カビールの詩#17

―宗教体験の意味あい―

 

 

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(これはことによるとつかえません。そのときはこちら↓でお願いします)

http://www.geocities.co.jp/suzakicojp/youkoso 

 

はじめに:. 1

カビールの詩(17)の抄訳. 2

彷彿とわいてくるもの. 4

XVII(全訳). 6

 

 

はじめに:

 

五年ほど前になりますが、私はカビールのこの詩(#17)に出会ったときの驚きを、ついさっきあったことのように覚えています。それも彼の100以上もある詩のなかで、ひょんな縁でネットでぶち当たったのがこの詩なのです。

 

不思議なことに後で調べると、いろいろある彼の詩で、私にとってはこの詩がひときわ光り輝いている、、、というか、私の存在の芯から共鳴する詩、ということに気づきました。(私のヴィパッサナの体験とつながる所です。)

 

英語では以前にカビールの詩についていろいろ調べたものを私に英語のHPに書き留めましたが、今回、思いつきでこの詩(#17)のみを、私なりに日本語に訳してみました。カビールはあまり日本に知られていないようですが、この機会に何らかの意味合いを感じ取られていただければ幸いに思います。

 

ちなみに、英語でまとめたカビール(Kabir)の詩はここ↓に載せてあります:

http://www.geocities.com/suzakico/kabir.html 

 

また、その後すこしして、大拙がカビール(と禅)に付いてかなり書いていることに気づき、これにもまた、うれし・びっくりしたものです。おそらく岡村美穂子さんにカビールの話したのがきっかけで気づいたのでしょう。(私は日本語ではカビーアと言うのかとそれまで思ってました) 

 

http://www.geocities.co.jp/NatureLand/7243/daisetz11-12-03.html#_Toc61824031 

 

2007年12月21日 洲崎清記

 

 

カビールの詩(17)の抄訳

 

掲示板での対話が縁になって、以下にあります日本語訳したカビールの詩(17)から気に入ったところを、それこそ気ままに引き出し、さらに意訳してみました。もとの詩の全訳はこのあとにありますが長いので、カビールに縁のない人にはこの訳文が読みやすいかもしれません。

 

私自身はこれを読むと全身がピリピリしびれるのです。ただ人によっては何のことを言ってるのか?!ということになるかもしれませんが、だとすると「人それぞれ」ということでしょうか?)

 

― 2009年5月1日 洲崎 清

 

(抄訳)

 

太陽、月、そして星の光、、、

愛のメロディーが流れ、

 

とらわれないリズムがつづき、、、

コーラスが天国を満たす。

 

そして、カビールはいう、

「私の「慕っているもの」が空の雷の光のようにきらめく。」

 

そこには誰にも形の見えないベルの音が聞こえる。

礼拝はいつまでも終わらない。

 

見よ、なんという素晴らしいくつろぎが「この上ない精霊」にあるということを!そして、それと出会うものは喜びに浸る。

 

愛の調べにもたれながら、いったりきたり喜びの海がそのうねりを続ける

見よ、水もないのに蓮の花が咲いている!

 

そしてカビールはいう、「心の蜜蜂がその蜜を味わうのだ。」

 

宇宙のつむぎ車の中心に、なんという素晴らしい蓮が咲くのだろう!

音楽はそこいらじゅうに聞こえ。こころは無限にひろがる海の喜びになごむ。

 

カビールはいう、「その甘美な海のなかに飛び込みなさい;

そして生と死のすべての間違いを吹き飛ばしなさい。」 

 

 内を見なさい、そして「隠れた」月のような光があなたを内から照らすのを見なさい。」

 

まさにそこで生と死の反復のリズムがとまるのです。

 

すると甘美の泉の水があふれでて、すべての空間は光りで満たされる。

楽器がないのにどこからか音楽が聞こえる。

 

太陽と月の三百万のランプが光をともしている;

太鼓が鳴り、愛に満ちた人々が踊りを踊る。

 

愛の歌が鳴り響き、光が雨のように注ぎ、

礼拝するものは天国の蜜の味に酔ってしまう。

 

カビールはいう、「そこでは智慧のあるものは言葉を失う;

というのも真実はお経や本には書きようがないから。」

 

私は自らよいと思った格好で腰を落とし

神聖なもので器からのどをうるおした。

 

そのとき不思議のドアをあける鍵を見出した。

するとすべてが融合した原点にたどり着いた。

 

道なき道を旅し、ついに悲しみのない地にたどり着いたとき

「偉大なもの」の慈悲がやさしく私の全身に注がれた。

 

なんといっても素晴らしいのはこのくつろぎの地だ、

なににも比較することができない。

 

カビールはいう:「それを知ることにより、無知なものは智慧あるものになり、

智慧あるものは言葉を失い、静かになる。

 

 礼拝するものはとことん酩酊してしまう。

彼の智慧と無執着は完成する;

 

彼は愛が出入りする呼吸の器から「それ」を呑む。

空中は音で満たされ、しかもその音楽は指や弦なしに奏でられている。

 

カビールは言う:「あなたの生が「生の海」と一緒になったとき、

あなたは無上の喜びを見出すでしょう」

 

私は真実を話すのだ!

というのも私は生の真実を受け入れることにしたから;

 

今や私は真実とひとつになり、

見掛け倒しのものはみんな掃き清められてしまった。

 

まわりはシンフォニーで満たされ、

蜜が雨のように降る。

 

ハープが鳴り、太鼓が打ち鳴らされる。

なんという不思議で素晴らしいものなのだろう、この宮廷は。

 

喜びが永遠に、、、

悲しみ、葛藤が消えて!

 

まさにここで私は喜びがあふれんばかりの喜びのきわみを見た;

もはや何かが歪んでいるというようなことはない。

 

カビールはいう:「私は、まさにここであの至福というものを見た」

私は私の身体でその宇宙の働きを知った:私はこの世の間違いから抜け出た。

 

内と外が空(そら)としてひとつになり、有限と無限がひとつに結合される:

私はこの「すべて」のありようを目の前に見てただ陶酔する。

 

「あなたの光り」が宇宙を満たす:愛のランプが智慧の受け皿から燃える。

 

カビールはいう:「間違いは起きようがない、

生死の葛藤はもはやどこにもない。」

 

彷彿とわいてくるもの

 

カビールの詩はそのままに、じっといじらない、あるいはいじれないという感じですが、彷彿とわいてくるものもあります。

 

たとえば、この詩をみつけたあと大拙が何ページもついやしてカビール禅とでも言うべきものに言及していたということ。大拙もカビールをちゃんと見出していたということになんとも不思議・ありがたい思いがありました。

 

それからヴィパッサナと普賢菩薩の絵。なんともエロチックな感じではありますが、あるときShambhala Dictionary of Buddhism and Zenというのをぱらぱら読んでいたらでてきたこの絵、まさに私の体験そのものを絵にしたもの、と腰を抜かさんばかりにおったまげたものです:http://www.geocities.jp/suzakicojp/fugen.html

 

ところで、どういうわけかこのサイト↑は訪問者が多いのです。微妙なところなので注意書きもそこに残しましたが、念のためここにもコメントを残しておきます。つまり、(宗教的とでもいうのでしょうか根源の)「体験」は人によってその現れ方や表現方法は異なり、その故に各人が自分なりに注意してチェックアンドバランス(調べ:修証)をするのが大事と思います。下手をするとつまらない妄想を生むこともありますので「微妙で物騒になりかねないところ」と思い知るべし、と思っています。

 

とわいえいろいろと調べて私が面白いと思うのは、いろいろな表現が、それこそ月を指す指で、指の色形、表現は違うように見えても、その指し示す「現象」そのものは、どうも同じ、、、という風に感じ取れるのです。(無論、油断は大敵です。)

 

つまり私のヴィパッサナのバンガ体験は、道元のいう身心脱落、透脱、あるいは盤珪の「おけのそこが抜ける」といった体験とつながるようで、脱落とか透脱という道元の言い方も、十牛の図での牛の色合いが変わるという意味あいも、普賢の絵(ここにも色あいの変化がある)も、梵我一体も、更に私なりの直観で言ってしまえば、キリスト教でいう「洗礼」の本来(?)の意味あいも、南無阿弥陀仏・念仏の意味あい(真宗の他力・横跳び)も、さし示しているところは同じで、どれもうわべだけの表現の解釈、形・作法・儀式などにとらわれることなく、その「表現」のいみするところを自ずから見出すべし(修証すべし)と感ずるものです。(これはキルケゴールのSubjectivity is truth.という所につながるのでしょう。)

 

ところで以下のものはYoutubeで見つけたカビールの言葉です
Jaati na poocho Sadhu ki, Pooch lijiye gyaan
(Don't ask the caste of a learned person, ask him his knowledge)
Mol Karo Talwaar ka, Pada rahen do mayan
(Value the sword and ignore the cover meaning look at the character of person and ignore his/her appearance)

要は「みてくれ」にとらわれるな。その「人」の人格、智慧がどうかということだ。というような意味あいですが、宗教、ドグマ、権威、しきたり、うわべだけのもの、云々にとらわれてはつまらないことになるよ、本質を見る眼を大事にしなさい。うわべの化粧とか言葉のあいまいさ、などを見通す眼をもちなさいということでしょう。

 

ところで、以前カビールについて調べていて、インドの街角で掃除をする婦人がカビールの詩を歌いながら涙を流していたというシーンを書いたものがありました。不思議ですが、今回Youtubeでカビール(Kabir )で探索してみると、あるカビールの歌についてにたようなコメントがでてきました。

amazing composition....it brings tears to eyes....strange that we search HIM outside when he lives within us !

 

地金と言う言葉がありますが、本物はどこか違う、、、なにか光るものがある、こころにうったえるものがある、ということなのでしょう。ちなみにカビールはカーストの最下部のうまれ、文盲であり、はた織りをして一生を送ったということです。

 

 

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XVII(全訳)

 

II. 61. grah candra tapan jot varat hai

THE light of the sun, the moon, and the stars shines bright:

 

太陽、月、そして星の光が輝く。


The melody of love swells forth, and the rhythm of love's detachment beats the time.

 

愛のメロディーが流れ、そのとらわれのないリズムが時を刻む。


Day and night, the chorus of music fills the heavens; and Kabîr says

 

昼も夜も、コーラスが天国を満たす。

 

そして、カビールはいう、


"My Beloved One gleams like the lightning flash in the sky."

 

「私の「慕っているもの」が空の雷の光のようにきらめく。」

 

 

 

Do you know how the moments perform their adoration?

 

君は知っているかい、一刻一刻がいかに礼拝するかということを。


Waving its row of lamps, the universe sings in worship day and night,

 

並んだランプを振って、宇宙は昼も夜も礼拝の歌を歌うんだ。


There are the hidden banner and the secret canopy:

 

そこには隠れた旗や秘密の覆いもある。


There the sound of the unseen bells is heard.

 

また、まだ誰も見ないベルの音が聞こえる。


Kabîr says: "There adoration never ceases; there the Lord of the Universe sitteth on His throne."

 

カビールは言う、「礼拝はいつまでも終わらない。そこには宇宙の王が王座に座っている。」

 

 


The whole world does its works and commits its errors: but few are the lovers who know the Beloved.

 

世界全体は働き、間違いをしでかす;そんな中で、「慕っているもの」を愛するほんの少しの人がいる。


The devout seeker is he who mingles in his heart the double currents of love and detachment, like the mingling of the streams of Ganges and Jumna;

 

敬虔な求道者は、あたかもガンジスとジュムナ河の流れが一緒になるように、愛と無執着の二つの流れに心をなごませる。


In his heart the sacred water flows day and night; and thus the round of births and deaths is brought to an end.

 

彼のこころには聖なる水が昼も夜も流れる;そしてそのようにして、生と死の反復が終わりを遂げる。

 

Behold what wonderful rest is in the Supreme Spirit! and he enjoys it, who makes himself meet for it.

 

見よ、なんという素晴らしい休息が「この上ない精霊」にあるということを!そして、それと出会うものは喜びに浸る。


Held by the cords of love, the swing of the Ocean of Joy sways to and fro; and a mighty sound breaks forth in song.

 

愛の調べにもたれ、喜びの海がいったりきたりとうねりを続ける;そして力強い音が歌となって現れでるのだ。


See what a lotus blooms there without water! and Kabîr says
"My heart's bee drinks its nectar." {p. 62}

 

見よ、水もないのに蓮の花が咲いている!

そしてカビールはいう、「私の心の蜜蜂がその蜜を呑むのだ。」

 

 


What a wonderful lotus it is, that blooms at the heart of the spinning wheel of the universe! Only a few pure souls know of its true delight.

 

宇宙のつむぎ車の中心に、なんという素晴らしい蓮が咲くのだろう!ほんの少数の人のみがこの真実の喜びを知る。


Music is all around it, and there the heart partakes of the joy of the Infinite Sea.

 

音楽はそこいらじゅうに聞こえ。こころは無限にひろがる海の喜びになごむ。


Kabîr says: "Dive thou into that Ocean of sweetness: thus let all errors of life and of death flee away."

 

カビールはいう、「その海の甘美ななかに飛び込みなさい;そして生と死のすべての間違いを吹き飛ばしなさい。」

 

 

 

Behold how the thirst of the five senses is quenched there! and the three forms of misery are no more!

 

五感の乾きがいかに潤わされるか見なさい!三種の苦悩はもうどこにもない!


Kabîr says: "It is the sport of the Unattainable One: look within, and behold how the moon-beams of that Hidden One shine in you."

 

カビールはいう:「それが「達することのできないもの」のやることなのだ。:内を見なさい、そして「隠れたもの」の月のような光があなたを内から照らすのを見なさい。」

 

 


There falls the rhythmic beat of life and death: {p. 63}

 

まさにそこで生と死の反復のリズムがとまるのだ。


Rapture wells forth, and all space is radiant with light.

 

すると甘美のいずみがあふれ、すべての空間は光りで満たされる。


There the Unstruck Music is sounded; it is the music of the love of the three worlds.

 

そこには楽器なしなのに音楽が聞こえる;それは三つの世界の愛の音楽だ。


There millions of lamps of sun and of moon are burning;

 

太陽と月の三百万のランプが光をともしている;


There the drum beats, and the lover swings in play.

 

太鼓が鳴り、愛に満ちた人々が踊りを踊る。


There love-songs resound, and light rains in showers; and the worshipper is entranced in the taste of the heavenly nectar.

 

愛の歌が鳴り響き、光が雨のように注ぎ、礼拝するものはあたかも天国の蜜の味わいに酔うのだ。


Look upon life and death; there is no separation between them,

 

生と死をみても、そこには間に何のギャップもない。


The right hand and the left hand are one and the same.

 

右手も左手もひとつものである。


Kabîr says: "There the wise man is speechless; for this truth may never be found in Vadas or in books."

 

カビールはいう、「そこでは智慧のあるものは言葉を失う;というのも真実はお経や本には書いてないのだから。」

 

 

 

I have had my Seat on the Self-poised One,

 

私は自らよいと思った格好で腰を落ち着けた。


I have drunk of the Cup of the Ineffable,

 

神聖なもので器からのどをうるおした。


I have found the Key of the Mystery,

 

不思議を知る鍵を見つけた。


I have reached the Root of Union.

 

そしてすべてが一体となる基盤にたどり着いた。


Travelling by no track, I have come to the Sorrowless Land: very easily has the mercy of the great Lord come upon me.

 

道なき道を旅し、ついに悲しみのない地にたどり着いた;「偉大なもの」の哀れみがいともやさしく私に降り注がれた。


They have sung of Him as infinite and unattainable: but I in my meditations have seen Him without sight.

 

人々は「彼」を無限で、到達できないもの、と歌う;けれど、私は私の瞑想において目を見開くことなく「彼」を見たのだ。


That is indeed the sorrowless land, and none know the path that leads there:

 

そう、まさしくそれは悲しみのない地だ、そして誰もそこへ行く道を知らない。


Only he who is on that path has surely transcended all sorrow.

 

そういった道にいるもののみが、すべての歎き悲しみを超越したのだ。


Wonderful is that land of rest, to which no merit can win;

 

なんといっても素晴らしいのはこの休息の地だ、なにも比較することさえできない。


It is the wise who has seen it, it is the wise who has sung of it.

 

智慧あるものがそれを見、智慧ある者がそれを歌うのだ。


This is the Ultimate Word: but can any express its marvelous savour?

 

これが「究極の言葉」だ:だがいったい誰がこのすばらしい味わいを表現することができるだろうか?


He who has savoured it once, he knows what joy it can give.

 

一度でもその味を味わったものこそ、それがどんな喜びをもたらすかを知るのだ。


Kabîr says: "Knowing it, the ignorant man becomes wise, and the wise man becomes speechless and silent,

 

カビールはいう:「それを知ることにより、無知なものは智慧あるものになり、智慧あるものは言葉を失い、静かになる。

 

 


The worshipper is utterly inebriated,

 

礼拝するものはとことん酩酊されてしまう。


His wisdom and his detachment are made perfect;

 

彼の智慧と無執着は完成する;


He drinks from the cup of the inbreathings and the outbreathings of love."

 

彼は愛の呼吸の器から「それ」を呑む。

 

There the whole sky is filled with sound, and there that music is made without fingers and without strings;

 

空中が音で満たされ、しかもその音楽は指や弦なしに奏でられているのだ。


There the game of pleasure and pain does not cease.

 

そこでは喜びと苦しみのゲームは止むことはない。


Kabîr says: "If you merge your life in the Ocean of Life, you will find your life in the Supreme Land of Bliss."

 

カビールは言う:「もしあなたの生が「生の海」と一緒になったなら、あなたは無上の喜びを見出すだろう」

 

 

 

What a frenzy of ecstasy there is in every hour! and the worshipper is pressing out and drinking the essence of the hours: he lives in the life of Brahma.

 

なんという甘美にみちた時が続くのだろう。そして礼拝するものはさらに前に進んでその時の中枢たるものを飲み干すのだ:彼は聖なる生を生きる。


I speak truth, for I have accepted truth in life; I am now attached to truth, I have swept all tinsel away.

 

私は真実を話す、というのも私は生の真実を受け入れることにしたから;今、私は真実といっしょになった、見掛け倒しのものはみんな掃き清めてしまった。


Kabîr says: "Thus is the worshipper set free from fear; thus have all errors of life and of death left him."

 

カビールはいう:「これが恐れから自由になった礼拝者のありようだ;生死の間違いはすべて彼から遠ざかってしまった。」

 

 

 

There the sky is filled with music:

 

空は音楽で満たされている。


There it rains nectar:

 

そこでは蜜が雨のように降る。


There the harp-strings jingle, and there the drums beat.

 

ハープの弦が鳴り、太鼓が打ち鳴らされる。


What a secret splendour is there, in the mansion of the sky!

 

なんという不思議で素晴らしいものなのだろう;この空の宮廷は。


There no mention is made of the rising and the setting of the sun;

 

太陽が昇るとかしずむというようなことは考えにもうかばない。


In the ocean of manifestation, which is the light of love, day and night are felt to be one.

 

明らかになったこの、そうそれは愛の光りの、海で昼と夜はひとつになってしまったようだ。


Joy for ever, no sorrow,--no struggle!

 

喜びが永遠に、、、悲しみ、葛藤が消えて!


There have I seen joy filled to the brim, perfection of joy;

 

まさにここで私は喜びがあふれんばかりの、喜びのきわみを、見た;


No place for error is there.

 

間違いというようなもののありようがないのだ。


Kabîr says: "There have I witnessed the sport of One Bliss!"

 

カビールはいう:「私は、まさにここではあの至福というものを見た」

 

I have known in my body the sport of the universe: I have escaped from the error of this world..

 

私は私の身体でその宇宙の働きを知った:私はこの世の間違いから抜け出たのだ。


The inward and the outward are become as one sky, the Infinite and the finite are united: I am drunken with the sight of this All!

 

内と外が空(そら)としてひとつになり、有限と無限がひとつに結合される:私はこの「すべて」のありようを目の前に見てただ陶酔する。


This Light of Thine fulfils the universe: the lamp of love that burns on the salver of knowledge.

 

この「あなたの光り」が宇宙を満たす:愛のランプが智慧の受け皿から燃える。


Kabîr says: "There error cannot enter, and the conflict of life and death is felt no more."

 

カビールはいう:「もう間違いは起きようがない、そして生死の葛藤はもうどこにもない。」

 

 

 

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(これはことによるとつかえません。そのときはこちら↓でお願いします)

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