2004年10月31日(日)亡くせしもの多く尾花揺れており

 昨日、山本にもらった「杉山平一単行本未収録エッセイ集」(『樹林』二〇〇四年二月号)のコピーを読む。「立原道造と喫茶店」(初出『高原文庫』一九八九年七月)は参考になる。以前、この日録でも触れた品川力氏の「ペリカン」についても書かれている。立原は甘いものが好きで、杉山氏が堀辰雄と立原と三人で映画を観たときも、その後、銀座の資生堂で紅茶を飲み、立田野でお汁粉を食べた。《堀さんや立原に飲み屋というイメージは合わない》と杉山氏は書いておられる。たしかにそうかもしれない。ただし、横光利一も川端康成も菊池寛も宇野浩二も広津和郎も酒を飲まない甘党だ。

 29日、サザビーズ・ロンドンでオスカー・ワイルドの未発表原稿や資料が競売にかけられ、予想をかなり上回る850,000ポンド(約1億6千500万円)の売り上げになったそうだ。「ドリアン・グレイの肖像」のある章の未定稿が目玉だった。この売り立てはイギリスの匿名コレクターの旧蔵品で、ワイルド生誕150年をきわだたせるものであるとのこと(AFPによる)。

 新宿・三越の7、8階に入った〈ジュンク堂書店〉が昨日オープンだったらしい。ナンダロウアヤシゲな日々によればスバラシイ店になっている。『sumus』が面出しで並んでいるそうだ、スバラシイ!

 マン・レイ石原さん、遅まきながら、ドラゴンズ優勝おめでとうございます。日本シリーズは第6戦がヤマでしたね、惜しかった。ビストロ・スポンタネ、気に入っていただけたようで、推薦した甲斐がありました。

 白蓮『踏絵』口絵=竹久夢二


2004年10月30日(土)カリン高し雨にも冷めぬ古書の熱

 百万遍知恩寺、古本まつり、あいにくの雨。午前中は小雨が降ったり止んだり。平台のビニールシートも掛けたり、外したり。臨川書店のテントは黒山の人だかり。京都テレビもここぞとカメラを向けていた。漢籍の叢書ものが安く山のように出ており、中国人の業者(?)らしき人たちも群がっていた。山本も必死でくらいついている様子。

 こちらは百円均一へ。のぞいていると、堅田の先生がニコニコしながらやってきた。「リンセン、すごかったね。ぼく、一冊だけ買いました。ホ、ホ、ホ。それが、昨日ね、準備中のときに見つけといたんですよ。今日はその前で立ってて、覆いが開いたとたんにそれだけ確保した、はっはっはっ、ぜんぜん、大したもんじゃないですよ、ほっほっほ」

 小雨が降り出し、百円本もテントの中だけ。まず手に取った『鴎外全集第十八巻』(岩波書店、一九七三年)100円が重すぎて、気持ちが乗らない。おそらく1.5kg近くあるのではないだろうか。北條霞亭などを収録してある巻。渋江、伊沢と読んだのでつい手放し難かった。ナベのことは言えない。そんな中では柳原白蓮の『踏絵』(下図)が拾い物か。他に大正時代の孔版印刷の同人雑誌を見つけ、萩書房へバイトに来ている謄写版研究家の坂本秀童子氏に渡す。大正の作例は珍しいとのことで喜んでもらえた。その萩さんで『プロレタリア文学研究』(文学批評の会編、新文学書房、一九七二年)を500円。

 山本といつもより少し早めに進々堂へ。ランチにする。やはり臨川書店でかなり買っている。その中から自信ありげに一冊取りだした。
「なにがなんだかわからないまま、アッ! と思って、買ったのがこれなんやけど」
 坂口安吾『
炉辺夜話集』(スタイル社、一九四一年)だ。ウンチクは安吾にはあまり興味がないので、へえ〜と眺めるだけ。
「これ坂口安吾の中では珍しいんとちゃうかな。宇野千代のスタイル社でしょ、ええ本作ってるなあ、やっぱり」
 表紙と裏表紙の両方にぐるぐるっと渦巻き状の模様がある。よくよく見るとそれは青の色鉛筆で子供(?)が落書きした跡だった。それを告げると、
「ええっ? 装幀の模様やと思てた! ほんまですか? なんとか消えんやろか、あ〜、やっぱり落書きやなあ、消えんやろか・・・、ひょっとして安吾が書いたんやったりして」
 な、わけありません。しかし安吾の著作中、最も入手が困難なものだということで、さすが赤貧古本道の名に恥じない収穫だ。

 会場に戻り、今度はリンセンの周辺も回ってみる。たくさんの図録が安く出ているが、これぞというのはもうない。中尾さんに逢う。「風邪ひきそうやから帰るわ」とのこと。他の店も小雨のため三冊500円などの平台を覆ってしまっているので、楽しみは半減だ。そこで、久しぶりに会ったU野君と山本と三人でまた進々堂へ。店を閉めたという噂だった遅日草舎、今日は開いている。U野君は衣巻省三を調べていて、これから修士論文を書くそうだ。岡本綺堂の選集四冊などを買っていた。奇特な若者。

 店を出ると本降りになってきた。少し早いが引き上げることにする。

 北川健次色彩銅版画集刊行記念展の案内が啓祐堂ギャラリーより。10月29日〜11月9日。また、塩山氏より『記録』11月号(アストラ)、今回の書評は『渋谷定輔詩集 野良に叫ぶ』をバッサリ。《蓮実は実に嫌な奴だが、映画評論の面白さは渋谷の詩の比ではない。悪党だとしても、金子信雄と神田隆くらいのランクの差がある》そうだ。

 夜、勤めを終えた扉野がスムース文庫の打ち合わせに来る。まだ本文の入力が終わっていない。とにかく持参してくれた絵葉書を利用して表紙のデザインを決め、今後の進行を確認した。また、平井功についての原稿(『彷書月刊』12月号用)はあと少しだそう。功が幼少から通った老舗古書店「浅倉屋」の場所はどこでしょうね? と問われて、たしか浅草じゃなかったかと、検索してみる。現在も江古田で営業していることはすぐに判明した。結局、かつての所在地は『一古書肆の思い出』(反町茂雄、平凡社ライブラリー)の索引からたどって浅草の広小路だったと判明、一件落着。

  白蓮『踏絵』竹柏会出版部、大正8四版、装幀・口絵=竹久夢二


2004年10月29日(金)版木板 木目の粗密 拘るも

 本年7月6日にデイリー・スムースのサイトを新規に独立させて以来、本日をもって、トップページへのアクセス数が10,000になりました。みなさん、ご愛読ありがとうございます。

 蔵書票の制作を頼まれて、版木を買うために画材店へ立ち寄った。入口の脇にハガキ大の版木がずらりと並べてあった。バレンと彫刻刀も。もう年賀状の用意をする時節になったのだ。明日はいよいよ青空古本まつりである。

 ナベツマへ知人からメール。昨日の本欄の写真を見て。《10月25日の読売新聞に今ブーム、ということでル・クルーゼが紹介されていました。オレンジ色が特に、とあって、メールでもしかしてオレンジ?と言おうと思っていたところ》。ナベツマは昔から流行モノが流行る前に熱中するのが得意で自慢だった。アニエスbなどは日本に出店するずっと前から騒いでいた。「わたしが見込んで流行らないのはアナタだけね」、これ口癖。しかし最近は熱中と流行の間隔が短くなっている。パリへ行ったときもいろいろ買い込んできたのだが、帰国後しばらくして日本でも手に入るようになった。ネット情報が超能力を不要にしたのかも・・・

 ちなみに、犬が飼い主の帰宅を察知するのは、飼い主が出す特定の電磁波を感じるからだそうだ。その能力で地震予知もできれば言うことないのだが、うちのミカンは、地震に関しては人間なみのようである。

 今年の青空古本まつりポスターに使用した写真(ポスターはモノクロ)


2004年10月28日(木)流木の肌も冷たく焚火立つ

 古書目録が、東京の仲間たちより、こちらに一日早く届いているそうだ。ウンチクが上客のわけはないので、これは七不思議のひとつとしておこう。以前、石神井目録が扉野宅にだけ、数日遅れで届いたというケースもあった。山本が郵便受けから盗み取ったのではないかと冗談めかして言う扉野の目は真剣だった。

 古書店すむーす堂の新しいページに本を少し増やす。

 ナベツマから家庭内メールあり。《22cmはポピュラーなオレンジ。定価25000円のところを11000円でゲット。ちなみに我家は学生時代からエバーウエアを愛用。ほんとにエバーなもんで全然壊れない。先に会社が倒産。小林カツ代も倒産時に駆込み購入した様が以前クロワッサンに掲載されていました。エバーウエアを初めとして、鍋類8ヶはすべてアルミ製ですが、これがアルツハイマーの原因のひとつと言われてからずうっと気にかかっていました。少しずつ買い替えていく予定》、お好きなように。こっちはとっくにボケてるけど。

 いま家庭内ブームのル・クルーゼの鍋


2004年10月27日(水)はかなさも強さも生か月隠る

 松本より来信、『サンパン』次号、小特集「編集者と作家・その1/創文社・大洞正典と結城信一/未来社・松本昌次と富士正晴」となった。このあたりの変遷はおもしろい。京都の弘文堂書房(大正8年からの出版物あり、世界文庫は古書として今もしばしば見かける)は昭和23年に弘文堂(アテネ文庫の版元)となり、弘文堂新社を経て清水弘文堂書房として続いているが、その元祖・弘文堂書房に勤めていた(富士正晴も一時在籍)久保井理津男と大洞正典が独立して創文社を興し(昭26)、西谷能雄が独立して未来社を興した(昭26)。大洞は『アルプ』の編集長だった。早く読みたい。年末頃(?)発行らしい。

 妻はさらにLE CREUSETの片手鍋をゲットするつもりで調査。なんと片手鍋でも2.2kgもある。「2ちゃんねる」や「ヤフー!掲示板」でル・クルーゼの噂話を一通り読破したらしいが、片手鍋を鉄アレー代わりに使って筋力アップしろという意見も出ていたとか、やれやれ。地震でナベが落下して圧死、なんてことにならないように祈るのみ。

 みずのわ出版の新刊(11月末刊行)『漂流物探検―風と潮のローマンス』(石井忠+城戸洋、ウンチク装幀)の絵葉書セットが先に出来上がってくる。写真は大原隆弘氏。なかなかキレイだ。(10枚セット、ご注文は直接、上記サイトからどうぞ)


2004年10月26日(火)竹田の絵葉書飾る秋の暮れ

 「[本]のメルマガ 」193号に《文庫専門古書店サイト「ふるほん文庫やさん」との業務提携により、10月22日から、紀伊國屋書店新宿本店と同書店の通販サイト「ブックウェブ」で、絶版品切文庫が買えるようになった。》という記事あり。記者氏は《おそらく真っ先に買い占めた客層には転売目的のブローカーやいわゆる「せどり屋」が混じっていたかもしれない》と書いているが、「ふるほん文庫やさん」でセドリするのは不可能。上限1,280円でレアものは出していないはずだ(レア本はオークション行き)。《古書と新刊書が同じ書店で販売されるというのは当然の趨勢》は間違いない。

 また同メルマガで紹介されている哲学書房のサイトがカッコイイ。

 『中野書店在庫だより古本倶楽部』161号、いい本が適正価格で並んでいる。目が止まったのは『十人写生旅行 瀬戸内海小豆島』(興文社、一九一一年三版)、藤次郎、柏亭、不折、孟郎らの版画多数入り、6,300円也。

 『石神井書林古書目録』64号、いつもながら、いい詩集が並んでいる。小林秀雄の初期青山装幀本、欲しいいなあ〜(ヨダレだらだら)。

 妻がこのところナベに熱中。ヤフオクでナベ買いに血眼になっている。LE CREUSETというフランス製の琺瑯鍋。出品もけっこう多いが、落札もなかなか激しい競り合いになる。初めから連敗、連敗、ナベウララ。やっとひとつ落札できた(直径28cmという大物、22cm前後が人気)。このホーロー鍋、製造過程で生じる小さな黒点や気泡、かすり傷が少なくない。無傷の商品は一千個に一個あるかないか(!)だとか。手作りとはいえ、ちょっとね。しかもとてつもなく重いのだ。内容量6.7リットルで6kgだよ。水を満杯にしたら13kg近くなる。

 実は6年前にパリを訪れた際に、このナベ、諍いの元凶となった経緯があった。
「おれはぜったいに運ばへんぞ! 買うなら自分で運んで日本までもって帰れ!」
と啖呵を切り
「あなたは優しくない! 自分の本は山ほど買っておいて。本は荷物で送ればいいやん!」
「何をいうか。安く手に入ったからこそ、手荷物で持って帰るんだ。送ったら安く買った意味ないじゃん」
なんて具合で喧嘩したいわくつきの鍋である。今回、ネットで買って、定価の45%引きになった。
「ほら、よかっただろ。日本で売られてるものは日本で買うに限る」
「ふん! 買うのに6年もかかったわ」

 ナンダロウアヤシゲな日々に《珍しく高井貞二『あの日あの頃』(青蛙房)なんて本があり、1200円だったが、佐野繁次郎のコトが書いてあったので、買っておく》(10/21)とあったので、早速「日本の古本屋」を検索して金井書店の署名入り『あの日あの頃』(青蛙房、一九七九年)を注文した(1500円)。届いて驚く。佐野の他に、鍋井克之と『マロニエ』の思い出もあるし、喫茶店、カフェーの記述も参考になる。ヒコーキの話も使えそうだ。しかも、今、松本が早稲田古本村通信の連載で調べている「西村晋一」についての記述も。早稲田の学生時代、文藝春秋社の新創刊雑誌『モダン日本』の編集長に抜擢された、と書いてある。高井がカットを担当した。で、上述の『石神井書林古書目録』を見ると、その創刊号(一九三〇年)が出ているではないか、即刻メールで注文(残っていればいいが・・・)。モクローくんありがとう。


2004年10月25日(月)枕頭に良寛置きて長き夜

 《しかし災難に逢/時節には災難に/逢がよく候死ぬ時節/には死ぬがよく候/是ハこれ災難をのがるゝ/妙法にて候》という地震見舞いの手紙を良寛は書いている。文政十一年(1828)、三条の大地震の後に山田杜皐に宛てたもの。こんな手紙もらってもうれしくない。被災地への安否電話もありがた迷惑かも(体験者語る)。

 『現代俳句』28号「読本久保田万太郎」(角川春樹事務所、二〇〇一年三月)読む。久保田万太郎は俳句について、五七五の十七音、季題(季語)、「切れ」(切字=や、かな、けり、など、切字十八字という)が三つ揃わなければ完全ではない、そう主張していたそうだ。その「切れ」というのをブライス(R.H.Blyth、俳句を英訳紹介した英国人、“HAIKU”、“GENIUS OF HAIKU”、“HISTORY OF HAIKU”など)は「extinction」と訳したらしい。これは昨日の消火器の話ではないが「消火」が本来の意味、そこから「終息」「絶滅」「鎮静」などへ広がったようだ。切字とは余韻を残す状態かと勝手に思っていた。じつは、そうではなく、「完結」だと初めて知る(とほほ)。

 ところが、久保田万太郎も、最初の夫人を亡くしたときには(自殺だった)、常に反して、「来る花も来る花も菊のみぞれつゝ」と破調の句を詠んだ。この事件により親友だった水上瀧太郎は万太郎に絶交を申し渡した。これもひとつの「extinction」か。

 最近の本欄の拙作俳句(ウンチ句)も切字が多くなってきている。初めは切字をなんとか避けようと試みたが、俳句らしさを出すにはもっとも安直なツールなので、つい頼ってしまう。名詞で終わってばかりも芸がないし、口語を使うと標語じみてくるし・・・むつかしい。

 山下陽子さんの個展案内状。UN MOMENT EUPHORIE、銅版画、コラージュ、オブジェ。11月12日〜23日、啓祐堂ギャラリーにて。いつもながらとても雰囲気のある美しい葉書である。もちろん作品も。

 テレビ録画で映画「ライラ〜フレンチキスをあなたと」(ジェフ・ポーラック監督、1999)を見る。ソフィー・マルソーがパリからLAへ新天地を求めてやってきたチェリストに。彼女の犬がなかなかの名演技。犬好きにおすすめのコメディ。78点。原題はLost & Found、フレンチキス(ディープキス)なんてまったく出てこない。

 良寛「狗の絵」


2004年10月24日(日)地震(なゐ)あれば人ごとならず夜は長し

 午前中、町内の消火訓練。というか、消火器の使用法について説明を受け、水の入った消火器を使って練習しただけ。取っ手を握れば水が出る(本当は粉の消火剤が出る)。だが、町内に据え付けてあるのは転倒式(逆さまにすると液体が混じって泡が噴出するタイプ)だから、あまり意味はない。

 『樹林』?月号の同人誌評に『coto』8号が取り上げられた。キトラ文庫さんよりコピーが届く。評者は細見和之さん。「古書へんぺん記」(ゴッド・ハンドの巻)も一読の価値がある、読んでいるといささか悔しくなる、と書いてくれている(思うつぼ)。多謝。

 『彷書月刊』古本小説大賞作品を読む。古書店主の受賞は初めてだそうだ。坪内氏の感想に同感。奥さんの文章が面白い。目録頁、なないろ文庫さんがsumusのバックナンバーを出している。昨日、たまたま検索して見たヤフオクにも何冊か出品されていた。甲鳥特集は定価以上に上がっていた。


2004年10月23日(土)秋草の色の蟷螂潰れおり

 山本よりメール、《もうすぐ、青空ですね。「臨川の戦い」を前にドキドキしてます。最近矢鱈に買っていますが、これがいい結果を呼ぶかどうか分かりません。四天王寺の最終日500円袋詰めほうだい、30册ほど買えました。楽しくてニコニコしながらぐるぐるまわってました》、姿が目に浮かぶ。

 坂崎重盛さんより『一葉からはじめる東京町歩き』(実業之日本社、二〇〇四年)届く。散歩の巨匠、連続出版、おめでたい。こちらは、一葉、鴎外から甚一、百合子まで、散歩の名文を味わい、歩き直すという試み。文学散歩の坂崎版。『TOKYO 老舗・古町・お忍び散歩』は共時的な書き物だとすれば、こちらは通時的な視点で東京を切り取って見せる。鴎外立案の「東京方眼図」が綴じ込みになっているのが、なんとも豪勢じゃないですか。こちらも sumus library へ入れさせていただく。

 『彷書月刊』11月号、第四回古本小説大賞発表、珍品オークション。大賞は須賀章雅氏。珍品大オークションにはけっこう欲しくなるものあり。トイレでじっくり読ませてもらいます。

 大島なえさんより『本の手帖』届く。モトコー(神戸元町高架下モトコータウン)の古書店案内地図入りでこれは資料価値あり。興味ある方は nae58625@yahoo.co.jp までどうぞ。

 西秋書店さんよりアンダーグランド・ブックカフェの報告あり。《全体的な売上、来場者とも前回以上に盛況だったと思います》《次回もさらに皆さんに楽しんでいただけるよう、台風でも来場したくなるような(最終日が・・)、いい古書展にしたいと思います》、こういうまじめな人たちがやっている古書展、気持ちがいいじゃないですか、応援したくなりますね。

 一栄堂書店の目録で絵葉書購入。小野松二が保養していたのが浜寺(詳しくは『サンパン』3期8号参照)。大阪南郊のリゾート地だった。

 絵葉書「浜寺海水浴場」明治末?


2004年10月22日(金)草草は出水の形に倒れ尽く

 日本神話では、スサノオが高天原で暴れるが、これは台風の猛威を象徴するとも言う。また『荘子』内篇の逍遙遊篇は、北冥にいる鯤(こん)という大魚が、鵬(ほう)という大鳥となり、鵬は海が荒れれば南冥に移ろうとする、というような壮大なスケールで語り始められる。こちらはまさに東アジアを襲う台風の寓意そのものではないか。『史記列伝』によれば、荘子は漆園(うるしばたけ)管理の役人であった。天候には敏感だったかもしれない。とにかく、台風という気象現象を抜きにしては、東アジアは語れないだろう。

 歯の詰物が取れて、その小さな金属をうっかりどこかへなくしてしまったり、車のフェンダーを軽く擦ったり、自分自身の責任だけに気分が悪い。そんなときに限って、小さな仕事の依頼が三件も重なった。めったにないことだが、あわてて手を付けない方が無難のようだ。

 『月刊モクローくん通信』が三カ月ぶりに届く。セドローくんが古本業界は新潟出身の人が多いと書いている。たしか、昔聞いたところでは、銀座の画商は富山出身の人が多いそうだ。パリのカフェの経営者にはオーヴェルニュ出身者が多いと『喫茶店の時代』に書いたことを思い出した。

 松本より葉書。保昌正夫先生の選集全一巻が三回忌に合わせて、近々、河出書房新社から刊行されるという。ささやかな偲ぶ会が計画されているそうだ。本はぜひ入手したいので予約しておこう。『サンパン』次号、締切は過ぎたが、小沢信男さん聞き書き、まったく進んでないというボヤキあり。

 ガルシア・マルケスの十年ぶりの新作がスペインとラテン・アメリカ諸国で発売されたそうだ。"Memoria de mis Putas tristes" 90歳の老教授と少女の物語。川端康成「眠れる美女」へのオマージュだとか。Putas 娼婦。

 仮題としていた扉野良人担当のスムース文庫、『一九一四年 ヒコーキ野郎のフランス便り―バロン滋野と滞欧画家たちの絵葉書より』に正式決定した。まだ、もう少し仕上げに時間がかかりそうなのだが、こうなったら存分にやってもらおう。しかし、11月中には刊行します(!)


2004年10月21日(木)雨三日 金のラグ敷く 桂花         *桂の花(木犀の別称)

 雨漏りの原因を調べると、二階の土壁に亀裂が一本入っている、どうやらここからしみこんできたようだ。木犀の花は見事にすべて落ちてしまった。樹木の周辺が小さなオレンジの花でびっしり埋め尽くされている。

 昨夜、近所に雷が落ちた。強烈な音と振動(家が揺れた)にびっくりして跳び上がった。光と音とがほとんど同時だったから、かなり近くだろう。しばらくすると消防車のサイレンも聞こえてきた。パソコンに影響なくて良かった。

 散歩に出てみると、桂川も増水し、土色の水が轟々と流れていた。河川敷は水没していたらしく、水が退いた跡に流木や川底のゴミが残ったまま、惨憺たる状態になっている。

 Caloさんの日記にフランクフルト書籍市の報告あり。写真も多数あり、旅行気分を味わえる。

 エディション・イレーヌより、10月新刊の案内葉書。生田耕作没後10年記念出版としてヘンリー・ミラー『母、中国、そして世界の果て』(生田文夫訳)、もう一点はアナイス・ニン『巴里ふたたび』(松本完治訳)。主な取扱店は、アスタルテ書房、恵文社三月書房、Annabel Lee、書肆砂の書カロアトリエ箱庭ぽえむぱろうるスパンアートギャラリータコシェ書肆マルドロール書肆アクセス山猫屋書肆ひぐらし書肆啓祐堂書肆孤島。そうとうに濃厚なメンツです。

 坂崎重盛さんより『TOKYO 老舗・古町・お忍び散歩』(朝日新聞社、二〇〇四年)届く。まずは神保町の頁を開く。さぼうる、ラドリオ、ミロンガ、兵六・・・三省堂の裏露地にある坂崎さん行きつけの店、だからこの小路を「さラミ兵三」と呼ぶそうだ。なるほど、座布団一枚(!)。ここには書肆ユリイカやらんぼおもありました。東京へは年に一度くらいは出かけるが、東京という町をまったく知らないことを再認識するような、こだわらない、こだわりの一冊。「初蝶や神田に二つの男坂」露骨(坂崎氏の俳号)。sumus library へ入れる。

 フランソワ・トリュフォー、没後20年。今日は何の日でした。

 M岡さんより高桐書院版『梶井基次郎全集』を入手したとのメールあり。この粗末な全集(二巻で途絶)が好きだ。

 高桐書院版梶井基次郎全集内容見本、昭22


2004年10月20日(水)色なくて山々さかんに雲湧かす

 雨の合間にミカンの散歩。西北方の連山から霧のような雲が沸き上がっていて水墨画の世界。

 止んでいたのもほんのしばらくの間。ふたたび激しく降り出したせいで、ついに雨漏りが始まった。ポツリ、ポツリ、落下する水滴の音。あわてて雑巾を持ち出すやら、品物を避難させるやら、ビニール袋を敷くやら、大わらわ。

 午前中に『一九一四年、パリ便り』の校正紙に目を通してしまい、投函する。いくつかフランス語訳の誤りを指摘しておいた。90年前のことなので意味不明の単語(フランス語をカタカナで書いてある)も少なくない。例えば「ユルティマ」が分からない。ultima (ラテン語で「最後の、究極の」)だとは思うが、〈状袋とユルティマを探したが見つからず、ユルティマに似たようなものを買った〉というふうに使われているので、おそらく商品名だろう。ネットでは香水やシガー・カッターにその名前を使ったものがある。また「アリコヴェール」、〈居ない間に聞いてもいい〉と書いてあるのでプレーヤーだろうか。単語の意味はインゲン豆だが。「ブラッセール」は衣服の一種か、バロン滋野がレジョン・ドヌール勲章を受章するときに規則で着けなければならないとある。ま、分からないところはそのままにしておくのが無難だ。

 『第30回 ヨコハマ古書まつり』の目録届く。おおお、写真頁にすむーす堂の目録原画、本の水彩画が出品されている(!)って驚くほどのことではないが、これは永久保存にしておこう。

 ぎゃらりい古今(古今書房二階 大津市中央一丁目五の五 tel.077-525-7880)で水野恵氏の書と篆刻の個展(10月26日〜31日)。《お元気どすか。無沙汰ですんまへん》から始まる案内書の口上がユニーク。川浪さんからのご紹介。篆刻は大好き。水野氏は『日本篆刻物語 はんこの文化史』( 芸艸堂、二〇〇二年)の著者。

 原田紀子さんの表紙原画展Covers(「湘南物語」創刊10周年)、小田急藤沢6階ギャラリーにて。10月27日〜11月2日。原田さんのイラストはとてもいい。

 『笑息筋』196号(東京コメディ倶楽部)。岩田和彦さんより。浅草・東洋館で「〈続〉エノケン生誕100年祭」が10月29日午後六時開演だとか。エノケン満百歳を祝うそうである。


2004年10月19日(火)夕まぐれ、星を降らすか金木犀

 『ドン・キホーテ』初版発行より400年だそうだ(1605-2005)。それを記念する二巻本(一巻は『ドン・キホーテ』のテキスト、二巻は資料・研究編)がスペインで刊行された。セルヴァンテス研究所の主導により、Galaxia Gutenberg Circulo de Lectores との共同出版というかたちで実現した。Galaxia Gutenberg のサイトはカッコイイ、でも意味不明(スペイン語読めないもの)。

 「[書評]のメルマガ」184号はすんごいボリューム。吉田勝栄氏による『創刊号のパノラマ 近代日本の雑誌・岩波書店コレクションより』(岩波書店、二〇〇四年)批評はいかにも吉田氏らしい。岩波の編集レベルが低下しているのかな。前田和彦氏の「東京チン紀行(1)神保町、三鷹、そして高田馬場」も面白く。東京堂書店の佐野衛さんの印象がよく描けている。その他も読ませます(ウンチクも寄稿)。

 西村義孝氏(sumu 9 に吉田健一著作リストを寄稿していただいた)より佐野繁次郎の装幀資料など届く。佐野の昭和初期の仕事が徐々に明らかになってくるようでゾクゾクする。この機会に佐野繁次郎の装幀というページを開設しましたのでご覧下さい。少しずつ増やしていきます。渡辺一夫の装幀も同じく。

 扉野良人よりスムース文庫『一九一四年、パリ便り(仮題)』の本文校正紙届く。第一次世界大戦にフランス空軍の飛行士として参戦した滋野清武(バロン滋野、レジョン・ドヌール勲章受章)をはじめとして、藤田嗣治、川島理一郎、山本鼎らフランスに滞在していた画家たちが画家・宇和川通喩に宛てて送った多数の絵葉書の中から興味深い文面を選りすぐって絵葉書図版とともに収録する。1914年のフランスが身近になること受け合い。


2004年10月18日(月)空の空、朝のうろこ雲をさがす         *空の空(からのそら)

 『彷書月刊』編集部より次号のすむーす堂目録締切についてファックス入る。次号の特集は「正岡容生誕百年」とのこと。おお、ちょっと楽しみな企画である。11月25日発売。

 で、『彷書月刊』サイトをのぞくと、均一小僧の古本購入日誌が更新されている。だいたい雑誌の追い込み時期になると、ピタリと更新が止まるから、まとめ読みだ。最近、島洋之助という小説家に惹かれているらしい(10/10)。面白そうな作家である。調べてみると下記のような著作があった。島根と名古屋、同じ人物かどうか、検索からは判断できない。また岡崎が挙げている『アメリカを掏摸る』(先進社、一九三二年)は国会図書館では燕三吉の著作となっているが、こちらは同一人物(?)。燕三吉も他ではまったくヒットしない。ちなみに博文堂出版部と赤炉閣書房は同じ版元である、というか発行が前者、発売が後者。どちらも神田区三崎町二丁目一番地にあった。発行者は野沢広。舟橋聖一、岡田三郎、浅原六朗などの単行本、および『芸術派ヴァラエテー1』(一九三〇年)という新興芸術倶楽部のアンソロジーも出版している(小野松二も寄稿!)。

貞操の洗濯場 / 島洋之助 博文堂出版部 昭和5
童貞の機関車 / 島洋之助 5版 赤炉閣書房 昭和5
百万・名古屋 / 島洋之助 名古屋文化協会 昭和7
シマネ文化 島根文化社 1935 〜39に執筆
富士見の慈父 / 島洋之助 文陽社 昭和11
人材・島根 / 島洋之助 島根文化社 1938
綺聞抄 : 肌 / 島洋之助 大涛社 1947
人材・島根 : 縣人名鑑 / 島洋之助編 島根文化社 1938
山陰特異犯罪實話集 島洋之助 誠文社 1950
ヘルンと大社 / 島洋之助、他著  大社町(島根県) 大社ヘルン会 1954(島洋之助「ヘルンの初詣」)

 芸術派ヴァラエテー1、博文堂出版部、昭和5 、装幀=佐野繁次郎

 EDI藤城さんより、原稿安着のメール。アンダーグラウンド・ブック・カフェの報告あり。《初日はかなり盛況の様子で、この催しが定着してきたことをうかがわせました。今回は特に大きな宣伝はしてないとのことでしたが、先日J-Waveを聞いていたら、番組内で紹介されてビックリ。中野書店さんが電話インタビューを受けていました。7時からの鈴木清順監督と河内さんのイベントも大入り満員。観客には、坪内さんや月の輪さんらオールスターが勢揃いしていました。明日の八木福次郎さんのイベントには松本も行くことになっています》。楽しそうですね(詳しくは南陀楼綾繁の日記にて)。う〜っ、こっちは30日から京都百万遍の青空古本まつりだい! 今年は臨川書店も出店する。山本はすでにリンセン態勢ってか(苦笑)。


2004年10月17日(日)鳳凰のわっさわっさと御輿過ぐ

 アンダーグラウンド・ブック・カフェ初日。でも、それは神田の話。こちらは御霊神社の秋季祭礼の日。町内会の役に当たっているので子供御輿の手伝いに早朝から出かける。神社でお祓いを受け、幟、稚児、太鼓、御輿の順に並んで町内を練り歩く。この地域は「ワッショイ」というかけ声だ。

 ついでだから掛け声について調べてみた。最近は三社祭も神田祭も「わっしょい」で統一されているらしい。全国的にも「わっしょい」が一般的になっているようだ。そしてその「わっしょい」にも大まかに二様ある。
・「わっしょい」「わっしょい」と続けざまに掛け合う
・「わっしょい」と「わっしょい」の間に拍子木2つ分の間を入れる
 ウンチクの地域は後者、二拍のところで太鼓を打つ。途中一回、そして最後に御輿を上下にゆらしながら連呼する。ただし、大人が引く本御輿は鐘・太鼓だけで掛け声はない。

 「わっしょい」の語源は「和上同慶」の「和上」が「わっしょい」になったとか、みんなが力をあわせることから「和」を背負うという意味だとか言われるが、これらはこじつけ臭い。中世の「わっさわっさ」(掛け声して騒ぐさま、またはその声)、あるいはもっと遡って、古代大阪の汎アジア的な祭、四天王寺ワッソの「ワッソ」(韓国語で「きた」の意)あたりが源流かもしれない。

 「わっしょい」以外には、徳島では「ちょうさじゃ、ちょうさじゃ」とか「さーせー、さーせー」、三田(さんだ)では「さーしあげ」、石川や佐渡、近畿や中国、四国で「ちょうさじゃ、ちょうさじゃ」、島根県益田市では「よいさちょいやさ」、山口県大島では「ちょうさえ」などなど。また「ソイヤ」は「わっしょい」を逆さにして「ショイ・ワッ」、ショイワッ、ショイワッ、ショイワッ・・・ソイヤ、ソイヤ、ソイヤ、となったのだそうだ。ちなみに、卓球の福原愛ちゃんの叫びは「よっしゃー」の「シャー」だという説があるが、本人は明らかにしていない。

 『ふるほんやたいへいき』の版下作り、仕上げにかかっています。予告から一年半も遅れましたが、ようやく11月中旬刊行予定となりました。

 大庭柯公『ふるほんやたいへいき』古典社、昭14


2004年10月16日(土)犬の毛の吹き寄せられて秋速し

 ラジオを聴きながら仕事をしていると、一階から妻が「ヒロシ! ヒロシ!」と叫ぶのだ。「?・・・おれはテツオだぞ」そして「アッ」と気づいた。ラジオから流れている曲が、最近売り出し中の芸人「ヒロシ」が一人語りするときのBGMである。映画「ガラスの部屋」(セルジオ・カポーニャ、1969)のサントラで歌はペピーノ・ガリアルディ。レイモンド・ラヴロック主演で、たしか、けっこうヒットした。記憶にある。暗く歌い上げるカンツォーネなのだが、思わず頬がゆるむ。

 散歩のついでに足を伸ばした久世橋の「ブ」で鎗田清太郎『角川源義の時代』(角川書店、一九八五年)を100円で。図書館で読んでいたが、これは見っけもの。

 『日本古書通信』903号。游古洞の目録に先日話題にした『檸檬』(再カ、十字屋、昭15)が10,000円で出ている。稲光堂書店版は18,000円だったと聞いたが、いい値段である。岡崎の「神田古本まつりプロジェクトX」掲載。数々の面白い改革案が提出されている。ツブシの古書を燃やして古本供養をせよ(!)とは思い切ったアイデアだ。

 「[本]のメルマガ」192号に東京駅の丸善オープンに関連して以下のような会話が交わされていた。掩耳さんの「出版・流通業界へのミニ提言集」より。

>ああ、巨大書店乱立で、神保町ならではの特色が、薄れていますもんね。
>そうそう、元々神保町って山手線のほぼ真中に位置しているんですが、そ
れが今や大ネックになっているんです
>え、どうしてですか?
>たとえば、埼玉・池袋方面からのお客さんの場合、新刊書を買うのなら、
池袋で降りてリブロやジュンク堂書店、旭屋にいけばほぼ用は足りてしまう
わけです。神奈川・新宿方面なら紀伊国屋に新規オープンするジュンク堂、
神奈川・渋谷方面ならブックファーストに太盛堂……
>ああ、なんだか入口のゲートが次々と閉じられている感じですね……

 古本の世界では、こういう現象はないと思うが、ネット古書店やオークションがかなり普及した現在では、欲しい本を求めて書店へ出かけるという必要はなくなった。欲しい本はネットの方が確実に手に入る。だから、リアル書店の魅力は「欲しい本」ではなくて、「欲しくなる本」なのではないだろうか。要するに「未知」との遭遇である。未知がなくなれば魅力もなくなろうというものだ。未知の本棚を作れば黙っていても人は集まって来るだろう。新刊も基本は同じか。

 築添正生・純子二人展の案内葉書。菓子匠寿々木(渋谷区神宮前1-15-4ブラームスの小径ルセーヌ3号館、tel.03-3404-8007)にて10月27日〜31日。正生さんは金属アクセサリー、純子さんは染織作家です。正生さんには sumus 9 に執筆いただきました。

 新しい sumus のホームページ http://www.geocities.jp/sumus_livres/ に「古書店シール・コレクション」と「読む人」のページを開設しました。コンテンツは毎日少しずつ増やしていますので、ときどき覗いていただければと思います。「読む人」はスムース文庫としてまとめ、書肆啓祐堂にて来年三月に展覧する予定です。


2004年10月15日(金)ひとしおの寒さに木犀ひらき切る

 塩山芳明氏より『AMENITY』(拡声器騒音を考える会)のバックナンバー、および『記録』4月号(アストラ)が届く。後者の連載書評では野見山暁治『うつろうかたち』(平凡社、二〇〇三年)および野見山回顧展が俎に上げられている(山本の『関西赤貧古本道』(新潮新書、二〇〇四年)からの引用もあるヨ!)。本の方はともかく展覧会の方は《予想外に退屈だったのだ》そうだ。

 塩山氏によれば、『うつろうかたち』に、安井賞の選考委員だった伊藤廉(1888〜1983)から野見山の受賞(1958)について面と向かって《わたしは反対しました。と画家としての大先輩は静かに所言をのべた。文学性が勝ちすぎていると思ったからです》という逸話があるそうだ。しかし、伊藤廉が文学的云々などと批判できるのだろうか。伊藤は明治大学文学部中退で、その絵もまたかなり文学的だったような気がするし、エッセイ集や技法書を何冊も、例えば昭和十八年には書物展望社から『点線』を刊行しているほどなのである。曽宮一念や里見勝蔵らいずれも(古書価の高い)エッセイ集を出している文筆画家たちとグループを結成していた時期もある。野見山氏は何も反論しなかったらしいが、心中では、あんたに言われたくないよ、と思ったかもしれない。

 下は野見山氏が所属していた自由美術家協会の雑誌。水明洞で100円だった。自由美術の画家たちについては『四百字のデッサン』(河出書房新社、一九八二年)に詳しい。この号の会員名簿欄には「野見山暁治・・・(渡仏中)」とある。

 『自由美術』自由美術家協会、1954年


2004年10月14日(木)木犀は二階に濃きと気づく夜

 昨日、近代美術館では「剣持勇とその世界」という展覧会もやっていた。剣持と言われてもピンとこない人も多いかもしれないが、ヤクルトの容器は誰でも知っているだろう、そのデザイナーである。ヤクルト・ジョアもそうだし、昔、喫茶店などによくあった平たい円筒形の金属灰皿(何個でも重ねられ、縁に三カ所の切り込みがある)、日航の機内食のセット、それからよく覚えているのは東京竹橋の国立近代美術館にあった楕円形の籐椅子だ。ヤクルト容器は一九六八年作だというから、ウンチクの中学時代になる。

 『連盟ニュース』410号(日本美術家連盟)。国立新美術館が東京六本木(元は東大の研究所があった場所)に平成18年にオープン予定、現在建設中という記事。噂には聞いていたが、国内最大の展示面積14,000平方メートルだそうだ。ただし作品収集は行わない。単なる貸し会場。賃貸料金表を見ると、1,000平方メートルの展示室が二週間で937,500円だそうだ。一方、大阪中之島の国立国際美術館は11月3日より「マルセル・デュシャンと20世紀美術」でオープンする。チラシには便器がズラリ。ともに独立行政法人とはいえ、景気回復の象徴だろうか。

 マン・レイ石原氏の日録に《「マルセル・デュシャンと20世紀美術」展の「開会式・内覧会・レセプションのご案内」が到着。出欠の葉書は22日までに返信しなくてはいけないのだが、葉書も重要なコレクション・アイテムなので、コピーしてから封書で送ろうと準備する》とあった。コレクター魂とはこういうことですか。

 最新刊のハリーポッターが売れていないらしいという記事の紹介が「三月書房販売速報」076号に。最終的に7割行けばいいほうとの悲観的な見方が強いそうだが、初版290万部だとしたら単純に200万部は売れる計算になる。上下巻4,200円だから・・・ヒュ〜!

 板倉正子さんの「本の愉しみ つくる・治す」がギャラリーさんびいむにて11月8日〜13日まで。

 新しい sumus のホームページをとりあえずまとめまてみました。http://www.geocities.jp/sumus_livres/ まだまだ内容は追加していきます。これまでのサイトも公開していますが、9月の状態のままです。洲之内徹のページはいずれ独立させようと考えています。


2004年10月13日(水)木犀の窓ありてなお胸苦し

 京都国立近代美術館で「八木一夫展」見る。陶芸という枠に入れる必要のない作家(実際、金属彫刻も作っている)だ。コピーライター的な、時代を鋭敏に反映しつつ独自性を持つ、作品を発表し続けた、通覧すると特にそれがよく分かる。いい展示だった。「本」のシリーズが気に入った。

 水明洞の表を漁って、古写真を二枚ほど買う。一枚は下図、この木馬、ちょっと変わってる。年代がはっきりしないけど、大正だろうか。ちゃんと台紙に貼られて表紙もある。写真館は大丸フォトスタジオ。


 湯川書房へ。今日から裏のスペースと合わせて、三つの展覧会が始まった。湯川さんでは「吉田誠の机上小品展」、奧の BAR文久では「浅井伸一茶杓展」、その二階では「スリップ・流掛釉展」。とくに古美術喫茶・大吉(二条寺町角)の若主人杉本理氏の眼力が光るスリップ・ウエアが素晴らしい。顧客が群がっていたので引いてしまったが、ひとつ欲しかった。

 古門前のぎゃらりー思文閣へ。戸田勝久さんの展覧会を見る。戸田さんと立ち話。アクリルの細密画と水墨の対照が面白い。人柄同様、爽やか。

 三条の「ブ」、山本のショバなので期待はしてないが、素通りもできない。洲之内徹の「気まぐれ」が三冊出ていた。『セザンヌの塗り残し』(新潮社、一九九四年六刷)を買う。半額は少々高いけれど、これだけ所持していなかったので後刷りでも嬉しい。

 丸善へ。坪内祐三さんの新刊書『まぼろしの大阪』(ぴあ、二〇〇四年)を図書券で買う。むかしなつかしのビニールカバー付(装丁=橘浩貴)。昭和三十年代の新書判の趣、ちょっとおしゃれだ。『ぴあ関西版』に連載された文章をまとめ、語り下ろし対談二本(谷沢永一、森村泰昌)を加えてある。ちょうど偶然にも、その連載が始まった頃(二〇〇二年五月)、神田で坪内さんたちと飲む機会があった。そのとき『ぴあ関西版』の編集長になったばかりの安藤氏も参加していた。そんなことで、なにか身近な本のように思える。例えば《杉山平一はノア系の文学者で、関西文学界の最長老である》という文章がある。この《ノア系》(ノア=編集工房ノア)というのが、そのまんまだけに、関西では耳新しい表現ではないだろうか(ひょっとして禁句?)。そんなささいな点も含めて、ひと味違った坪内流大阪物語になっている。生島遼一の随筆六冊はシブイ。

 坪内祐三『まぼろしの大阪』ぴあ、2004年

 帰ってみると、古書現世向井氏より『檸檬』の版元だった稲光堂書店についての情報が届いていた。

《稲光堂は今では少なくなった教科書専門のお店です。現在の店主、富也氏は『檸檬』発行時の店主、勝氏の子どもです。話を聞いてみましたが、発行したのは『檸檬』が最初で最後みたいな言い方でした。三瓶勝氏は明治38年千葉県生まれ。昭和61年没。早稲田大学正門あたりの広文堂書店という教科書などを中心とした新本屋で大正8年より修行して、昭和4年に独立。ですから『檸檬』発行は独立して結構早い段階での出版です。大正12年には、早稲田書籍商組合というものが設立。新刊屋・古本屋の枠なく、業者の親睦を深めるために結成。終戦まで続いたそうです。この会の副会長が、『暢気眼鏡』などでおなじみの大観堂・北原義太郎氏、稲光堂・三瓶勝氏は会計をつとめています。ちなみに、資料によると、大観堂はアンドレ・モオロア『フランス破れたり』の大ヒットにより、熱海に別荘を買ったそうです。》

 とのこと。感謝、感謝。WEBCATで検索してみると稲光堂書店はストロング『イエイツへの公開状』(根本彦一訳、一九三五年)を出しているようだが、国会図書館NDL-OPACでは、この本の発行者は根本彦一となっているだけ。う〜む。

 「創世ホール通信」117号、小西昌幸さんの「種村季弘先生のご冥福を祈ります」は淡々と読ませる。


2004年10月12日(火)わが窓を金木犀の香が敲く

 天神さん100円均一で買った『江戸文学新誌』2号(未刊江戸文学刊行会、昭35)、木村捨三「熊野の牛王」という記事が目に止まった。牛王(ごおう)は厄除けの護符「牛王宝印」のことで、表に宝玉とカラスが描かれている場合が多い。熊野神社が有名だが、祇園八坂神社、高野山などでも発行していた。裏に起請文(誓詞)を書き入れる。神に誓って本当だというときに用いるが、木村捨三によれば、遊女が客に約束する(またはその逆)ときに一筆したためる需要が多かったようだ。その誓紙を焼いて灰にし、お茶に溶かして相手に飲ませるというまじないもあった。ウソをついたら神罰が当たる。

 古来、カラスやトンビは神の使いである。太陽の象徴とも見なされている。記紀ではカラスが神武天皇の東征軍の道案内をすることになっている。この故事にちなんでサッカー日本代表チームのシンボル・マ−クがカラスになったらしい。しかし、東征って奈良盆地を征伐することでは?(東によきくにありと聞いたのが討伐の動機)、脈絡がわからない。要するにフォア・ザ・クロウ(カラス=太陽=日章旗)なのか。アジア杯の神がかり的勝利はカラスのおかげだったなんて言われたら選手の立場がない、かも。

 同じく100円の「A Short History of Medieval Philosophy」は目次にウイリアム・オブ・オッカムの名前があったので購入。映画「薔薇の名前」のショーン・コネリーが演じた主人公ヴァスカビルのウイリアム、その親友(エーコ『薔薇の名前』東京創元社、上巻33頁)がオッカムのウイリアムである。彼は十四世紀にもっとも影響力のあった思想家で、教会からはアリストテレス主義者(すなわち合理主義者)と糾弾され、1324年にアヴィニョンで審問を受けたが、決着がつかなかった。

 A Short History of Medieval Philosophy,J.R.Weinberg,PRINCETON U.P.,1974

 『ifeel 読書風景』秋号(紀伊國屋書店)、特集・だから経済学はおもしろい。岡崎が「暢気眼鏡」の家賃滞納について書いている。その風呂桶で思い出したが、ウンチクも東京に住んでいたころ、小平の借家から阿佐ヶ谷の風呂なしアパートに転居して、プラスチック製の桶だけ持って行った(今考えると不思議)。廊下の奥の物置みたいになっているところにずっと置かせてもらっていたが、けっきょくそこからまた転居するときに、エホバの証人のおばさんたち(毎週のように勧誘に来るので、暇に任せて相手をしていた、原理主義の実際がある程度分かった)の一人にもらってもらった。あの風呂桶どうなったでしょうね? 橋爪伸也さんが国会図書館の設計コンペについて書いているのも興味深く読んだ。

 そうそう、ポプラビーチの早稲田篇も楽しい。この軽いノリ(文章の中身はけっこう重い)の文体は「平成チョー軽薄体」とでも命名すべきもの。

 戸田勝久さんの個展案内状届く。「旅の風」と題して、ぎゃらりー思文閣にて10月13日〜30日。いつもながら独特の世界が展開するようだ。水墨画や陶磁器も手がけておられる。

 artbookchair で料治幸子展「短夜の夢」DM届く。料治さんは料治熊太氏の令嬢とうかがったが、かなり烈しい作風である。artbookchair(目黒区下目黒3-16-5 電話03-3794-6219)も一度のぞいてみたい。

 大学時代からの友人、竹下佳江さん(女子バレーボール日本代表のセッターではありません)が個展を開くというDM。ギャラリー広尾(渋谷区広尾広尾プラザ2F)10月20日〜26日。葉書の絵、なかなかいい感じ。《日本橋のシチュー店「誠」に行きました》とメモがある。たしかにみんなで行きました、25年くらい前になる。今、「誠」を検索してみると《下町の旦那衆か金持ちの爺様の店でしょう。40前の客は浮きます》という評があった(あんたは正しい)。ほんと、あのときは浮いてた。


2004年10月11日(月)伐られても櫻落葉のあでやかさ

 ナンダロウアヤシゲな日々(10/10)にデリダの髪型について疑問が呈されていたが、晩年のデリダもあまり変わらないようだ。この写真は2001年にパリ近郊の自宅で撮影されたもの。白髪は少し薄くなっているかもしれない。それにしても、本棚はガサガサである。思想家は思惟する、ということか(?)

 饅頭の話の補足。中国の饅頭とは要するにブタマンと書いたが(10/6)、青木正児『華国風味』(岩波文庫、一九八四年)にその実際が詳しく記述されている。饅頭(マントウ)は餅(ピン、うどん粉をこねて、焼いたり、蒸したり、煮たり、油で揚げたりしたものの総称)の一種だそうで、餅は点心(おやつ)の重要な部分を占める。古くは麦粉を使ったものを「餅」、米(または粟、黍など)粉を原料としたものを「餌」と呼んだという。それにしても『華国風味』は面白い。京都にかつて存在した酒亭陶然亭についての物語などきわめつきの食エッセイである。

 青木正児『抱樽酒話』アテネ文庫、昭23


2004年10月10日(日)側溝に雲流れ行く狗尾草(えのこぐさ)

 ある古書目録に梶井基次郎『檸檬』の昭和八年版が安く出ていたと山本から聞いた。この古書目録はかなりいいらしいが、ウンチクはもらっていない。「『檸檬』は六年が初版ですよね?」と言われて、調べてみると、初刊本(武蔵野書院、昭和六年)と同じ紙型を使った武蔵野書院・稲光堂書店版『檸檬』が昭和八年十二月一日に発行されている(筑摩書房版『梶井基次郎全集』、二〇〇〇年、書誌)。年譜では《稲光堂より復刻》となっている。稲光堂書店の住所は淀橋区戸塚町1-512、三瓶勝。現在も同名の稲光堂書店が新宿区西早稲田1-5-2で営業している(代表者・三瓶富也)。梶井は昭和七年三月二十四日に没した。没後一年を経て、梶井全集の計画などが進む中、再刊されたようである。

 面白いのは、十字屋書店版『檸檬』が昭和十五年に出ているが、書誌の注記によれば、これも初刊本と同じ紙型だ。それもそのはず、武蔵野書院の前田武が発行人になっている。そして、これには注記がないが、戦後すぐに発行された東京楽譜出版社版『檸檬』(下図)も同じ紙型に違いない。発行人は山崎喜久夫。初刊本の複刻版『檸檬』(精選名著複刻全集近代文学館、日本近代文学館、ほるぷ、一九七三年)の版面と比較してそう思う。少なくとも四度のお勤め、ご苦労さん、である。

 なお「紙型(しけい、paper matrix)」というのは活字組版に紙を圧し当てて取った雌型のこと。この雌型から鉛版を鋳造し印刷する。紙型を保存しておけば、何度でも鉛版を作ることができるわけだ(むろん損耗するが)。

 小野高裕さん(『sumus』12号にご寄稿いただきました)より古書レポートあり。矢野書店の古書市で、藤沢桓夫『東京マダムと大阪夫人』(昭和29,東京文芸社)、料亭白雲庵の主人林春隆氏の随筆『白雲庵百話』(昭和9,岡倉書店)、白秋の詩集『桐の花』(大正2年,東雲堂,白秋のちまちました挿絵が貼り込)、大正末期の『演劇新潮』(中川紀元の表紙)、いずれも300〜500円。とはさすがシブイ。

 パルナスの歌が聞けますといって教えてくれる人がいた。懐かしのCMソング。中村メイコが歌っていたのか!

 昨夜、南陀楼に書評のメルマガの原稿を送信した。届いてる?

 堂島のジュンク堂書店大阪本店で『sumus』バックナンバー(9、11、12)が購入できるようになりました。

 梶井基次郎『檸檬』東京楽譜出版社、昭21


2004年10月9日(土)秋旱 季語も泣きたし古書の市   *秋旱(あきひでり)

 連日、終日の雨。アンダーグラウンド・ブック・カフェの目録届く。「KIKI SOUVENIRS」(キキの回想)1929、限定250、キキの献署自筆画入、マンレイの写真10点他、10万円。金坂健二撮影のデュシャンの肖像生写真もいい。しかし、驚くのは宮沢賢治の葉書(大木実宛、昭和8年3月7日)一枚200万円、『春と修羅』(関根書店、一九二四年)1,575,000円。アメニモマケズ、立派になったなあ(?)。澁澤龍彦の安原顯(マリ・クレール編集部)宛葉書(昭和62年4月23日消印)10万円、最晩年、再入院直前のものとか。他にもいろいろあって楽しめる目録。しかし、ちょっと、このところ使いすぎなので、自重する。古書展は17日〜19日、盛りだくさんの催しあり、詳しくは上記サイトにて。

 関口良雄『昔日の客』読了、人柄が表れている。三島由紀夫の父親の話や正宗白鳥を訪問する話がとくに印象に残った。こんな古本屋が近くに欲しい。

 雨の日は暗すぎて絵を描くには適しないので本がよく読める。桑原武夫『人間素描』も読んでしまう。なかなか率直に面白く書いてある。先日、たまたま吉川幸次郎訳の『水滸伝』第一冊(岩波文庫)を読んで、とにかくうまいなあと感嘆していたので、《吉川は作詩作文によってのみならず、お喋りにおいてつねに中国人を圧倒する》などというくだりに納得がいった。大正時代の京都一中や三高の学生および教師の様子もよく分かる。

 昼は外食。いつものラトナカフェでランチ。テンペのカレーというものを初めて食する。「インドネシアの納豆」と言われているらしい。インドにも同じような食品があるそうだ。ここで出しているテンペは京都の白川で製造しているとか。

 恵文社でsumus担当の能邨さんが雑誌『天然生活』10月号(地球丸)に登場! 見開き二ページにわたって書棚を公開されてます。

 チェーホフ、伊藤元治訳『勲章』細川文庫、昭21、柿本幸造挿画


2004年10月8日(金)獺祭と云ふことなかれ長き夜

 朝、岡崎出演の「ほっとモーニング」を見る。一回目を見逃したので(ゴメン)、念のために録画した。上々堂の長谷川さんも登場、メルマガ・エッセイの印象と違って、とても立派な素敵なお店(どんな店を想像してたんだ!)。それから岡崎ファミリーと地下書庫も映った。カメラが入ったためか、きちんと整頓されていて感心する。もっとすごいことになってるかと思っていた。廃物利用の文庫ボックス、ここでも紹介してますな。不易のアイデア。岡崎は声がいいから放送向きだ。

 「[書評]のメルマガ」183号、「かねたくの読まずにホメる」で金子拓氏が洲之内徹を取り上げている。新潮社のスノウチ、全部品切れとは知らなかった。《現在の出版事情だから、手に持って優雅な気分になるクロス装の元版の重版とまでは言わないまでも、せめて文庫版は重版して手に入るようにならないものか。》と氏は書いておられるが、これは要するに「新潮社のカベ」なのだろう。

 三田平凡寺の件について読者の方よりご教示いただいた。夏目房之介氏は漱石の孫として知られているが、平凡寺の孫でもあった。最近、平凡寺の末娘だった母上がお亡くなりになったというエッセイを発表しておられる。

 ヤフー! ジオシティーズの既存のホームページが年内で使えなくなるようだ。新しいURLはすぐに入手できたが、さて、まったく同じページをコピーするのでは芸がない。しかも、知らないうちに広大なものになっている。少し整理しようかと思う。ただし、これには時間がかなりかかりそう。デイリー・スムースはすでに独立したURLを取得しているので変わりはありません。

 WOODY GUTHRIE“BOUND FOR GLORY”A DUTTON PAPERBACK,1968


2004年10月7日(木)白果置く被いを透かし古書の待つ  *白果はぎんなんのこと

 9時30分ごろ、四天王寺に到着。少し早すぎた。十時からなのでまだシートがかかっている。一部開いているところには人だかりが。ふと見ると堅田の先生。「お早いですね!」と声をかける。「駅で待ってると特急が来たので、つい乗ってしまいました。いやあ、特急は速いな〜、フォ、フォ、フォ」。光国家書店の文庫台に中公文庫がかなり出ていて、安い(100円じゃありませんが)。中村真一郎『頼山陽とその時代』三冊620円などをゲット。だが、喜んだのはここまで、あとはこれといったものなく、ただひたすら広い境内をうろついただけ。砂の書さんがいたので挨拶。夢やの紙モノ函から、コーヒ糖のラベルと商品説明書のセットを見つけ、喫茶資料として購入。これは収穫、やっと一息つく。九回裏に一点返して完封負けは免れたというかんじ。

 中尾氏、山本、扉野と昼食。扉野に借覧を頼んでいた関口良雄『昔日の客』(三茶書房、一九七八年)を受け取る。200円で見つけたんだそうだ(山高登木版画入りなので一万円近く付けている店もある)。『BOOKISH』の編集が大詰めで、中尾氏、扉野は前田くん(東京ではチン呼ばわりされていた若人)と落ち合ってレイアウトの相談とのこと。山本と二人で南森町まで。大阪天満宮の古本まつり会場へ。

 広い会場から来たせいか、こっちはたいへんな盛況に見受けられた。古書キリコに文庫本がかなり出ていたのでひとわたりチェック。探している中公文庫のレア・タイトルはやはりない。あきらめようとしてフッと棚を見ると、ポンと細川文庫の『勲章』(チェーホフ、伊藤元治訳、柿本幸造画、一九四六年)が! 1500円だが、これを買わない手はない。店の人に差し出した。すると、「林さんですか?」と言われて驚く。先日、四天王寺も7日からですと訂正メールをくださったHさんだった(春のスムース展でお会いしているはずなのだが、明瞭な印象は残っていなかった、岡崎にサインもらってましたね)。百円均一以外、この会場ではこの本だけしか買わなかったので、これは奇遇である。

 で、その百円均一、これはいつもながら良かった。百万遍もかなりいいが、天神さんもきばっている。とは言うもののここに書くような本はほとんど買えなかった。中では WOODY GUTHRIE“BOUND FOR GLORY”A DUTTON PAPERBACK,1968, がうれしい一冊。序文がピート・シーガー PETE SEEGER、表紙イラストがポール・デイヴィス。他にはアンドレ・ジードの『窄き門』(山内義雄訳、白水社、一九五二年九版)、山内が『遠くにありて』で賞賛した石川淳の跋文(1923)があるというだけのこと。でも、これ、本のたたずまいがいい。ちなみに山内は例の「黄色い本」(チボー家の人々)の翻訳者。

 帰宅してみると、Tノヴァさんから葉書がきていた。三田平凡寺の旧蔵書をごっそり買って、お金がなくなりました、とある。らしいなあ。ところが驚いたのは、そこに山王書房のシールが貼ってあったこと。山王書房は、以前にも書いたが、関口良雄さんの店なのだ。鋭いねえ、いつもながら、Tノヴァさん。

 『Hanako WEST』11月号に Calo さんがデーンと紹介されている。また湯川書房の写真もつつましく清楚に載っている。

 山王書房、大田区役所前


2004年10月6日(水)雲ひとつ動かず 朱色花石榴

 必要あって『中等漢文読本巻三』(明治書院、明治三十四年八版)を流観していると、「奇童」という面白い話が目に止まった。板倉勝重の子、重宗が父の跡を継いで京都所司代になった。彼が祇園の神社へ行ったとき、そこで遊んでいた子供たちに向かって、ひとつ、ふたつ・・・と、一〜九まではみんな「つ」が付くのに、どうして十には「つ」がつかないのか? というなぞなぞを出した。子供らは「なんじゃ、このおっちゃん、おかしなことを言うてやな」と顔を見合わせたが、中の一人が、「五(いつつ)」に「つ」が二つ重なっとるから「十」には必要ないねん、と機転を効かせた。重宗はいたく感心して、その子を屋敷に招いて、二つの餅をひとつにくっつけて食べさせた。食い終わったときに「どっちの餅がうまかったかな?」と、またぞろみょうな質問をした。すると子供は両手をポンと打って、「おっちゃん、今の音は、右か左か、どっちの掌の音や?」と聞き返した。その子は後に近臣にとりたてられた(原文漢文、作者は大槻清崇)。

 これは伏見人形で知られる「饅頭食い」の逸話を連想させる。父母のどちらが好きか? と問われた子供が、手にしていた饅頭をふたつに割って、「どちらが旨いか?」と聞き返したという頓知ばなし、一種の禅問答だ(「饅頭」そのものが禅僧によって中国から持ち込まれ、日本風にアレンジされて普及した。中国の饅頭とは要するにブタマン)。これは上方落語「三十石夢の通い路」にも伏見のくだりに取り入れられている。

 また、狂言にも「饅頭食い」という同じタイトルの演目があるが、こちらはもっと理不尽な話で、京都の立売(街頭販売)の饅頭売りが、地方から出張している武士の客に「うまいかどうか、おまえが食って証明してみろ、うまければ買ってやる」と言われてみんな食ったところ、代金を払ってもらえないばかりか、刀で追いかけられるという不条理ギャグである。この話の構造そのものに時代の相異が象徴されているかのようだ。

 ちなみに板倉重宗は家光の乳母の頼みで朝廷に天皇拝謁をねじこみ、春日局という称号まで根回しさせられた。難問を吹きかけられる子供とは重宗自身の姿だったのかもしれない。この春日局事件の直後、後水尾天皇は決然と退位し、さすがのトンチ重宗も慌てたそうだ。

 「書肆ユリイカの本」展(アトリエ箱庭、大阪市中央区北浜1-2-3豊島ビル301、11月15日〜12月11日)のチラシ、田中栞さんより届く。11月19日(土)19:00より田中さんの「書肆ユリイカの造本装丁」という講座が予定されている(定員20名、予約制、電話06-6203-5877)。ユリイカ本が70点ほども並ぶそうだ。必見である。下は数少ない架蔵のユリイカ本。じつに洒落ている。

 ブラバール、山田直訳『詩の心理学』双書・種まく人・6、書肆ユリイカ、1956


2004年10月5日(火)歯を剥いた乾イチジクのほの甘き

 『未来』10月号。向井氏の連載は「金峯堂書店」、隣家の火事で消防の水を浴び、本が膨張して全滅というのは壮絶だ。牛腸茂雄の小特集。堀江敏幸氏が《親しいひとびとを捉えた『SELF AND OTHERS』にすら、ダイアン・アーバスの写真から受けるのとよく似た、不安の溜まりを感じないではいられない》と書いているのは正解だ。ダイアン・アーバスの畸型への執着が、日常を装った牛腸の作品にもはっきり読みとれる。そういう意味でたいへんシニカルな作家だと思う。もちろん、とてもいい写真だが。

 山内義雄『遠くにありて』読了。「瀬見の小川」というエッセイに教えられる。谷崎潤一郎が「夢の浮橋」の冒頭に京都下鴨糺の森の小川にかかっている石橋のことを書いているそうだが(谷崎はその東隣、泉川町に戦後の一時期住んでいた)、山内は京都大学の学生時代、近くの東林に下宿していた。その下宿へ柳沢健(詩人)が訪ねて来た。日夏耿之介と待ち合わせているという。しかし待てど暮らせど日夏は現れない。夕刻になって、瀬見の小川のあたりまで探しに出かけると、石橋のたもとに、行きなずんでいるらしい人のすがたが見えた。声をかけると、はたして黒いソフトに黒いインバネスを着けた日夏だった。《ほっとしたらしい日夏氏の顔には、かねて聞きおよんで恐れをなしていた詩壇随一の気むずかしやらしいかげもなく、匂うような微笑でわたしの出迎えを喜んでくれた》。この日の夜、四条の万養軒で矢野峰人『黙祷』(水甕社)の出版記念会が催されたそうだ。大正八年の話である。

 その石橋というのが下の写真。今年八月の納涼古本まつりのスナップ。こういう逸話を知ると、景色が違って見える。

 スムース文庫『ふるほんやたいへいき』の版下作りを開始する。少し遅れて、刊行は11月に入ってからになる予定。扉野良人編『一九一四年、パリ便り(仮題)』も追い込み作業中、ご期待ください。

 下鴨神社での納涼古本まつり


2004年10月4日(月)涼しさに厚き文庫の軽き夜

 『ちくま』10月号。大川渉氏による青山光二聞き書きは「三島由紀夫の白い手袋」、若き三島が『近代文学』の同人に加わって舟橋聖一の小説を誉めたところ、東大前の喫茶店で平野謙と本多秋五にたしなめられる話。《青山はそもそも三島が『近代文学』の同人になったこと自体がおかしいと感じていた》というが、市ヶ谷での最期といい、三島は大カン違いの人だったのかもしれない。まあ、人生つねにカン違いの連続ではあるが。

 『図書』10月号。前川誠郎「池亭記と方丈記」が面白い。鴨長明は方丈に黒き皮籠三合を置いて書物を納めていた。そして自分の先祖にあたる慶滋保胤の『池亭記』(982)を熟読し『方丈記』(1212)を執筆したそうだ。うだつの上がらない公務員(五位の官人)だった保胤は五十歳を間近にして京都左京の六条に1320坪の荒地を買って家を建てた(国立博物館の北側あたり?)。今なら何十億円だろうが、当時は、これでも規定の四分の一ほどのささやかな土地だったそうだ。それにしても、長明が出家したのも「五十の春を迎えて」だそうだから、ウンチクもそろそろ・・・いや、もうすでにそんな感じになっているかも。前川誠郎氏の肩書きが《美術史・元旧制三高教授》となっているのがふしぎ。

 1日に立原記念館のチラシの話を書いたが、山内義雄の遺稿集『遠くにありて』(毎日新聞社、一九七五年)を読んでいると、野田誠三の死について語られているくだりがあった。一九三八年五月一日に突然逝去したそうだ。《色々の事情あつての死であることを聞かされて驚きを新たにした》。《近くはその最後の仕事となつた堀辰雄『風立ちぬ』限定版の装幀のごとき、恐らく彼として、その著者自身との親近さと共に、この世に遺した会心な仕事だったにちがひない。その装幀の白と落ちついた独乙マープルとの色調の配合(中略)ところで私は不思議に思つたのは、今どき何うしてこの独乙マープルが手に入つたかといふことだつた》、それは探し歩いたあげくに、ある紙屋の蔵に残っていたものを買い取ったそうで、山内は《堪らなく欲しくなつた。そして詩集を幾冊か製本させたい、二三十冊分寄越さないかと談判した。野田は四五秒電話口で黙り込んだ、そして「いくら先生でもねえ……だが一寸考へさせて下さいな」と如何にも憐れつぽい、如何にも惜しさうな声を出した》。この後しばらくして野田は死んでしまった。

 ウンチク架蔵本の書影を掲げる(勿論、復刻版)。ちなみに印刷者は松村保(神田区西神田一丁目四)である。

 堀辰雄『風立ちぬ』野田書房、昭13


2004年10月3日(日)長袖のたくしを伸ばす門を出て

 昨日の記事について間違いのご指摘を読者の方々からいただきました。訂正してお詫びいたします。Mさんより《天神さんと四天王寺はどちらも7日(木)が初日だと思います。山本さんが張り切っておられるらしいので、土曜日に行っても何も残っていないかもしれませんね。なお、8日〜9日には天神橋三丁目で矢野書房他2店が「古書フェア」だそうです。》、Hさんより《「7日から大阪天満宮で、8日から四天王寺で」と書いてはりましたが、今年はどちらも7日から開催されますのでお間違えのないように。当方は天満宮のほうのお店で店番をしております。是非いらしてください。》

 終日、装幀の仕事。ごく最近、セブンイレブンが近くに出来たので、カラーコピーが利用しやすくなった。

 岡崎日記を見ると花月園はネットでもちゃんと調べたんですとある。これは失礼しました。たしかに、ネットはとっかかりにはいいが深く知るにはまだまだ物足りないことが多い。

 セドロー君の日記、早稲田の古本まつりについての臨場感あるレポートだ。今日は雨だったそうで、木曜日の大阪は大丈夫だろうか、心配になる。

 舟橋聖一『新胎』飛鳥書店、昭21(装幀=村山知義)表4


2004年10月2日(土)週刊誌、寝押しして見る秋の雲

 京都大丸で妻の買い物につきあってから、藤井大丸のウオッチマンで十数年ぶりに腕時計を買う。アニエスbの時計(機械はセイコー)を愛用していたが、バンドが取れてしまったので、換えようと思いつつ、持ってくるのを忘れたため、新品をひとつ買うことにした。ざっと見て、G-SHOCKを選ぶ。安くて丈夫なら言うことなし。

 昼飯は予約しておいたフランス料理店ビストロ・スポンタネへ。場所は、川端通りの側道に面した、四条と五条の中間やや五条寄り。Aランチ1300円とシェフおすすめランチ3500円を注文。オードブルのサーモンと野菜(妻は魚類がまったくダメなので鹿肉の薫製に変更)は野菜が新鮮で調理も取り合わせもいい。早取りみかんを絞るというのもちょっとしたアイデア。二皿目がパロマ豚の自家製ハムにモッツアレラとチェリートマト。次はシャンピニオンのスープ、初めてだったせいか清新な感じ。おすすめランチはさらに白身魚が付く(梅シソ風のソース)。Aランチのメインが地鶏ソテーに赤ワインソース。ソースがいい。おすすめランチの村沢牛のステーキは極上だった。ただし白味噌と黒胡椒のソースはやや問題あり。白味噌を使うのが流行のようだが、マズイわけでは決してないにせよ、肉が美味なのでソースはいらない。もう少し肉の量が欲しい。デザートは定番になっている、いちじくシャーベット、青リンゴのムース、ミントゼリー、ガトー・オ・ショコラの盛り合わせ。これが絶妙のコンビネーション。テーブルワインはオーストラリア産。妻はキール(白ワイン+カシス酒)ですっかり出来上がってしまった。コーヒー、紅茶はいまいちながら、値段と全体の質を考えれば、京都ではイチオシのビストロだ。むろん人気店で、ランチでも予約が必要である。

 三条の「ブ」へ。山本とばったり会う。偶然というか、毎日通っているそうなので必然かも。7日から大阪天満宮で、8日から四天王寺で古本市が始まる。かなり気合いが入っている様子だ。最近出た某社の本をネット上で誰かが期待はずれだったと書いたことについて、山本も途中で放擲したと共感を表す。ウンチクは読了したけど、たしかに愛がないね(叫ぶほどはいらないにせよ)。そのネット評をもういちど読もうと思って探したら、削除されていたとか。とても残念そうだった。面白くない本を面白くないと書くこと、簡単であるゆえに最も難しい。

 二人で尚学堂へ。もうとっくに営業再開していて、白木の本棚がいいかんじ。200円均一台も以前とほぼ同じだ。舟橋聖一『新胎』(飛鳥書店、一九四六年)を装幀に惹かれて購入。そこを出て寺町の鳩居堂前で山本とは別れ、アスタルテ書房へ。久しぶり。草森伸一と藤枝静男を発見。このあたり店主佐々木氏の評価が低いので買いだ。『梁川星巌全集第一巻』(梁川星巌全集刊行会、一九五六年)が500円だった。かなり重そうだったので止す。

 三条の十字屋で「UNDERGROUND THERONIOUS MONK」(SONY M.E.I,2003)のCD(原盤は1967〜68録音)を買う。Book1st.を覗いて『図書』10月号をもらう。そのまま帰宅。先に戻っていた妻がイチロー258安打という号外(京都新聞)を示す。絶対に成功すると渡米前には確信していたが、ここまでやるとは正直思わなかった。カナダみたいに大リーグに参加してもいいんじゃない、日本も?

 『新胎』、帰ってよくよく見ると表4に「TOM」のサインがあった。

 舟橋聖一『新胎』飛鳥書店、昭21(装幀=村山知義)


2004年10月1日(金)杉の実の弾かれもせずワイパーに

 『リール』誌10月号に「フランス人が選ぶ100冊」が発表された(APの記事による)。常に変わらない愛読書を、過去一年間に一冊以上本を買った十五歳以上のフランス人にアンケートした結果(回収は2,121人)。一位は「聖書」。二位以下順にユーゴ「レ・ミゼラブル」、サンテグジュペリ「星の王子さま」、ゾラ「ジェルミナル」、トールキン「指輪物語」、スタンダール「赤と黒」、アラン-フルニエ「グラン・ムール」、ベティ・マムーディ「星の流れる果て」(映画の邦題、邦訳されていない?)、デュマ「三銃士」。他に、クリスティ「そして誰もいなくなった」16位、エルジェ「タンタン」18位、カミュ「ペスト」27位、「異邦人」30位、ボードレール「悪の華」36位、セリーヌ「夜の果てへの旅」76位、ボーヴォワール「第二の性」88位といったところである。オールタイム・ベストということになると、こんなものか・・・たしかに聖書は面白い本ではある。なおトールキンとマムーディの上位ランク入りはともに映画の影響が大きいらしい。

 菅野俊之さんより『福島図書館研究所通信』2号のコピー届く。「福島出身の書誌学者阿部隆一点描」を寄稿されている。阿部隆一(林望の著書に恩師として登場)の略歴と業績が手際よくまとめられていて参考になる。

 日本近代文学館より雑誌『イスクラ』創刊号(イスクラ発行所、一九二八年)の表紙コピー届く(装幀=村山知義)。コピー料金は少々高いが、郵便振替で後払い、とてもいいシステムだ。これは次号の『サンパン』に掲載する予定。

 届いた立原道造記念館のチラシ(「立原道造の生涯と作品IV」展 9月30日〜12月25日)に堀辰雄が立原に贈った『風立ちぬ』(野田書房、一九三八年、限五百)献呈署名入り第十一番本の書影が載っている。

 えびな書店古書目録『書架』68号、特集=工部美術学校女生徒・秋尾園断章。秋尾園の習作など資料一括150万円。明治初期の画学生の生活が伝わってくる。

 壁紙を新しくした。100円均一で集めた各国語の辞書。下はその一冊。革装の表紙にタイトル、この書体フーツラ・ボールドが一九三五年らしくていい。

 フーツラ Futura という書体は一九二七年にドイツのフォント・デザイナー、パウル・レンナー(Paul Renner1878-1956)によってデザインされた。バウハウスの機能主義の流れだが、レンナー自身はモダンアートやジャズを受け付けない保守的な嗜好をもっていたそうである。ナチスが政権を握ると同時に教職を逐われ、一九四四年にはゲシュタポに拘束されたこともあるという。ナチスが旧書体のゴシック体(フラクトゥーア)を廃し(ユダヤ人が創った文字だという理由だったらしい)、フーツラのようなモダン書体を採用したことは皮肉である。

 それにしてもこのレタリングはぎこちない。編輯顧問・成瀬無極の序文に次のようにあるところからすると、辞書そのものもかなりなやっつけ仕事だったようだ。《我国でも独逸語辞典の需要が劇増し最近数種の新著が或は発表され或は計画せられつつある。この間に伍して本辞典の出現は敢て特筆すべき何物をも持つてはゐないが(中略)これは若き力の群れの集中から発した閃光である。不眠不休の労作の結晶である。若し本辞典中の一新語を藉りて形容することを許されればこれは独逸語辞典界に於ける小型の”Tropfenauto”だとは言へよう》。「”」のダブリは誤植か。Tropfenauto(トロッペンアウトー) は流線型自動車。カタカナで発音が併記されているのは実用第一の発想だろう。

 『標音独和辞典』尚文堂、昭10