資料173 日米和親条約(条約本文)





 

日米和親條約(日本國米利堅合衆國和親條約)


安政元年(嘉永七年)甲寅三月三日(西暦千八百五十四年第三月三十一日)於神奈川調印
安政二年乙卯正月五日(西暦千八百五十五年第二月二十一日)於下田批准書交換


       
※ 安政五年西暦千八百五十四年三月三十日條約十二條ニ
     「安政元年三月三日取替シタル條約ノ中此條々ニ齟齬スル廉
      ハ取用ヒス」トアリ
 

亞墨利加合衆國と帝國日本兩國の人民誠實不朽の和睦を取結ひ兩國人民の交親を旨とし向後可守箇條相立候ため合衆國より全權「マッゼウ、カルブレス、ペルリ」(人名)を日本に差越し日本君主よりは全權林大學頭井戸對馬守伊澤美作守鵜殿民部少輔を差遣し勅諭を信して雙方左之通取極候

   第一條  
日本と合衆國とは其人民永世不朽の和親を取結ひ場所人柄の差別無之事
   第二條
伊豆下田松前地箱館の兩港は日本政府に於て亞墨利加船薪水食料石炭欠乏の品を日本にて調候丈は給候為
渡來之儀差免し候尤下田港は約條書面調印之上即時にも相開き箱館は來年三月より相始候事
給すへき品物直段書之儀は日本役人より相渡可申右代料は金銀錢を以て可相辨候事
   第三條
合衆國の船日本海濱漂着之時扶助いたし其漂民を下田又は箱館に護送し本國の者受取可申所持の品物も同樣に可致候尤漂民諸雜費は兩國互に同樣之事故不及償候事
   第四條
漂着或は渡來の人民取扱之儀は他國同樣緩優に有之閉籠
候儀致間敷乍併正直の法度には服從いたし候事  
   第五條
合衆國の漂民其他の者共當分下田箱館逗留中長崎に於て唐和蘭人同樣閉籠
窮屈の取扱無之下田港内の小島周り凡七里の内は勝手に徘徊いたし箱館港の儀は追て取極め候事
   第六條
必用の品物其外可相叶事は雙方談判之上取極候事
   第七條
合衆國の船右兩港に渡來の時金銀錢並品物を以て入用の品相調ひ候を差免し候尤日本政府の規定に相從可申且合衆國の船より差出候品物を日本人不好して差返候時は受取可申候事
   第八條
薪水食料石炭並缺乏の品を求る時には其地の役人にて取扱すへし私に取引すへからさる事
   第九條
日本政府外國人え當節亞墨利加人え不差免候廉相免し候節は亞墨利加人えも同樣差免可申右に付談判猶豫不致候事
   第十條
合衆國の船若し難風に逢さる時は下田箱館兩港の外猥に渡來不致候事
   第十一條
兩國政府に於て無據儀有之候時は模樣により合衆國官吏之者下田に差置候儀も可有之尤約定調印より十八
月後に無之候ては不及其儀候事
   第十二條

今般の約定相定候上は兩國の者堅く相守可申尤合衆國主に於て長公會大臣と評議一定之後書を日本大君に致し此事今より後十八月を過き君主許容之約條取替し候事


右之條日本亞墨利加兩國の全權調印せしむる者也


 嘉永七年三月三日
                    林    大  学   頭   花押
                    井  戸   對 馬 守     同
                    伊  澤   美 作 守     同
                    鵜 殿 民 部 少 輔     同
                    マッゼウ、カルブレス、ペルリ
手記

 

 

 

 

 

 

    (注) 1. 上記の「日米和親条約(日本国米利堅合衆国和親条約)」は、「日米交流150周年記念
         事業」の公式サイトに掲載されている本文によりました。このサイトには「日米交流の始まり」
         という解説があって参考になります。(英文の「日米和親条約」も掲載されていますが、英文
         に誤りの多いのが残念です。)
        2. 本文の一部を、他の本文によって手直ししたところがあります。(渡來の儀→渡來之儀、
         閉籠候儀→閉籠
候儀、相調候を→相調ひ候を、外國人へ→外國人え、模樣に寄り→模
         樣により、など。)
           なお、第十一條に「兩國政府に於て無據儀有之候時は模樣により」とありますが、他の本
         文には「時は」がないものがあります(例えば『大日本古文書 
幕末外国関係文書之五』など)。
        3. 資料174に「日米和親条約(漢文・漢文和解・翻訳蘭文和解)」があります。
        4. 資料176に「日米和親条約(英文)」があります。
        5. 外務省のホームページの「外交史料Q&A 幕末期」によれば、日本側の日米和親条約
         調印書原本は、幕末期の江戸城における火災によって焼失してしまい、現在残っていない
         そうですが、アメリカ側の原本は、アメリカの国立公文書館に所蔵されているそうです。そし
         て平成16年に、アメリカが保存している条約批准書のレプリカ(複製)が日本側に寄贈され
         た由です。
                   国立国会図書館のホームページ「史料にみる日本の近代 
開国から講和まで100年の軌跡
         で、アメリカ側に保存されている日本文の条約の写し(「日米和親条約写」)を見ることがで
         きます。
        6. 日米和親条約(にちべい・わしん・じょうやく)=1854年(安政1)神奈川で、アメリカ全権
              使節ペリーと幕府全権林大学頭
(あきら)以下4名との間に締結・調印された条約。
              アメリカ船の下田・箱館寄港、薪水食糧の購入、漂着アメリカ人の保護、片務的最
              恵国条款などを定めた。神奈川条約。               
 (『広辞苑』第6版による)
                                           (注)   
(光+韋)の漢字は、“島根県立大学e漢字フォント”を利用しました。
                     日米和親条約(にちべい・わしんじょうやく)=1854年江戸幕府がペリーと結んだ条約。
              下田・箱館両港へのアメリカ船寄港、薪水・食料などの補給、下田に領事をおくこと
              などを認めた。貿易は認めなかったが開国の端緒となる。神奈川条約。
                                                  
(『大辞林』第二版による)
        7. 『NHKオンライン』の「その時
歴史が動いた」に、第120回「その時歴史が動いたスペシャ
          ル」、「ニッポン開国 第一部 なぜアメリカだったのか?〜ペリーの知られざる外交
        戦略〜、第二部 通商か亡国か?〜日本全権決死の通商条約締結〜」
(平成15年
                  1月8日放送)があります。  
 
          8. 「国立公文書館アジア歴史資料センター」というサイトに、「条約と御署名原本に見る近
          代日本史」があって参考になります。   



 

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