日本の30年 ~破壊の2000年代~
自民党と民主党政権の主な政策(1996年~2012年)
政権 首相 年代 主な政策 政局、社会情勢など
自民党 橋本 1996年 中央省庁等改革基本法可決、金融ビッグバンによるグローバル化、日銀法改正、消費税5%へアップ 衆院小選挙区制による初の総選挙で自民党圧勝、自社さ連立解消、アジア金融危機、大手金融機関破綻
小渕 1998年 金融再生法可決、減税・赤字国債発行による経済政策 戦後最悪の景気、破綻金融機関の一時国有化、自自公連立、脳梗塞で急死
2000年 IT革命推進、首相初のアフリカ歴訪 自公保連立、加藤の乱、中央省庁再編実施、日銀ゼロ金利開始
小泉 2001年 構造改革、規制緩和推進、道路公団・郵政民営化、テロ特措法、イラク特措法可決、北朝鮮訪問 9・11テロ、アメリカ対アフガン・イラク戦争、北朝鮮拉致被害者5人帰国、民主・自由合併、ニートが全国で85万人に、悠仁殿下ご誕生、日銀5年4ヶ月ぶりにゼロ金利解除
安倍
2006年 構造改革継承、教育基本法改正、防衛省昇格法可決、国民投票法可決、 閣僚不祥事、消えた年金問題、参院選で民主党圧勝し第1党へ、サブプライムショック
福田 2007年 親中外交、郵政民営化スタート 大連立構想破談、ガソリン高騰、白川方明日銀総裁就任
麻生 2008年 財政出動(エコポイントなど)、補正予算で公共投資 リーマンショック、新型インフルエンザ流行
民主党 鳩山 2009年 セーフティーネット(こども手当、農家戸別補償など)、国の予算組み替え、事業仕分け 八ッ場ダム建設休止、普天間移設問題、米トヨタのアクセル不具合問題、尖閣沖中国船衝突事件
2011年 東日本大震災・福島第1原発事故対応 急激な円高、日本のGDP世界3位に
野田 2012年 TPP参加意向表明、消費増税法案可決 大阪維新の会橋下・松井大阪W選挙勝利
日の丸家電の苦境(youtube)
 自民党の3代続けての首相一年交代を経た2009年8月の衆議院総選挙において、民主党が大勝し歴史的な政権交代が実現しました。メディアから「政権交代に期待する」ムードがあおられる中で日本国民が下した選択の結果でした。
 高い支持率を得て政権与党となった民主党は鳩山由紀夫首相小沢一郎幹事長が操る中、政権運営を進めました。これは、93年の「政界再編」と同じ構図です。脱官僚、政治主導をうたい「コンクリートから人へ」というキャッチフレーズで、利益誘導型の自民党政治との差別化を図り、「こども手当て」、「高速道路無料化」、「高校無償化」、「農家個別補償」など、いかにも生活者に優しい政策を並べました。
 そして、予算編成の透明性を国民にアピールするため「事業仕分け」というパフォーマンスを実施しワイドショーを賑わせました。「2位じゃダメなんでしょうか?」と科学技術関連事業の予算削減をマイクで訴えた蓮舫行政刷新担当相の姿がメディアで繰り返し報道されたのは記憶に新しいところです。しかし、スーパーコンピュータ「京」開発やiPS細胞研究、小惑星探査機はやぶさ計画など、技術立国の支柱である最先端科学分野を、中長期的視野を持たず短期的なコストカット思考により予算削減を断行したのは、未来の成長への危惧を残すものでした。
 
こども手当は弱者に優しかったのか
 自民党と民主党それぞれ政権を担ったときの主な政策を右記にまとめました
 自民党時代は、年々減らされてはいたものの、各地方選出の議員が公共事業などを地元に引っ張ってきて「仕事」という形で利益の再分配を行う流れがあったのですが、かたや民主党は公共事業を3割カットして土木建設会社に集中してきた「利権」を解体し、先述の「こども手当」など弱者にお金を渡す福祉的要素が強い再分配に移行したといえます。
 前者は開発と経済成長によって国民の所得を上げていき、戦後から高度成長、オイルショック、そして80年代の安定成長期の日本経済を支える重要な役割を担ったといえます。一方、後者は経済発展の中で生じた格差を是正していくセーフティネット的な要素が強いといえます。
 ですが、「こども手当」は、結局当初のマニュフェスト通りの金額を支給されることはなく、そもそも財源の見通しが無く選挙で受ける政策を並べただけであったのが露見されていったのですが……。

何故、民主党に1票入れたのか…
 2009年頃は、リーマン以降の景気の下降でデフレ不況のままで、小泉改革の行き過ぎた競争原理導入への反省も芽生え始め、「年越し派遣村」などの格差による社会問題も発生し、メディアの論調によって反自民という世論も強まってので、民主党の主張に正当性を感じ、「一度やらせてみようか」と感じる国民が多かったのです。
 
 しかし、民主党の政策によって90年代から続いてきた日本の低迷とデフレ経済から脱却することは、当然ですができませんでした。逆に失ったものも多くあります。経済がマイナス成長を記録する中、長らく維持していた世界第2の経済大国としての地位を2010年に中国に明け渡すことになりました。リーマンショック以降、急激に進んだ円高で、家電メーカーの業績は一気に悪化し、パナソニック、シャープ、ソニーなどの代表的メーカーが軒並み大赤字に陥り、半導体メーカーのエルピーダは経営破綻に至ってしまいました。日経平均株価も続落し、スマートフォンや薄型テレビなど従来、日本が得意としていた分野もアメリカIT企業や韓国、台湾、中国のメーカーに世界市場を席巻される事態を迎え、日の丸家電の不振日本の凋落を象徴するかのように報道されました。

円高、株安でも、何もしてくれない政府
 日本経済を支えてきた製造業が苦境に立たされ、それが全体に連鎖していったのですが、民主党政権は、その状況を放置したといえます。経済の弱体化で国民の所得が減り、若者の失業率も高まっている状況を救う政策は出されませんでした。資本主義の基本は自由競争ですが、行き過ぎた円高を是正する金融政策はなされることもありませんでした。また、2009年にアメリカで端を発したアクセルペダル不具合問題で、トヨタが濡れ衣で全米のバッシングを浴びている時も外交努力は一切なく、ほったらかし状態でした。その間、民主党は政府の仕事を放棄し、日本企業としては「みなし子」状態で、散々な目にあわされていたのです。
 さらに付け加えれば、自民党政権時と比べた時、メディアが政府の無策を追及することも少なかったといえます。


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 「コンクリートから人へ」とうたう民主党に一度やらせてみたら…
  2009年~2012年(平成21年~24年)