
ロシア紀行
「微笑み」と大智・大悲について
(トヨタ方式の原点を探る)
For those who light up the corners of the world.
* HPに戻る:www.suzakijpn.has.it
または:http://www.geocities.co.jp/NatureLand/7243/youkoso.html
2008年6月4日から20日まで、世界的にも有名となったトヨタ生産方式(トヨタ・ウエイ)に関してのロシアでの会議に招待されてそこで基調講演をしたり、経営コンサルティングをするなど、久しぶりに仕事をしてきたが、それとともにモスクワや会議のあったチェボクサリーという町で少しごろごろしたり、夜行列車の旅もするなど適当に遊びの時間も入れて見聞を広めてきました。
すでに30数カ国で仕事をしているにもかかわらずロシアは今回初めてだったので、頭の整理をすすめる意味からもここに多少なりともまとめをしたいと思います。ひょんな縁でここを訪れた人の役にでも立てれば幸いとするものです。
2008年7月20日 洲崎清
「微笑み」というのがここでの副題ですが、ふと以下のものを作ってみました:
「生きる」ということは、工夫するということなり。
工夫するということは、頭にこだわりがないということなり。
頭にこだわりがないということは、無心の遊び心なり。
無心の遊び心というは、自在ということなり。
自在というは、穏やかな微笑を浮かべ、
どんなことにも対処する境涯ということなり。
以上、生きる=智慧=無心(素直)=自在=微笑み、の構図です。
これはまた下の道元の言葉にかけて作ったものです。
仏道をならうというは、自己をならうなり、
自己をならうというは、自己をわするるなり、
自己をわするるというは、万法に証せらるるなり、
万法に証せらるるというは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり
(現成公案)
つまり、仏道をならう=自己をならうなり(発心)
⇒ 自己をわする(無心)=万法に証せらるる(智慧)=自己の身心および他己の身心をして脱落(微笑み)、、、ということでしょう。
この機会にまとめてみたいと思っているものに、「微笑み」、、、というのがある。これは信頼とか、人間性に絡んでいて、今回の会議で話をすることになっていたトヨタ方式のおおもとにつながっているものと私は思っている。否、「それ」はすべての人間の存在の根底にあるものとさえ思っているのだが、とりあえず、それはそれとしておく。
とにかく、今回、ロシアに行くまえに感じたのだが、コミニュケーションの難しさというのがある。ロシア領事館でビザの申請をしたときもウエブ・サイトに乗っているのだから本来使えるべき電話番号が通じないで苦労したり、ロシアの会議を主催しているOrgpromという受け取り側の会社の人との連絡がおかしくなったり、海外での仕事は以前にやまほどやっているので慣れているにもかかわらず、相手がロシアということもあってか、いろいろな問題を感じた。
基本のコミュニケーションができないならトヨタ方式でねらうところの改善は出だしからおかしくなってしまう。また、改善ができないというのは智慧が出ないということで、生き生きが現成しないということだ。
ロシアについてからも、サヴァという会社の担当者が送ったという車が私のいるホテルになんと40分も送れてついたり、(来るべき時間の二分後に、車が来ないので一緒にいた人に電話してもらってこれである。しかも乗ってる時間は10分)そのことについて原因究明の質問をしたら、そのことについては私が悪かったから、それ以上は聞かないでくれ、もっと大事な話をしたいのだ、、などという。
工場を見たら、キャビネットがあって中を見たいといったら、鍵がかかっていて見られないという。なぜかと聞くと、中のものをとられないように鍵をかけるのだという。パーツがトラックで持ち込まれる現場の様子を見たいといったら、そこはこのドアの反対側にあってドアは今は鍵がかかっているという。なぜかというと、ものが盗まれることがあるとのこと。
会社の新聞があってその一面にトップの人の顔写真が乗っているが、これがまた前プレジデントのプーティンの写真のようで、笑顔も何もあったものじゃない。なんだか刑務所の囚人の写真をみているみたい。。。。
それで12年ほども前に国連の仕事で北京に行ったときの事を思い出した。それはホテルでアイスクリームを買うのに、これが欲しいといったら、向こうを指差して、あっちに行って金を払えという。しょうがないからそこに行くと別の人がいて、紙になんだか書き込んでからスタンプを押している。お金を払うと一枚のカーボンコピーの紙をくれて、それをもってやっとねらいのアイスクリームが買えたという、、、、冗談にもならないはなしだ。
ついでに、これは10年ぐらいまえだが上海のホテルに行ってチェックインしようとしたときにカウンターの女性が、私をあたかも刑務所で囚人を扱うような取り扱いをするので、なんだか申し訳なくなったこともある。
今回モスクワのスーパーで買い物をしたら、25歳ぐらいの金髪で、にこっとしたら周りの男がみんな一遍に参るような女性が、これもまた上海の二の舞で、あたかも刑務所で働くが如く、冷たい表情でお客の「処理」をするのを見て、ことばを失ったということがある。
これは一体にどういうわけなのだろうか?
ちなみに私が基調講演をするというので招待された会議での話題は「改善活動でいかに従業員の参加を進めるか」というもの。ロシア中から200人ほどの人がチェボクサリーというところに4日間集まったもので、そこはモスクワから列車で東に12時間ほどの所であった。
(*ところで微笑みについての結語はこのファイルの最後にあります。お急ぎのかたはそちらをお読み下さい)
話しは飛びますが、この歌↓をどういうわけか今回、モスクワのそこここで聞きました。私にとっても懐かしい曲なので、ネットにあった歌詞とYoutubeで見つけたヴィデオをここに載せておきます。今この歌を聞くと、色即是空、空即是色、、、、そして「鏡の心」が思い浮かぶのです。(鏡の心:http://www.geocities.jp/suzakicojp/kagaminokokoro.html )歌というのはもともとそういう味わいを見ているのか、あるいは不思議なことに昔聞いたときにもそのような感じをすでに受けていたのかとも思えるのです。
http://youtube.com/watch?v=X5pkkAhETYg (Youtubeで歌が聴けます)
以下はこの曲の歌詞:
Once upon a time, there was a tavernWhere we used to raise a glass or twoRemember how we laughed away the hours,Think of all the great things we would do Those were the days, my friendWe thought they'd never endWe'd sing and dance forever and a dayWe'd live the life we'd chooseWe'd fight and never loseFor we were young and sure to have our way La La La La La LaLa La La La La LaLa La La La La La La La La La Then, the busy years went rushing by usWe lost our starry notions on the wayIf, by chance, I'd see you in the tavern,We'd smile at one another and we'd say Those were the days, my friendWe thought they'd never endWe'd sing and dance forever and a dayWe'd live the life we'd chooseWe'd fight and never loseThose were the days, oh yes, those were the days La La La La La LaLa La La La La LaLa La La La La La La La La La Just tonight, I stood before the tavernNothing seemed the way it used to beIn the glass, I saw a strange reflectionWas that lonely woman really me? Those were the days, my friendWe thought they'd never endWe'd sing and dance forever and a dayWe'd live the life we'd chooseWe'd fight and never loseThose were the days, oh yes, those were the days La La La La La LaLa La La La La LaLa La La La La La La La La LaLa La La La La LaLa La La La La LaLa La La La La La La La La La Through the door, there came familiar laughterI saw your face and heard you call my nameOh, my friend, we're older but no wiserFor in our hearts, the dreams are still the same Those were the days, my friendWe thought they'd never endWe'd sing and dance forever and a dayWe'd live the life we'd chooseWe'd fight and never loseThose were the days, oh yes, those were the days La La La La La LaLa La La La La LaLa La La La La La La La La LaLa La La La La LaLa La La La La LaLa La La La La La La La La La La la la la la laLa la la la la laLa la la la la la
ロスを出てロンドン経由、十数時間の空のたびの後、飛行場に迎えに来た車に乗ってモスクワの市内のホステルに行く。ひとつ面白いのは迎えの車は手配しないでいいというのに、今回の会議を主催している会社の人はモスクワは物騒だから面倒みるといって聞かない。しょうがないからその車に乗ったものの、モスクワでのとまりは普通のホテルではつまらないから今回はバックパッカーズイン(ホステル)でとまることにしたのでその場所を見つけるのに一苦労。ホステルの名前は看板としてビルについてないから運ちゃんはそれが見つからないわけだ。(ちなみに受け取り側はこのホステルの話を聞いて大仰天。でも私はその方が講演のためにもなることであり、つまりロシアを知るという上でもいいのだということで納得してもらう。また飛行機はビジネスクラスでどうぞというものの往復$7,500ぐらいもかかるので、ばかばかしいからエコノミーで来ることにした。(→$1,400)やはり私は風変わりなのか。。。)
とにかくこの運転手とうろうろした後、やっと見つけたのはあるビルの4階。横丁にあるグレイ色のドアを通って小さなエレベーターであがっていくとどうもそれらしいところがある。これはこのビルの一部をホステル用に改造したもので、2006年の夏に息子のKENJIと日本で過ごしたホステルの居心地が良かったので今回また試してみたのだが、期待にそぐわずいろいろな人に会えて面白かった。(日本への旅は写真などもふくめHPに載せてあります:http://www.geocities.co.jp/NatureLand/7243/kenji-japan-2006.html )例の運転手はこんなところに来る人をこれまで面倒見たことはないという顔をして荷物を置いてさっさといなくなった。
バンクベッドで合計20人ほどが3〜4つの部屋に分かれて寝るわけだがトイレはひとつとバス+トイレの部屋がもうひとつ。居間にはテレビと誰でもつかえるインターネットがある。その脇にはキッチンと冷蔵庫、マイクロウエーブなど。さらに洗濯もできる。私は男の人だけの6人部屋にとまる。男女一緒の部屋もある。一泊素泊まり35ドル。なんだか、からっとしていて、若々しさ、自由さが感じられ、こういう雰囲気が愉快だ。(このホステルの写真:http://www.hostel-moscow.com/content/view/47/89/lang,en/ )
ところでトヨタ方式は無駄の排除が基本だから、そのねらいからいってもこのホステルはぴったり。ひとりぽつねんと、いままで泊まったような、気取ったホテルの部屋にいるのに比べ施設の有効活用をしているのはありがたいし、いろいろな人に会えておもしろい。
25歳ぐらいのイギリス人とドイツ人の男はシンガポールでの大学の休みにトランスサイベリアンレイルウエイを使って中国から延々列車で旅をしてきたという。インド人の女性(〜35歳)はシンガポール、ニュージーランドなどで仕事をした後テキサスにテレコミニュケーションの仕事を見つけてそこに行く途中。アイルランドから来た5人ほどの若者はコーカサスで登山をした後の帰りに寄ったという。30歳ぐらいのオーストラリア人はオランダでファイナンスの仕事を見つけるために、行く途中によったという。法律を中国で勉強したこともあり、オーストラリアでの仕事はやめて何かおもしろいこと、というのでオランダをえらんでさあどうか、というわけだ。若いので別に何も心配してないという。
ロシア人の若い人はオーストラリアの有名な歌手のコンサートを聞くのにお金をためて2〜3日きたという。彼の仕事はウエブ・デザインということ。アルジェリアからの人はここに長居しているらしく、ロシア人に英語を教えているという。彼は以前にカザクスタンで仕事をしたとのこと。日本人の女性、春香さん(27歳)も一年間の世界一周のたびをするのにはじめについたのがここモスクワということ。この後ヨーロッパ、南米、北米、のほかイースター島など太平洋の島々にもよって日本に帰るという。(彼女のHPはこれ:http://harukamera.exblog.jp/8269212/ ないしhttp://harukamera.exblog.jp/ )みんなでわいわいがやがや、愉快なだけでなく、若い人が何をしているのか、何を考えているのか、いろいろ勉強になる。
カリフォルニアとの時差は11時間なので時差ボケがきついはずなのに8時間熟睡した。(貴重品はナップサックで顔の横において寝るし、バスに入るときも手放すことはない。まあ、安全みたいだけど念には念をおすということだ。多少、野性味のあるのもいいではないか。)
一夜明けて次の日は徒歩数分のところにあるクレムリン、赤の広場などをぶらぶら。英語をわかる人がなかなかいないしロシア語は読み方が英語と発音が違って一筋縄で行かない。それとなにかというと、待ちの行列が長かったり、手続きもややっこしそうなので、ネットで送ってもらったE−ticket(列車の切符)を、本来の切符に変えるために地下鉄に乗ってカジンスキーという駅に行く。ようすがわからないのでそばに居た女性にこの列でいいのかというと、いろいろ面倒を見てくれた上に、彼女はロンドンでの大学のやすみでこれから家族に会いにチェボクサリーに帰るので、向こうに着いたら電話してくれと電話番号をくれた。27歳ぐらいのブロンドの女性に電話番号をもらって、、、私はきょとん。
午後はホステルのシャワーをゆっくり取った後、夜8時の夜行列車にのって12時間ほどかけてチェボクサリーに向かう。モスクワは緯度が高いから6月は日が沈むのが午後10時、日のあけるのが午前4時半ぐらい。列車で同じ部屋になった人はチェボクサリーの医院を経営する男。ほとんど英語ができないのと、どうやらウォッカを飲んでいるらしくて、さっさといびきをかいて寝てしまった。


クレムリンと赤の広場 Basil
(旅行にカメラは持っていかなかったので写真はネットで見つけたもののコピーです)
モスクワの地下鉄は大理石や綺麗なシャンデリアで有名
がったんごっとん、がったんごっとん、わざわざ飛行機でなく列車にしたのもロシアを肌で知りたいということ。いままでいろいろなところに行って仕事をしたが、なんといっても人との関係がうまくいかなくては仕事の話も伝わらない。いろいろな文化の背景、価値観、周りの様子、そこここでの人とのふれあい、そしてともに体験することの味わいがいろいろあって面白いからこそこんなにいろいろなところで仕事をしてきたのだといえよう。(ちなみに2007年のスペインへの旅はHPのここに載せてあります:http://www.geocities.jp/suzakicojp/spain2007.html )人を知る、人を読む、感性を養う、私の身を振り返る、視野を広める、など、これまで世界中を何度も回って、いろいろなところに行って疲れるようなこともあったけど、大変面白い体験をし、勉強をさせてもらったと思う。
もともとトヨタ方式は現場からものを考えるというところにそのひとつの特徴があるから、こういった細かな体験の積み重ねがなにか組織の智慧を働かせるという仕組みを考えるとか、人にどう話をするかというようなことにもつながり、ひいては禅でいうところの全機現ともつながるという風に私はみるわけだ。つまり、そこここにある情報を感知し、細かいところから全体との連携を知り、、、、しかるべき(資源の有効活用を目指す)道を見出す、、、というのが会社の戦略立案の基本だが、これは人生経営も同じ。対人関係を含め、われわれが日常の働きを正しい道に沿って進めるというのも同じようなものであろうと私にはうつるのです。
森また森、森の合間に見られる野原や川、野原のはずれにぽつんとたっている簡素な木造の家、そして時々ある街をみながら、ソビエト連邦のころの人々の生活を思い浮かべてみる。それにしてもこういう森がどこまでも続くのがトランス・サイベリアン・レイルウエイでのシベリアの風景なのだろう。
がったんごっとん、がったんごっとん、という列車の旅はそれにしても久しぶりだ。三十年ほども前、スタンフォードでの夏休みにユーレイルという乗りたい邦題の学生用の安い切符を買って、ヨーロッパ中を一人で三ヶ月ほども旅行したことがあるが、そのときもホステルなどに泊まって、あっちへ行ったりこっち行ったり、いろいろな人にあったり、愉快な仲間との思い出が湧き出てくる。そのときはたんたんたんたんの気ままな旅で、この様子ならいつまでもきりなく続けられるという感じがした。毎年のニュージーランドの旅(HP参照)でもそうおもうけど、どうも私には放浪の旅、シンプルライフ、それにともなう気軽さ、自在感、が肌にあっているように思う。まあ無責任といえないこともないわけだが。。。それはそれなりに味わいもあるし、普通の生活では気づかないいろいろなきらめきがあるとしておこう。
そんなことを考えているうちに、列車はチェボクサリーに着く。ところで、食堂車はかなりいいという話だったが、言葉も不便だし車掌さんのような女性の人にお茶のサービスをしてもらっただけで、食事はスーパーで買って仕込んでおいたもので間に合わせた。
駅に着くと向かえにきているはずの人がみあたらない。ぼんやり待っていると15分ぐらいしてジュリアというこの会議の件で前に何度もコンタクトをした25歳ぐらいの女性が現れる。それまでのe−mailのやり取りをとうしてInternational project managerという肩書きにしてはずいぶん要領の悪い人だな、と思っていたが、このときも遅れてきたのでこれまたいい加減だなという感じ。この旅のおわりではまあ仲良くなって冗談も通じるようになったが、この人にかぎらず、どうもまだロシアでは、といっていいと思うが、ビジネスの基本がまだしっかりしていないという感じがいろいろなところで見られた。
ところで、来る前にもコミュニケーションのレベルがいかにもしっかりしていなそうなので、こういうことはいまだかってやったことはなかったが、契約の金額、つまりフィーと経費すべてを前払いで私の銀行に送金してもらった。そういうことはロシアの会社どうしでもあるようで、後にそれを聞いたとき、ああやはり多少の不信感は私だけでないのだな、という感じであった。

ヴォルガ川に臨むチェボクサリーの街
ところでチェボクサリーは母なるヴォルガといわれている大きな川に沿った中規模の都市。クルーズの大きな船がたちよるところだ。川幅がこのあたりで4キロ、おおきいところでは20キロ以上もあるという。街の歴史はそう古くはないが、古びた建物もあり、どことなくジュネーブを思い出す噴水が鏡のような穏やかな水面から吹き出している。
そう、ヴォルガといえばどういうわけか高校卒業のころ仲間と見に行った映画ドクトル・ジバゴのラストシーンのダムのシーンを思い出す。(というところで休憩:これは映画ででてきたラーラのテーマ:http://www.youtube.com/watch?v=4Yd2PzoF1y8&feature=related ついでにこれは曲とともにでてくる写真が綺麗:http://www.youtube.com/watch?vC2Bk8f8plU&feature=related )それと、ロシアでは金髪で青い目の女性がやたらと眼に着くが、北欧と同じで冬の日照時間が短いのとなにか関係があるのじゃないかと思う。
上で、、
>どうも私には放浪の旅、シンプルライフ、それにともなう気軽さ、自在感、が肌にあっているように思う。まあ無責任といえないこともないわけだが、、、
などと書いたが、ここで「無責任」というところをもうすこし明確にしたいと思った。これは仏教・禅・仏道と絡むところで紀行記というのからそれるようだが「仏道の紀行記」というのが本来の道だろうから避けては通れない。
まず仏教に受動ということがある。こちらの考え(我)を出さずに、素直にあるがままを受け取る、あるいはあるがままにそこ(内と外)で起こっていることを知覚するということ。これが受動、つまり物事をあるがままにうけとる、だ。禅定あるいは定、もほぼこれに同じといっていいだろう。そしてその境涯で何がおきるかというと、悪業が抜けるということもあり、智慧が働くということもある。あるいは安心・安楽・くつろぎ、かもしれない。これをいわゆる戒定慧の慧、、にあたるものとしておこう。
それで「無責任」がここで言う受動あるいは戒定慧、、とどうつながるかというと、「無責任」はある意味では、バカの境地(余計なこと、世間一般のこと、にあまり頭を使わないの意)が思い浮かぶ。あるいは自在・柔軟心の境地といってもいい。臨済に「随所に主となれば立処皆真なり」という言葉があるが、この随所に主となる、というのは自在でないとそうは行かない。それと、自在とは煩悩に引っかからないということだ。したがって、「無責任」というこころのありかたは、しきたり、従来の価値観、悪業にとらわれない=あるがまま=心身が自在=煩悩にとらわれない=おこらない、むさぼらない、そして無明でない=智慧が働く=すべきことがわかる、というようにつながるとおもえる。あるいはバカの幸福、そのままで救われている、ということ。
これは、別の言い方をすると、無責任の責任といえると思う。つまり、無責任=心身が自在。そして智慧がでる、で、そのときの智慧は宇宙の全機現(May all beings be happy!)を、みているといいたいのだ。これが戒定慧の慧がどんどん発展するといった様子であり、それは四弘誓願につながる。つまりこれは人知のおよばない、とほうもない「責任」あるいは、願い、使命、生き様だ。また智慧がでないなら出ないなりに、鳴くまで待とうほととぎす、でくつろいでいれば、それもいいだろう。
もうひとつ無責任にあわせて、「放浪の旅、シンプルライフ、それにともなう気軽さ、自在感」をいったが、これを出家、つまりお釈迦さんのいたころの修行僧の生き方、と比較してみたらどうかと思う。村に行って食べ物をもらい、静かなところで法にそった生き方をする、瞑想をする、法話を聞く、修行する、法の働きを確認する、といったものだ。娑婆との行き来はある程度はあるかもしれないし、またないかもしれない。(→これも中道)食べ物をもらうのでなく、自給自足ということかもしれない。無駄のない、ベーシックな、自ずから然り、そして法にしたがった、生き生きの生活だ。
そうすると法にそった生き方をするというのは、その修行僧にとっては無責任とはいえないだろう。在家、娑婆との縁を切ってただ食べ物をもらって生きるというのは、娑婆に住むものにとっては、いわゆる仕事をしないのだから無責任と映るとしてもだ。というのも、これは普通いう無責任=我が出て、周りを省みない、というのとはちがう。つまり無責任の責任なのだ。否定を通るときに、あるいはまったくの受動のときに見出されるありかただ。ただしこれは微妙で、修行僧は行動の基準が一般にいう娑婆の価値観と異なるということもありうるかもしれないので、中道・バランスを見出して法にそって道を歩めということになるのだろう。
(ところで「微笑み」は、そういう道を歩もうとするものが、いわばしかるべき道に沿って歩むときに、おのずと現れるものと思う。)
ところで、原始仏典(スッタニパータ)に、無責任の責任につながる「田を耕すバラモン・バラドヴァージャ」の話がある。以下ご参考まで。
私が聞いたところによると、−あるとき尊き師(ブッダ)はマガタ国の南山にある「一つの茅」というバラモン村におられた。。。田を耕すバラモン・バラドヴァージャは、師が食を受けるために立っているのを見た。そこで師に告げていった、「道の人よ。私は耕して種を播く。耕して種を播いたあとで食う。あなたもまた耕せ、また種を播け。耕して種を播いたあとで食え」と。
(師は答えた)、「バラモンよ。わたくしもまた耕して種を播く。耕して種を播いたあとから食う」と。。。
そこで田を耕すバラモン・バラドヴァージャは詩を以て師に呼びかけた。
76 「あなたは農夫であるとみずから称しておられますが、われわれはあなたが耕作するのを見たことがない。おたずねします、−あなたが耕作するということを、われらが了解し得るように話してください。」
77 (師は答えた)、「私にとっては、信仰が種である。苦行が雨である。智慧がわがくびきと鋤である。心が縛る縄である。気を落ち着けることがわが鋤先と突き棒である。
78 身をつつしみ、ことばをつつしみ、食物を節して過食しない。わたくしは真実をまもることを草刈としている。柔和が私にとって(牛の)くびきを離すことである。
79 努力がわが(くびきをつけた牛)であり、安穏の境地に運んでくれる。退くことなく進み、そこに至ったならば、憂えることがない。
80 この耕作はこのようになされ、甘露の果実をもたらす。この耕作を行ったならば、あらゆる苦悩から解き放たれる。」
―p。23岩波文庫、仏陀の言葉
チェボクサリー駅から10分ほどで着いたホテルは星三つ、どことなく西洋風になってはいるもののがらんとした感じ。一応この町では最高ということらしいが、街は急速に発展していて来年は星五つのホテルができるとのこと。
ついた日は、ゆっくりするかなと思っていたが、もし良かったらコンサルティングに予定されているサヴァ社を訪れてくれないかという。高いコンサルティング料を払うのだから、この日は無料でサービスして欲しいということなのだろう。聞くと土曜でも工場は動いているらしいし私も予定は別にないので、アーニーと言うOrgpromの通訳とともにホテルから車で十分ほどのところに行ってみる。そこでであったのはエレーナというプラチナ・ブロンドのなかなかの美人、しかも物腰がしっかりしている。彼女の肩書きは日本でいう生産部長。博士号を持っていてロシア人にもかかわらず中国で何年かアパレル関係のかなり大きい仕事をしたのち、引き抜かれてサヴァ社に入って9ヶ月ぐらいという。だんなさんは医者でモスクワに住んでいて毎週週末に会いに帰るとのこと。仕事が好きなようで、この辺はなんとなくアメリカ人的、プロのマネージャーという感じで話も早い。ちなみに訪れた会社はホールディング・カンパニー(持ち株会社)であるサヴァ社のアパレル部門の会社で従業員数は2,500人ぐらい。
一緒に事業の話をしたのち、3時間も工場を見回っただろうか。あれこれ質問をし、話ができるとなると更に突っ込んでみる。まあお医者さんが患者を診るのと同じで、会社の問題点をいろいろな角度から調べるわけだが、これは禅の話になるが、心身に煩悩のしこり→固定観念、ができるというのと似ていて、隘路になっているところをいかに揉み解して、いわばいかに神経系統、(そして内臓や筋肉系統など)をしっかりし、生き生きの働きがでるような方策を提案するか、というのが私の仕事のひとつの狙いだ。訪れる会社について前もってなにも知らないでいて、いろいろ聞きながら話をまとめていくというのはかつて何度もやったことではあるが面白いものである。
具体的に言えばたとえば現場からものを見て、トヨタ方式のねらいのひとつ、つまり物や情報の流れをスムースにするというようなこと、あるいは経営のやり方をチェックし、無駄を省き、あたかも自律神経系統を活性化するような、つまり会社規模での「心身の整理」(→全機現)をする、といったものだ。これを経営戦略とうまく結びつけるようヴィジョンを描き、また実行のシナリオを描いていくわけだが、何しろ相手があることなので何度も意見の交換を重ねて方向、実施のポイントを明確にしていかなくてはならない。
夜はこのセミナーを企画しているORGPROMという会社のトップとサヴァ社の関係者と食事。次の日のセミナーの確認などをしてお休み。
あくる日は日曜日だがロシアの独立記念日の関係でセミナー第一日とされている。少なくともアメリカでは家族のことなどもあり、こういうスケジュールは組まないが、ロシアではあまり問題にならないらしい。今後4日間のプログラムの説明があったあと、ロシア各地から集まった200人ほどの人を相手に私が基調講演をする(英語→ロシア語の同時通訳)。過去25年ほどの私の歩みを振り返り、いろいろな国々での体験をもとに、大事と思うところを話すわけだから、簡単といえば簡単であり、いってみるなら心をこめて、、、願いをこめてある種のヴィジョン(願い)を訴えるわけだ。話しながら、ふと聴衆の中でエレーナがじーっと聞いていたのが目に付いた。言葉というものを使いながらも何か不思議なもののつながりを感じることがあるというのはあながち妄想ということでもないように思う、などと話しながらも思ったものだ。。。
質疑応答があった後、休み時間にはテレビ局や雑誌社とのインタビューなどがあり、いかに生産性を高めるか、組織を活性化するか、というようなことに結構関心が高いようだった。(ちなみに私のパワーポイントによるプレゼンテーションはYahooのブリーフケースに載せてあります。http://briefcase.yahoo.co.jp/bc/suzakicojp/lst?.dir=/2959&.src=bc&.view= (2,7MBと大きいです)またにトヨタ自動車(株)のもと副社長、トヨタ方式の生みの親として知られている大野耐一氏と1985年ごろに行われた対話をここに載せておきます。もとは私の書いたダイアモンド社からの日本語の本からの抜粋ですが英語に訳してあります:
http://www.geocities.jp/suzakicojp/dialogue-ohno.html )

会場は風船とか大きな幕が張られていてなんとなく仰々しい
(一般に中・後進国ではもったいつけるやり方が多いみたい)
写真は会議を主催したORGPROM社のサイトからのコピーです
私の後はロシア人やアメリカ人が数人、続いて話をするが、あまり興味がわかないので昼食後はホテルに帰って、モスクワのカジンスキーの駅であったもうひとりのジュリアさんとデート?、、、というわけでもないけど、電話したら会いに来るというので、なんだかよくわからないままに会うこととする。ワインを飲んでいろいろお話をし、、、そうこうするうちに帰るというので、見送ったけど、どうも不思議な出会いだった。
(*禅に係わり合いができてからどうもこういう不思議な出会いがいろいろなところで起こっている様な気がするが、どんなものだろうか。もっとも性格的には私はかなりオープンなようでもあり、もともといろいろな人そのもののあり方に興味があるということも関係しているのだろう。ついでに思い浮かんだのが大拙のスピーチ。あたかも自問自答の如く話をして聴衆をひきつけたということだが、、、、ことによったら、そういうような力というかコツというか、いつのまにか私にも身についてきているのかもしれない。)
ちなみに〜3週間後に会議主催者(Orgprom社)から聞いたところでは、私の話についての聴衆のフィードバック(アンケート結果)は85% は大満足、ということ。(85% of people, who attended and returned the questionnaires, were absolutely happy with your seminar the rest told it was quite useful.)思い起こすに、こころの深いところからの願いが私の話しにこもっていたのではないかと思う。無論、これはいろいろな体験とともに、いままで培ったヴィパッサナ・禅の修業によるところが多いにちがいないと思う。
その日の夜はセミナー参加者全員とレストランで食事。大きなバンドが入ってなんとアメリカの曲ばっかり演奏したり歌ったり。結構うるさいので話をするのも大変。おかげで声がかれてしまった。ただ、いろいろ話してみると今回の私のスピーチはそれなりにわかってもらえたようで、、、(もっとも私は当たり前のことしかいわないけど。。)やはりどこでも人というのは似たようなものだな、との感を深めた。冒頭で述べた微笑みの話はスピーチでは直接には出さなかったが、前にまとめたスペイン紀行でかいたこと、つまり「好きな仕事を見出し、それが世のためになるように、、仕事は楽しく」、という話はここでもした。やはり誰しもよく考えてみるべきところと思う。
そういえばある男が私のそばに来て、突然、「君にとって真理とは何か」とまじめな顔で聞いてきた。こんなことは以前何度もセミナーをしたにかかわらず今までなかったことで、まじめに答えたら、面白いことを言う。ウクライナの人と禅の話をしたり、ロシアで品質管理で有名な教授と碁や経営の話をしたり、、、やはりいろいろな人との出会いは不思議であり、面白いことでもある。
次の日から3日間はサヴァ社の現場を借りて改善活動をするなど、いろいろなセミナーやワークショップが企画されている。200人ほどの人が三つのグループに分かれて理論と実際のすり合わせをしながらいろいろな手法を身につけようという企画だ。

現場で改善活動に取り組む人達
私は最終日にトヨタ方式とTQMについてのワークショップをする予定だが、その前の二日はサヴァ社で別途にコンサルティングをする予定。出だしにも書いたがこの朝、担当のものの車の配備手違いがあり、なんと40分も送れて車がホテルに着いた。それでその原因究明をしたのだが、なんだからちがあかない。要はオープン(何でも忌憚なく話すの意)でないのだ。セルゲイという40+歳ぐらいのこの男、これがサヴァ社全体のトヨタ方式展開の責任者なのだから困ったものだ。
一方エレーナのほうはというと、彼女は土曜に出しておいた宿題を私がそこまで言わないのに、しかるべく部下を巻き込んでちゃんとやっており、かつその6人ほどの部下にも前日、私のスピーチを聞きに行かせたということだった。変(?)な話だが、気づいたら部屋に入ってきた彼女のニッコリ顔を見て、なんと私は彼女を抱擁していたのです。長年仕事をしていてこういうことはあまりないけど(笑い..たまにはある!)、、もともと感度がいいと思ったが、いろいろ話をすると、やることなすこときちっとしているから話はとんとん進むし、機転もきくし読みも深いので思わずうれしくてその感じがそういう行動に出たのだろう。あるいはセルゲイの後で会ったエレーナの微笑が天使の微笑のように私の目に映ったのだろう。
彼女との話しの後は彼女の上司、アントンというアパレル部門の社長と話をする。この出会いでまず面白いのは彼が部屋に入ってきたとき、私の顔をみて「いつもニコニコしているんだね」と言いながら彼が自己紹介したということだ。前日、スピーチのときも、私はニコニコしていたのだろうか?それともエレーナのせいか?いずれにしろ、なかなか人当たりのいい感じだった。彼はまだ30代前半。エレーナはアントンと以前に働いたことがありその関係で引き抜かれて現在の仕事をするようになったとのこと。
昼食はセルゲイと通訳のアーニーの三人で食べる。午後はセルゲイに対し、エレーナとアントンとに話した内容を説明するが、彼は飲み込みがわるい。トヨタ方式というより経営・管理の基本がしっかりしてないので、そこを彼がわからないと、回りの人が迷惑をこうむるのだが、まったく困ったものだ。
彼はユダヤ人ということだが、どうも本人は頭がいいと思っているふしがある。知識は確かにあるようで、たとえばトヨタ方式のヴォキャブラリー(語彙)はいろいろ知っているが、まとまりがない。経営コンサルタントとしていろいろな会社を訪問するといろいろな場面に遭遇するが、こういうのが、とかくやっかいなのだ。いちおう彼にも次の日の朝までの宿題をだしておいて、その日はおしまい。次の日、それとなくアントンにセルゲイについてどうかと聞いたら、私の顔を見ずにコミニュケーションでいろいろ問題があるとただひとこと。
昼食の量がおおきかったので夕食はスキップして通訳をしてくれたアーニーと二人、彼の部屋でウオッカをのみながら、いろいろな話をする。彼は今は私のために通訳をしてくれているが、もとは法律家。Orgpromには2〜3番目に入社したベテラン・コンサルタントだ。釣りが好きな彼と釣りの話、家族の話、仕事の話、ソビエトからロシアへの変遷の話、彼がフロリダとかポーランドでやった仕事、ポーランドで危ない目にあったこと、それと微笑みはどこに行ったのか、という私の興味についての彼の意見を聞くなど2時間は話しただろう。彼は穏やか、まじめで知的でもあるが、何か暖かいものを感じさせる。まあまったく異なった人生の旅路をひょんな縁で会うことになったわけで、愉快・楽しいひと時ではあった。

今回通訳をしてくれたアーニーは鯉を釣るのが好きということ。
ことによったらまたどこかで、今度は釣りでも?
(この写真は彼が釣りの好きな私に、と送ってくれたもの)
翌日は時刻どうりにきた車でサラゲイのオフィスに行く。彼の宿題は大事なところがひとつ抜けていたが、いちおうの努力はしてある。彼の後は、エレーナとエレーナの部下と一緒にいろいろな問題を討議し、お昼は彼女とアーニーの三人でレストランで食事。旦那さんにはモスクワに毎週飛行機にのって会いに行くとのこと。毎朝、近くにある馬のいななきで起き、ヴォルガ川の見えるアパートは気に入っているという。昼食後はアントンと彼の部下(エレーナを含む)に私なりの現状分析と経営のレポートの話など基本のところを話し、次の週の月曜日、サヴァ社コンサルティングの最終日に合わせて宿題を出す。
ところでこの日の朝はやくホテルの窓から外を見るとなんと雪が降っている。気温が下がったり、急激にあがったり、たくさんしゃべったりで、のどを痛め、多少風邪気味。その上、この日はコンサルティングのあと、セミナーの仲間と合流。博物館の見学をし、その後、多少寒い中、ヴォルガで舟遊びをする。

舟遊びでの夕食のシーン
下のものは第一日目に「君にとって真実とはなにか?」と聞いてきた男―セムヨン―が私を持ち上げている写真。なぜ持ち上げられたか覚えがないが、それにしてもみんなで和気あいあいというのはいいものだ。そこいらじゅうに微笑がある。バカになるのも一興なり。

セムヨンに持ち上げられたり ミカエルの奥さんがひざに乗ったり、、、
セミナーの最終日(4日目)は一日かけて、会社のトップレベルの参加者に対し、TQM+トヨタ方式のシミュレーション・ゲームを行う。みんな理論はいいとしても実践がうまくいかないことが多いのが往々にして問題なので、紙の箱を作るというシミュレーションをいくつかのグループでやってもらって、理論と実践の整合をはかり、その過程でやり方を身に着けるというのがねらい。(これはこのワークショップで使ったパワーポイントです:
http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/bc/444a88d9_a597/bc/2959/Lean%2bTQM+game.ppt?bcuKKiIBQJHdW1NP (〜2MBと大きいです))
私なりに工夫したこのゲームはこれまで20以上の国で行い、結構評判がいい。また、私にとっても、これをやらせてみると参加者のレベルが歴然とするし、連中も自らを鏡に映してみるようなもので、いろいろ反省を強いられるような工夫がされている。一緒に居たOrgpromのジュリアも見ていて結構面白がっていたし、今回のセミナー開催者であるOrgprom社のトップ連中にもグループを組ませて、このゲームに参加させたので、最後に各グループの経営の経過報告をさせるので、冷や汗かいてやっていた。

シミュレーションのやり方の説明 グループで討議
一方の私は、やらせの側(→無責任の責任)だから、やりかたをガイドするだけで最後のまとめをするほかは、時々コメントするぐらい。見方によっては結構たちが悪くうつるかもしれないが、本来、管理職をふくめ全従業員に経営参加をすすめ、改善、戦略の立案、実施、報告などをしっかりするために、こういった「仕組み」をはっきりさせ、みんなにゲームをする感覚で仕事を楽しみながら、かといってすべきことはなすべく仕事を進めてもらうというのは本来あってしかるべきと思う。
このゲームの終わった後は、そのまま解散。今回のプログラムは、これといった問題はなく、それなりの成果はあったものと思う。この後、私は月曜日のサヴァ社でのコンサルティングまでロシアの休暇にあわせ4日間ぶらぶらの予定。
夕食は今回のプログラムに参加していたモスクワのある自動車部品会社のCFO(Chief financial officer)と一緒に食べる。若い人でチェスのトーナメントでも何度か優勝したことがあるという30代の人だった。夕食は日本食、こんな中都市でもお酒、すし、ギョーザもある。彼もはしを使いながら文化交流だ。今晩が私の旅行のひとつの区切りだが、いろいろな人と会って、いろいろな体験をいろいろな角度からチェックするというのは私にとって面白いもので、特に今回ロシアを知り、ビジネスの発展の経過やその進め方を知り、「微笑み」について洞察するという意味からも役に立つものだった。
セミナー・ワークショップが終わって月曜日までの4日間、毎日、サヴァ社の人がガイド・通訳をつけて面倒を見てくれる。ただ、みんながいなくなったあとホテルはがらんとした感じ。そんななかでアメリカ人のマークとボロディミーアという名の彼の同僚(ウクライナ人)とばったり会う。二人はその日の夕方の列車でウクライナのキエフに帰るという。マークはそこにアパートをもっており彼の同僚と一緒に仕事をしているということ。アメリカの東部の人だが、離婚して、子供も大きくなったのでトヨタ方式関係の仕事でいろいろ飛び歩いているらしい。かなりトヨタ方式を勉強しているようで、現場改善が好きだという。話しがあうので、ことによったら仕事を一緒にどうか?というわけだ。
一つびっくりしたことがある。彼は私の本を二冊(赤表紙:NMCと青表紙:NSFMの本)わざわざ持ってきていて、そのうちの一冊はなんと1989年に私のサインのある本だった。これはこれまで100,000部以上売れて、いまだに売れている本だが、彼の持っていたのは初刷り(第一刷)の本で彼はそういう古い本を集めるのが好きらしい。それにしてもこの本、私のサインの上にマイクという人への言葉とともにいつもサインとともに書くスケッチ(山登りの絵)が入っており、どうもそのマイクという人が亡くなった後のガレージセールでマークが見つけて手に入れたものらしい。(だからこの本を彼は二冊持っているということ)その本を見せてもらってなんとも妙な感じ。。。結構読んだ後があったが、もちろん、マイクなどという人は思い浮かばないし、どこでサインしたかも定かでない。
そうこうするうちにアンドレというサヴァ社の人と、通訳のアレーナという人が迎えに来て、午後はチェボクサリー周辺を散策。まずはロシア三番目の宇宙飛行士の家があるので、そこに行く。
途中なんとソビエト時代に戦争でつかう神経ガス(マスタード・ガス)を作っていたという巨大な工場の横を車で通る。この工場はヴォルガ川に面して立っており、何らかの汚染があるようだがさだかでない。アンドレは若かったとき青年共産党員として、そばにあるトラクター工場のトップの連中の会議などにも出たことがあるという経歴の持ち主だが、そういったソビエト時代の話を聞くと人間とはかくも不思議なものかとおもってしまう。

ロシアで三番目の宇宙飛行士の生まれた丸太小屋。私の右が通訳のアレーナとサヴァ社のアンドレ
もうひとつアンドレから聞いた話で、びっくりしたのがロシアの独立戦争のとき、思想の違いから、親子や兄弟が敵対して戦いあったということもあるという話。これはなんとも信じがたいのだが、実際あったということで、そういう話とか戦争のことなどがたくさん歌になってのこっているという。アンドレには三日間面倒を見てもらったので、そういう話をたくさん聞いたり、歌を歌ってくれたりしたり、CDを聞いたりで大変勉強をさせてもらうことになった。
ところでロシアで三番目の宇宙飛行士の生まれたというこの丸太小屋は8畳+6畳ぐらいの家で、まんなかにペチカ(暖炉)がある。冬の寒い時には10人ぐらいの親子がこのペチカを囲んで眠ったということ。そう、ペチカという言葉をロシア語で聴いて、子供のころ聞いた「ペチカ燃えろよ、燃えろよペチカ、、」という歌を思い出したが、この連中はしらないという。それもそのはずネットで調べてみたら北原白秋(作詞)と山田耕作(作曲)の曲だった。
その丸太小屋やとなりの博物館の後はヴォルガ川を渡って川岸や森の散策。散歩をすると森の中にそこここに木の彫刻がある。トーテムポールのようなものだが背は高くはない。ただ、ところどころに人が立っているような感じで、わたしには趣があって愉快だが、アレーナによると暗くなってそのあたりを歩いてとても怖い思いをしたことがあるという。

ヴォルガで釣り
次の日の金曜日は魚釣りの予定。この日はどういうわけか、まあ遊びに参加というわけだろう、通訳としてアレーナとタチアナの二人がジョインする。アンドレはギターを持ってきて、みんなでスーパーで買い物をして船で対岸に行く。ピクニックをみんなで楽しもうというわけだ。(ちなみにアンドレの奥さんは子供とトルコにヴァケーションとのこと。)
散歩をしたりお昼を食べたり、船でアンドレのギターを聴いたり、話しをしていたら青色の綺麗な鳥が飛んできて手すりに座る。仲間に入れてくれとでもいうように、あるいは歌を聴かして、、、という感じ。とても珍しい鳥だとのこと。
釣りは船のオーナーが面倒を見てくれる。さあ竿でつるのかと思ってたら、あに反して、前の日に仕組んでおいた網をあげて魚を取るだけ。なまずを含めて20センチぐらいの魚が20匹ぐらい取れる。その後はそれをスープにしてみんなで食べる。ポテトとたまねぎなどの野菜といっしょに、スパイスの利いたスープは格別。シャンペン、ウオッカ、ワインが入ってますますにぎやか。アンドレのギターと歌がますますさえる。
彼は歌と歌との間に、歌の内容を、ときとしてほとんど眼に涙を浮かべながら、、、それでいて微笑を絶やすことなく、、「これが本当のロシアなのだ」とばかりに説明してくれる。歌は悲しい戦争の歌などが多く、たとえば戦争に出て雪が降るのを眺めながら故郷の家族を思う、というようなのがあったのを覚えている。そう、あたかも時が止まったようなこの体験はコスタリカでの「どんどこどん」の体験にもにているようだ。(参照:http://www.geocities.jp/suzakicojp/costarica2007.html )
今その楽しい思い出を振り返ると、それは、なんやかんや、にぎやかで楽しい不思議なひと時だったが、一体、そのひと時は一体本当に現前していたのだろうか、という想いさえしてくる。(そう、何かが現前するというのは「今」しかないからね)
翌、土曜日は通訳のタチアナと二人、ドライバーのついた車で森を通って二時間ほど。カザンという町に行く。カザンもヴォルガに沿っており石油開発でにぎやかな都市で、町の中心にあるイスラム教のモスクが有名。食事をしたり、モスクや町のなかなど、そこここを散策する。
ところで、これはモスクワでも、その後も思ったことだが、私はいろいろなところを見る・体験する、というより、その背景でどんな人が何を考えて遺跡なり芸術品なりをつくったのか、その人の心の中なり、人となり、もっと丁寧に言うならその人の心の中に何がおこっていたのか、というのほうに興味を覚えるようになったようだ。
ピカソにこういう言葉がある:And in the end when the work is there, the painter has already gone. つまり、「その仕事が終わったというそのとき、その(絵を描いた)画家はとうにいなくなっている。」
これを私なりに解釈すると、画家の絵を書いているその瞬間、文筆家の何かを書くというその瞬間、その絵筆の先に、あるいはペンの先に、宇宙が踊っている、、、創造のときがある。そしてそのときのみが「生きている」というときなのだということ。
そしてそれはまた、こうもいえるだろう。つまり私の微笑みは、このすべての存在は、、、そういう(過去の体験など)すべてが摩訶不思議に現われ出た(現成した)、この今、この瞬間での精一杯の働きなのだと。

カザンのモスクとクレムリン(ロシア語でクレムリンは城塞を意味するとのこと)
残りの旅については以下、簡単に書きとめておきます。
次の日、日曜はセルゲイとアンドレと食事。月曜はコンサルティング、そのあとモスクワへ12時間の列車のたび。モスクワでは例のホステルで三日泊まり、更にいろいろな人と出会い、クレムリンや教会、遺跡、美術館などの見学、ついでに昔のKGBのビルの周りをうろうろ、きょろきょろ。夕方は酒飲みを横に見ての散策、そして最後の日の朝、飛行場へ数日前に開通したばかりの電車で行く。車内では休暇でクロエシアに行く母と娘さんのペアと出会い。。。。「微笑み」についていろいろ話した。そしてその後無事、ロスアンゼルス郊外の家にもどる。
ということで、たかが2週間程度のロシアの旅ではあるがいろいろな人との出会い、出来事があった。そう、みんないろいろな境涯でそれぞれの生を生きているのだね。
ここで最後に「微笑み」について考えてみたい。
まず微笑みというと、私はなにか原始的な感じがする。それはあたかも文明に汚されてない素朴さだ。純心な子供のように眼はすきとおって輝き、生き生きとした生が体全体からあらわれでる。つまり自ずから然りで無駄な力が入ってない。
文明が発展した場合にも微笑みはある。上でいったように小さな子供の微笑みは素直・生き生きのあらわれのようだ。母親が赤ん坊と一緒にいるときにも現れる。何かを極めた名人というのも、なにか言葉に尽くせない眼の輝きと深みのある微笑みが感じられる。お年寄りも、人生の智慧を体得したという意味合いがあるのだろうか、あるいはそれは慈愛の眼であろうか、だれもというわけではないだろうが「微笑み」があらわれるようだ。そしてそのどの場合も背景に無心(無意識の意識)、つまりわれわれの存在の最深部とのつながりがあるようにおもえる。
ただもう少し丁寧にいうのなら、その微笑みは本来誰もが持っているのではあるが、証さないと意味がない→「この法は人人の分上にゆたかにそなわれりといえども 未だ修せざるにはあらわれず 証せざるにはうることなし」ー弁道話:道元、という意味あいのようだ。
ところで、この紀行記の出だしにも道元の言葉を引用したが、そこで言った、「自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり」というのが、ここで言う「微笑み」につながるようだ。
無心のとき、自ずから微笑みが現れる。そしてそこには身心脱落がある。つまり、無心=微笑み=身心脱落(自己、および他己の身心を納得せしめる)であろう。というのも顔、体に不必要な力が抜けており、般若の智慧は(心)身にあらわれるからだ。ゆえに身心脱落につながる。(ちなみに道元が「心身」でなく「身心」というのは、まず身に自ずからしかりの働きが現れでる、という所からきているように思う。)
小さなこどもなら母親が、妙好人なら親様(阿弥陀様)が、禅なら無意識の意識が、安心そして微笑みのおおもと、ということではないか!(落語を聴いて笑うというのも似ているといえるが、脱線しそうなのでのでここではそれには触れないこととする)
その微笑みは本来誰もが持っている、といったが、我々すべての存在、行動の根本に「微笑み」があったとしたらどうだろう?ことによるとそれは観音様とか弥勒菩薩の「微笑み」と同じものかもしれないではないか?!

弥勒菩薩(中宮寺)* 弥勒菩薩(広隆寺)**
* 「古典的微笑」(アルカイックスマイル)の典型として評価され、エジプトのスフィンクス、レオナルド・ダ・ヴィンチ作モナリザと並んで「世界の三つの微笑」と言われる。(←ネットでみつけたコメント)
* *哲学者カール・ヤスパースの言葉「私はこれまでに古代ギリシャの神々の彫像も見たし、ローマ時代に作られた多くの優れた彫刻も見てきた。だが、今日まで何十年かの哲学者としての生涯の中で、これほど人間実存の本当の平和な姿を具現した芸術品を見たことはなかった。この仏像は我々人間の持つ心の平和の理想を、真に余すところなく最高度に表しているものです(←ネットでみつけたコメント)

百済観音(法隆寺) 阿弥陀如来(三井寺)
ところで次に今回ロシアでセミナーのテーマであったトヨタ方式と、微笑みをつなげてみたい。まずトヨタ方式では顧客の満足とか、無理、無駄、むら、がないことをねらう。というのも、そうでないと組織の生き生き・全機現は達成できないし、社会への貢献はむずかしいことになるからだ。
そこで会社の経営をふくめ、「微笑み」のあらわれる状況をいくつか考えてみた:
―情報、ものなどの整理整頓がうまくいく
―意志の疎通がはかれる
―自らの悩みを解決する
―顧客の悩みを解決する
―共通の問題を解決する
―智慧・アイデアが浮かぶ
―無理、無駄、むらがない。
―必要なものを必要なだけ、必要なときに作る。
―社員全員が使命を持って仕事に取り組む。
そして、、、
―人間性が尊重され、組織が全機現する。
―大智・大悲がおのずから働く。
―法の道を歩む。
(つまり、、、たとえば、見返りを狙って何かをするというのでなく、ただただ、法にそった正しいことをするということ。)
また、この過程で問題点の顕在化と問題解決で衆知が集まるようなうまい仕組みを智慧をはたらかせて作り、それを実践するというわけだ。(これは仏教でいう苦集滅道。つまり煩悩の根を取る、般若の智慧を働かすというようなものであり、更に言えばトヨタ方式でいうとことんの在庫削減→智慧を生み出す、とヴィパッサナのプロセスは非常にうまく対応しているといえる。つまり、透脱・解脱は可能であり、さらに現在進行形で法の道を歩むべし、というわけだ。−これはトヨタで働く人も含めぜひ知って(体験して)いただきたいところである。)
ということで、最後に、トヨタ方式と微笑みをくっつけて今回のロシア紀行記の幕を閉じたい。
トヨタ方式をならうというは、無理、無駄、むら(〜煩悩)の排除を習うなり、
無理、無駄、むら(〜煩悩)の排除を習うというは、大悲・大智を働かすということなり
大悲・大智を働かすということは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり
自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなりということは、微笑みを我々の存在の根源からあらわすことなり。
そして微笑みの正体がわかったとしたら、、、、いったい、この微笑は周囲にどうつたわるのか、、、、これをよく考えてみるべきと思う。
道元もいったではないか:「この法は人人の分上にゆたかにそなわれりといえども 未だ修せざるにはあらわれず 証せざるにはうることなし」ー弁道話
―基調講演で使った私のパワーポイントによるプレゼンテーション資料(Yahooのブリーフケース)http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/bc/444a88d9_a597/bc/2959/Key+Note+Speech.ppt?bcuKKiIBjlAz5RaA (2,7MBと大きいです)
―トヨタ自動車の元副社長、トヨタ方式の生みの親として知られている大野耐一氏との対話(1985年ごろ)。もとは私の書いたダイアモンド社から出版した本からの抜粋ですが英訳してあります:
http://www.geocities.jp/suzakicojp/dialogue-ohno.html )
―TQM+トヨタ方式のシミュレーションのワークショップで使ったパワーポイントです:
http://proxy.f3.ymdb.yahoofs.jp/bc/444a88d9_a597/bc/2959/Lean%2bTQM+game.ppt?bcuKKiIBQJHdW1NP (〜2MBと大きいです)
* HPに戻る:www.suzakijpn.has.it
または:http://www.geocities.co.jp/NatureLand/7243/youkoso.html