資料482 柳田国男「ある神秘な暗示」(『故郷七十年』より)

 

         

  

     ある神祕な暗示          柳 田 國 男

  
 布川にゐた二ヶ年間の話は、馬鹿々々しいといふことさへかまはなければいくらでもある。何かにちよつと書いたこともあつたが、こんな出來事もあつた。小川家のいちばん奥の方に少し綺麗な土藏が建てられてをり、その前に二十坪ばかりの平地があつて、二、三本の木があり、その下に小さな石の祠の新しいのがあつた。聞いてみると、小川といふ家はそのころ三代目で、初代のお爺さんは茨城の水戸の方から移住して來た偉いお醫者さんであつた。その人のお母さんになる老媼を祀つたのがこの石の祠だといふ話で、つまりお祖母さんを屋敷の神樣として祀つてあるわけである。
 この祠の中がどうなつてゐるのか、いたづらだつた十四歳の私は一度石の扉をあけたいと思つてゐた。たしか春の日だつたと思ふ。人に見つかれば叱られるので、誰もゐない時恐る恐るそれをあけてみた。そしたら一握りくらゐの大きさの、じつに綺麗な蠟石の珠が一つをさまつてゐた。その珠をことんとはめ込むやうに石が彫つてあつた。後で聞いて判つたのだが、そのおばあさんが、どういふわけか中風で寢てからその珠をしよつちゆう撫でまはしてをつたさうだ。それで後にこのおばあさんを記念するのには、この珠がいちばんいゝといつて、孫に當る人がその祠の中に收めたのだとか。そのころとしてはずゐぶん新しい考へ方であつた。
 その美しい珠をそうつと覗いたとき、フーッと興奮してしまつて、何ともいへない妙な氣持になつて、どうしてさうしたのか今でもわからないが、私はしやがんだまゝよく晴れた靑い空を見上げたのだつた。するとお星樣が見えるのだ。今も鮮やかに覺えてゐるが、じつに澄み切つた靑い空で、そこにたしかに數十の星を見たのである。晝間見えないはずだがと思つて、子供心にいろいろ考へてゐた。そのころ少しばかり私が天文のことを知つてゐたので、今ごろ見えるとしたら自分らの知つてゐる星ぢやないんだから、別にさがしまはる必要はないといふ心持を取り戻した。
 今考へ直してみても、あれはたしかに異常心理だつたと思ふ。だれもゐない所で、御幣か鏡が入つてゐるんだらうと思つてあけたところ、そんなきれいな珠があつたので、非常に強く感動したものらしい。もしもだれかそこにもう一人、人がゐたら背中をどやされて眼をさまされたやうな、そんなぼんやりした氣分になつてゐるその時に、突然高い空で鵯がピーッと鳴いて通つた。さうしたらその拍子に身がギュッと引きしまつて、初めて人心地がついたのだつた。あの時に鵯が鳴かなかつたら、私はあのまゝ氣が變になつてゐたんぢやないかと思ふのである。
 兩親が郷里から布川へ來るまでは、子供の癖に一際違つた境遇におかれてゐたが、あんな風でながくゐてはいけなかつたかも知れない。幸ひにして私はその後實際生活の苦勞をしたので救はれた。
 それから兩親、長兄夫婦と家が複雜になつたので面倒になり、私だけ先に東京に出た。明治二十四年だと思ふが三年かもしれない。二番目の兄が大學の助手兼開業醫になつてゐたので、それを頼つて上京した。そしてまた違つた境遇を經たので、すつかり布川で經驗した異常心理を忘れることができた。
 年をとつてから振り返つてみると、郷里の親に手紙を書いてゐなければならなかつたやうな二ヶ年間が危かつたやうな氣がする。
  

 

 



   (注)  1. 上記の「ある神秘な暗示」の本文は、『定本 柳田國男集別巻第三(新装版)』(筑摩書房・
         昭和46年3月20日第1刷発行、昭和50年5月20日第6刷発行)所収の『故郷七十年』によ
         りました。
        2. 平仮名の「く」を縦に伸ばしたような形の繰り返し符号は、上の文字を繰り返すことによって
         表記してあります(「恐る恐る」)。
          また、傍点のついている「ことん」は、傍点をうまく振れないので、太字にしてあります。
        3. 巻末の「あとがき」に、「「故郷七十年」は、昭和三十三年一月八日から同年九月十四日ま
         で、二百回に亙つて神戸新聞に連載されたものである。神戸新聞社創立六十年記念の為
         に、兵庫県出身の著者が、嘉治隆一氏の慫慂により口述筆記せしめたものである。後、昭和
         三十四年十一月編集をかえて、単行本としてのじぎく文庫より出版された。本書は新聞発表
         当初の体裁を踏襲し、それに未発表の分を拾遺として附加した」とあります。
        3. 柳田国男
(やなきた・くにお)=民俗学者。兵庫県生れ。東大卒。貴族院書記官長を経て
                  朝日新聞に入社。民間にあって民俗学研究を主導。民間伝承の会・民俗学
                  研究所を設立。「遠野物語」「蝸牛考」など著作が多い。文化勲章。(
1875~
                    1962
)                           (『広辞苑』第6版による。) 
         
柳田国男の「柳田」は、「田」を濁らずに「やなぎた」と読ませていることに注意が必要です。
        4. 資料481に、柳田国男「布川のこと」(『故郷七十年』より)があります。
              資料485に、柳田国男「大利根の白帆」(『故郷七十年』より)があります。
              資料484に、柳田国男「イナサ(東南風)」(『故郷七十年』より)があります。
              資料486に、柳田国男「ヨナタマ(海霊)」(『故郷七十年』より)があります。
              資料480に、「柳田国男「不幸なる芸術」」があります。
        5. 兵庫県にある『福崎町立 柳田國男・松岡家記念館』のホームページがあります。  
        6. 青空文庫で、『遠野物語』『木綿以前の事』などを読むことができます。
                 → 『遠野物語』
                 → 『木綿以前の事』

        7. フリー百科事典『ウィキペディア』に、「柳田国男」の項があります。
                  フリー百科事典『ウィキペディア』 → 
柳田国男」
                                   

 

 

 

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