資料49 米国及英国ニ対スル宣戦ノ詔書



        
米國及英國ニ對スル宣戰ノ詔書
 

 

天佑ヲ保有シ萬世一系ノ皇祚ヲ踐メル大日本帝國天皇ハ昭ニ忠誠勇武ナル汝有衆ニ示ス
朕茲に米國及英國ニ對シテ戰ヲ宣ス朕カ陸海將兵ハ全力ヲ奮テ交戰ニ從事シ朕カ百僚有司ハ勵与μ灰鯤行シ朕カ衆庶ハ各々其ノ本分ヲ盡シ億兆一心國家ノ總力ヲ擧ケテ征戰ノ目的ヲ達成スルニ遺算ナカラムコトヲ期セヨ
抑々東亞ノ安定ヲ確保シ以テ世界ノ平和ニ寄與スルハ丕顯ナル皇祖考丕承ナル皇考ノ作述セル遠猷ニシテ朕カ拳々措カサル所而シテ列國トノ交誼ヲ篤クシ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ之亦帝國カ常ニ國交ノ要義ト爲ス所ナリ今ヤ不幸ニシテ米英兩國ト釁端ヲ開クニ至ル洵ニ已ムヲ得サルモノアリ豈朕カ志ナラムヤ中華民國政府曩ニ帝國ノ眞意ヲ解セス濫ニ事ヲ構ヘテ東亞ノ平和ヲ攪亂シ遂ニ帝國ヲシテ干戈ヲ執ルニ至ラシメ茲ニ四年有餘ヲ經タリ幸ニ國民政府更新スルアリ帝國ハ之ト善隣ノ誼ヲ結ヒ相提攜スルニ至レルモ重慶ニ殘存スル政權ハ米英ノ庇蔭ヲ恃ミテ兄弟尚未タ牆ニ鬩クヲ悛メス米英兩國ハ殘存政權ヲ支援シテ東亞ノ禍亂ヲ助長シ平和ノ美名ニ匿レテ東洋制覇ノ非望ヲ逞ウ
セムトス剩ヘ與國ヲ誘ヒ帝國ノ周邊ニ於テ武備ヲ増強シテ我ニ挑戰シ更ニ帝國ノ平和的通商ニ有ラユル妨害ヲ與ヘ遂ニ經濟斷交ヲ敢テシ帝國ノ生存ニ重大ナル脅威ヲ加フ朕ハ政府ヲシテ事態ヲ平和ノ裡ニ囘復セシメムトシ隱忍久シキニ彌リタルモ彼ハ毫モ交讓ノ与瀬淵徒ニ時局ノ解決ヲ遷延セシメテ此ノ間却ツテ益經濟上軍事上ノ脅威ヲ増大シ以テ我ヲ屈從セシメムトス斯ノ如クニシテ推移セムカ東亞安定ニ關スル帝國積年ノ努力ハ悉ク水泡ニ歸シ帝國ノ存立亦正ニ危殆ニ瀕セリ事既ニ此ニ至ル帝國ハ今ヤ自存自衛ノ爲蹶然起ツテ一切ノ障礙ヲ破碎スルノ外ナキナリ
皇祖皇宗ノ神靈上ニ在リ朕ハ汝有衆ノ忠誠勇武ニ信倚シ祖宗ノ遺業ヲ恢弘シ速ニ禍根ヲ芟除シテ東亞永遠ノ平和ヲ確立シ以テ帝國ノ光榮ヲ保全セムコトヲ期ス  

御名御璽

 

 

 

 

 

      昭和十六年十二月八日

 

 

 

 

内閣總理大臣兼
内務大臣陸軍大臣

東條 英機

 

文部大臣

橋田 邦彦

 

國務大臣

鈴木 貞一

 

農林大臣兼
拓務大臣

井野 碩哉

 

厚生大臣

小泉 親彦

 

司法大臣

岩村 通世

 

海軍大臣

嶋田繁太郎

 

外務大臣

東郷 茂

 

逓信大臣

寺島  健

 

大藏大臣

賀屋 興宣

 

商工大臣

岸  信介

 

鐵道大臣

八田 嘉明

 

 

 


  (注) 1. 詔書本文は、「国立公文書館・アジア歴史資料センター」のホームページにある
       御署名原本の映像によりました。
       2.詔書原文は、勿論縦書きです。
      3.繰り返し符号「々」(「各々」「抑々」「益々」)は、原文では「こ」を押し潰したような
       形の繰り返し符号が用いられています。     
      4.「国立公文書館・アジア歴史資料センター」のホームページにある御署名原本の
       映像を見るには、
   
        < 『国立公文書館・アジア歴史資料センター
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          英国 宣戦 詔書」と入力して検索 → 「
御署名原本・昭和十六年・詔書一二月八日・米国
          及英国ニ対スル宣戦ノ件
」>
       
5.この「宣戦ノ詔書」(宣戦の詔書)に対する「大東亜戦争終戦の詔書」が、資料12
        にあります。
       6.太平洋戦争の開戦を告げる臨時放送について
        昭和16年(1941年)12月8日朝の、太平洋戦争の開戦を告げる臨時放送は、
       当時のNHKアナウンサー・館野守男氏によって読まれました。
            「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。大本営
          陸海軍部、12月8日午前6時発表。帝国陸海軍は本八日未明、西太平
          洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入
(い)れり」
         朝日新聞2002年(平成14年)3月18日夕刊の『惜別』の欄に、「
元NHKアナ
          ウンサー
館野守男さん」が出ていて、2月28日87歳で亡くなられたとあります。
         その記事の中に、<映画・ドラマでも使われる有名な放送だが、「今残っている
        声は後から録音盤に入れたもので、実際はもっと淡々とやったと父からは聞かさ
        れました」。三男で同じNHKアナウンサーになった直光さんは話す>とあります。
         なお、館野守男氏は、1945年昭和20年8月15日の終戦の予告放送も行った
        とのことです。

                  
引用者注: 開戦を告げる臨時放送で「アメリカ、イギリス軍と」となっているのは、陸海軍部
           の発表文では「米英軍と」となっていると思われます。臨時放送で「アメリカ、イギリス軍と」
           と読んだとすれば、館野アナウンサーがこれを「米英軍(べいえいぐん)と」と読まずに、「ア
           メリカ、イギリス軍と」と読み換えられたのでしょうか。つまり、大本営発表では「米英軍(べ
           いえいぐん)と」、臨時放送では「アメリカ、イギリス軍と」ということになるのでしょうか。

        

 

 



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