【34】




次の日

「ルーシー?」
スーツ姿で出かける用意をしているルーシーに声を掛けた。
「ちょっと出かけてくるわ」
「何処に行くの?」
「例のホテルのレストラン。ウェイトレスに直接訊くわ!」
目が赤く腫れていた。一晩中泣き明かしたのであった。
一緒に行けば、バレるのでは、一瞬不安が過ぎったが、
「僕も行くよ」
アントニオも出ていく用意をした。
アントニオが車を運転した。その間中、ルーシーは窓枠に肘を置いて、口元に手を置いていた。その唇がブルブル震えている。アントニオは相手が自分に気づかす、何事もなく過ぎる事を、祈った。

「はい、この男性です」
青い空と青い海に聳える白いホテル。そのレストランに二人は居た。レイモンドの写真を見せる。ウェイトレスは頷いて言った。アントニオはなるべくウェイトレスを見ないようにしている。
「女性と一緒だったと・・・」
「ええ」
アントニオは平静を保っていたが、内心冷や冷やしていた。目の前のウェイトレスが自分に気づくのでは?と。気にしすぎなのだろうか、さっきからウェイトレスが自分を見ているような気がしてならなかった。
「どんな人でした?」
「綺麗な人でしたよ。ブロンドの髪をして」
「目は?」
「薄い紫のサングラスを掛けていたので、はっきりとは・・・」
ウェイトレスは困った顔をする。警官にも何回も同じ事を聞かれているのだろう。
「どんなお話しをしてました?」
「そこまでは・・・ただ、深刻な話をしてたようでしたけど・・・」
「・・・・・・そう・・・ですか・・・どの席でした?」
ウェイトレスは「あそこです」と窓辺の席を指差した。ルーシーは暫く、その席を見つめていた。
―――――――あそこに、レイモンドと、女性が・・・
不安と、怒りなのかよく解らないもやもやとした感情が胸中に膨れ上がる。目に涙が溜まり、今にも落ちそうであった。
「女性の方は機嫌が良くなったみたいで、帰る時は腕組んでましたよ」
ルーシーの顔から一気に血の気が失せた。ふらついた彼女をアントニオが支えた。
「すみません。ルーシー・・・もう行こうか?」
アントニオはウェイトレスに頭を下げて礼を言った。
「あの・・・」
ウェイトレスの引き止める声に、アントニオは心臓が止った。
―――――――バレた!?
頭が混乱した。身体中の毛穴から冷や汗が噴出す。
もし、バレた としたら、どのように対処したらいいのか、瞬時に思惟し始める。
ウェイトレスと二人っきりなら、どうにか出来よう。
だが、
ルーシーや他の従業員、客までいる。
もし、ここでバレたら、最早隠しようが、ない。
身体が、石像のように、硬直した。
―――――――どうしよう。どうしたらいい。
「・・・あの、アントニオ・サザーランドさんですよね?」
心臓が飛び跳ねた。汗が止まらない。
―――――――どうしよう。どうしたらいい。

アントニオは目を瞑り、深呼吸をし、逡巡しながら振り返った。
「はい、そうですけど・・・?」
にっこりと笑む。裏は狼狽。
「ああ!私貴方のファンなんです!」
その言葉に、アントニオは拍子抜けした。一気に脱力感が襲った。その場にへたりこみそうになった。ウェイトレスは二人の感情など全く無視して一人はしゃいでいる。
「サインして下さいますか?」
ルーシーの目の前での、不躾な振る舞い。普段ならあまり良い顔をしないアントニオではあったが、内心胸を撫で下ろしていた。
チラ・・・とルーシーを見た。ルーシーは「仕方ない」と言った顔で頷く。アントニオは、ウェイトレスのハンカチにサインをした。ウェイトレスは大喜びし、握手した。
「次の作品も期待してます!」
「有難う」


帰りの車の中、ルーシーは静かに泣いていた。

家に帰ってきても、食事をほどほどにベッドへと向かった。
後片付を終えたアントニオが、ルーシーの寝室へと行った。ベッド脇に座り、泣いているルーシーの頭を撫でた。「大丈夫。何かの間違いだって」その頭にキスをした。

テレビにも出演し新聞広告も出した。だが、来る情報は、誹謗中傷やデマカセばかりであった。最初は丁寧に受け答えしていたルーシーとアントニオは、終いには、嫌気がさしていた。

 



【34    終】




2010.11.10



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