時代の徒花? 女流義太夫          2006年7月

 

数年前から、時々、半蔵門の国立演芸場まで女流義太夫を観に行っています。

女流義太夫ってどんなものかというと、人形浄瑠璃の伴奏は普通、三味線の人と物語をうたい語る人(太夫)の二人組でしますよね。人形浄瑠璃は男性しか舞台に上れないのですが、その女性バージョン、しかも人形はなく、三味線と太夫のみで演じる芸能です。

というより、浄瑠璃(三味線を伴奏にうたい語る芸能)と呼ばれるうちの一つである「義太夫」に、人形劇がプラスされたものが「人形浄瑠璃」なので、名前の通り「女性が演じる義太夫」が「女流義太夫」だ、と言った方がいいかもしれません。

この女流義太夫は、明治中期には「娘義太夫」と呼ばれて大流行。早稲田や慶応など当時のエリート学生が応援に詰めかけ、出演する寄席から寄席へと娘義太夫の乗った人力車を「追っかけ」まわし、自宅までついていった…、ファンが演目の聞かせどころになると「ドースル、ドースル」と声をかけたので「どうする連」と呼ばれた…、娘義太夫の私生活からギャラ問題まで、逐一新聞で書きたてられた…、と聞くと、今でいうアイドルみたいな存在だったのかなと想像します。

演奏の際も、サワリと呼ばれるハイライトシーンにくると見台(譜面台)の端をつかんで伸び上がり、切なげな表情を浮かべて身をよじるように、桃割れに結った髪をゆすって語り、かんざしが落ちるとファンが争って拾ったとか。きっと当時としてはかなりセクシーな舞台演出だったんだろうって気がします。

ところが、現在の演奏を観に行ってみると、ものすごーく地味な感じなんです。

衣装は昔から「肩衣に袴」という、今でいう男装で(これも当時の男性としては“萌え”ポイントだったのかなぁ)、刺繍や染めなど華麗な装飾がなされていたらしいのに、今はほとんどが無地。ヘアスタイルも日本髪でなくショートカットなど普通の人と変わりなく、しかもアクセサリーはまったくなし。舞台上も豪華な背景などはなくて素舞台に近く、演奏は、もちろん激しい部分もあるけれど「見台の端をつかんで伸び上がる」なんていうことはありません。

なんとも無い無い尽くしで、普通の演芸として考えてもありえないくらい地味な舞台。なぜこんなに極端から極端に変わってしまったんだろう?伝統芸能として格式を持たせるため?と、ずっと不思議に思っていました。

そんな疑問だらけだった私をすっきりさせてくれたのが、水野悠子氏著の『知られざる芸能史 娘義太夫〜スキャンダルと文化のあいだ』(中公新書)でした。

水野さんは20年間にわたり義太夫協会に勤務したという経歴の方で、古い資料を一つ一つ丹念に検証して女流義太夫の歴史を明らかにしていく丁寧な筆致からは、誠実で努力家な人柄がうかがえるようです。

娘義太夫にまつわる数々の伝説、たとえば、ブームの火付け役であるといわれる竹本綾之助のデビュー年や生年月日、明治33年に文部大臣によって発令されたという、学生が娘義太夫を聞きに寄席に出入りするのを差し止める禁止令、などなど、もはや定説となっていたものを、当時の資料を引きながら鋭い考察で覆していく一節などは、ミステリー小説のような謎解きの魅力もあり、するすると読めてしまいました。

江戸時代に娘義太夫が生まれた黎明期から、明治期のスキャンダラスなほどの大ブームと蔑視や弾圧による衰退、戦後再認識された芸の価値、過去の華美な演出を廃し、伝統芸能として人間国宝を生み出し、現在の形態となるまで…。と、女流義太夫の歴史が俯瞰的に描かれ、まるで宮尾登美子さんの女一代記を読んだような面白さと、歴史小説のような重厚感を合わせもった魅力があるんです。

ある芸能が時代の流れの中で生まれて、動乱の青春期を経て、落ち着いた秋の季節を迎えるまでという風にも読め、興味深く感じました。

歌舞伎にしても、ジャズやロックにしても、最も流行した時期には、不謹慎だ、反社会的だといわれて、大人や良識派な人々が眉をしかめる芸能だったわけです。しかし、蔑視されながらも大衆に熱狂的に支持されていくこの時期が、芸能としてもっとも生き生きとし、面白いものを生み出す時なんですよね。

それがいつしか流行が去ってしまうと、「保存」される側の文化財となり、勉強しないとわからないような小難しい芸術というイメージにすりかわってしまう。芸能としての老齢期を迎えたと言えるかもしれません。そうなると、もうあの音楽は死んだ、つまらなくなった、と言われたり、なかには自然に廃れ、消えていってしまうものもあります。どんな芸能も時代と無関係の存在でいることはできずに、生まれ、流されていく。そうした「芸能の一生」って、とっても不思議なことだと思うんです。

でも、歌舞伎やジャズにも若手がいるように、女流義太夫にも今も新しい若手奏者があらわれていて、決して廃れた、なんていうことはありません。

語られるストーリーも、純愛から駆け落ち、親子の生き別れ、二股が原因の愛憎、嫁姑の確執、夫の愛人問題に職場でのお局のイビリなどなど、渡鬼か、韓流ドラマか、昼ドラかという劇的な内容。

ゴシップ性のある、観客を引き付けるストーリーを語りながら、世の理や神仏の孝徳を説いていくというのは、瞽女唄にも共通する魅力です。

読むだけでもリズム感のある美しいセリフが、三味線の繊細で時に激しい伴奏に乗ってうたわれる(語られる)と、ぞくぞくとするようで、思わず「ドースル、ドースル!」と声をかけたくなってしまいます。

一時の狂乱的な騒がれ方から「芸よりも色」「器量ばっかりさわりばっかり」などと言われるようになってしまい、戦後の再出発に際し、芸や語りの魅力を強調し、現在の禁欲的ともいえるほどの舞台に変わっていった女流義太夫。水野悠子氏は、演奏者にとっても昔のようなやり方は抵抗感があるのかもしれないと考察されています。

でも、観客を喜ばせる演出は悪いことではないはず。むしろ、評価されるべきことではないでしょうか。今でも、エンターテインメントなのか芸術なのかというのは、よく議論されるところですが、女流義太夫も瞽女唄も文化財や芸術ではあるけれども、芸能なわけだから、やっぱり観客を楽しませなくちゃいけないと思います。

もちろん今の簡素な舞台のままでも、迫力ある語りや美しい三味線など魅力はたくさんありますが、特別バージョンでもいいので美しい衣装や日本髪で、演出たっぷりに語りながらかんざし落としをするのを見てみたいなぁ、なんて思ってしまうんですが…。やっぱり難しいのかな。

 

 

 

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