小柏龍太郎は絵を描くことを “とばし” と言う。
小柏龍太郎は絵かきになった。
小柏龍太郎は前島芳隆と二人で『RYU2(りゅうつー)』を構成し、創作が大好きである。

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≪略歴≫ 1999年5月より、画家前島芳隆氏の絵画教室に通い始めるようになる。
創造的な芸術活動を開始。自由奔放なリズミカルな筆使いで絵の具と戯れ、
自分を解放し、エネルギッシュに制作している。
同時に、二人は試行錯誤の末、共同制作グループ≪リュウ2≫を結成する。
≪リュウ2≫のコンセプトは、
創造的な関わりの中で、互いに楽しく、個を越えて創造する喜びを感じること
を目指している。
また、更にこれを発展させ、アートパフォーマンスや音楽活動へと展開している。
1979年生まれ
群馬県立みやま養護学校高等部卒業
NPO法人 工房あかね所属
≪個展≫

2002年 3月

“リュウ2”としての活動がNHK首都圏特集「アートで響き合う心」で放映される。

2002年 5月

“小柏龍太郎展”(妙義山麓美術館・群馬県)

2003年 5月

“小柏龍太郎の世界展”(相澤美術館・新潟県)
2003年11月 “小柏龍太郎絵画展” (リヴィン前橋・前橋市)
2006年 5月 “小柏龍太郎個展”(東京銀座アートギャラリー)
2006年11月 “小柏龍太郎展”  (高崎信用金庫本店ギャラリー)
≪グループ展≫
2001年11月 第16回国民文化祭―WHO! Able art movement 2001― 
     (
CAMP 前橋芸術会館・前橋市)
2003年 1月 “釜めしのふたに描く展” 銅賞受賞(おぎのや長野店・長野県)
       2月 “風はどこから吹くの” (ヨコハマポートサイドギャラリー・横浜市)
2004年 5月 “美しき存在 4人展”(煥乎堂ギャラリー・前橋市)
      11月 リュウ2展“共進する心”(ギャラリーアートG・高崎市)
      11月 ART and ACT―もの言う身体(からだ)― 出品(西宮市民ギャラリー)
2005年 2月 両毛からコラボレート(もうひとつの美術館・栃木県馬頭町)
2001〜6年 バリアフリーアート展 全12回 (群馬県内で開催)
2007年 8月 原展芸術展  (群馬県庁)
≪所蔵≫
2002年 5月 妙義山麓美術館(群馬県松井田町)
2003年 7月 新潟県立近代美術館・万代島美術館
2003年 11月 学校法人有坂中央学園(前橋市)
2005年 2月 NPO法人 もうひとつの美術館 (栃木県・馬頭町)
≪受賞≫
2003年 7月 群馬県教育長賞 (第9回日本はがき芸術作家展)
2004年 7月 風見章子賞   (第10回日本はがき芸術作家展)
2007年 11月 内閣総理大臣 福田康夫氏へ 「スマイル」を贈呈


龍太郎の“とばし”が
  本になりました

  木部克己 著
  『とばし! − 
    −小柏龍太郎は絵を描くことを“とばし”と言う』
  2006年4月
   
あさお社 刊

 1979年4月23日、息子はダウン症という障害をもって生まれてきたが、その病名を聞かされたのは生後1ヶ月の定期検診だった。その日から全く母乳が出なくなったのを記憶している。
 4ヶ月目の血液検査ではっきりするまでが、今思うと一番つらい日々だったような気がする。その結果が私の心の中でひとつの区切りとなった。ではどうしたらよいのかと考えられるようになったのは、何か方法はあるはずだという前向きな夫の考え方によるところがおおきい。今思うとその支えがあったからこそ明るく先を見ていられたのかもしれない。

 息子の様々な出会いと工房あかねを立ち上げるきっかけになったし、そして、息子龍太郎が前島氏との出会いにより絵を描くようになったことの28年間が書かれています。
    (小柏桂子)


2006年5月10日 朝日新聞 群馬県版 記事を転載
  ダウン症児の歩み本に / 高崎の小柏さん一家 フリー記者がルポ/
------ 出会い・成長「子育てのヒントに」 −−−−−−
 生後まもないころ、ダウン症と診断された子が必要とする人物と知り合い、成長していく。その鮮やかな「出会い」に感動したフリージャーナリスト木部克己さんが、『トバシ!』を出版した。「子育てに悩むお父さん、お母さんのヒントになってくれればいい」と木部さんは話す。
 博士
 龍太郎さんは生後4カ月で、発育などが遅れるダウン症と告げられた。旧群馬町の整肢療護園に通い始め、母・桂子さんは理学療法士から「親こそ最良の医師」という米国の脳障害時治療の権威であるグレン・ドーマン博士の著書を紹介された。
「これしかない」という信念で、親子3人は渡米。博士の脳障害の機能訓練を受けた。博士の指導は「両親が常に楽しく、明るく、元気に、笑顔で」。
2歳半のころ、「パパ」と口にした。歩けるようにもなった。桂子さんは涙があふれて止まらなかった。
青年
龍太郎さんが5年生になったころ、知人の女性から、女性の実家の松江市で、手間がかかる農法で農業をしていた。
 龍太郎さんは鎌を持って稲刈りを体験。掃除や食事の片づけ、買い物もできるようになった。桂子さんにお茶を入れた。今までで一番おいしいお茶だったという。高速バスや飛行機を使い、龍太郎さんは一人で行けるようになった。長男は龍太郎さんをじっと見守り、辛抱強く接してくれた。
画家
龍太郎さんが時々通っている施設から桂子さんは、ユニークな指導をする画家の話を聞いた。00年の夏前橋市の画家のアトリエを訪ねた。
 龍太郎さんは絵具のチューブから中身を押し出して床にこぼした。画家に謝り、龍太郎さんからチューブを奪おうとする桂子さん。
「止めちゃダメ、楽しんでいるみたいです。自己表現を 周りが抑えようとすることは、生きるなと言っているようなもの」
 こう言った画家は前島芳隆さん。いまは桂子さんが代表を務め、障害者の芸術活動を支えるNPO法人「工房あかね」で絵を描きながら龍太郎さんとアートユニット「リュウ2(ツー)」で活動している。
 龍太郎さんが「トバシ、やりてえ」と口にした。龍太郎さんは絵筆を握り、紙の上に絵具を飛ばした。躍動感あふれる表現になった。前島さんは既存の価値観にとらわれない、新たな価値観を龍太郎さんの作品に感じたという。
 この「トバシ」が本の題名になった。
木部さん自身も、四年前に知人から小柏さん親子を紹介され、友人となった。「トバシ!」は「あさお社」から発刊された。
<※> 書店で注文できますし、「工房あかね」でもお求めになれます。


2006年5月8日 毎日新聞夕刊 記事を転載
    ダウン症の27歳画家が個展   --  “躍る色彩  −−

 重度のダウン症の画家、小柏龍太郎さん(27)=群馬県高崎市=が15日から、東京・銀座で初の個展を開く。大きなキャンバスに色とりどりの絵具を散らす独特の作品は、絵画の専門家が「豊かな色彩と活力が秀逸」と太鼓判を押す力作ぞろいだ。
 「ぼく、幸せだ」。先月末、個展を前に家族や友人たちと夕食を囲んだ龍太郎さんがつぶやいた。龍太郎さんは、病気のため簡単な単語しか話せない。他人とのコミュニケーションも、あまりできない。そんな龍太郎さんの言葉に、母桂子さん(58)は龍太郎にも理解できるくらい、大きな出来事なのでしょう」と話す。
 ダウン症は染色体異常のためにおこる病気で、運動や知的発達が遅れる。大人になれないまま世を去る患者も多い。龍太郎さんは生後4カ月で病気が分かり、医師からは「合併症を起こすなど最悪の場合、7歳までの命」と宣告された経験がある。幸いにも合併症はなかったが、いまでも慎重145pと小学生くらいの体格だ。
 龍太郎さんが絵を描き始めたのは99年。養護学校の職業訓練で、決められた作業を強いられる龍太郎さんの姿に心を痛めた桂子さんが、高崎市内の絵画教室へ連れて行ったのがきっかけだった。龍太郎さんは、紙に絵を描くのではなく、床へポタポタと絵具を落とすことに興味を持った。
 絵画教室の前島芳隆さん(48)が、絵具をキャンバスへ飛ばす「トバシ」画法を指導した。アクリル絵の具を、筆や手でキャンバスへ投げつける。キャンバスという枠にははまらない、さまざまな色が躍る作品には、全国の美術館から「展示したい」と声がかかるようになった。これまでに300点を制作。新潟県立近代美術館には、6点の作品が収蔵されている。
 これらの実績が認められ、今回の「銀座で個展」が実現した。桂子さんは「絵を描く人にとって銀座は特別の場所。障害があっても、没頭できる世界を見つけられた龍太郎の人生を伝えられれば」と言った。
 30点を展示する個展は銀座アートギャラリーで。

   

工房あかね ギャラリー(あーとOFF)+タカタイ連携・連続企画
≪夢の旅人たち VOL.08≫
「画家龍太郎 絵を描くことを“トバシ”と言う
リュウ2(小柏龍太郎+前島芳隆)Live展 
2010年  8/13(金)−8/28(土)
ライブでできた作品をライブ感そのまま残しつつ展示しました
暑い夏の熱い展覧会の成果をご覧下さい。

<yuotube> ライブがアップされています
8/13 scene-1 http://www.youtube.com/watch?v=5yWyUMgPiXM
8/13 scene-2 http://www.youtube.com/watch?v=bAbqwYMU4B
8/13 scene-3 http://www.youtube.com/watch?v=jVzHKvv_NC4