
はじめての四国遍路バスツアー体験記 2006.3
H18年3月14日(火) 出発前日
羽田から徳島へのフライトはスカイマークエアーラインの始発06:45です。徳島空港は芝の部分がうっすらと白くなっています。寒波の襲来で雪が降ったようです。
旅行会社の営業所には午後4時頃までに入れば良いのですが、めったにない機会なので私とツレの双方のご先祖のお墓参りをすることにして、始発で移動したのです。
ツレのご先祖のお墓は徳島市から何十キロも西の田舎で、お墓参りをすませてレンタカーで引き返す頃には、折からの寒波で吹雪のような雪です。徳島道は積もるほどではありませんが、ライトをつけてゆっくりと60,70キロで走ります。 この天気では明日からの遍路ツアーが思いやられます。
この日は朝からまるで栓を抜いたようにオシッコが出ます。羽田でもスカイマークの機中でも 、墓参りの途中でも待ったがありません。こんなに出るならバスツアーは無理に違いない、前立腺の症状は前からあったけどそれだけではない、1週間前からお腹をこわしていて 、バスツ
アーが 心配で昨日飲んだミヤリサンのせいにちがいない。きっとそうだ帰ったらミヤリサンに利尿の作用があるのかどうかインターネットで調べないととか、やはり自分は来るのではなかった、などと思います。他にも持病があるのです。バスの中でピンチになったらどうしよう、と 不安
だらけです。恥ずかしくてもお漏らしよりはましかと携帯トイレをもって行くことにしてスーパーの薬局で買い込みます。
徳島駅前の営業所ではお遍路用品を置いてあって買うことができました。金剛杖と輪げさは
サ ービスなので、白衣、念珠、菅笠を着けることにして、経本も買い求めます。ズボンは紺色の普段着、靴は防水のトレッキング風のシューズ、腰にウエストポーチで廻ることにして、手甲、脚絆、白ズボン、地下足袋、納め札入れ、鈴などは見送ります。お札は事前 に送られてきたので
記入を済ませています。
納経帳は2冊頼みました。お棺に入いるときに入れるものだそうなので、自分とツレはべつべつです。しかし、納経帳を見たのは最後に高野山でご朱印を頂いて完成してからだから、ツアー
途中は一度も見ることはありませんでした。
遍路用品を買ったあとは前泊予約のホテルにチェックインします。送っておいた着替えとかが入った荷物は無事着いています。ツレはバスの車内に持ち込むものとトランクに入れておくものとに整理をしなおします。
夕食は長テーブルにツアー客がそろって座るようになっています。前泊はツアーとは別の自前だからとかまわずお銚子をたのんで、お猪口についでいたら女性の先達さんの簡単な挨拶があったあとで食事です。 どうやら挨拶の前にお猪口についだのはまずかったような雰囲気です。
3月15日(水) 1日目
出発は午前7時ですから心配なトイレはギリギリの時間に行ってから、寒いところでバスを待つのもいやだし、とぐずぐずしていたら先達さんが 、バス来ていますと知らせに帰ってきす。 ビリでバスに乗り込んだらすぐ出発です、時間は6時50分。以後ツアー中、出発予定時間前でも
全員乗ったらすぐ出発するのでした。
バスは大型45人乗りでトイレなし。ツアー客17人で45人分の座席ですから一人で二つの座席を割り当てでまだ余っていますから楽々です。私たちは前から3列目と4列目です。どうやら
申し込んだ順に前から座席を埋めるらしい。乗る前に運転手に走行距離を聞いてみたら、以前行ったときは高野山まで行って1200Kmだったといいます。
乗務員は添乗員が一人だけです。人数が20人を越すとバスガイドが付くのだけどと申し訳なさそうにいいますが、添乗員一人だけでは忙しく気の毒なくらいでした。
初めての参加は私たちの他には一人だけで、他の方は何度も来ている方がほとんどらしい。北海道から九州まで全国からです。
添乗員と先達さんの挨拶のあと車内のお勤めが始まります。先導は先達さんです。ほかのほ
とんどのかたは一緒に唱和していますが経本を見てもチンプンカンです。☆〇#%$¶・・・・・・
般若心経も途中ありますが、般若心経だなとは判っても唱和するどころではありません。経本を開いてルビを目で追うのがやっとです。
晴れて寒い日です。田んぼには氷が張っています。第一番札所霊山寺には30分ほどで着きました。
ツアーの客全員で記念撮影です。別料金ですが相客の名前を覚えたいし買うことにします。
早朝ですが、
けっこうたくさんお遍路がいるな、などときょろきょろしていたら住職から受戒をいただくと全員で本堂に入ります。
住職からはお遍路に出発にあたって説明がありました。遍路は観光旅行ではない、修行と祈
りの旅であると強調されます。
まして、納経帳に朱印を集めるスタンプツアーではありません。半ば以上観光気分の自分にはチクッと皮肉られたようでもありました。
おへんろのだれもがもてるふしあわせ
という句があるそうです。調べたら高野山の偉い方が、過去に喝破されている句でした。たしかにハッピーな人は四国遍路などはなさいますまい。また一方では、四国遍路に出るには 時間 家庭の事情 予算 のどれもが許されないと出られませんので恵まれた方であるとも言えましょう。
おまいりの仕方・マナー、念珠の持ち方、お経の読み方などを教わります。いただいた小冊子「四国遍路 作法とお経の意味」は、おまいりに必要なお経はみんな入っていて、とても便利にできています。住職はこれを65万部 自費でつくられて、希望者はいただけるそうだし、送料のみで無料で送ってもいただけるとか。
納経帳の由来の説明もありました。最初はお札や写経を納めておまいりをしたときに、札所ごとに受け取りを出したことから始まった、いわば領収書です。紙だって半紙でした。それがだんだん現在の製本タイプになってきたのです。
住職の先導でゆっくりとお経を読みます。ルビを目で追ってとこどころでは声を出せます。
自己流で歩きはじめる人や受戒を受けない人はどうやっておまいりするんだろうと、自分のことができないくせにつまらぬことを考えます。
バスの中でチンプンカンだったのはこれでした。
帰宅して判った事です。自宅の仏壇に「真言宗朝暮勤行法則」があります。
昨年ツレの姉を送ったときお寺さんに頂いたものですが、まったく同じことが書いてあります。おだいっさんのお膝元で育っていて、真言宗ということになっているのに何にも知らず、お恥ずかしいことでした。
おまいりのしかたは次のようにします。
山門に入るときには一礼をします 出るときにも一礼です
手と口をすすぎます
橋の上では杖をつきません
本堂から先におまいりします
金剛杖を杖たてにおいて お堂には左から上がって右から降りる
お灯明(ろうそく)を1本ともします ろうそくは奥から
線香を3本たてます 線香は中央から
納め札をお札入れに、写経は写経入れに入れます
お賽銭を賽銭箱に入れます お賽銭は投げない賽銭箱のふちからすべらすようにいれる
先達さんの先導でお経をあげます 他の参拝客の邪魔にならないよう端に整列します
開経偈
(かいきょうげ)
懺悔文
(ざんげのもん)
三帰 (さんき)
三竟
(さんきょう)
十善戒 (じゅうぜんかい)
発菩提心真言 (ほつぼだいしんしんごん)
三摩耶戒真言 (さんまやかいしんごん)
般若心経 (はんにゃしんぎょう)
(ご本尊真言…本堂のみ)
光明真言 (こうみょうしんごん)
大師宝号 (だいしほうごう)
廻向 (えこう)
自分の祈り
お礼を言って終わる
本堂の次に大師堂でも同じようにおまいりします。札所ごとに本堂と大師堂の2ヶ所でおまいりしますと、ツレはろうそく、線香、賽銭が用意したより2倍になる、足りない足りないと言っています。準備は札所1ヵ所でおまいり1回の計算でしたから。
おまいりはとにかく忙しいです。バスを降りて一目散に本堂に向かいます。山門で一礼し、手と口をすすぎ、ろうそくと線香を出し、ライターで火をともし、お札を出して納め、お賽銭をいれ、メガネをかけて経本を出して先達さんの後ろに並び
先達さんの木
魚にあ
わせてお経を読みます。
ツアーの相客はほとんどがお札入れを肩にかけています。これだとろうそく、線香、お札や経本、賽銭などがさっと取り出せるようです。ウエストポーチだと布ですから腰
に沿って巻きつきますから出しにくいったらありません。お遍路さんが使っている白いお札入れはそれなりに便利だから使っているんだと知ります。気恥ずかしいのもあってお札入れは買わなかったけど失敗でした。次回来ることがあればお札入れはぜひ買わないと。
線香は3本立てるのですが、買ったときの箱のままだと3本取り出すのが面倒で、火を点けるのにそろえないといけないし、不器用な私は第一番霊山寺でさっそくやらかしてしまいました。箱を取り出したらそれがさかさまで線香を
バラッとぬれた床に撒いてし
まったのです。あきれたツレはろうそく、線香、お札
は私と二人分を立ててくれるようになりました。
線香は3本ごとにはじをテープで止めておくと、取り出すのに楽ですよと相客が教えて
くれます。お札入れにそれをたてにいれてあるらしいのです。それだとたしかに取り
だすのが楽そうです。
せっかくの四国遍路だからとデジカメはツレとはべつべつに
用意して、メモリもたっ
ぷりと用意しましたが、写真を撮るような時間も余裕もありません。
朝のお茶もみそ汁も断って水分を少なくしておいて、チャンスがある度にトイレに行くのがやっとです。それで、バスに乗り込むのはいつも一番最後です。バスの中で恥ず
かしい思いはしなくてすみましたが、最初の数日間は特にヒヤヒヤでした。
第一番から次の札所へ、さらに次の札所へとバスに乗って走り出したらすぐに到着、おまいりが済んだらすぐ次へと移動します。札所間の距離が短いせいか、歩き遍路もス
タートしやすく、徳島県は発心の道場とも言われているそうです。
バスは古くからの参道の、対向車とぎりぎりですれ違うような道路へずんずん入ってゆきます。観光バスは、四国遍路がこなせたら全国どこへだって行けぬところはない、
といわれるそうでなるほどと思います。
昼食は第六番安楽寺です。お寺での食事は先達さんの先導で必ず食前の言葉を唱和してから頂きます。それが済むまでは箸や食器を触れたりしないのがマナーです。食前の言葉は次の
ように短いものです。
一粒の米にも万人の労苦が加わり
一滴の水にも恩徳を感謝しいただきます
安楽寺の昼食はセイロで蒸したかま飯にそば米の入ったおつゆでとてもおいしかったです。
第十番切幡寺には最初の難所が待っていました。バスを降りる前に添乗員がタクシーに乗りたい希望者を聞きます。4人の方が手をあげました。ツレは私にも乗れ乗れとすすめますが自分で上がってみないと上がれるかどうか判らないと、意 地を張って歩いてみ る
ことにします。そこには450段の階段が
待っていました。
このところ息切れが強くなって、駅の階段でも2回くらいは休まないと上がれないほどなので、450段の階段を普通の速度で登るのは無理なのです。こんどのお遍路のバスツア
ーに行けるかどうか 一番悩んだのが息切れだったのです。どこのお寺でも階段、坂道があるので自分には無理、私は行かないからツレに一人で行くように言って最後までウンと言わなかったところです。そうかといってバスで待っているのはなおさらつまらないし。
自分はハアハア言いながら一生懸命ですが、見た目は亀のような速度でノロノロと登ります。添乗員は肩に風呂敷包みを担いで、私を何度も振り返りながら私に合わせてくれます。タクシーは本堂の少し下のところまでこられるのか、本堂の前に上ったときには
お参りが終わりかけています。
添乗員の風呂敷包みには納経帳やお軸が入っていて、乗客がおまいりのあいだに納経所でご朱印をいただくのです。ベンチに腰掛けて息を整えていると添乗員がやってきま
す。それで判ったことですが、先達さんはツアー料金も出発地の徳島への旅費は自分もち、いわばボランティアだそうです。先達は免許が必要で回数多く廻ったからと先達になれるものではないそうで、聞いてびっくりでした。
呼吸が落ち着いたのでおまいりに合流します。
第十一番藤井寺の本堂左手には、へんろ道の札が何種類も5、6枚木の枝にぶらさがっています。これが有名なへんろころがし
の
始点なのかしらん、四国八十八ヶ所詳細地図帳にある
第十
二番焼山寺への歩きのコースで16キロ8時間とあるコースだな。体調が許さない身、歩いて周れる人に軽い羨望を覚えます。
1日目は第一番霊山寺から第十三番大日寺まで13ヵ寺打って第十三番大日寺の宿坊で泊ま
りです。
宿舎に入るまえにもバスでその日最後のおつとめがあります。きょう1日で28回お経をあげたことになりました。
札所におまいりすることを打つといいますが、そのいわれは周っているうちに判ることになりました。
大日寺の部屋には明朝のおつとめの際の供養や祈願の申し込み用紙がおいてあり
ます。ツ
アーの相客はほとんどが申し込んだようです。札所にとっては結構な収入源になるのだろうななどと
、
いつもの癖で罰当たりな事を考えます。
宿坊の大部屋に男女に分かれて雑魚寝です。食事のとき酒、ビールは自分持ちで頼めます
ので眠り薬代わりに少しいただきました。 寝巻きはありません。用意してきたパジャマに着替える気も起きず、服のままお寺のせんべい布団にくるまって寝てしまいました。消灯はまだ8時前でした。
第1日目のおまいりは11ヶ寺でした。
1霊山寺 2極楽寺 3金泉寺 4大日寺 5地蔵寺 6安楽寺 7十楽寺 8熊谷寺 9法輪寺 10切幡寺 11藤井寺 13大日寺
3月16日(木) 2日目
ほとんど眠れない夜でした。部屋の明かりが点いたので時間を見たら4時20分です。経験者の方は着替えや荷物をまとめ、支度をはじめています。朝が早いのは平気だけど、お遍路の朝は本当に早いです。
おつとめは6時と聞きましたが、5時30分には護摩堂へ行き始めます。5時45分すぎには住職が入っておつとめがはじまります。6時に5分前に入室した2,3人の方はさぞびっくりしたことでしょう。
おつとめのお経は札所 でのおまいりとほとんど同じで、住職に合わせて唱和します。供養や祈願もおつとめの最中にありました。ツレは姉、ツレ と私のご先祖の供養やマサコの良縁祈願もお願いしてあったようです。以後どこの宿坊にも部屋には申し込み用紙をおいてありました。
家内安全や健康祈願とか書いたろうそくの灯明がたくさん点っています。おつとめが終わったあと、自分のろうそくは火を消して持ち帰り、自宅の仏壇にあげるのだそうです。ツレも何本かあげておりました。
おつとめのあと6時半食事、食事の前にはお寺ですから食前の言葉があります。7時出発と薬を飲むのを忘れそうになるほどです。
2日目は第十二番焼山寺からです。バスは大きく迂回して第十二番焼山寺を目指します。車
内では衛門三郎の故事がテープで流れます。この衛門三郎が四国お遍路のはじまりだとか。弘法大師を探して四国のお堂を訪ね歩き、見つからないので 、発想を転換して弘法大師に自分を見つけてもらおうと、お堂に自分の名前と日付を書いた紙を貼り付けて廻ったという故事です。
衛門三
郎は臨終のさいに弘法大師に会えるのですが、四国遍路で弘法大師に会えるという言い伝えはこの故事からきているのでしょうか。
バスは途中からマイクロバスに乗り換えて、山道を焼山寺へ向かいます。マイクロバス
の終
点からはさらにのぼりの参道をしばらく行くと第十二番焼山寺があります。剣山の山懐、標高800Mの所です。どんよりした天気で空気がひんやりしています。
山深い場所に、こんな立派なお寺はどのようにして作ったのだろう。木の切り出し、運搬、製
材、宮大工、基礎、仏具、釘、働く人たちの宿舎や賄い、食材の調達などなど。
工具はどのようなものを使ったのか、だいいち鉄はその頃すでにあったのだろうか。建設業の端くれで働いていたことがあるので、どこの山寺でもそんなことを思ってしまいます。
焼山寺は衛門三郎が力尽き亡くなったと伝えられている寺です。おまいりを済ませて下りる途中、衛門三郎のお堂があるので立ち寄って、般若心経を1回だけあげます。
弘法大師は三郎の死後彼の杖を墓標にしますが、その後杖から芽が出て、大杉に育ったと言
います。いちど大火で焼けましたが、その後から芽生えた杉が現在も残ります。寺の堂の中には大師と衛門三郎の木造が祀られています。
第十五番国分寺には、ご本尊の薬師如来のほかにうすさま明王が祀られています。うすさま明
王(鳥蒭沙摩明王)は
、眼と下半身の病に霊験があると言われ、一般にトイレの神様と信仰され、不浄金剛とも呼ばれています。
納経所ではお札がおかれているので、ツレは買って家のトイレに祀っております。下の病気にならないおまじないとか。
徳島市内にある第十六番観音寺を廻っている頃から雨が降り出しました。第十八番恩山寺の
ころには本降りです。雨具は防寒とヤッケ兼用の上着だけを着て折りたたみ傘をさします。菅笠をかぶるので濡れることはありません。リュックの上から着られるポンチョも用意してきまし
たが、面倒なので出しません。ズボンが少し濡れますが我慢です。
第二十番鶴林寺への道路はお寺の私道で有料道路だそうですが、大型だとぎりぎりの道幅です。対向車が来たらどうするんだろうと思いますが1台も来ません。一方通行になっているでしょ
うか。土砂降りの雨の中ですが、駐車場から本堂、大師堂にはけっこう人がいます。
ここでは白衣に由来の鶴のご朱印を押して頂きました。インクが雨で流れたりバスの背もたれにつかないようたたんでもって行きます。宿舎でバスを降りるとき広げて一晩中乾かしました。
阿南市の市中のホテルで泊まります。阿南市はアゴヒゲアザラシのナカちゃんの現れる町です。寺ではありませんので、食前の言葉はありません。席に着いたらてんでに食べ始めます。
夫婦二人で1室の希望者はお寺では無理ですが、ホテル、旅館、民宿では部屋があればとって
貰えます。荷物のことが不便なので行程中とるようにしてもらいました。一人参加では相部屋なのでそれよりも割り増しがかりますが仕方がありません。
暖房を利かし傘や濡れた衣類を乾かし、菅笠の頭にのる輪にガーゼを巻きます。菅傘の輪は
竹を裂いたものなので頭が痛いのです。ガーゼは花粉症のマスクに使うつもりのものです。ツアーのあいだマスクどころではないのでガーゼは惜しげなく全部使い切ります。
第2日目のおまいりは7ヶ寺でした。
12焼山寺 14常楽寺 15国分寺 16観音寺 17井戸寺 18恩山寺 20鶴林寺
3月17日(金) 3日目
昨日の雨はやんで気持ちよく晴れています。第十九番立江寺を打ったあと第二十一番太龍寺に向かいます。太龍寺は西の高野とも呼ばれ、600Mの山頂近くにあります。
私たちツアー客で101人乗りのロープウエイを貸しきり状態で、山頂駅に向かいます。2775M
の距離をたった12分です。さわやかで気持ちの良いお天気で山上の空気を堪能します。ロープウエイの運賃は往復2400円ですがツアー料金に含まれています。ロープウエイの待ち時間では撮影会のように写真を撮りあっています。
第二十三番薬王寺は徳島県最後の札所です。薬王寺を打ったあとバスは一路高知県室戸岬
を目指します。3日目ともなればお互いの顔と名前も覚えてだんだんに打ち解けて、車中の雰囲気も和やかです。
この頃から最終日まで、お茶、ジュース、お菓子、果物などが間断なく配られます。ツアー客が買い入れたのを、お接待だといって添乗員に配ってもらっているのです。買わなければ肩身が狭くなってしまいます。
第二十三番薬王寺から第二十四番最御崎寺への国道55号は 、歩き遍路のへんろ道 と同じ道路です。リュックを背負って西へ向かって歩く方を次々に見かけます。 歩き遍路の方を見るとある種の羨望と感動を覚えるのです。「歩ける人はいいよねー」。こちらの景色にお遍路姿は完
全に溶け込んでよく似合い、違和感はまったくありません。
しかし、歩きの方にとっては55号道路は地獄らしいのです。車の排ガスを浴びせられながらひたすら歩くだけです。特にトンネルの中は排ガスがこもり大変らしいのです。
このあいだは78Kmなので普通の方なら途中2泊して、3日目にやっと次の札所に着く計算です。この間ただひたすら歩くだけですから、このことから高知県は修行の道場と言われる
ようになったのでしょうか。
バスの中では、九州南蔵院の林さんという住職の講演会のビデオが写されます。今回のツアーとは直接の関係はありませんが、内容はなかなかのものだし、話も大変お上手です。帰ったら図書があるか検索してみようと思いました。この方のビデオは行程中3本写されました。
バスはいつのまにか高知県に入っています。室戸岬に近づいてくると大きな像が眼に入ってきます。昭和59年に建立された高さ30メートルの修業大師像です。その大師像から少し進むと御蔵洞(みくろど)と呼ばれる洞窟があります。洞窟の中で若い青年修行僧が修業をしていた時、目
に入ってくるものは海と空だけだった事から
その名を空海と改名したと言われています。また、修業中に明星が空海の口の中に飛び込んで来て悟りを開いたとか。
この御蔵洞(みくろど)にゾロゾロ入って暗い中で般若心経をあげます。ほとんどの方は諳んじ
ていますが、自分は経本が目で読めなければついてゆけません。まったく覚えていないのが判ります。懐中電灯を使っている用意のいい方もおりました。
第二十四番最御崎寺の境内には、ひたすら歩いてここへたどり着いた方がその感激を書いた
色紙をたくさん掲示しておりました。バスで来た者には同じ感激を味わいようがありません。
第二十五番津照寺は町中に小高い山があり、その山上に本堂があります。本堂のおまいりのあと、108段の石段を降りて大師堂でおまいりをするとき、見かけた4人のおじさんグループには
驚きました。般若心経をあげているのですがそのあげる速度がが早いこと。こちらが普通電車なら 新幹線か飛行機くらいの差があります。驚いてつい見とれていますとあっというまに終わっていなくなってしまいました。
この日は第二十六番金剛頂寺の宿坊に泊まりました。風呂も料理も布団もこれが宿坊?と驚くほど良いものです。食事はお寺でさわち料理が出るのですから。 酒、ビールは頼めるし。ランドリーもあって、ツレは急いで洗濯をします。
第3日目のおまいりは7ヶ寺で、お天気も最高で快適な一日でした。
19立江寺 21太龍寺 22平等寺 23薬王寺 24最御崎寺 25津照寺 26金剛頂寺
3月18日(土) 4日目
金剛頂寺でも朝のおつとめのあと、6時半食事 7時出発は第1日目の大日寺と同じで、食事の前に食前の感謝の言葉を唱和するのも同じです。
ツレはここでもご先祖の供養をお願いしたようでした。
4日目のおまいりは第二十七番神峰寺からです。国道脇でマイクロバスに乗り換えてくねくねした道路を登ってゆきます。マイクロバスに乗り換える頃からまた雨になりました。降りたところは山門のすぐ前でした。
神峰寺は「土佐の関所寺」といわれる難所でした。今でこそ車で神峰寺の門前近くまで行けますが、道路ができる前は難行苦行しながら歩いて登らなければならなかったのです。ただでさえ急な登りの途中に、「真つ縦」といわれる勾配四十五度の急坂が約1.3キロもある厳しい遍路道だったそうです。
午後は西島園芸団地に寄り道です。しとしとと降る雨で肌寒くお客さんはあまり入っておりません。フルーツ券と引き換えにスイカとメロンが載ったお皿を受け取ります。晴れて暑い日なら果物もよく売れるでしょうが、
発送を頼んだのは一人だけのようでした。でも、スイカもメロンもいい味でした。
第三十五番清滝寺へは神峰寺のようにマイクロバスに乗り換えてくねくねした山道を上ります。朝からの雨は本降りになっています。ツレは用意してきたポンチョを着ています。おまいりは廊下の 軒下で雨が当たらないところでお経をよみます。本堂右の山からは滝のように水が流れ
て いま す。この頃になるとお経を読むときの合唱のリズムに大分合うようになってきました。計算すると80回も読んだことになりますもの。また、腰の古傷が痛み出してお参りで立っているのが苦痛になります。
金剛杖は最後の第八十八番大窪寺で納めるのかなと思っていたら、持って帰って家の厄除けにするんだとツレが聞き込んできました。持って帰るのなら袋を買わないとね、遍路用品の売店で物色するようになりました。
泊りは宇佐町の三陽荘という宿です。3階建てのきれいな建物でした。団体さんも多く利用しているようでバスが次々と着きます。ツレといっしょの部屋で濡れたものを乾かします。靴はさいわい中までは濡れていません。
4日目のおまいりは9ヶ寺でした。
27神峰寺 28大日寺 29国分寺 30善楽寺 31竹林寺 32禅師峰寺 33雪蹊寺 34種間寺 35清滝寺
3月19日(日) 5日目
雨はすっかりあがっていい天気です。朝7時より宿のマイクロバスで第三十六番青龍寺へ向かいます。寺の石段下の桜が4分咲きほどに開いてきれいです。まだ寝ているかもしれないが、マサコにメッセージなしの写真だけを送ります。無事に廻っているサインのつもりです。
第三十六番青龍寺の近くに明徳高校があって、相撲部は青龍寺の石段を駆け上がって鍛錬するそうです。横綱朝青龍は明徳高校に相撲留学していて、朝青龍の名前は青龍寺からつけたとか。
宿へ帰ってバスに乗り換えて出発です。
第三十六番青龍寺から第三十七番岩本寺までは、四国霊場の札所間の距離の最長で100Kmあるそうです。第三十七番からは三十九番、四十番と打って三十八番金剛福寺は宿の
近くなので、5日目最後の順になっています。
移動時間が長いときは南蔵院の住職の講演会と四国霊場の紹介ビデオが次々とかかります。南蔵院の林住職はほんとにいいことを言います。ついついビデオに引き込まれてしまいま
す。
四十番のあと三十八番に廻る途中、足摺岬に寄って30分あまり観光をさせて貰えました。日曜日のせいかたくさんの人です。
亀呼場で「亀さーん」と呼ぶと亀が上がってきて首を出すそうなので、てんでに呼んでいると「あッ亀!」と何人もがいいます。「どこどこ?」と目で探しますが、潜ったあとで見ることはできませんでした。
第二十番鶴林寺のご朱印は鶴の由来より鶴の朱印を頂きましたが、亀の朱印を押印されるのが高知県最後の札所、第三十九番延光寺で
白衣の背中に亀のご朱印を頂きました。これで亀・鶴一対のご朱印をいただいたことになります。
宿は三十八番金剛福寺の近く、足摺の海上館で風呂は温泉です。料理も部屋もふとんもよく快適でした。ランドリーがあったとツレは2回目の洗濯をします。
第5日目のおまいりは移動時間が長く5ヶ寺でした。お天気もよくで気持ちのいい一日でした。
36青龍寺 37岩本寺 39延光寺 40観自在寺 38金剛福寺
3月20日(月) 6日目
5日目の観自在寺は愛媛県がわになります。宿の海上館は高知県側なので出発したバスは再度愛媛県を目指します。
愛媛県に入って宇和島市をすぎ、第四十一番龍光寺、第四十二番仏木寺、第四十三番明石
寺を打ったあと番外札所の十夜ヶ橋に寄っ
て般若心経をあげ、そのあと一路山を目指します。途中砥部焼きのお店に立ち寄りますが国道33号線を三坂峠を越して、着いたのは第四十五番岩屋寺です。
岩屋寺にはツアー中ワーストワンの石段が待っていました。1日目の第十番切幡寺の比ではありません。ハアハアとあえぎながら杖にすがってノロノロと上がります。すれ違う方に励まされます。ツアー仲間はもう見えなくなっています。添乗員は風呂敷包みを抱
て、こちらの様子をうかがっています。山門が中間だと聞いたのに、その山門からこれまの距離を過ぎてもまだ着きません。やっと本堂に着いたときにはおまいりは終わりかけていました。大師堂のおまいりから遅れて合流します。
本堂横下に洞窟があって20メートルほど洞窟をすすむと大師の石像があり、その足元に暗い穴があります。
大師が掘った井戸でこの洞中にまいることを”穴禅定(あなぜんじょう)”というそうで、洞窟の
中で般若心経を1回あげます。
岩屋寺を打ったあとはこの日宿舎にもなる第四十四番大宝寺へ向かいます。岩屋寺からは20分くらいでしょうか。途中からはマイクロバスに分乗します。おまいりを済ませて宿坊に入る
と、 奥様から宿泊での説明と注意がありました。建物は築後まだ新しいようです。夕食の食前の言葉は住職が先導してくれます。一人ずつのお膳に心のこもった精進料理です。調理するには一日がかりに違いありません。以前精進料理にはまっていたことがあって判るのです。
山深く標高が1000M以上で、暖房の無い廊下では1枚羽織らないと冷え冷えします。布団はふっくらとしていて心のこもったものでした。
6日目のおまいりは5ヶ寺でした。
41龍光寺 42仏木寺 43明石寺 45岩屋寺 44大宝寺
3月21日(火) 7日目
おつとめは5時45分です。5時半にはゾロゾロと護摩堂に向かいます。照明も暖房もない廊下を勝手知った人がずんずん行ってお堂で待つのです。住職は5分前にきたのですが、びっくりしたようでした。
おつとめのあと住職からお話がありました。
昨年先代が亡くなってあとを継いでいるが、先代が頑なに守ってきた大宝寺の様ざまのことは今後も守ってゆく決意であること。四国に橋が架かって以来おまいりが乱れてきて、バスの乗務
員のなかには般若心経さえまともには読めない人がいる、まるでスタンプツアー化、観光ツアー化していて非常に残念なことなどでした。
奥様はバスの駐車場まで下りてきてくださいました。見送りを受けて出発します。
松山市と周辺の札所を廻ります。2日目第十二番焼山寺の衛門三郎の故事に関係した場所が松山にもあります。衛門三郎の住居跡が別格第九番文殊院となっているので、バスはその前を徐行します。衛門三郎の8人の子供を弔った塚が八塚となって今も残っていて、車窓から見え
隠れします。
ところで、札所におまいりすることを打つといいますが、「札を打つ」が略されたものです。それは、自分の願いを書いた木の札を建物のどこかに釘で打ちつけたことに由来します。第五十三
番円明寺には銅製の札が保存されているといいます。現在は もちろん木の札は使わず紙の札 で、お札入れに入れますから、どこのお堂にも貼り紙は無くきれいなものです。
第五十一番石手寺は町中にあって観光客がたくさんです。歩き遍路の姿も見かけます。
石手寺の名の由来となった、衛門三郎の生まれ変わりだという赤子の手の中にあった石が拝観できます。赤子が握っていたってほんと?と思うほどの卵くらいの大きさです。
宿泊は道後温泉のホテルです。夕食まで時間があるので道後温泉本館へ入浴に行きました。
ホテルが送迎してくれて大助かりです。入り口の前は人だかりがしています。女みこしを十重二
十重に囲んで人垣ができています。どうやら松山春祭りの日らしいのです。中心にはハッピにはちまきのいなせな女性が気勢を上げていて周りの人は大喜びです。
変装した人も歩いています。ぼっちゃん、マドンナ、狸、赤シャツの変装です。そういえば夏目漱石の坊ちゃんの舞台は松山でした。
人をかきわけるようにして本館に入ります。道後温泉本館は40年ぶりですが建物も湯も昔の
ままです。せっけん、シャンプーは番台で小さいのを買うことができました。出ようとすると下足入れの鍵がありません。困ってウロウロしていると鍵、拾ったといって届いていますと係りの人が持ってきてくれました。
番台でせっけんシャンプーを買うときに落としたのでしょう。
7日目のおまいりは8ヶ寺でした。
46浄瑠璃寺 47八坂寺 48西林寺 49浄土寺 50繁多寺 52大山寺 53円明寺 51石手寺
3月22日(水) 8日目
今治市周辺から西条市にかけておまいりです。マイクロバスに乗り換えて横峰寺に向かうころから雨になりました。雨はこれで3日目です。 雨の中ガスのかかった山道をくねくねと登ってゆきます。車の前を見ていると血圧に悪いので、座席横の景色を透かして見ますがなにも見えません。
駐車場から坂道を2、3百メートル下ったところに第六十番横峰寺はひっそりと建っていました。他の参拝客はありません。おまいりが済んでバスに帰るのは上り坂です。しかし、勾配がゆるいのでそれほど遅れずにすみます。
この日のおまいりが済んで、雨の中宿舎のしこく屋に入ります。以前リンリンパークといっていたところです。ここに温泉が出て、入浴も、宿泊もできるようになったようです。
食事がすんでロビーで待っていたらイサオ兄さんとアツコさんが会いに来てくれました。きのう
松山で電話
を入れたら顔を見に行くといっていたのです。イサオ兄さんは仕事で家に寄ったことがありますが、アツコさんはトオルの結婚式以来なので、ずいぶんと久しぶりでいつまでも話がはずみました。
ランドリーがあるのでツレは洗濯をします。粉石けんは持って出たけど結局使わずじまいでした。
8日目のおまいりは11ヶ寺でした。
58仙遊寺 57栄福寺 56泰山寺 54延命寺 55南光坊 59国分寺 62宝寿寺 63吉祥寺 60横峰寺 64前神寺 61香園寺
3月23日(木) 9日目
愛媛県をあとにして香川県にむかいます。新居浜のあたりでは自分もツレも車窓から外を一生懸命に見ますが、雨は残っているし見覚えのあるものはなんにも見えません。何十年も前に新居浜に住んでいたのですが、松山道は南の山際を通ってい て、市街地は遠いので仕方ありません。
この日は第六十五番三角寺からです。マイクロバスに乗り換えて山道をのぼります。降りる途中ツレの乗ったマイクロバスは酒屋さんで臨時停車して、ツレは地酒の梅錦を買います。梅錦はおいしいと添乗員がさかんにたきつけられていたのです。
バスに乗り換えて雲辺寺にむかうのですが、前の添乗員の近くでクスクス笑っています。どうやら添乗員が納経帳の風呂敷包みをマイクロバスから降ろし忘れて、電話をしているのが聞こえたらしいのです。タクシー会社に連絡して、次の雲辺寺のロープウエイ駐車場に持って来ても
ら
えるようになって無事解決です。
次の第六十六番雲辺寺では、101人乗りのロープウエイを貸しきり状態でのぼります。山上駅には標高916M、気温は3℃の表示になっています。この頃から空が明るくなって晴れ間が広
がってきました。
どこの山寺でも、当時お寺を作ったときのパワーを想像せずにはいられません。そのパワーはいったいなんだったのでしょうか。勅命や高僧の権力や命令だけではこれだけのプロジェクト
がうまくゆくとは到底思えません。何千何万という大勢の人々のパワーを結集させたなにものかはなんだったのでしょうか。信仰心だったのでしょうか。
第六十八番神恵寺と第六十九番観音寺は一境内に二札所となっています。裏山から海浜を
見れば寛永通宝の銭型が見えますが、腰痛、膝痛で添乗員の案内については行けずに断念しました。
第七十一番弥谷寺は駐車場から長い階段を登ってゆきます。息切れの持病に加えて疲れと
膝、腰痛で杖にすがってよたよたと上ります。ここが最後の難所、ここであきらめたら唯一後悔を残すと懸命に登りました。ツアー中岩屋寺に次いでワースト2の階段でしょう。
ツアーの終わりが見えてきましたが疲れも相当あります。泊まりは琴平のこんぴらさんの参道
沿い100段上がったところまでマイクロで運んでくれました。
食事は旅行会社から飲み物も出て、カラオケ大会で盛り上がりです。
翌朝は5時半から、希望者だけでこんぴらさんのおまいりに行くそうです。ツレは膝が痛い、腫
れていると足を引きずっていますし、二人とも行かないことにします。800段もあるのですから。
9日目のおまいりは9ヶ寺でした。
65三角寺 66雲辺寺 67大興寺 68神恵寺 69観音寺 70本山寺 71弥谷寺 72曼荼羅寺 73出釈迦寺
3月24日(金) 10日目
早朝のこんぴらさんのおまいりは8人だったそうです。お年寄りがほとんどだのにお元気です。
朝食は7時、出発7時30分とツアー中いちばん遅めです。
第七十五番善通寺はさすがと思わせる広さと手入れの行き届いた境内で、ゴミひとつ落ちて
いません。戒壇くぐりというのをせっかくだからと入ってみました。地下の暗いところを通るのですがなんてことはありません。女性はキャーという人もいましたが。
第七十七番道隆寺の本尊薬師如来は、「目なおし薬師さま」といわれ眼病に御利益があるといわれています。ツアー仲間のご主人はここのお札で目が治ったとか。門前のお店には品揃えが豊富で、九州南蔵院の住職のビデオや衛門三郎のカセットテープも置かれていました。
第七十八番郷照寺は厄除けの寺として有名で、境内にはさぬきの三大ポックリさまと看板も出ています。ポックリさんにおまいりしたいと、ツレはよく言っていましたがこれでおまいりができたね。参道入口の地蔵餅は大きくてうまいので、遍路に人気があるらしい。先達さんがふるまって
くれましたので辛党のくせに珍しくぜんぶ頂きました。
泊まりは第八十一番白峰寺の宿坊です。五色台という溶岩台地の山の上のお寺です。溶岩台地のせいでしょうか、山の木は潅木ばかりで大木はありません。お寺の建設には他の場所か
ら材料を運んだのでしょうか。
10日目のおまいりは11ヶ寺でした。
74甲山寺 75善通寺 76金倉寺 77道隆寺 78郷照寺 79高照寺 80国分寺 82長尾寺 83一宮寺 81白峯寺 82根香寺
3月25日(土) 11日目
結願の日です。
第八十四番屋島寺へはドライブウエイから上ります。土曜日のせいかおまいりの人が多いです。
次の第八十五番八栗寺にはケーブルカーで上がります。おまいりの人はますます多くなりま
す。ここではハプニングが待っていました。
本堂でおまいりして大師堂へ移ろうとしたとき、先達さんが「杖がない!」といいます。先達さんのは金剛杖ではなく朱色の錫杖なのです。そのへんを探しますがありません。
添乗員はケーブルカーの駅へ走ってゆきました。間違えた方が山を下りて出発してしまう前に先回りしようとしたのです。
仕方なく大師堂へ移動してお経をあげていると、別の団体さんがやってきました。先達さんらし
い男の方が朱色の錫杖を持っています。こちらの先達さんはそれを一目見るなり、お経を途中で止めて、「それ、私のです!」といいます。男先達さんはビックリしましたが名前が書いてあったのかすぐ返してくれて、大慌てでどこかへ行きました。
おまいりが済んでケーブルカーへ向かう途中、先ほどの男先達さんが大急ぎで帰ってきます。手には朱色の錫杖を持っています。どうやら錫杖はあったのでしょう。
志度寺 長尾寺を打ったあとようやく第八十八番大窪寺に着きました。他の団体さんはいなく静かです。
記念撮影をしておまいりです。ここでのおまいりは本堂、大師堂とも般若心経を3回繰り返します。また、大師堂では杖を前に並べてお経をあげます。ツレは感激で涙ぐんでいます。さすがにお経を読むときのリズムは
ぴったりと合うようになっています。
希望した賞状を受け取ります。日付と名前、中央に結願と大書しています。
白衣にも結願のご朱印をいただきます。鶴亀と結願がそろいましたので、残りは高野山です。
杖は大窪寺に納めて帰るものと思っていたのは思い違いだったのか、納めた杖は少ししかあ
りません。ツアー仲間も全員持って帰るようでした。
出発地の徳島市に向かいます。徳島道はもう春です。前泊の14日に吹雪のなかを走ったのは遠い日の出来事のようです。
バスの荷物は全部降ろしてホテルに入ると荷物の整理です。明日の高野山に必要なものだけ
を残してあとはすべて宅急便で出します。夕食はみんなホッとしたのか、たいていはビールや酒を飲んでにぎやかでした。
ホテルですがトイレにウオッシュレットはありません。そういえば、行程中ウオッシュレットがあったのはたしか2ヶ所くらいで、用意のいい人は赤ちゃんのお尻拭きを持参しているとか。
11日目のおまいりは5ヶ寺でした。
84屋島寺 85八栗寺 86志度寺 87長尾時 88大窪寺
3月26日(日) 12日目
7時に出発して高野山にむかいます。大鳴門橋、明石海峡大橋を渡るのは初体験です。神戸大阪、和歌山から一路高野山へひた走ります。
午後1時高野山に着いたら、案内人が乗り込んできて説明と案内があります。奥の院は日曜
日のせいかごった返しています。
お札を納めます。ツレはこの日に残しておいた写経も納めます。奥の院でのお経は大窪寺のように般若心経は3回繰り返します。
白衣にご朱印をいただきます。これでご朱印がそろいました。
金剛峯寺と壇上伽藍を案内していただきます。
土産物のお店へ入って納経帳を受け取ります。納経帳は初めて見ることになります。
宿舎は光明院の宿坊です。
3月27日(月) 13日目
おつとめのお経は違いますが、朝食出発は四国でのおまいりと同じで7時に出発して帰途につきます。高野下で数名が下車、バスは新大阪へ向かいます。
新大阪でバスと別れて帰途につきました。13泊14日の長旅もやっと終わりました。
(ウメキトシユキ)