【5】





「――――――では、キャストはこれでいいですね?」

ドラマプロデューサーがルーシーに言った。
「ええ、このキャストでいいと思います」
差し出された出演者の写真つきリストを見て、ルーシーはにっこりと笑んで頷いた。
キャストは今話題の俳優ばかりである。自分の小説がドラマになる事に、至福の喜びを噛み締めている。ホテルのレストランの特別室で、食事をしながら打ち合わせをしていた。

 

ルーシーと同行した編集長のレイモンド・テーラーが車を運転しながら自社に帰る。丁度信号機が赤で止った。相変わらずの渋滞の道。オフィスビル街である。
窓枠に肘をつきほお杖をついているルーシー。窓の外では、車の隙間をぬって、自転車便がものすごいスピードで通り抜ける。見事な腕捌きである。「事故らないのかな?」と少し心配をしてしまう。ふと、人ごみの歩道に、小さな子連れの親子に目が止った。仲睦ましいその光景に、ルーシーの目が優しく細まる。

 

「痛!」
包丁で指を切ったルーシー。慣れない料理をしている最中であった。テーブルの椅子にちょこんと座って見ていたアントニオは、急いで救急箱を持ってきて、バンドエイドをルーシーの指に貼ってあげる。
「有難う」
ルーシーはアントニオの頭を撫でる。アントニオは嬉しそうに笑う。最近のアントニオは笑うようになっていた。それがルーシーには嬉しかった。
「僕も、やっていい?」
と言って来たのには吃驚した。
―――――――危ないのでは・・・
と躊躇するが、医師・教師から、「何でもさせてあげて下さい」と言われていた。
―――――――まあ、させて見ようか?
で、小さい果物ナイフを渡す。
「えっと、こうやって剥くのよ?」
と言うが、哀しいかな、教えるほどの腕前ではない。剥くというよりの削っているとっていいほどである。皮よりも実の方が数倍も太い。
が、アントニオは器用に剥いていく。自分よりも見事な手際のよさに
「やった事あるの?」
「・・・ううん・・・痛!」
指を切る。ルーシーはその小さな指を舐めた。アントニオはきょとんとする。そして絆創膏を貼った。
「有難う!」
「どういたしまして」
まだまだ同い年の子よりは、言葉数が少ない。その事を気にしていたルーシーであった。
が、
アントニオが料理をし始めてから、言葉数が多くなった。表情も豊になった。
「これどういう意味?」
と料理本を持ってきて、訊いてくる。ルーシーも解らないので、アンに恥ずかしながら訊く。アンは丁寧にアントニオとルーシーにも教えた。時間がある時は、ルーシーの家のキッチンで料理をし、ウィルと4人で食卓を共にした。そこでの主役はアントニオ。3人は出来るだけアントニオに話をさせ、上手に聞き役に徹した。
アンは御本も読んでくれた。アンの膝に乗って大人しく聴き入る姿は、本当に愛らしかった。そして、ルーシーが小説家という事もあり、ルーシーの書いた本を読みたがった。まだまだ小さなアントニオには難しすぎるルーシーの本の解らない言葉はアン・ウィルや、ルーシーに訊いてきた。(ルーシーとしては自分の本を読まれる事は、嬉しいやら恥ずかしいやらであるが)
いつしか、通常の学校に通うようになり、一般の同い年の子よりも知識が豊富になっていた。(最近の子は読書嫌いである)
「いや〜最初はどうなるかと思いましたけどね、アントニオ君はなかなか利発ですよ。でも、サザーランドさんの努力の賜物でしょうな」
教師が嬉しそうに微笑んで頷きながら、ルーシーに言った。
「いいえ、御近所夫妻の御蔭です」
ルーシーも嬉しくなり涙した。
本当にこれほどまでに学習能力が回復したのは、熱心にアントニオに教えてくれた、アンとウィルの御蔭であった。

初めてのクリスマスを迎える時、アントニオは今までクリスマスと言うものを知らなかったと言う。
ウィルがクリスマスツリーを買ってきてくれた。それにアントニオとルーシーが飾り付けをする。ルーシーはアントニオを持ち上げて天辺に星の飾りをつける。アントニオは実に楽しそうに飾り付けをしていく。
「サンタさんにクリスマスプレゼントは何をお願いするのかな?」
プレゼントの意味も知らなかったアントニオに、ルーシーが訊ねると
「え・・・とね」
とモジモジしならが、調理器具の名前を言った。ルーシーはぽかんとした。
―――――――普通、ゲーム機とか玩具じゃないの?
と思いつつも買い、アントニオの枕元に置いた。翌朝アントニオはとても嬉しがり、アンとウィルに見せびらかす。二人とも「良かったね」と一緒に笑む。アントニオはそれを大切に使った。それが又ルーシーには嬉しかった。
いつしか洗濯物も部屋の掃除もしてくれるようになった。
最初は
「いいわよ」
と止めさせようとしたが、
「ルーシーはお仕事してて」
と喜々としてやる姿を見て、苦笑した。


ルーシーは溜息をつく。

「・・・もっと、自由にしてもいいのに・・・」
「何?」
レイモンドが訊ねた。
「あの子・・・・」
「アントニオ君?」
ルーシーは頷く。




【5    終】




09.09.07



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