弥勒菩薩の微笑

 

     HPに戻る:www.suzakijpn.has.it または

http://www.geocities.co.jp/suzakicojp/youkoso.html

 

 

 

 

はじめに. 1

微笑み. 2

無心=微笑み=身心脱落. 2

広隆寺にある弥勒菩薩. 2

中宮寺にある弥勒菩薩. 4

ポルトガルの美術館で見つけた弥勒菩薩. 6

東京国立美術館にある弥勒菩薩. 7

韓国にある弥勒菩薩. 8

無量寿経にある弥勒菩薩. 11

おわりに: 頭を使うのか、頭に使われるのか?. 11

 

はじめに

 

人生には出会いがいろいろあるが、興味・関心があるとちょっとした出会いでも不思議な景色・風情・アイデアを提供してくれることがある。

201011月、仕事で訪れたポルトガルで帰国の前日に訪れたリスボンの美術館でキリスト教にまつわるいろいろな絵から少しはなれたところに、ぽつんと弥勒菩薩の像がおいてあった。そもそもキリスト教関係の絵は、そのほとんどがマリアやキリストの苦しみの姿を描いた物なのだが、それとの対比ということなのであろうか、この像は中宮寺の弥勒菩薩に似ていて、その顔ー微笑ーがなんともいえない平安な姿を現していた。(おそらく何日か前に訪れたPortoのそばのAroucaという町にあった修道院で見たマリアのキリストを失った際の苦しみの絵も私の心に刻まれていたのだろう)

 

また、瞑想する弥勒菩薩の微笑については、先年ロシアに行ったときに感じたところがあり、弥勒菩薩の写真などを添付してHPにファイルをアップロードしたということもあろう。→ http://www.geocities.jp/suzakicojp/russia.html

これは以前そこいたもののコピー: 

 

「生きる」ということは、工夫するということなり。
工夫するということは、頭にこだわりがないということなり。
頭にこだわりがないということは、無心の遊び心なり。
無心の遊び心というは、自在ということなり。
自在というは、穏やかな微笑を浮かべ、
どんなことにも対処する境涯ということなり。

以上、生きる=智慧=無心(素直)=自在=微笑み、の構図です。

 

           2010年12月10日 洲崎清 記

 

 

微笑み

 

微笑みというと、私はなにか原始的な感じがする。それはあたかも文明に汚されてない素朴さだ。純心な子供のように眼はすきとおって輝き、生き生きとした生が体全体からあらわれでる。つまり自ずから然りで無駄な力が入ってない。

文明が発展した場合にも微笑みはある。上でいったように小さな子供の微笑みは素直・生き生きのあらわれのようだ。母親が赤ん坊と一緒にいるときにも現れる。何かを極めた名人というのも、なにか言葉に尽くせない眼の輝きと深みのある微笑みが感じられる。お年寄りも、人生の智慧を体得したという意味合いがあるのだろうか、あるいはそれは慈愛の眼であろうか、だれもというわけではないだろうが「微笑み」があらわれるようだ。そしてそのどの場合も背景に無心(無意識の意識)、つまりわれわれの存在の最深部とのつながりがあるようにおもえる。

 

無心=微笑み=身心脱落

 

無心のとき、自ずから微笑みが現れる。。。つまり、無心=微笑み=身心脱落(自己、および他己の身心を納得せしめる)であろう。というのも顔、体に不必要な力が抜けている。般若の智慧は(心)身にあらわれるからだ。ゆえに身心脱落につながる。(ちなみに道元が「心身」でなく「身心」というのは、まず身に自ずからしかりの働きが現れでる、という所からきているように思う。)

 

小さなこどもなら母親が、妙好人なら親様(阿弥陀様)が、禅なら無意識の意識が、安心そして微笑みのおおもと、ということではないか!

 

その微笑みは本来誰もが持っている、といったが、我々すべての存在、行動の根本に「微笑み」があったとしたらどうだろう?ことによるとそれは観音様とか弥勒菩薩の「微笑み」と同じものかもしれないではないか?!

 

広隆寺にある弥勒菩薩

 

(国宝第一号ということです)

Description: http://t3.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcThkKaN2AebOW1rRN1AhYbK2ZwHvBUVuOhRryl9e8dExjSbKSXT2klL4ShQGw      Description: http://t3.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcQxgyf2782kWtOPYOn4JDp18zVnywIbqn3OrWlyyk0ewnAiYOM0IZa2y1xI    Description: http://t0.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcTUm2lFHaaoGtxca2figUi0nHypI2x8i60Gj-GwvAAFLJm7sB5zqO0Q34BFgQ    Description: http://t2.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcQGbM6rLlYYs68mpFI2E_st19C2USPzRZvWUlq1xmySYVwAhzkyKSLLAI8Q

 

Description: 弥勒菩薩さま

 

 

 

 

*哲学者カール・ヤスパースの言葉「私はこれまでに古代ギリシャの神々の彫像も見たし、ローマ時代に作られた多くの優れた彫刻も見てきた。だが、今日まで何十年かの哲学者としての生涯の中で、これほど人間実存の本当の平和な姿を具現した芸術品を見たことはなかった。この仏像は我々人間の持つ心の平和の理想を、真に余すところなく最高度に表しているものです(←ネットでみつけたコメント)

 

 

 

中宮寺にある弥勒菩薩

 

Description: http://t1.gstatic.com/images?q=tbn:WzW570I-mSI4xM:http://blog-imgs-30.fc2.com/b/u/d/buddha77/20090714095636577.jpg&t=1    Description: http://www.geocities.jp/suzakicojp/russia_files/image018.jpg   Description: 中宮寺−弥勒菩薩半跏像

 

 

  「古典的微笑」(アルカイックスマイル)の典型として評価され、エジプトのスフィンクス、レオナルド・ダ・ヴィンチ作モナリザと並んで「世界の三つの微笑」と言われる。(←ネットでみつけたコメント)

 

 

 

 

 

 

ポルトガルの美術館で見つけた弥勒菩薩

 

Description: http://redalyc.uaemex.mx/redalyc/html/361/36100801/pg_0002.jpg

The sculpture of the Meditating Bodhisattva in the possession of the

Museu Nacional de Arte Antiga in Lisbon is among European collections an

exceptional example of a Buddhist image cast in bronze, which rivets the

viewer’s attention, compelling him to stop, reflect, and concentrate (Fig. 1).

Once in the collection of the Parisian architect and ceramicist Georges

Hoentschel (1855-1915), it was purchased at auction in 1919 by Calouste

Sarkis Gulbenkian (1869-1955), who, when speaking about art, emphasized

“with no presumption of false humility – ‘only the best is good enough for me’"; in 1952 Gulbenkian donated it to the museum (Fig. 2)

 

 

東京国立美術館にある弥勒菩薩

 

ファイル:MaitreyaSeated.JPG

 

Seated Maitreya. 2nd century Gandhara. Tokyo National Museum. Personal photograph 2005.

 

韓国にある弥勒菩薩

 

Description: http://t1.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcQYoVvIPJBZTleAz2p5-0o3iJBhVPL-eFH2cP6cE8afjniNaTgcW2ie1ris

National Treasure no. 78. 

6世紀末の作といわれている)

 

Description: http://www.buddhism.org/board/board/glossary/upimg/1248029211.jpg

Description: http://t3.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcSuCtg48zE6l3RbgqyNw4M7Cz3UaFj1TORTDGtuSMWYq042_usTxg

 

Korea's Gilt Bronze Maitreya Bodhisattva Bangasayusang

Pensive Bodhisattva Maitreya, National Treasure no. 83National Museum of Korea.

 

While in China the pensive iconography was typically a subordinate image in a triad or was often small in size. In Korea, particularly exemplified by examples from Silla, the pensive Maitreya became a central figure of worship with several heroic-sized figures surviving. Pensive images were popular in the other two kingdoms. In early Baekje pensive statues have a characteristic parabolic drapery, a fragment of such a statue (image) is held at the Buyeo National Museum, and this style can be found in Baekje images now in Japan and Japanese images influenced by the Baekje style.。。。

 

無量寿経にある弥勒菩薩

 

http://www.zenshoji.or.jp/fuku/mrjk.htm より)

お釈迦さまは、聴衆の中にいた弥勒菩薩(みろくぼさつ)にむかって説きはじめました。

私がいままで説いてきたように、阿弥陀仏の国はこんなにもすばらしい。おまえたちはぜひとも、この国に生まれるべきです。振り返って、この世界のありさまをよくよくご覧なさい。

この世界では、人はみな俗事と財産を求め、互いににくみあい、善をなせば福を得ることを知りません。このようなこの世界を遠く離れ、阿弥陀仏の国に生まれることを願いなさい。

またこの世界には五つの悪があります。一に、人々が争い殺し合います。二に、人々が規律を破り道徳を守りません。三に、寿命に限りがあり、死を経験しなければなりません。四に、言葉をもって人を裏切り嘘をつき軽くあしらいます。五に、人々は怠け者で善を修めません。その報いとして現世では罰を受け、来世では苦しい生を受けます。

弥勒菩薩はこの自分のありさまを聞いたのでした。弥勒菩薩は、「おっしゃるとおりです。そのように心に止めたいと思います」と真摯に受け止めました。。。

お釈迦さまは弥勒菩薩に言いました。私たちの世界からは67億のおまえのような菩薩、その他数えきれない人々が、その国に往生するでしょう。それ以外に、いろいろな世界から、数えきれない人々が往生するでしょう。。。

 

おわりに: 頭を使うのか、頭に使われるのか?

 

おさない子供にみられるあの天子の微笑、、素直、天真爛漫なありよう、、これが大人になり、娑婆の喧騒にもまれもまれしているうちに、顔や心には歪が、やわらかい体もかたくなる、といったように、失われていくということになるのではないか。 

 

これは、頭を使うつもりが、あっちにごっつん、こっちにごっつん、しているうちに小ざかしい智恵をまなび、素直さが失われ、目の前に見えるものも見えなくなる。あるいは世間の垢にまみれ、あわれなことにニューロンの配線も歪だらけ、ということでもあろう。これでは頭をつかうのでなく頭につかわれるといったことと同じになる。

 

ということで、上に書いたものをもういちどみなおしておく:

 

「生きる」ということは、工夫するということなり。
工夫するということ(の基本)は、頭にこだわりがないということなり。
頭にこだわりがないということは、無心の遊び心なり。
無心の遊び心というは、自在ということなり。
自在というは、穏やかな微笑を浮かべ、
どんなことにも対処する境涯ということなり。

以上、生きる=智慧=無心(素直)=自在=微笑み、の構図です。

 

ふと気づくと、外では一羽の鳥が天からの声を聞かせてくれるかのように鳴いています。

 

この声が我々の身心を突き抜け、全宇宙に響き渡るとき、

我々の存在の原点が、そして微笑のおおもとのはたらきが、

そこに、、、いや、そこいらじゅうにはたらきでている、、

、、、、、といえないでしょうか?

 

あるいは、不思議な静寂に、、、智慧と慈悲の無限の可能性が

いつでもその現われでる機会をねらってひそんでいる、

、、、、、といえないでしょうか?

 

     HPに戻る:www.suzakijpn.has.it または

http://www.geocities.co.jp/suzakicojp/youkoso.html