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ナベツマ・ジャンク《今期ドラマを週刊朝日よりもっと切り込む!》】

 今期はダメダメだね、ほんと。4月とは思えないほど、出来が悪い。成績表です。

◎月曜/「トップキャスター」:ネーミングもダサイけど、中身もおんなじ。出演者もごちゃ多い。主演の天海祐希もただカッコイイだけだし、矢田亜希子はすでに輝きゼロ。児玉清も出てるが、同じテーマで同じフジの3年前の「美女か野獣」に見劣りすること甚だしい。50点以下、落第。
◎火曜/「アテンションプリーズ」:上戸彩主演のど根性たたきあげもの。50点以下、落第。
 火曜/「ブスの瞳に恋してる」:間が悪くテンポもよくない。55点、再テスト。
◎水曜/「プリマダム」:コミカルな黒木瞳。なんとなく見てるけど、必ずビデオ撮りにて。60点。
◎木曜/「7人の弁護士」:7人もいるけどおもろなーいお話。だいたい釈由美子は悪役のほうが光る。決め台詞もだっさださ。50点以下、落第。
 木曜/「弁護士のくず」:豊川悦司がほっぺにほお紅ぬって怪演。なんとか見れる程度。60点。
 木曜/「医龍」:意外にも今期一番のおすすめ。ひとくせもふたくせもある脇役に支えられ、あらすじ自体も「7人の侍」のようなかんじ。新しい外科手術のためのメンバーを集めていく過程が似ている。80点、合格!
◎金曜/「富豪刑事デラックス」:前作の富豪刑事は楽しかったし、フカキョンを囲む共演陣がなかなか良かった。でも今期はどうか? 主題歌も前回のミッチーのほうがよかっただっしぃ! 65点。
 金曜/「クロサギ」: 野ブタの山下智久&堀北真希のコンビ。刑事役の哀川翔がミスキャスト。65点。
◎土曜/「ギャルサー」:??のおはなし。コメントは週間朝日とおんなじ。50点以下、落第。
◎日曜/「おいしいプロポーズ」:ハセキョン主演。だいたい彼女は「ドラゴン桜」の脇役あたりがちょうど良い。主演とーてい無理。50点以下、落第。

**というこって、なんともまあ、今期もテンポのいいドラマは全部原作がマンガであった。「弁護士のくず」「医龍」「クロサギ」・・。おはなしにならん! あっそうそう、某公共チャンネルの「マチベン」は結構いける。今期の弁護士もののなかでは秀逸。「医龍」と「マチベン」はみなさまにもおすすめできますです。



【ナベツマ・ジャンク《トラブルその3/敷金を返せ!》

 息子は神戸に、その親はしかたなく翌日息子の旧アパートの片付けに。その後、大家がやって来た。「ああ、壁と畳が痛んでるから敷金は返しません」と告げられた。・・・その親は黙って引き上げた。(どの親だか分かりますよね、みなさん!)

 冗談じゃないわよ! 敷金は、本来大家に預けているお金で、たとえば「家賃の滞納や、勝手に部屋を改造したり故意にダメージを与えた場合」には充当させられるものだが、一般的には退出時に全額返してもらえるお金でもある。今回にはぜったいに当てはまらない!

 見てなさいよ、黙って引き下がりはしないわよ!

 ということで、敷金返還の少額訴訟も辞さない覚悟でそのための情報をネットで検索。大家の住所の管轄である京都簡易裁判所の「民事手続き案内」のFAX情報サービスを引き出し、こむずかしい法律用語に備える。

 だが、ミーはもともと善意のひとなので、まずは穏健な手段をとった。息子のアパートを借りた時の仲介をしてくれた不動産屋のF住宅に連絡したのだ。ことの顛末を説明し、大家にこちらの意向を伝えてほしいと依頼した。不動産屋はミーに確認した。「幾らくらい返金してほしいですか?」。ミーの返答は「こちらに非はありません。もちろん全額です」。

 で、その夜大家から電話があった。

??「まあ日曜日にはごていねいにお掃除までしていただきありがとうございました」
**「いえいえどういたしまして。6年のおつきあいですから当然です」

・・・互いに牽制し合う大家と店子の母

??「F住宅さんから話を聞きましたが、6年も住まわれるとかなりいろいろ傷んでおりましてね」
**「それは通常の生活による摩耗ですから、こちらが故意に傷つけたり壊したりというのはなかったはずですが?」
??「まあそれは・・。でもこちらとしては傷んだ壁の塗り替えや畳を替えるのにお金もかかりますし」
**「失礼ですが、礼金も20万円とそれなりにお支払いしておりますし、2年毎の更新で家賃2ヶ月分ずつと更新料合計18万円もまたお支払いしています。充分ではないでしょうか?」
??「では、一度F住宅さんにも一緒に部屋を見てもらってそれからお話し合いということで」
**「その必要はないと思いますよ。掃除後にそちらも確認されて問題はなかったはずですし、そちらがおっしゃったのは“壁と畳”だけでしたよね」
??「じゃあ申し上げますけど、うちはもう1軒マンションがありまして、そちらのマンションでは退去する際には敷金から壁や畳替えを行なっているのですよ。Kライフは今じゃそれが普通だって言ってますし」
**「申し訳ないですが、うちが契約仲介をお願いしたのはF住宅さんでKライフではありませんし、F住宅さんが作成された契約書にはそのような特約条項はありませんよ。手元にある重要事項説明書にもそのような記述はありません」
??「はああ・・」

・・・店子母による反撃開始!

**「ご存知ではありませんか? ここ2〜3年と敷金返還の訴訟はあちこちで行なわれていて、借り手のほうの権利がちゃんと認められ全額返還ということが常識になっております。また、国交省のガイドラインでも原状回復についての改訂があり、原状回復は賃り手が借りた当時の状態に戻すことではないと述べてあります」

・・・こわいことに段々と言葉がていねいになる店子母

**「今週末までお返事のほうお待ちいたしたいと存じますが、返還に応じていただけないということでしたら、申し訳ありませんが、来週の月曜日に京都簡易裁判所に少額訴訟の手続きに入らせていただきますので」
??「はああ・・・」
**「でも、これまでおつきあいもあったことですから、こちらとしましてもできるだけ穏便に済ませたいと考えておりますが、いかがでしょうか?」
??「・・・そんなややこしいことはいやです・・」
**「そうですよね・・・」
??「わかりました。ではどうすればよいですか」
**「金曜日までにF住宅さんに敷金15万円をお預けください。あとで取りに参ります」
??「・・はい・・」
**「ではよろしくお願いいたします。ご連絡ありがとうございました。」

 と、こうなった。こうなったが、本当に返金してくるかどうかは怪しいところだった。翌日、F住宅から大家が敷金を全額返還してきたとの電話あり。やった。F住宅さんには手数料としていくばくかを収めてもらった。

 実はナベツマはなんでもやってみたいほうなので「少額訴訟」にやる気満々だったのだ。今回は見送りとなってちょっとだけ残念。さて、みなさま、ご参考になれば幸いです。



【ナベツマ・ジャンク《トラブルその2/保険証紛失!》】

 人間はときどきドジをふむが、ふんでいいときとふんではならないときがある。もうすぐお引っ越しというときに、40度の熱をだすこともやってはならないことだが、加えてそんなときに「健康保険証」が見つからないというのは最悪だ! まったくもおお。

 それでも病院に行かなきゃいけないときには、しかたないから全額負担でいくしかない。あとで返金してもらえるとはいえ、診察料に検査代、薬代で13000円だぜ。保険証あれば3900円だ。あら、これでも結構高いわねえ・・。社会保険ってそういえば最近は3割負担なのだ。うちら(国保)と一緒じゃん!

 紛失した本人は病気でふーふー言ってるから、会社に連絡し、再発行してもらうことに。そんなこんなで、無事この週末に息子は引っ越しを完了した。

 で、今日ネットしつつ、ふと心配事が・・なくした社会保険証が万一不正に使用されたら・・・。急いで会社に問い合わせをし、やはり警察に届けを出しといたほうがいいとのこと。おいおい、前回再発行を申し出たときにそんな話もしておいてよー。

 会社ちかくの警察署は大淀警察署だ。とりあえず電話する。ところが代表で出たおじさんがなんかぶっきらぼう。やなかんじ。担当部署は会計係だとかで電話をまわされる。今度はいやーにやさしく親切だ。

 大切なものをなくさない、なんて基本中の基本じゃん。そんなことも教えてないとは親の顔が見たいもんだわ! もち男親の顔ね。



【ナベツマ・ジャンク《トラブルその1》】

 4月といえば、新学期、新年度、新生活スタート!・・のはずが、うちの息子ときたらなんでこうトラブルに巻き込まれるのか、ほんと!

 ということでミーです。うちの息子はすでにええ年。われわれ、結婚が早かったので同世代の友人たちと比べると子どもの年齢が10歳くらいは年食っているもよう。その息子が先週末に京大から甲南大に引っ越した。大学生ではないし、大学に勤めている訳でもない。住まいを京大近くから甲南大近くに代えたのだった。

 引っ越し3日前になって40度の高熱を出し、実家に夜間電話してきて「救急車を呼んだほうがええんやろか?」と聞く。症状を聞き、とりあえずアパートで安静にしてひたすら眠らせる。食べ物&飲み物&諭吉を持って、その父が翌日アパートにかけつけたときには熱は37度台に下がっていた。やれやれ。

 さて病院に、と思ったところ保険証が見つからない。そんなこんなでバタバタしていたところ、引っ越し下準備のエアコン取り外し業者がやってきた。室内&室外機をはずして、室内の穴をキャップで塞いで、別料金2500円なり。うわっもう12時! 病院の診察は終了、木曜日なので午後は休診だ。やれやれ。

 ふと、よおおーく室内を見渡してみると「なんじゃあこれは!」状態。週の初めには「もう90%は準備できている」と言っていたのはまったく根拠のない自信であった。60%くらいやんか! どーするんだ!? (つづく)

**いつもならこの愚息、すておくのだが、以前いた会社で同僚がアパートで過労死して発見が2日後という事件があったのだ。その他にもここに書けないような・・・たとえば・・・あまりの仕事の苛酷さに嫌気がさして自宅にこもった同僚のケースでは、営業がやってきて一日中「出て来い!仕事せんかい!」コールが続いたとさ。まるで過酷なサラ金の取り立てのよう。別の同僚はそれがいやで、しばらく近くの川でテントはって暮らしてたとさ。なんとまあ・・



【ナベツマ・ジャンク《オーディション》】

 そうそう、思い出したので書いておこう。演目「白雪姫」においてはクラス内オーディションが行なわれた。ギャグ路線なので、主役は男子学生とあいなった。選抜にあたって最重視されたのは「膝下のエグさ」。8名の男子学生の膝下で一番すね毛が濃いH君が選ばれた。もちろん白雪姫のスカートは膝寸よ〜ん。

 そして劇が終了した後、担任は「おれはもう恥ずかしくて構内を歩けへんぞお!」と我クラスを見限り、劇の模様を激写したはずの写真は、その後どこをどうさがしても出て来なかった。

 ところで、主役だったH君だが、大学を卒業して郷里にもどり、その後K県で一番若い中学校校長に出世したんだと。そうすると、写真をネガごと捨てたのはH君だという噂はほんとうだったのね・・。実におしい!(そういうわけでここに添付すべき写真はありません。みなさまの豊かなご想像におまかせします。)



【ナベツマ・ジャンク《対決! ミシン vs フレアー》】

 ジャンク読者の方々におかれては、高校時代の話題がでたついでに、ナベツマがどのような高校生活をおくっていたか!?というようなよこしまな興味をもたれたのではないでしょうか(?)。

 ミーは「よく食べ、よく眠り、よく笑い」の典型のようなごく普通の女子高生でしたわん、今おもいだしても。ただ少々違っていたのは・・・「てぶらで登下校する」「放課後の掃除時間になるとふっと消える」「制服のスカートがフレアーになってる」・・・そんなところか。教科書をはじめとした学業関連用品はロッカーに置きっぱなしで毎日鉛筆や消しゴムは友人から借りる。掃除は大嫌いやから、いろいろ用事を突然思い出して「じゃそういうことで!」といなくなる。制服のスカートは本来もちろんプリーツスカートだが、寝押しするのも面倒だし、アイロン掛けなんてとんでもない、故にプリーツが取れてフレアー状態。

 まあようするに「ものぐさ」だったのだ。後日、知り合いにこんな話をしたときに、もっと強者がいることに驚かされたことがあった。その知り合いはやはり制服のスカートの扱いが面倒であり、ある工夫を凝らしたのだそうだ。それは・・・スカートのプリーツをミシンがけしちゃったんですって! 神戸高校から京大に進学したエリート(?)の彼女の思いつくことはミーの常識を超えていた!!! が、そのスカート、プリーツが開かないから大股で歩けないし、しょっちゅう破れちゃったんですと! ミーのフレアーのほうがマシじゃないかしら??? 



【ナベツマジャンク《「近鉄」を「ちかてつ」と思い込んでいたのはミーです》】

**デイリースムース補足

 ミー&ウンチクが同級生だった高校時代・・・それは15名(男子8名、女子7名)のめちゃ仲のいいクラスだった。特に1年生の担任は大学出たてで、これがまたノリのよい教師で、ホームルームといえば、夏は「怪談」、冬は「ゲーム」と相場がきまっていた(春&秋には栗林公園でポコペン)。

 で、ゲームといえば、当時は「連想ゲーム」。クラス委員(雑用係)なので問題を作ったのがミーだわさ。ところが、途中なぜか出題者が出すヒントが変!

 おかしいなあ、と思って「あんたら何か間違ってない??」と出題者に詰め寄ったら、ありゃりゃ、赤面だわさー。「ちかてつ」って「近い鉄道」だと本気で信じてたんよね。だって香川には地下を走ってる鉄道なんてないんだもん。

**ちなみに、高校1年秋の文化祭で我がクラスが公演した演目は「白雪姫」。脚本&振り付け&アフレコをミーが担当。当時はマイクが出演者分に足りなくて、ない知恵をしぼって思いついたのが、アフレコのシステム。これだと、壇上でパントマイムする出演者は台詞を覚えなくて済むし、アフレコ担当者は台本もって読むだけで済む。う〜んグッドアイデアよ〜ん。

 さて、ウンチクが演じたのは「白雪姫の継母」。その劇で一番大受けだったのはウンチクの台詞だった・・・それは・・・「リンゴをかじると血が出ませんか!?」。ちゃんちゃん。



【ナベツマジャンク《クローネンバーグ&キング》】

 久々にお気に入りの映画を録画して鑑賞した。原作スティーヴン・キングの「デッド・ゾーン」。キング原作の作品は次々と映画化されており、一般的な双璧は「スタンド・バイ・ミー」と「ショーシャンクの空に(原題:刑務所のリタ・ヘイワース)」だろう。これら作品には『恐怖の季節』とサブタイトルがついており、キングの中編作品として、またキング独特のモダンホラーと呼ばれるジャンルではない作品としても知られている。

 余談だが、キングの長編には『中だるみタイプ』と『後半???タイプ』がある。シャイニングは中だるみタイプ、一方、前半を半日で読破した「ローズマダー」などは、後半に入って「なんじゃあこりゃあ!!」と一気に面白くなくなる。困ったもんだ。

 で、やっぱりキングはホラーもんがキングたるべき作品だと思うミー。キングファンとしての原作ベスト5は、「デッド・ゾーン」「呪われた町」「キャリー」「シャイニング」「クージョ」あたりか。この5作品はもちろん映画化されており、1980年に公開された「シャイニング」では、普通の時でもこわいジャック・ニコルソンが目をむいたポスターが当時滞在していたパリの街角に氾濫していた。監督はスタンリー・キューブリック、「キャリー」がブライアン・デ・パルマで、「デッド・ゾーン」がデヴィッド・クローネンバーグであった。この3作品がやはり映画化ベスト3だろうか。

 話を「デッド・ゾーン」にもどすと、自動車事故により5年のコーマ(昏睡)から目覚め、なぜか予知能力を得た教師をクリストファー・ウォーケンが好演。なかなかはまり役である。「ディア・ハンター」で注目されて以来、「トゥルー・ロマンス」のマフィアのボス役(切れたらこわーいかんじ)なども懐かしい。クローネンバーグ監督の故郷カナダで撮影された「デッド・ゾーン」は、「中たるみ」も「後半??」もなく、あっというまに佳境に入っていき一気に観られるので是非おすすめしたい。

**ナベツマのちなみにコーナー教師が主役の「デッド・ゾーン」。実はキングも小説家として食えない時期には教職で食いつないだらしいが、同じく元教師&ホラー作家としては「DRクーンツ」、「ジャック・ケッチャム」がいる。これにミッドナイト・ミートトレインの「クライヴ・バーカー 」、そして羊たちの沈黙の「トマス・ハリス」を加えると、アメリカにおける初版本高額の現存作家たちとなるらしい。と、ジョン・ダニング著「死の蔵書」に書いてあったのよ〜ん。

【ウンチクのちなみにコーナー】ちなみに「デッド・ゾーン」の初版本署名入りは以下の通り1400ドル以上している。キングはほとんど人前に現れず、サインするということもごく稀だそうだ。

The Dead Zone

King Stephen


Bookseller: www.rareandsigned.com

(LEEDS, WY, United Kingdom) Price: US$1411.11

Book Description: Viking, USA, 1979. Hard Cover. Book Condition: Fine. Dust Jacket Condition: Fine. First Edition. 12mo - over 63レ4" - 73レ4" tall. This is the true USA first edition, first printing hardback from Viking. Signed and dated directly into the book by hand "Stephen King 9/20/79" in the year of publication. Superb wrappers and housed in protective wrappers. This is The Dead Zone. Known as one of the world's most reclusive authors. Stephen King rarely appears in public and seldom signs any books. A well presented book and offered as Fine with tight unread binding and fine square corners. None price clipped dustwrapper. A very rare book, more so signed. Signed by Author.



【ナベツマ・ジャンク《ヨド&クレー》】


 本日ナベツマは梅田に用があり出かけた。まずヨドバシカメラに寄り、プリンターのお試し写真印刷を実行する予定だった。ところが、9時半開店なのに10時過ぎても店員が少な過ぎー。で、プリンターのことが分かる店員がプリンター売り場にいない有様。通りがかったおねーちゃん店員を捕まえてはみたものの、まったくつかえねー。
「あなたプリンターのこと分かる?」
「いいえ」。

 ということで、他の買物を先に済ませてから出直した。11時過ぎると3人くらいの店員がプリンター売り場にちらばってる。さっそくひとりをつかまえて、デモプリント。近頃は、デジカメ&USBケーブルを持ち込めば、それをプリンターの前面につないで、デジカメの画面から直接印刷の操作ができるのだ。もちろん複合機ならメモリーカードを持ち込むだけでOK。ヨドバシのいいところは、インクも用紙もヨドバシの提供でお試しプリントできる点。もちろん売り場にはメーカーや店側が用意した印刷見本が置かれているが、あんなもんを頭っから信用するわけにはいかないのだ、疑い深いミーとしては。

 好きほーだいお試しプリントの後は、芸術にひたる時間とあいなり、大丸梅田店で開催されてる「クレー展」を招待状で鑑賞した。クレーといえば、ベルン。ベルンといえば、大学生の頃旅した時に泊まったユースホステルの食堂で、うるさくマージャンやってたのは日本人たち、ほんと迷惑だったわん、ということを思い出した。関係ないけど。

 展覧会自体はとても良かったし、スイスにできたばかりのクレーの美術館レンツォ・ピアーノ氏が設計したなんてことも知った。ところが、一歩出口を出たところにあったミュージアムショップを見てげんなり。なんなんだ、これは! 「風呂敷・ピンバッジ・ストラップ・キーホルダー・ハンカチ・カップ・ペンダント・Tシャツ・手提げ袋・眼鏡ふきetc・・」。全部クレーのグッズだ。クレーの絵柄を刺繍したTシャツなんか6300円もするのだ。そのわりには、絵はがきの種類が少なく、変形の図録がちゃちくって中身のレイアウトやデザインが悪過ぎ! 

 クレー展は21日まで。見に行かれる方々は、余計なお世話ですが、出口はさっさと出ましょう!



【カデンツマ・ジャンク《液晶テレビ騒動!》】

 ということで、カデンツマつづきです。

 ことの起こりは、液晶テレビを備え付けるためには本当に「台」が必要なのか!?ということ。ここでポイントは、ドットコムのHPだ。ネット注文した液晶テレビのHP画面の説明欄には「このテレビには別売りのスタンドが必要です」とある。が、手元にあるP社のカタログには「据置きスタンドは付属しています」と書いてある。実は生来疑い深いミーは、ドットコムの注文前にP社のお客様ご相談センターに連絡をとり、そこんとこ念押し確認をとっていた。で、回答はもちろん「同梱ですので不用です」。

 

 翌朝10時、ドットコムに連絡を入れたミーに、やはり担当者が同じことを繰り返す。「お客さまがご注文になった機種にはスタンドがついていませんので、別売りでご購入が必要です」と、強気の担当者。

**「あのね、カタログにも付属とあるし、P社のお客様ご相談センターにも確認済みなのよ!」
??
「いえ、そんなはずは・・・」
**
「第一スタンドが必要なら、そちらのHPでは「一緒に購入」のなかに「スタンド」が掲載されているはずでしょ。ほら、ないじゃん!」
??
「・・・・えっ?・・」
**
「P社に連絡入れて確認とったほうがいいと思うわよ。絶対いらないはず!」強気のミー!
??
「・・・では・・調べさせていただいて後ほどお返事させていただきます・・」少し弱気の担当者

 で、どーなったか。その一時間後。

??「お客さま、誠に申し訳ございません、当社の間違いでした!」
**
「ね、いらないでしょ!」
??
「はい・・すみま・せ・ん・・」

 ほんと問題なのは、別売りスタンド(一般的に数千円)を紹介していたならまだしも、5万円もする高価な専用台を「一緒に購入」欄に掲載していた点だ。加えて、ちょっと疑いたくなったのは、この液晶テレビについてくる23%のポイントが54740円で、専用台は54800円とほぼ同じ。これは・・・もしかして・・・と勘ぐりたくもなる。

**ちなみに、ミーはこの実家の買物で得たポイントでデジカメを購入予定だ。ふふふ、ポイントダイスキー!



【カデンツマ・ジャンク《ちょっとちょっと大変よー!》】

 美大編はまたそのうち。今日は、一昨夜起こった事件についてみなさまにお知らせです。

 一昨日、ミーはいつもの家電ネットショッピングを行なった。実家のテレビがとうとう壊れてしまったので、液晶テレビを買うことを例の元電電通マンの父親と決めたからだった。

 で、一応価格コムにて事前調査をして機種を絞り出し、近所の「Kジマ」にダッシュ。ところが、各メーカーの現物の画像を見比べていくと、お話にならへん! 調査のやり直しとなった。だって液晶ってまだまだブラウン管の写りじゃないんだもん。で、絵描きのウンチクに画像と色合いをチェックさせ、2機種に絞り込んだ。いやあ、知らなんだわ。シャープのアクオスは、ただグッドデザイン賞をもらっただけではないんやね。現在、液晶パネルを作っているのは国産ではシャープと三菱だけだそう。ソニーや東芝はサムソンから、松下はシャープから供給されてる。このあたりのお話は家電各社のデジカメ市場における、レンズはレンズ専門メーカーからというのに似てるね(ちなみにKジマでは、値引きはシャープが一番。これも液晶が自社製造だからできる強みか)。

 で、その夜に機種を最終決定し、ネットでドットコム注文。一応注文する前の値段調べは、ヨド店舗・Kジマ・Yマダ・各ネットショップ・価格コム最安価格店・・・調べまくりで、やっぱドットコムが一番安かった。なぜなら、ポイントが23%だったから。だって20万円以上する機種だったら、10%の上乗せポイントは2万円に換算できる。う〜んマンダム(きゃっ、ふる〜い!)。

 ところが・・・8時すぎ元電電通マンから電話があった。「おい、テレビの備え付けに別売りの台がいると連絡がきたぞ。聞けば台は5万円以上するらしい。娘と相談して返事すると伝えたけど。」だってさ。プンプン、そんなはずはない! 速攻でドットコムに電話するが、受付は朝10時から夜は8時までなので時間外だ。さあ、どーなる!? カデンツマ、最大のピンチ![つづく]



【ナベツマ・ジャンク《美大ってどんなとこ? その10「実習服」》】

 絵描きを表すファッションといえば、ベレー帽&スモックが有名だが(そんなヤツ、今時おらんで〜! とウンチクはのたまう)、高校時代から我々は「実習服」というものを着慣れていた。それは、絵を描いたりデザイン実習をするとどうしても衣類が汚れるため、作業中に一番上に着用する羽織物のことだ。前と後ろの上方身頃にギャザーがついていて、スモック(幼稚園児と同じ)やら、タブリエとも呼ばれたりする。

 高校に入学してしばらくした頃、デザイン科の科長より「絶対に実習服にイラストを描かないように!」とのキツーイお達しがあった。しか〜し、ミーはそのときすでに当時話題になっていた「謎の円盤UFO」の準主役のイラストを描いてしまっていた・・・。その後も掟破りは続き、3年のときには理由はよく分からないのだが、ハイファッションという雑誌に掲載されていたフランスの女性服飾デザイナーに妙に強く惹かれて、彼女のイラストを背中一杯に描いた。それは、ピエールダルビー社のスチリストとして売り出し中で、キャシャレル社を経て、後に自社ブランドを設立するアニエスベーであった。

 で、その愛用の実習服は上京する際にもちろん持参した。その頃には充分年季が入っていて、アクリルの絵の具でグチャグチャになっていた。これが東小金井から新宿の予備校に通学する際の満員電車でえらく役立ったんだよね。だって、見るからに絵の具が一杯ついてて、そばに寄るともう色がついちゃいそうだったんだもん。ミーの周囲には50センチ以上の真空状態が・・・。おかげでもみくちゃにされる経験なし。ゆえに痴漢にあったこともなし。ほほっー!

**(ちなみにアクリル絵の具は一旦乾いたら衣類に移ったりはしない)

 で、高校時代の友人に久しぶりに新宿で待ち合わせしたときにも、喜んでもらえるとふんで、実習服姿で出向いた。そうすると「ゆみちゃん、やめてよー! 郷里の恥だわ!!!」と言われてしまった。すっかり忘れていたが、背中に高校の名前が刺繍されていたんだった。香川県立高松◎◎◎◎高校・・。しかも胸には「科」の名称に加えて「氏名」まで。きゃああ、やばーい!



【ナベツマ・ジャンク《美大ってどんなとこ? その9「あこがれの会社!?」》】

 お入学してからしばらくたったころ、視覚伝達デザイン学科長自らのお達し課題が出た。それは

「ゴールデンウィーク中に、自分でテーマを決めて、デザインについて何かを研究して、その報告をしなさい」

というものだった。ミーは上京し大好きなデパートをあちこち巡ることが趣味だったので、「東京における5大デパートのデザイン的見地からのレポート」を提出。連休明けにその課題の批評会があって、わいわいがやがや、教授、講師の面々のあーでもないこーでもない・・・が行なわれた。もちろん、ミーのレポートは教授陣の総スカンをくらった。「デザイン」を非常に狭い領域でしかとらえない、またそれを良しとした時代であった。

 そんなときに、「きみらの希望とするところの進路」について問われた学生たちが、口々に「やっぱ電通だよね・・」なんていうヒソヒソ声があちこちであがった。驚いた!

 ミーの父ちゃんは電通勤務なのだ。なんだうちのトーちゃんはえらかったのか。みんなが目指すべき会社にいたのか!

 寝ぼけたようなお話だが、電通が「日本電電公社/全電通(労組の組織名)」でないことに気づくにはもうすこしかかったのだった。ちゃんちゃん。

参考/「全電通の歌」→http://www.tei3roh.com/allit/itindex/zendentsunouta.html


【読者のおたより】

これは可笑しい。笑いました。
ちなみに、息子が通った保育園は全電通委員長が作った保育園だったって言いましたっけ。
同志でマンションを建てて1階を保育園にしたもの。
できた当時、暮らしの手帖で樋口恵子さんがレポート掲載。
加藤登紀子なども来て「おばちゃん知ってる?」
子供たち「しらない」。

mariestさんより]



【ナベツマ・ジャンク《美大ってどんなとこ? その8「奨学金!」》】

 ムサビには現役で合格すると「特待生」と呼ばれる奨学制度があった。成績優秀で合格したほんの数人に贈られる奨学制度で、たしか入学金が免除され授業料が1年間無償になるというものだった(と思う)。

 あとは一般的な奨学制度で、大抵は返却する必要のあるものだった。ただ当時も返却不用の学内奨学金があり、現金で10万円ちかく支給されたような気がする(というのはもらったから)。ムサビのHPを見てみると、やはり今でもある。加えて、新1年生に向けた春の説明会の時刻は17時。あら、おんなじだわ。

 薄暗くなってきた大学の構内に静かにゾロゾロとあちこちから集まってくる・・・それは・・まるでゾンビ映画のように蒼白く生気のない人のかたちをした・・・貧乏学生・・たちなのであった・・。えーーっ、うっそー!!! と思えるくらい金のなさそうな栄養状態の悪い人たち!(自分のことはさておいて。)

 この奨学金、いただくにはまあ親の収入の制限があるので、金持ちでないにしても貧乏とは言い切れないのだが、とにかく昼間のムサビで見かけることが少ない人種がここにいた。なにしろ私学だから、いかにも美術系のうさんくさい風体の学生に混じって、おぼっちゃま、おじょうさまがけっこうチャラチャラしてたんよ。

 で、出願説明会も終わり秋になって確か現金支給されたと思うんだけど、その支給にあたっての説明会がまたあったんだよね。もちこれも夕方。そこでつぎのようなお達しがあった。

><「良い子のみなさ〜ん、この奨学金がでると、毎年必ずと言っていいほど、吉祥寺もしくは立川で飲んで暴れて大騒ぎということが報告されています。今年こそはそんなことがなきように!」

**「はーーーい!」とミーをはじめとして、集合したみんながそう応えた!

 で、ミーはその金をにぎりしめ吉祥寺にダッシュ! 念願だったリバティプリントのブラウスを買った。えっ、悪い子だって?? いいえ、飲んだくれたわけじゃないから良い子よ〜ん。



【ナベツマ・ジャンク《美大ってどんなとこ? その7「共通彫塑」》】

 武蔵美では、ウンチクの油絵学科では1年次に、ミーの視覚伝達デザイン学科では2年次に『共通彫塑』とういう授業があった。当時、共通彫塑の講師陣はそうそうたるメンバーで、頂点にはS教授がいた。S教授は自分のお気に入りの学生には滅法甘く、というか誉めまくり、残りのその他大勢にはとことん酷評を行なうことで有名だった。また、何かあるごとにおフランスを持ち出すので、その点でもイヤミな先生だったが、後で奥さんがフランス人だと分かった時にはなぜか合点がいった。

 で、ウンチクはノミとハンマーで石を削り、ミーはノミと木槌で木を削った。この彫刻という課題は、とにかく悶々とただ削るだけという作業が延々と続くもんで、元々根性もなく、年輪が残っている固い木に当たってしまったミーは、ウンチクに自分の課題をまかせて、アパートで削ってもらっていた。そのとき力任せに叩いたノミが木の表面をすべり、ウンチクは大ケガをした。南無阿弥陀仏・・じゃないない。

 共通彫塑の批評会とは、まるで「財前教授の回診です」、のような大名行列であった。4人の教授講師陣に助手が数人周囲を囲んで、各学生の作品の前で、ひとりずつそれぞれが批評を行なうのであった。まずは、S教授のこきおろしから始まり、その度合いがひどいほど、後の講師陣は「そうでもないよ、ぼくはきみの作品が好きだよ。ここんとこあたりなんかなかなかいいじゃないか。ねえ○○先生、そう思いませんか?」、なんてね。ミーも例外ではなく、S教授にボロクソ言われた後にやって来た若林先生と篠田先生に結構なぐさめてもらった。若林奮先生と篠田守男先生はすでに作家として著名で、その作品が竹橋の近代美術館に展示されていて、そんな先生に教わっていると分かったときにはとても誇らしく感じたものだった。

 若林奮先生は2003年の10月に逝去された。享年67歳、いいひとは早く逝くなあ・・。S教授は・・まだまだお元気でいらっしゃるらしい・・。



【ナベツマ・ジャンク《美大ってどんなとこ? その6「現役と浪人の壁」》】

 武蔵美に入ってみて分かったこと、その2。それは、なんて現役学生が多いんだ! ということ。80%は現役じゃなかったかと思う。武蔵美の考え方はこーだ。天才は別として、美術といえどもインテリジェンスが必要、これがあればそこそこのレベルまではいける・・。ほんとかね? ほんとかもね。

 ミーが入ったのは視覚伝達デザイン学科。「どんなこと学ぶんですか?」とよく質問されたが、視覚伝達デザインはヴィジュアル・デザインの和訳なので、ようするに一般的なデザイン学科なのだ。武蔵美で一番競争率が高い科でもある。これは30年たった今でも変わらない。

 35人ずつの2クラスで、となりのクラスには後に絵本作家としてデビューする長谷川集平がいた。彼も1浪したくちで、あとは7〜8人位の浪人生がいたと思う。入った頃は浪人生と現役学生では何かと違いが目立ち、苦節×年の我々は少々えばってたような気がする。それもしばらくのことで、1年経った頃にはその区別はほとんどなくなっていた。

 入ってすぐ、見覚えのある顔に気づいた。

**「あんた、多摩美と武蔵美の同じ受験会場にいたんじゃない?」
??「そうだよ」
**「なんで武蔵美に来たんよ? あんたのデッサンなら多摩美も受かったでしょ!」
??「そういうんなら、そっちはどうよ?」
**「・・・あはは」

 なんていう会話が成立した。ふたりとも多摩美の試験で早く入室し、後の方にまわされたくちだった。奇遇だが、武蔵美でも受験会場が一緒だったのだ。もちろん、多摩美での失敗に学んだふたりは最後にくじを引き、デッサン位置はモチーフから一番近いところとなった。そして、話をしたのはこれが最初で最後、クラスが違うとほとんど交流はなかったからだ。



【ナベツマ・ジャンク《美大ってどんなとこ? その5「構内カースト制度」》】

 当時の武蔵美には構内に食堂が2つあった。ひとつは「鷹の台ホール」、もうひとつは「風月」と呼ばれていた。学生層にも、裕福な層と、中間層と、下層との3階級くらいはあったと思う。で、バラモン・・・じゃなかった、裕福な層と中流は「鷹の台ホール」で食事し、下層は「風月」と相場が決まっていた。何が違うかって? そりゃ、ロケーションも食堂のインテリアもメニューも値段も調理人もみんな違うわよ!

 というこって、食堂の比較表です。

◎ロケーション/鷹の台ホール→ 芝生に面した建物の2階(1階は画材屋)
       /風月    → 運動場になる予定の工事中の掘削作業場に面した建物の1階
◎インテリア /鷹の台ホール→ 広くて明るいロッジ風のホール内に、喫茶店風の白いテーブルとイス
       /風月    → 狭くて天井の低い仮設小屋風の店内にごちゃごちゃ椅子と机がびっしり
◎メニュー  /鷹の台ホール→ 横文字が多い。日替わりランチメニューなどもある
       /風月    → カレー、コロッケ以外の横文字なし。メニューは年中同じ
◎値段    /鷹の台ホール→ 風月より高い
       /風月    → 鷹の台ホールよりずうっと安い
◎調理人   /鷹の台ホール→ おばさん、おじさんが作ってる
       /風月    → おばちゃん、おじちゃんが作ってる

 とまあこんなかんじ。鷹の台ホールの名物に月一度の特別メニュー「カツ丼」があった。カツ丼が提供される日には朝からその噂が構内を駆け巡り、下層学生もなんとかありつこうと、授業や実習も上の空、気もそぞろだった。なぜなら、それは美味しく手頃な値段でかつ先着30食だったから。2年が終わった頃に中途退学したミーは、2年間で1〜2回くらいしか食したことはないので、そのお味のほどより、希少な食べ物としての印象のほうがつよい。

 月々の仕送りが4〜5万円の時代では、家賃を払って画材費を捻出するために削れるものは食費しかなかった。1日3食なんてありえなーい! 2食のうちの1食を風月で、あとは・・・何食べてたんだか、これは記憶にない! こわっ!

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【ナベツマ・ジャンク《美大ってどんなとこ? その4「お入学」》】

 当時、入学金や授業料は私立と国立では雲泥の差があり、武蔵美がたしか30万円ほどで、国立が1〜2万円程だったような覚えがある。実は、現役で芸大を落っこちたウンチクは浪人する気満々だったのだが、親が武蔵美の入学金&半年分の授業料をすでに納めてあることが判明し、もったいなくて泣く泣く武蔵美に入ったのだ(はは、バラしてやった!)。芸大を3次試験で落っこちたミーの選択は多摩美か武蔵美だった。けっきょくのところ武蔵美に決めたのは、ダーリンがいたからではなく、八王子にキャンパスがある多摩美はとても「都会」とは思えなかったからだった。

 大学に入って分かったことはいろいろある。武蔵美はキャンパスに短大が併設されているが、4年制の学部よりずうっと多くの学生が学んでいた。郷里の高校は美大芸大受験クラスがあり、クラスメイトは15人。そのうちの半数近くが武蔵美に入っていた。2名が学部、1名が実践クラス(3年制という変則コース)、あとの4名が短大だった。そのなかの一人が短大に2次補欠で入り、彼女が言うことには、なんでも2次補欠というのは寄付金が最低でも200万円必要だったそうな。きゃー、すごい! つまり武蔵美は短大でもっていたのだ。

 そして、その短大と学部の確執にはけっこう根深いものがあった。なぜか学部の講師や教授陣は武蔵美出身者で固められ、短大はトーキョー芸大閥だった。当時、武蔵美ではタイポスという独自の字体を開発した桑山弥三郎氏が教鞭をとっており、1年目の夏休み前に肝臓を病んで郷里で療養中だったナベツマは、タイポグラフィの課題について、問い合わせの手紙を大学の桑山氏宛てに送った。しばらくすると返事があり、課題について丁寧な説明が書かれており、最後に追伸として次のような一文があった。

「あなたが宛名として書いてきた桑山弥三郎先生は短大の教授です。私は○○○です。自分の担当教官の名前は覚えておきましょう」。

 きゃあああー! まっずーい!!!



【ナベツマ・ジャンク《美大ってどんなとこ? その1「お受験編」》】

 寒い2月になると思い出すのは受験のこと。

 美大は単科大学である、つまりユニバーシティではなくカレッジだ。美大で学ぶことは一般的な大学とは随分ちがうし、だいたい入試自体がとことんちがう。美大受験はひとことで言って「未知との遭遇」である。我家には、美大進学についての相談が、ときたま、知人を通じてやってきたりもするが(蘊蓄などはいっとき頼まれて建築学科の受験デッサン個人指導なんかをやったことも。やめときゃいいのに)、美大受験とは特殊なお受験なのだ。

 そこで、美大をよくは知らないみなさんにとって軽いカルチャーショックというべき美大受験のテクニックを少々ご披露したいと思う(裏技です。何十年も前のテクだから現在はまったく役にはたちません、悪しからず)。

 美大や芸大によって試験内容はまちまちだが、当時、デザイン系では一次試験が鉛筆デッサン、二次がデザイン実習、その後で教科というのが一般的だった。ただ、武蔵美は変わっていて、一次が教科で二次がデッサンとデザイン。まっ、いろいろだわな。

 芸大(東京芸大のこと)と多摩美は当時は一次試験が石膏デッサンだった。芸大では試験の集合場所が石膏の陳列室で、そのときすでに大勢の受験生が陳列室にあった石膏像ジョルジョ**を熱く見つめていた。なぜか!? それは聖ジョルジョが試験に出るテーマであるという明白なしるし。なにを隠そう、芸大の試験監督たちは、ほとんどが芸大の助手であり、同時に各予備校の講師なのである。試験の前日には石膏を各試験会場に設置するので、その夜には予備校で何が次の日に出るかバレてるわけなのだ。これって不公平じゃん、とみなさんは思うかもしれないが、実際にはデッサンの出来不出来にこれはそれほどの影響はない。だが、知ってることで不安が解消される。だから、みんなが見つめている石膏はあなたも見ましょう、ということ。

石膏デッサンとは、ギリシャ、ローマ、ルネサンスからバロックあたりまでの彫刻の石膏による型取像(les moulages en platre de sculptures antiques)を木炭や鉛筆を使って(すなわちモノクロームで)模写すること。十九世紀フランスのアカデミックな美術教育の現場で行われていた模写の三段階のうちの第二段階。版画の模写(le dessin d'apres des gravures)から入って、石膏像(le dessin d'apres la bosse[浮き彫り])によって濃淡の変化を捉えることを学び、最後に自然物(人体など)の写生(le dessin d'apres nature)に移る。平面から立体、そして自然へ、過去のスタイルを身につけさせつつ教育しようという方法。日本でも明治時代から行われている。[ウンチク/文中のフランス語はアクサン省略]

**ドナテッロ作の彫刻。その上半身だけを石膏像にしたもの。

***ちなみに石膏像が安く買える画材屋として当時有名だったのは新宿S堂だ。一般的な店の半分くらいの値段で売っていた。でも、ぱっと見ただけで「あにこれ?」と言えるくらい、ものすごーくラフに作られているんだよね。もう型抜きをしまくってこれ以上できません! くらいにすり減ったような原型を使ってる感じ。例えばモリエール像なんかはえらい甘いマスクに仕上がっているし、アリアスなんかも多分に女性的、とどめは面取りの大顔面、デッサンしやすいように本来は角ばっているんだが、これが角が取れてまあるいかんじ。わらえた。(念のため、現在ではまともなようです)



【ナベツマ・ジャンク《美大ってどんなとこ? その2「お受験編」》

 たいして役にも立たへんこと書いて・・と蘊蓄に言われましたが、つづきです。

 次に、試験会場におけるデッサン位置の確保について。石膏デッサンなど対象物がデンと教室の前方に置かれているケースでは、入室は入口で手渡しされる番号札の順番なので、あわてずに、できるかぎり後にする。たいていは引く番号札は後ろのイーゼルから順になっている。後で引けば前のほうに陣取れるというわけ。が、万一、後方になってしまった場合にも手はある。指定された場所のイーゼルをがたがたさせながら「安定が悪いわねー」なんて言いつつ、前のほうにじわじわと移動するのだ。ナベツマはこれで一番後ろから真中ほどにまで移動完了。「なんで?」と思われるかもしれないが、デッサンする対象物が遠くてはおはなしにならない。ちなみにこれで試験監督から注意を受けたことはない。自分たちも経験済みだから(?)。

 デッサンやデザインの試験は半日から一日と長丁場なので、手を上げて「トイレ!」と言えば試験監督を同行してトイレに入ることができる。ナベツマなどは途中疲れたので、トイレで座って少々眠ったこともあった。もちほとんど仕上がったあとだけどね(だって試験会場ではそんなことできへんもん)。ちょっとした休憩はモチベーションを保つためにも必要だ。

 最後に「後始末」は会場にショックを引き起こす、ということを知っておこう。デザインの試験ではポスターカラーなんぞを使用するので、課題を完成させたあとでは、トーゼンながら筆やパレットや筆洗やらが汚れているのだ。試験終了まであと10分〜15分、ここらあたりで会場の流し場(実習室が試験会場になっているので水道設備がある)で ジャアジャアと汚れた道具を洗って後片付けを始めると、会場のあせり度が一気に高まってパニック寸前になる。そんな効果をねらったわけはなく、ただ単に「お片づけ」でやってしまった受験生が約一名いた。ミーだわさ。予備校の講師に「おまえはなんちゅうやっちゃ!!!!!」と絶句され、「おまえのせいで俺は落ちそうだ!」と同じ予備校で同じ会場にいた浪人生からは責められた。ふん。

**ちなみにミーをなじった浪人生はその試験は受かり最終試験の学科で落ちた(当時芸大は3次試験、美大は2次試験を経て合格)。

**「ナベツマによる美大芸大受験ジャンク・テクニック」は実行してもしなくても、受かる時には受かるし、受からない時には受かりません。世のなか、そういうもんです、はい。



【ナベツマ・ジャンク《美大ってどんなとこ? その3「美術系予備校」》】

 美術系の予備校には一種独特な雰囲気が漂っている。いわば変な人種のるつぼだ。年に数回しか顔を見せない講師がいると思っていたら、それは十浪ちかい30代の浪人生だったりするし、タバコをプカプカふかして夕方になると夜遊びに出て行くこなれたニィちゃんネーちゃんたちが同い年だったりする、まじ。ナベツマが通っていたのは、新宿にあった当時新進気鋭の美術系予備校で、芸大合格率が近年めっぽう上昇中という評判だった。ゲバゲバ90分のハナ肇のような格好をした主任講師のK先生を初めとして全員が芸大の助手。これって武蔵美や多摩美や造形大、女子美に行きたい人はどーすんねん、と思ったけど、まあ入ってしまったのでしょうがない。

 田舎から出てきて中途入校したナベツマは、予備校の生活に最初はとまどうばかりで、どーしたらいいかとても困った。みんな冷たいのだ(まっ全員がライバルだからね、しかたないけど)。何か尋ねても必要最小限の答えしか返ってこない。例えば、デッサンの場所だが、どこで描けばいいのか。だってどこも空いてないんだもん。で言われた、「遅く来てあるはずないじゃん。もっと早く来ればー」って。つまり初日に場所取りをする必要があったのだ。次の週から月曜日の予備校到着は朝7時20分になった。場所をイーゼルで確保し、自分の画板をたてかけ、デッサン道具をのせたイスを置いて準備OK。それからおもむろに近所のパン屋におもむき、出来たてホカホカ焼きそばパンという朝食をとる。そういうスケジュールが整った。

 いつ始めていつ終わるか、それは自分で決めるらしい、それも1〜2週間かかって理解した。ここは完全に自己管理の世界なのだ。これでもミーの高校は美術系大学受験コースというスペシャルな学科で、実技の勉強にはある程度慣れてるつもりのナベツマだったが、予備校の完全放任主義システムには恐れ入った。3畳の貸間生活に自律浪人生活、18歳のナベツマが予備校生活を終える頃には体重が35キロ台に突入していた。(キャー、信じられない!)

 美術系予備校ではコンクールと呼ばれる競技会がしょっちゅうある。これは1〜2週間の間にデッサンならデッサン、デザイン実習ならデザイン実習とテーマを絞り、デザイン進学コース全員で一斉に取り組む。コースには3クラスあって、各40人はいるので総勢で120人くらいか。最終日にこの120名全員の作品を大きな壁に全部はりだし、1位から最下位まで、あーでもないこーでもないと講師たちが言いながら並び替えていくのだ。

 教科の試験なら順位はある程度プライバシーに守られているだろうけど、ことこのコンクールに至っては丸裸である。幸いナベツマは下方には縁がなかったので、そのプライドがこっぱみじんになることはなかったが、作品が時間と共に下方に下がって行くクラスメイトは見ていて気の毒だった。でもこれが弱肉強食の美術系予備校の世界。ドロップアウトも少なくない。

 この1年間の浪人生活が人生を変えた! と今でもナベツマは思っている。それほど強烈で刺激的でタフな経験だった。これさえなかったら・・・大学に素直になじんであこがれの東京生活を満喫できたのに・・。つづく。



※N※A※B※E※T※S※U※M※A※J※U※N※K※