photo

      対応の難しい子どもたちの『心のケア』 

■『心のケア』の必要性

 最近ではよくTVや新聞に、子どもの事件が載るようになりました。なぜ事件が起きたのかと、その原因を探ろうとしていろいろな憶測が飛び交います。それぞれの出来事には、個別のいろいろな事情や出来事の積み重ねがあり、単純にその原因を決めつけることは不可能でしょう。
 ただ一つ言えるとすれば、子どもであれ、大人であれ、追いつめられてしまった時は、関係性が機能していない時だということです。逆に言えば、いろいろ難しい環境にあったとしても、一人でもいいから、細くてもいいから、だれかとつながっているという安心感がもてていれば、なんとかやっていけるということでもあります。
 子育てが難しい中で、親がなんらかの事情で子育てが継続できなくなった場合、親元を離れ、施設での生活が始まります。それは、植物の植え替えと同じで、一度根を全部切ってしまうことを意味します。そして新しい土地に根づくまでに、時間が必要です。新しい土地に根づくということは、新しい関係を作るということです。
 対応が難しい子どもは、その新しい関係を作ることが下手な子どもだということができます。別の言い方をすれば、その子にとって植え替えは、新しい土地で新しい根のはやし方を学ぶチャンスの時だということもできます。そのチャンスを生かすには、その子どもが自分の気持ちをわかってくれる人がいること、そしてもっといい人とのやりとりの方法があるということを、体を通して本人が感じたり気づいたりできるチャンスを大人が作ってやることです。関わる側の大人には、心のケアの対人援助技術が助けになると思います。                

■困らせる行動のからくり

 ここでは心のケアの考え方の中から、行動をどう理解するかということのヒントをご紹介します。
 ある時、3歳の男の子(兄)が弟を噛むという相談がありました。そのお母さんは、弟が生まれるまでは、ほとんど兄を叱ったこともなく、楽しくやっていたということでした。お母さんと兄は“いい関係”だったわけです。
 弟の出現で、大きな変化が起きました。兄が小さく無抵抗な赤ちゃん(弟)を噛むという、お母さんが怒らざるを得ないことをするようになったのです。お母さんは何度も言い聞かせ、その度に叱り、とうとう「どうして何度言ってもわかってくれないの!」と、兄をぶつようになったということでした。
 ある日公園に兄を連れて遊びに行った時、兄が他の友達を叩くようになっていたのでした。お母さんは驚き、そして、兄が友達を叩くようになったのは自分のせいだと思い、すぐたたくのをやめたのだそうです。でも相変わらず弟を噛むことが続き、お母さんは兄をぶつ代わりに、怒鳴る声がどんどんエスカレートするようになったということです。そしてまた公園へ・・・。今度は兄が他の子どもたちを大声で怒鳴るようになっていたのを目撃して、お母さんは、もうどうしたらいいかわからない!と私のところに来たのでした。お母さんと子の「いい関係」の危機です。

 どうしてこんなことになるのでしょう? 親子であれ、職員と子どもであれ、大人同士であれ、お互いに相手との「いい関係」を望んでいるはずなのに、いったい何が起きているのでしょう?                   

■行動の裏側にある気持ち

 私たちが何らかの行動をする時、そこには、必ずそれを動かしているものがあります。「心」といってもいいし、「意志、動機付け、情動」などと呼んでもいいのですが、それは身体の内側にある力で、自分の体を使って外界に働きかけ、行動を引き起こす力となるものです。
 私たちの身体はどんな小さな動きでも、必ずどこかの筋肉を使っています。話すという行為にしても、喉の声帯を動かし口や舌の筋肉を動かさなければ声も言葉も出てきません。ですから、話したいという気持ちがなければ、話す能力はあっても、無口で、何も話さないということも起こるのです。
 行動の裏側には、なんらかの気持ちがあるということが分かれば、対応に幅を持たせることができます。もしある行動をやめてもらいたいと思ったら、その行動を起こしているその裏側に、どんな気持があるのかがわかれば、対応しやすいということです。
 さて、では先の兄の噛むという行動を起こすもとには、どんな気持ちがあるのでしょうか? 彼の行動は、私たちに何を訴えているのでしょうか? 

■弟を噛まずにいられない兄の気持ち

 面接の続きに戻ります。私は、お母さんに対して多くの説明をするよりも、まず子どもの気持ちを実感してもらうのがよいと思い、遊んでいた子どもをお母さんに抱いてもらいました。私の方を向いている兄に向かって私は、「弟を噛んでいるんだって?」と聞いてみました。
 兄はその話題に触れたとたん、ショボンと身体を小さくし、小さく頷き、首をうなだれました。「困っているでしょう!?」と聞くと、ちょっと驚いたように顔をあげ、(そうなんだ)と言うように「うん」とうなずきました。「弟が生まれて、お母さんが、僕のことなんかもうどうでもいいのかって心配なんだよね。心配になった時にどうしたらいいか、おばさんがいい方法を教えてあげるから、練習して帰ろうね。」と話し、「心配になったらお母さんに『僕のこと嫌い?!』って聞くんだよ」と伝授しました。
 避難訓練ではないけれど、練習しなければいざという時には使えないので、実際にやってみるように兄を誘いました。兄はさっそく「僕のこと嫌い?!」と言いながら、振り返って自分を抱いているお母さんの顔を見上げていました。兄と私のやりとりを一部始終を見ていたお母さんは、息子の言葉に声を詰まらせ、涙を流しながら、「嫌いなわけないじゃない!大好きだよ!」と、思わず子どもを抱きしめていました。「いい関係」の復活です。
 この兄の噛むという行動の裏には、弟の誕生で、自分の存在が脅かされ、不安という気持ちがあったのです。お母さんを困らせたい訳ではなく、また本人もやりたくてやっているわけではないけれど、自分では、もう行動を止められなくなっていたのです。お母さんは、噛むという子どもの行動への対応に必死になり、そこにある子どもの気持ちに気づく余裕がなくなっていたのです。お母さんにぶたれたり、大声で叱られたりする中で、兄はますます(やっぱり僕のことかわいくないんだ)と、不安になるという悪循環に陥いっていたのです。           

■心のからくり

 私たちの心の中には、いろいろな感情(ぐちゃぐちゃ)や、現実的に対応できるしっかりものの(棒)があります。「〜したいなあ!」「やりたくないなあ!」「かわいそう!」「自信がない」「怖い」「バカにされたくない」「いらいらする」「完璧に頑張らなくちゃ」、、、、そういう様々な気持ちが、自分の心の中に同居しています。
 そして普段は、いちいちそれを表現せず、心の中にしまっておいて、今現実に必要なことを自分にふさわしいやり方でやっています。それが、下の左側の図です。
 ぐちゃぐちゃの気持ちは小さくかたまっているので、しっかりものの棒がちゃんと働いています。それに比べて、感情をコントロールできなくなっている図が右側の図です。こうなると、もう棒は見えなくなってしまいます。
 先の3歳の兄は、「どうせ僕なんかいなくてもいいんだ!」「皆、弟のことだけ好きなんだ。」というぐちゃぐちゃの感情が満杯になり、しっかりものの棒が働かなくなっているのです。そうなると、弟を噛んでしまうという行動を、自分では止められなくなります。コントロールがきかなくなるのです。
              
 心の中が、上の右側の図のように、ぐちゃぐちゃになっている時の行動は、噛むという攻撃的な行動だけではありません。「こんな自分なんかダメだ!」「どうせ自分には何もできない」「こんな私は誰の役にも立てない」などと、自信喪失のぐちゃぐちゃの時は、内側に引きこもり、動けなくなるという行動になることもあります。
 攻撃であれ、引きこもりであれ、対応が困るほどの甘えであれ、行動が極端な時はたいてい心の中は何かの感情で満杯になり、自己コントロールができない状態になっていると考えるとよいでしょう。                

■困らせる行動への対応

 実際のやりとりはその時々、人のタイプの組み合わせによっても様々ですが、対応の基本となる考え方は、いたってシンプルです。
 次の真ん中の図を見てください。棒を支えて、ぐちゃぐちゃは吐き出してもらう、という図です。そうすれば、元の棒が働く状態になります。
 本人にすれば、しっかりした棒を支えてもらいながら、同時に、困らせる行動をせざるをえない、苦しい、不安な、悲しい、、、といったあふれる感情をちゃんと表現できて、しかも相手には十分理解され認められたという体験をしつつ、最後は自分でも良いと思える行動をとれて、自尊心も満足できるというやりとりです。


 困らせる行動をとる時   気持ちに共感しつつ行動は支える   お兄さんらしい行動がとれる
  (ぐちゃぐちゃで満杯)   (棒を支え、ぐちゃぐちゃを出す)   (棒がしっかりしている)



 同じことを、先の弟を噛む兄の例で考えれば、基本は、兄の噛むという行動をお母さんが体でしっかり止め、その時暴れて泣いたら、しっかり抱っこして、「本当は噛むことはいけないって、わかっているんだよね。でも、自分でもどうしていいかわからなくなっているんだよね。大丈夫、お母さんはここにちゃんといるよ。あなたのこと大好きなんだよ」と、兄の不安な気持ちに共感してあげることです。
 ここでは、噛むという困らせる行動に、どうつきあうか?という説明をしましたが、心のからくりがわかったら、兄が噛むまで待つことはありません。噛んでいない時に、兄の不安な気持ちを払拭し、愛されているという思いを、しっかり感じてもらえるような関わりをすることの方が大事です。日常的に抱っこして、気持ちのよい体のやり取りをしていれば、子どもの心の中に愛されているという貯金ができます。貯金がたくさんあれば、余裕がありますから、少しぐらいの不安で、困らせる行動になることも無くなるでしょう。                   

養護施設職員のための研修の紹介

「気持ちはわかるけれど、他の子どもや職員に八つ当りされると、つい怒ってしまう」
「次々に甘えてくる子どもの要求に、応えたくても応えられない」 
「一生懸命やっているのに、どうしてわかってくれないの」


 養護施設の現場で働く人たちが抱えている悩みとして、こういう声をよく耳にします。
 こんなふうに、行き詰まりを感じたときこそ、実は、新しいやり方を模索するチャンスなのです。
 これまで子どもとのつきあいは、暗黙のうちに各職員のセンスや経験に頼っている。という側面が大きかったのではないでしょうか。
 けれども、たとえ経験が浅くても、従来経験に任されていたことを、相手とどうやりとりするかという対人援助技術として学ぶことができます。センスを磨くことも可能なのです。
 このような技術を習得し、センスを磨くには、実際に体を動かして実習することが必要です。
 子どもとのつきあいを体験的に学べる研修として、日本抱っこ法協会の『抱っこ法基礎講座』をお勧めします。さぽーと優&遊もこれら研修の講師を担当しています。


詳しくは、下記のホームページを
ご覧ください。

子どもの森
(日本抱っこ法協会のホームページ)