【26】





何事もなく日常が過ぎていく。

「おい、ステファニーが行方不明だとさ・・・」
登校して来たアントニオに、クリントが話し掛けてきた。
「ステファニーが?」
アントニオがきょとんとする。自分のロッカーに荷物を入れる。
あの日から、
―――――――――1ヶ月近くが経っていた。
「まあ、あいつちょくちょく家出してたからな・・・今度も男と一緒だとは思うけどな・・・」
クリントも「又か」と言った感じである。アントニオがこの学校に来る前は、問題児だったステファニー。それがアントニオを知ってから、学校も真面目に来出したのである。あのダンスパーティーでアントニオに無碍にされた腹いせに、家出したのであろう。とクラスメイトは思っていた。この話で教室は噂になっていたが、誰一人として、深刻に考えている者は、いなかった。

それから、2週間後

警察が教室で、一人一人のクラスメイトに事情聴取を始めた。アントニオも色々と訊かれた。
「えっと、ダンスパーティーに一緒に行ったそうだね」
メモ帳を片手に、恰幅が良過ぎる警官が、右手に持ったボールペンで頭を掻きながら、訊いていた。
「はい」
「その時、彼女はどうだったかな?」
「どうって・・・。別に普通だったと思いますが・・・?」
「付き合ってたのかい?」
「いえ、たまたま誘われただけですが?」
「家に送ったのは何時頃?」
「・・・・えっと・・・9時前かな・・・?そんなに遅くなかったと思います。すみませんはっきりと覚えてません」
「ああ、解るよ。何分時間が経っているからね。その後は?」
「まっすぐに帰りましたが」
アントニオは素直に答えた。警察官も頷きながらメモを取る。
「あの・・・ステファニー、何か・・・?」
アントニオは少し前かがみで、訊く。
「いや、多分家出とは思うんだけどね。よく警察に厄介になってた子だから・・・。ただ、親御さんがね『こんなに家に帰ってこないなんておかしい!』と。まあ、形だけだから悪く思わないでね。クラスメイト皆に訊いているから・・・・」
ちゃんと捜査していると、親御に知らしめる為である。こういう事例はこの国では無数にある。一々本格的に捜査などしていられない。そして、この警察官はアントニオの事を知っていた。彼はボランティアに精を出す、『好青年』として、この地域では有名である。この警官もその現場を見たこともある。いつも一生懸命に壁の落書きを汗を流しながら消していく彼の姿を見て、家で遊び呆けている自分の子供の情けない様に、溜息をついていた。州知事が彼を招いて感謝状を贈っているのもニュースになっている。目の前の少年が、この事件に関わっているなどと、微塵にも思わないであろう。警察官は困ったように苦笑いをした。アントニオは「大変ですね」と労わるように笑った。

それっきり、
警察はアントニオを訪れなかった。

 

 

ある日の
学校帰り、
「ちょっと」
アントニオに声を掛けるアントニオと同い年くらいの少年がいた。鼻と耳に輪っかのピアスが光っている。腕にはトカゲの刺青。どうみても、あまり宜しくない少年であった。
アントニオは微かに眉間に皺を寄せた。少年が近づいてくる。
「あの・・・?」
アントニオは怪訝な顔をした。
「トムの知り合いのショーンて言うんだけど・・・」
その言葉に、アントニオの片眉が微かに動いた。
「ここでは何だから・・・・」
ショーンがにやりとする。アントニオは周りを気にしながら、微かに頷いた。
道から外れた汚れたビルの谷間の小さな隅に、アントニオと少年が居た。ゴミ箱の蓋の上に、猫が寝そべっている。
「あの、話は・・・?」
アントニオは周りに人がいないかどうか確認した。
「・・・あの(・・)()、親御さんが探しているみたいだな」
アントニオが微かに目を眇めた。ショーンはアントニオの反応を見て、にやりとする。
「それが、何か?」
アントニオは冷静を保つ。が、内心は狼狽していた。
「・・・・このまま、警察でもその親御さんの所にも行ってもいいんだけど?」
アントニオに近づき、下からアントニオを窺うように見る。
「・・・・困るだろう?」
アントニオはショーンを見ず、真っ直ぐ正面を見ていた。両端汚れに汚れたコンクリートの壁。所所に、小さな罅割れも入っていた。人目にはつき難いが、逃げるのにも厄介な場所である。
「・・・・こんな事をして、トムが知ったらどうなるか解っているのか?」
微かにショーンを脅すように、小さな声で言った。
「はっ!」
ショーンは両手を上げ、少しアントニオから離れた。
「トムなら知っているさ」
アントニオの目が剥いた。
あからさまな動揺のアントニオに、ショーンはくすくす笑う。
「・・・・・・・トム・・・が・・・・?」
―――――――――――トムが!?
一瞬で、顔が蒼白になった。
「ああ、『別に好きにしたらいい』ってよ。まあ、あんたは仲間じゃないしな。何なら確かめてみる?」
ポケットから、携帯電話を取り出して、アントニオに向ける。アントニオの顔が蒼白になり、微かに震えているのを、ショーンは見逃さない。手をつっこんでアントニオに歩み寄る。
「なあ、あんた金持ってるんだろう?若手では売れっ子小説家だもんな?少しくらい分けてくれてもいいよな?」
「君も、共犯者だろう?」
アントニオは震えながら、強がりに言った。
「別に、俺、あの子とセックスしただけだし〜。別にトッ捕まるでもないさ。――――どうすんだよ?」
アントニオは握り拳を作る。
「・・・・・・・・幾ら、欲しいんだ・・・?」
搾り出す声。こんな奴に屈したくない。ショーンは口笛を吹いた。
「話が早くて嬉しいよ。とりあえず(・・・・・)2000ドル貰おうかな?」
―――――――とりあえず・・・・か
1回払えば、ずうっと続く―――――――
こういった輩は、人を食い物にしようとする事しか考えない。アントニオは心の中で、ショーンに唾を吐く。
「直には無理だ」
「ああ、明日どうだ?シュテンバーグ公園で、23時に。時計柱あるだろう?その下な。ああ、変な気起こすなよ?俺はあんたと違って、場数だけは結構踏んでるからな?」
アントニオの肩に手を置き「じゃあな!」と軽快な足取りでその狭い隙間を歩いていった。その後ろ姿を、アントニオは、無表情の中にも、憎悪の瞳で睨みつけていた。

 


【26     終】




2010.04.23




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