969年に指されました。加藤一二三先生と関則可アマの角落ち戦。














第12図から△7三金▲6六歩△6四金▲6七金右△7五歩▲同歩△同 金▲7六歩△7四金▲4六歩△6四歩▲6九玉△4二玉▲4七銀△3二玉▲3六歩△4二金▲4五歩△7三桂▲4六銀△6五歩▲同歩△同金▲6六歩△6四金。

このような角落ち戦で「右の金を7三から出ていって歩を交換し、5四なり6四なり7四なりに金をそえる好形を求める」というのは当時から、はたまた今の時代までの角落ちの定跡として受けつがれてきたものであるとは思いますが、そこに「好形を求めていく将棋の筋」というものを感じてしまいます。










しかしこうした「悪形の金から好形を求める」という事で平手戦の今の時代の将棋として私が真っ先に思い浮かべたものは、あの3年前の竜王戦第7局、渡辺明竜王対佐藤康光先生の「相中飛車」の戦形での佐藤先生の指されました30手目の「△3三金」でした(金は3二の位置から上がった手)。この手なども一時的に角道に金が入る悪形にはなりますが、以下、もしすんなり△4四金から△5四歩▲同歩△同金などと進められる事ができたらそれだけで勝負あったとなるほどの後手の好形になってしまいます。この△3三金では通常、その左金の遊びが気になるからと言って△4四歩から△4三金などとなんとなく指してしまいそうですが、それは後手の角の効きも弱い「力強さのない駒組み」であり、先手の作戦勝ちとなってしまうところだったでしょう。まさにこの△3三金という手は「一時的な悪形は好形の前哨」という意味が強く感じえる手であると思います。









こうした形にとらわれない金の動き、好形を求め駒を滑らすその手など、将棋の盤面には私達がまだまだ発見できていない筋が多くあると私は思います。今の時代「前例がない」としただけでその手を「新手」などと簡単に呼ぶようになってしまいましたが、こうした「筋で見た事がない新しいもの」こそ、真の新手だと私は思うのですがいかがでしょうか。



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