麦藁奇人
 韓国奇人列傳 1998.6



 クリスマスの朝、ソウルに飛んだ。またしてもテレビである。

 今回はドイツやアメリカの時より気が楽だ。出演する番組には、四カ月前に一度出ているからだ。
 といっても、そのときには向こうからわざわざ取材に来たのである。あとで送られてきたビデオを見ると、「キ−インヨルチョン(奇人列傳)」という、いかにもゲテモノ大全集といった雰囲気の一時間番組で、変わった芸の持ち主が四人登場し、ひとつのネタに十分以上の時間をかけていた。
 ゴム手袋を風船のようにふくらましてゆき、最後に割ってしまう怪しい男、ホワイトタイガーの赤ちゃん数匹とその飼育係、目隠しをしていろいろ言いあてる超能力(?)ネタ、それに、足の指をげんこつのように折り曲げて、指の表側を床につけて歩くオッサンが出場していた。それぞれの芸を見て、三人のコメンテーターが感想を述べる。最後に二十人ほどの若い男女が点をつけ、順位を決めるのだ。そして、番組の中ほどには、外国の「奇人」を紹介する「セギェーヂャン」(世界篇)というコーナーがあって、そこにぼくが出てくるのである。
 そのコーナーでは、突然、神戸の街が震災のときの映像と共に写し出され、キムパクトというひょうきんなタレントが、うわさの「ストロー男」を探す。あちこちで訊ねるがどうしても見つからぬ。疲れきって喫茶店に立ち寄ると、そこでぼくがストローを吹いているのを発見する。そんな導入になっている。考えつくことは、日本も韓国も大差がないようだ。そして、幸か不幸か、この外国人のコーナーは採点しないことになっていた。

 今回出るのは、この「キ−インヨルチョン」の一年間の総集編で、二時間の特別番組だ。「あのネタをもう一度」という企画で、そこにわざわざ呼ばれたのだから光栄なことではある。
 しかし、ソウルにゆく直前に、韓国は経済危機に見舞われ、通貨のウォンが大暴落したし、一週間前には大統領選挙があったところで、国全体が落ち着かない情勢になっていた。こんな気楽な人間を外国から呼び寄せている場合なのだろうか。

 MBC(韓国文化放送局)では、前回日本まで来たディレクターをはじめとして、知っている顔もあり、もちろん知らない顔もいたが、向こうではみんなぼくのことをよく知っているらしく、にこにこと迎えてくれた。
 会場の公開録画用のホールは相当古びていて、場末の映画館といった感じだ。
 楽屋に案内されると、なぜか虎が二匹いた。今日出演するホワイトタイガーだという。「白い虎にさわると幸せになるョ」と言われて、おずおずと撫でてみる。どうやら、例のビデオに登場していた方々らしい。あの映像では可愛かったが、四カ月の間にずいぶん成長したようで、飼育係がしっかり押さえていても、威圧感のある目つきで胡散臭そうににらまれると、ついついヘイコラしてしまう。
 「エー、ちょっとだけ触らせていただきます。ホントにご立派におなりになって。イャ、決して怪しい者ではございません。エェ、日本からやって参りました。これも何かのご縁かもしれませんナ。ハィ、どうもありがとうございました。」
 完全に気合い負けしているのであった。

 虎が出番で居なくなり、気を取り直してストローの楽器を組み立てていると、今度は「犬が来ます。でもおとなしいから大丈夫です」というスタッフの声が聞こえる。いきなり、大小いろんな種類の犬が五匹、それに楚々とした美女が一人、すさまじい悪臭と共に乱入してきた。ドッグショウをする面々だという。犬はてんでにうろうろして、勝手にストローの匂いを嗅ぎまわったりしている。オネーサンは、彼らが可愛いくてたまらないらしく、一匹ずつ抱きしめては頬ずりしているが、こっちだってたまらぬ。いったい、この人の鼻はどういう構造になっているんだ。とりあえず、すばやく退散させていただく。

 犬が出て行ってから、まだ匂いの残る楽屋に戻って準備を続ける。黒板のようなものに、釘をたくさん打ち、そこに楽器を架けてゆくことになった。
 「紹介する時間はいっぱいあります。司会者が指さすものをどんどん演奏して下さい。」

 ホールに行くと、舞台のすぐ近くにパイプ椅子が並べてあり、二百人くらいが座っている。女子学生が多いようだ。ここにいる観客はカメラに映ることがあるので、ディレクターが拍手をさせたり、止めたり、笑わせたり、細かく合図を出して、全体を仕切ろうとしている。
 会場の本来の固定席には、スタッフや出演する人、その家族などが適当に座っており、ぼくもそのあたりで収録の様子を見物する。
 舞台では先ほどのドッグショーをやっている。あの香りもさすがにここまでは届かないようだ。次に、鼻の穴に何十枚もの硬貨を入れるおじさんが登場した。たしかに大変だろうが、客席は別に盛り上がらない。
 収録の合間に、いろんな人がぼくのところにあいさつに来る。ストローのことは、ここではとっくに有名になっていたのだ。
 いかついおっさんが、凄みのある笑みで「会いたかった」といってごつごつした手を差し出す。握手をすると、痛いくらい強くにぎる。テコンドーという「韓国の空手」をやるそうだ。
 ディレクターがこっそり説明してくれた。
 「あれはヤクザのボスです。」

 やっとストローの番が回ってきた。舞台では男女二人の司会者とタレントのキム氏、それとぼくのすぐ後ろには通訳のチョウさんがいる。
 「黒板」に吊された楽器を片っ端から演奏すると、会場はいっぺんに大うけになった。曲の合間にいろいろな質問をされる。それを日本語にして、チョウさんが後ろからつぶやいてくれるのだが、ほんの少し韓国語を勉強して来たせいか、わかりもしないのに、ついつい韓国語の方を聞き取ろうとしてしまうのであった。
 例によって国歌の楽器も持ってきた。韓国国旗は、ハリウッドの土産物屋で見つけたものだ。国歌の方は、どうしても楽譜が手に入らなかったので、当日コピーの譜面を見ながら演奏した。ストローで作った譜面台がここでうまく役立ったのである。最後には、女性司会者(実は人気歌手だった)の歌と一緒に彼女のヒット曲を共演して、はなやかに決まった。
 コメンテーターのひとりが重々しくほめたたえてくれた。
 「わが国の経済危機を打開するために、韓国の人々は、この日本人のような独創性を見習わねばならないと思います。」

 ぼくの出番が終わっても収録はまだ続いている。面白そうなので最後まで見届けることにした。
 口にたばこを二百本くわえるという、華奢な感じのサラリーマン風が登場。もう少しで二百本というところでたばこがぼろぼろ転がり落ちて、なかなかうまくいかず、見ているだけでこちらの顎まで疲れてくる。続いてビール瓶の底をくわえてみせた。日本人だという奥さんが心配そうに見守っている。
 ディレクターがまたこっそり教えてくれた。
 「あの夫婦は統一教会です。」
 舞台では、さっきの空手男がブロックを叩き割ろうと苦労している。げんこつを血だらけにしてやっと割れた。妖しい二人の女が、舞台に近づいてしきりにカメラを向けている。彼の娘だそうだ。

 番組の最後には採点が行われた。出演者は緊張して結果を待っているが、ストローは番外編なので関係はない。結果は意外にも、あまり大した芸とは思えなかった空手が一位に決定したのである。ヤクザの実力なのかも知れない。

 全部の収録が終わると、空手男の娘二人が近づいてきて、一緒に写真を撮りたいと身ぶりで言う。そばで見ると二人とも体が大きく、ずいぶん化粧が濃い。背伸びをして、ひきつった笑みを浮かべながら、それぞれとツーショットを撮る。
 絶賛してくれたコメンテーターのおじさんも来て、名刺をくれた。「韓国宇宙環境科学研究所 趙慶哲(チョウキョンチル)」とある。流暢な日本語で「私の著書を差し上げます」と言う。日本で出版されている「手にとって見る宇宙」という一般向きの科学書である。どうやら、ぼくが宇宙物理をやっていたことを聞き知って、親近感を持ってくれたらしい。あとで、その本の著者紹介を見るとこう書いてあった。
 「メリーランド大学教授、米国海軍天文台及びNASAの研究員などを経て延世(ヨンセ)大学天文学科教授、韓国天文宇宙学会会長を歴任。現在、テレビ、ラジオでの解説、現役のテストドライバー(!)、油絵作家としても活躍中の超マルチ人間。」

 結局のところ、奇人の親玉はこのおじさんだったのである。