TOC理論とキャッシュフローについて


 「生産性」という言葉は、一人当たりが生み出す付加価値と定義することができる。TOC理論が出てくる以前は、「生産性」という言葉が製造の世界を牛耳っていた。しかし一人当たりが生み出す付加価値が高いか低いかということとお金儲けはまた別の話であり、在庫という問題も考慮されていない。「ザ・ゴール」に出てくるたとえでロボットの話があり、それが非常にわかりやすいので引用したい。主人公が勤める工場では、産業ロボットを導入し、主人公はそれによって「生産性」や「効率」が上がったと喜んでいた。しかしそれを聞いた物理学者ジョナは主人公に質問する。「収益は上がったのか?」「在庫は減らせたのか?」「従業員は減らせたのか?」しかし主人公は「それは何も変わっていない。」という。生産性は上がったはずなのに、何も業績は変わっていなかったのだ。このように(目標のない)生産性という概念は、ただ空虚な戦略を生み出してしまう。こういった背景を受けて、TOC理論やスループットという概念は誕生した。

 「生産性」といった概念を抜け出して、TOC理論が重視する指標が3つある。それは『スループット』『在庫』『経費』である。スループットとは、言葉で説明すると「販売を通じてお金を作り出す割合」のことである。式で説明するとスループット=売上−材料費−工場経費−一般経費となる。ここで注意したいのは、「生産を通じてお金を作り出す割合」ではないということだ。企業がお金を生み出すのは販売のときであって生産のときではない。このあたりを取り入れていることがスループットという概念の特徴である。在庫は、一般的に使われる在庫という言葉の意味と同じと考えて差し支えないが、TOC理論では「販売しようとする物を購入するために投資したすべてのお金」と定義される。『経費』とは、「在庫をスループットに変えるために費やすお金」のことと定義される。ここで普通と違うのは「付加価値」といった概念を省略したということだ。今までなら「直接作業」という形で製品に付加を与えた労働コストは「在庫」に入っていた。しかし、TOC理論の定義に沿えば、直接作業にかかる労働コストも「経費」の部類に入ってしまう。そんなにシンプルにしてしまっていいのか、という声が聞こえてきそうだが、TOC理論では余計な煩雑さを嫌い、また時に簡単な指標のほうが事実を表すこともあるのでこういった指標を使用している。

 では、仮にこの指標を使っていくとして具体的にどのように生産管理に結び付けていけばよいのか。ここでは「ザ・ゴール」で使われたハイキングメタファを使って、そのTOC理論の核とも言える部分を紹介したい。

 今、10人ほどでハイキングをしているとしよう。道が細いため1列になってゴールを目指している。ここで普通に歩いていれば、列は次第に縦長になっていくだろう。理由はこうだ。10人にはそれぞれ歩く速さがあり、1人の中の速さも時間によって変動するだろう。今ひとりの人の体の調子がよく、その人は1時間に8km歩ける力を持っているとする。しかしそんな力があっても、その前の人が1時間に5kmしか歩けなかったら、結局からだの調子のいい人も1時間5kmのペースで歩かざるをえない。つまり歩く速さが変動(統計的変動)して、速くなったとしても結局は前の人の速さに制限されてしまう。では逆に、1時的に腹痛などで歩く速さが遅くなってしまった人がいるとする。容易に想像できるように、遅くなっても制限を受けることはない。制限を受けるとしたら、その後ろの人がその人と同じようなペースで歩かざるをえなくなるだけだ。このような原理が働いて列は縦長に伸びていく。この過程は、「ザ・ゴール」で指摘されているように、生産過程と似ている。何らかの生産をしていて、一人が1時間に100個分の何らかの業務ができたとしても、その後の人が1時間に50個分の仕事しかできなければ、生産過程全体では1時間に50個の仕事しかできない。そして途中で50個の部品在庫が余る。ハイキングにあてはめると、1番後ろで歩く人の速さがスループットとなり、列の長さが在庫にあたる。つまり歩く速さの統計的変動によって1番後ろの人の速さはどんどん制限され(スループットは減り続け)、列は縦長になり(在庫は増え続け)、さらには前の人に追いつこうとして労力も高くなってしまう(経費も高くなってしまう)ということだ。

 ではどうやってこのような事態を避けることができるだろうか。ハイキングのとき、列がどれだけ縦長になろうが最後は同じ地点にいなければならない。どれだけ前の人が速く進もうが、結局はその人はどこかで待たなければならないのでその人の速さは全体の速さに影響を与えない。しかし、1番遅く歩いている人は全体の速さに直接影響する。結局その人を待たなければならないのだったら、1番遅く歩いている人の速度が全体の速度だということだからだ。このような全体を制限する原因となっているものを、TOC理論では「ボトルネック」と呼ぶ。つまり、スループットを増加させ、在庫・経費を減少させるためにはボトルネックとなっている要因を見つけ出し、改善しなければならない。

 冒頭に述べたように、TOC理論は近代会計学が出す現実と乖離した数字を使うのをやめて、より事実に近づくような指標を作ろうとしたのが背景であったが、このような動きはTOC理論だけではない。1980年代から重視されるようになったキャッシュ・フロー会計は、現実と乖離している標準原価計算が出す数字を是正する役目として登場し、日本でも2000年3月から上場企業の公開が義務づけられるようになった。では、そのキャッシュ・フロー会計について詳しく見て生きたい。

 キャッシュ・フローが重視される以前の会計では、利益は恣意的であるといえるものであった。減価償却は方法によって利益の額を操作できるもので、そもそも減価償却の計上と実際の現金の動きは全く無関連であった。また、売上原価は期首在庫+製造費−期末在庫で計算できるが、この方法では在庫を増やすほど売上原価が下がることになり、つまり在庫を増やすほど利益が上がる場合がある。しかしTOC理論でも前提となっていたように、在庫は企業に様々なコストをもたらすもので、決して増やせば増やすほどいいという類のものではない。こういった会計方法だけでは企業は正しく評価できないということで登場したのがキャッシュ・フロー会計である。キャッシュ・フロー会計は現金・預金の増減をもとに企業の評価をしようという手法である。キャッシュ・フローは純現在価値法や内部収益率などの方法を使い、企業価値の推定や投資判断に使われることも多い。

 以上がTOC理論とキャッシュ・フローに関しての概要である。SCMは生産・物流・戦略・IT・会計などの様々な分野が絡むものではあるが、1980年代になってTOC理論やキャッシュ・フローといった新しい分野が加わったことは大きな発展であったと言えることができると思う。