信じられなーい

 ハリウッドのストローマン 1998.3



 ストローの演奏で、こんどはアメリカに行ってきた。それも映画ファンあこがれの街、ハリウッドである。
 といっても映画に出演したわけではない。例によってテレビに出たのだ。
 出発の二週間ほど前に飛行機のチケットとホテルの所在地が送られてきた。予約は「ストローマン」という名前で取ってあるという。念のため、「strawman」を新英和中辞典(研究社)で調べておく。

 1) わら人形、かかし、つまらない人間
 2) 架空の人物、薄弱な仮説
 3) 資産のない人

 どうやら、すべての項目が当たっているようだ。しかたあるまい。

 ハリウッドはロサンジェルスのとなりにある。映画会社はもちろん、レコード会社や録音スタジオ、マネージメント会社、企画会社そしてテレビ局などが集まり、住民にも「そのスジの人」が多い。その上、映画ファンなどの観光客もおおぜい来るので、ホテル、みやげ物屋、ハンバーガー屋、Tシャツ屋、下着屋、ギネス博物館やロウ人形館や映画館などの観光客相手の施設もたくさんあって、ふつうのサラリーマンはあまり住んでいないようである。

 出演したのは「ザッツ・インクレディブル」という番組であった。
 「ザッツ・インクレディブル」というタイトルは、日本語になおすと「コリャシンジラレンゾ」になるのかな。それとも「ま、まさか!」とか「ウッソーッ」とか「ほんまかいな」などというニュアンスなんだろうか。ともかく、めずらしい特技の持ち主や、信じがたい芸をやってのける人、特殊な肉体を売り物にするネタなど、要するにいろんな「変な人間」を集めて見せ物にするという、日本にもよくある種類の番組だ。

 ストローで演奏する曲目に関しては、前もってあまり考えなかった。
 何と言っても、この日のために二年も前から用意していた「アメリカ国歌」がある。演奏しながら星条旗が揚がればアメリカ人は大喜びするだろう。それに、ケルンに行ったときの経験も影響している。あの時は、ドイツ人が知っている曲を前もってかなり研究し、「喜びの歌」などの新作も開発したのに、結局どれも採用されなかった。ドイツ国歌は別として、実際に選ばれたのは日本の曲ばかりだ。そんなわけで、今回は、特に準備をしないで行くことにしたのである。

 現地に行って判明したことだが、この「ザッツ・インクレディブル」は歴史が古く、その昔かなり人気があったらしい。ところが、理由は分からぬが、十三年前に終わってしまったのである。多分マンネリになって飽きられたのだろう。   そして今回は、この懐かしの番組を復活させるために、新しいデモンストレーションのフィルムを作ろうとしているのであった。つまり、番組のサンプルをとりあえず一つ作って、テレビ局の番組編成責任者たちにそれを見せる。彼らが面白がれば「ゴー!」ということになって、「ザッツ・インクレディブル」が再び定期的に放映されることになる。そのかわり、面白くなければ「ボツ!」の一言で却下されるのだ。
 このサンプルの出来ばえ次第で、運命が決まるわけだ。番組の製作会社はたった一本のフィルムに賭けているのである。当然、ふだんの番組より「気合い」が入る。こんな状況で、極東のストローマンなんかを出演させてもいいのだろうか。なんだか心配になってくる。
 また、今回収録したものはサンプルではあるが、実際に放映もされるらしく、それは二月頃になるという。

 スタジオは日本と違って、大きな箱のような窓のない建物が広い敷地にいくつも並んでいて、それぞれに番号が書いてある。「サティアン」という言葉を思い出してしまうようなたたずまいである。その中の「8」に入った。中に入ってしまえば、単なる公開番組用の収録スタジオで、特に日本と変わるわけではない。
 ドイツの場合と同じく、楽屋で何人かの番組関係者に、持ってきた楽器を披露していると、あまりのネタの多さにみんな驚いていたが、ディレクターの親玉のような大男が、しばらく考え込んだ末に言った。
 「クラッシックと日本の曲はいらない。だから、ドラえもんやシャボン玉は残念ながらボツだ。でも虫の声だけは入れよう。」
 別のディレクターのおねえさんが猛然と抗議した。
 「いや、絶対にバブル(シャボン玉)はやるべきよ!」
 これがアメリカ風なのか、しばらくのあいだ激しくもめていたが、やがてバトルは終わり、決定が下された。
 今から三つのシーンをビデオ収録する。まずストローで水を飲んでいるところ。続いて、すばやくそれを音が出るように加工し、はさみで少しずつ切って音階を吹く。これがひとつ。次に、いちばんシンプルなストローの楽器で「スワニーリバー」をやってくれ。三つ目は、「虫の声」(グラスホッパー)と「線路は続くよどこまでも」(ワーキングオンザレイルロード)の演奏だ。本番での演奏は「アメリカ国歌」(ザスタースパングルドバナー)だけでよろしい。以上。

 ビデオ撮りは順調に進んだ。ストローが終わると、次に「気功の人」が出てきたので見物する。あやしげな中国人のおっさんが、奥さんと、もっと怪しい感じの白人のお兄さんを助手にして、丸めた新聞紙でれんがを叩き切ったり、三つの風船の上にガラス板を置いて、その上に乗るという芸を見せている。惜しいところで何度も風船が割れるので、スタッフが心配そうに見守る。しかし、何かにつけて、いちいち怖い表情で「気を集めるしぐさ」をして見せるのが少々胡散臭い。見方によっては「東洋の神秘」にも思えるが、仰々しすぎてかえって滑稽感が漂う。
 あとで、楽屋の前で彼らにすれちがい、中国人の奥さんがぼくに向かって、親指を立ててにっこりしながらこう言った。
 「ユアザベスト、アンタガイチバン」
 二カ国語でストローの演奏を誉めてくれているのだ。どうやら悪い人ではないらしい。

 本番では、スタジオに二百人ほどの聴衆がいた。セッティングの入れ替えで、番組が中断している合間だというのに、なんだかやたらに盛り上がっている。ヒスパニック、黒人、アジア系といろんな人種が入り乱れて大騒ぎしており、国際的な大宴会のまっ最中という感じなのである。音楽もやかましく鳴り響き、狂おしく躍っているヤツさえいる。よく見ると、聴衆の中に真っ赤なジャケットを着たドハデな男が三人ほどいて、客席がちょっとでも静かになってくると「コレハイカン」と騒ぎだすのであった。後で聞いたところによると、彼らは客席を盛り上げるために雇われた「プロ」で、アメリカでは、公開放送でこういう「盛り上げ屋」を使うことも珍しくないという。

 演奏は、舞台ではなく客席の通路でやることになった。昼間に収録したビデオとナレーションでひと通りの紹介が終わると、司会者の合図で「アメリカ国歌」を吹き始める。途端に、一瞬「ま、まさか!」という空気が客席に流れた。星条旗は国歌とともにしずしずと上がってゆき、舞台の方では、司会のタレント三人が胸に手をあてて最敬礼している。曲が終わったところで見事に旗が揚がりきると、場内は大歓声に包まれ、怒涛のような拍手がわき起こったのである。
 このときばかりは、「盛り上げ屋」も一息ついて、一緒に喜んでいたに違いない。