輸送力極小化の破局
留萌線騒動の真の原因を探る


「問題」のキハ54系(釧網線塘路・1991年9月撮影)



2007年5月9日、北海道空知地方の小駅で起きたある「事件」。
大型連休明けでネタが無かったのか、メディアがこぞって取り上げたのが事の発端です。

2007年5月10日 毎日新聞

JR秩父別駅:高校生26人が列車に乗れず

JR留萌線秩父別駅(空知管内秩父別町)で9日朝、列車(1両編成)ら乗ろうとした通学途中の高校生26人が、車内が込み合っていたため乗り込めなくなり、タクシーで代替輸送された。ドア付近にいた別の高校生が車両奥に詰めなかったのが原因とみられ、空知教育局はこの路線を利用している深川市内の2高校に対し、乗車マナーの徹底を呼び掛ける文書を送付した。

JR北海道によると、増毛発深川行き普通列車が午前7時38分ごろ、同駅に到着。2校の生徒約55人が乗り込もうとしたが、26人を残してドア付近が一杯になった。運転士が車内放送で奥に詰めるよう呼びかけたが、結局、乗れなかった。JRはタクシー7台を手配し、列車は約3分遅れで出発した。代金約2万円はJRが負担した。

列車の座席数は64だが、通路部分を含めると120人程度が乗車できる。この時間帯は毎日、両校生徒を中心に満員状態だが、この日の乗車人数は100人弱で、この26人が乗れる余裕はあったという。

JRと両校は10、11日、列車に職員を乗せ、マナー向上を訴えるとともに、混雑状況を確認して対応を検討する。

(署名記事ですが記者名は省略)

第一報は大袈裟ですが、実にシンプルな、日本中で最近よく目にする構図でした。
通学の高校生の劣悪なマナーで乗れるはずの乗客が乗れなかった。JRがやむなくタクシーを手配して救済した。JRはマナー向上を呼びかけた。

この段階では、誰もが、最近批判が強まっている列車通学の高校生のマナー問題と信じて疑わなかったのです。それも、1日数本のローカル線で「仲間」の高校生を含めて乗せなかったと言う非常識な行動として。

●翌日の「実証」
翌10日、この「暇ネタ」に近い「ニュース」を追うべく、地元局がこぞって現地で取材に入りました。高校側が指導に乗り出し、JR側も実態を見るべく職員を送り込みました。
特にJR北海道は本社の企画グループが広報対応に務めるなど「熱心」にこの問題を扱っていました。

各社のカメラが見守る中、1両編成の気動車は待っていた生徒全員を乗せて発車しました。
こうなると昨日は何なんだ、と言う話であり、FNN系のニュースでは企画グループ氏による「もう少し詰めていただければ乗れるはずだと。悪い学生もいるというのは聞いています」「今まで1回もそういうのが起きてなくて、きのう起きたのは常識的には考えられない。生徒さんに自主的に詰めてもらうしか対策はないと」と言うコメントも説得力を増し、一方の高校側の「肩が触れただけでも痴漢だなんだと今の世の中、言われてる時代で。こんなぎゅうぎゅう詰めで1両なんてありえないですから」と言うコメントには、この程度の混雑で甘えていると言う批判が集中しました。

しかし、このニュースでは、9日に乗っていた高校生が「(2人の席に)1人で座っているところが多かった。(高校生?)大人です」と反論した様子が映っており、さらに、前日と当日で列車の定員が違うと言う「事実」も報じられていたのです。

●よもやの反論
このまま高校生のマナー問題として収束するかに見えた事件は大きく動きました。

2007年5月11日 毎日新聞

JR留萌線:高校生26人乗れず 「詰めなかった」に疑問の声 混雑原因か /北海道

(写真)通学の高校生で込み合うJR留萌線の普通列車内=留萌管内のJR秩父別駅−深川駅間で10日午前7時42分

◇いつも以上の混雑原因か

「いつも以上の混雑が本当の原因では」−−。JR留萌線秩父別駅(空知管内秩父別町)で9日朝、通学の高校生26人が列車に乗れなかったのは「列車内の高校生が奥に詰めなかったから」とのJR北海道の説明に、列車に当時乗り合わせていた高校生や学校側から疑問の声が上がっている。高校生の「マナーの悪さ」が真の原因だったのか。10日朝、同じ列車に乗り、検証した。

●すし詰め列車

増毛発深川行き普通列車(1両編成)に午前6時48分、留萌駅(留萌市)から乗った。定員74人(座席数とつり革の数)の車両に乗客は7人。途中駅で2人増えた。午前7時半、石狩沼田駅で約70人の高校生が乗り込んできた。道立深川西高と深川東高の生徒たちだ。座席がすべて埋まった。

2駅先の秩父別駅でも55人がホームで待っていた。大半が高校生。普段は無人駅だが、この日はJR職員や両校教員の姿がある。乗降は前方のドアから。最後部にいた私はすぐに身動きができなくなった。床にはカバンを置く余裕もない。約10分後、終点の深川に着いた。

●一般乗客多かった?

JR北海道旭川支社によると、9日の同列車の運転士は秩父別駅で奥へ詰めるよう車内放送で要請したが、詰まらないため、「いっぱいになった」と判断。運転指令から「タクシーを手配する」との連絡を受け、26人を残し出発した。

取り残された乗客の1人の高2男子(16)は「いつも以上に込んでいるように見えた」という。同支社によると、9日の同列車は10日の車両より定員が10人少ない別型式の車両だった。

この列車で通学する両校生徒は計約120人。9日は両校とも生徒から「いつもより一般乗客の数が多かった」と報告を受けたという。ただ、同支社の認識は「そういう事実は確認していない」と食い違う。

●JRの認識

同支社が高校生のマナーの悪さを指摘する根拠は何か。旭川支社によると、9日、深川駅に着いた列車の乗車状況を確認したところ、後部に数人程度乗れる余裕があったという。「運転士は(秩父別駅で)まだ乗れることに気付かなかったと思うが、実際には詰めればあと数人は乗れた。26人全員が乗れたという認識はこちらも持っていない」と10日になって当初の説明を微妙に変えた。

9日に同じ列車に乗っていた高1女子(15)は「昨日もみんな後ろに詰めていた。あと2、3人しか乗れなかった」と話す。別の高3男子(17)は「この冬にも5人ほど乗れないことがあった」と混雑への不満を述べた。この列車をよく利用する沼田町の無職男性(74)は「車両が小さ過ぎるんだ」とぼやいた。

深川東高校の(記事中は実名)教頭は「マナー違反が原因だと一方的に責められ、生徒は傷ついている」と憤る。現在通学でこの列車を利用する生徒は同校が昨年より約20人、深川西高は約10人増えた。(同)教頭は10日、「2両編成で運行してほしい」とJR側に要請した。

(署名記事ですが記者名は省略。一部実名掲載については実名記載を省略)

「検証」の列車に同乗した記者のルポとともに、前日の状況や前日との違いがかなり詳細に出てきました。
特にJRが、乗車スペースはあったが、積み残された26人全員が乗り切れるものではない、という認識を示したことは、マナーを云々する以前の問題として、輸送力が足りなかったというJR側の問題とも言えるからです。

一方で、同じ記事にある写真から受ける印象や、前日の各局の映像では、首都圏などのラッシュ時に比べるとまだ空いている印象を受けたせいか、「そんなことはありえない」と、輸送力不足ということを否定する見解がネットの世界では相次いだのです。

メディアの取材、そして写真や映像をベースにして語られたこの「事件」の真相はどこにあるのか。突き詰めれば、そこにはさまざまな問題点が浮かび上がってきました。

●9日と10日の違い、そして印象の話
9日は60人程度の乗客で秩父別に到着し、ここで待っていた55人のうち26人が積み残された。つまり、90人程度の乗客で「いっぱい」になったことになります。
一方の10日は80人程度の乗客で到着し、55人全員が乗り込めましたので、135人程度となります。

しかし、9日は定員64人の車両が充当されたのに対し、10日は定員74人の車両が充当されています。(定員=座席+吊革と解説)
つまり、「検証」といっても前提条件が異なっていたのです。
もちろん積み残しがないように配慮したと好意的な解釈も出ますが、メディアが集まり、JR側が本社スタッフまで出している「検証」で9日よりも器の大きな車両を使用したと言うのは、「検証」の意味を成さないどころか、いろいろ勘繰られても仕方が無いでしょう。
特に、乗車マナーキャンペーンを全社展開する直前の出来事と言うことも含めて、「事件」後の段取りのよさもあったわけです。

とはいえ同じ列車で45人も収容力に差があるわけがない。というのが普通の見方でしょう。
120〜130人程度の乗客に対し、定員64人をベースにすると約2倍、9日に乗れた乗客90人だとしても140%では厳しいのではと言う見方もありましたが、10日は180%程度の乗車率で捌けたんだから、わずか10人定員が少ないからといって26人も積み残すわけがない、と言う声が大きかったです。

では、9日と10日で大きく結果を分けたのはなぜか。
まず大きいのは、10日は乗るつもり、詰め込むつもりで対応したと言うことでしょう。
入口や通路で立ち止まらず、奥へ詰めたわけです。普段からそうやっていれば9日も大丈夫だった、と言うのは簡単ですが、準備や心構えをしていれば、電話ボックスに何人も入れたり、物置の上に100人乗ったりも出来るわけで、毎日詰め込む対応を取って乗れると言うのもどうでしょうか。

10日の様子にしても、毎日新聞の写真から車内に余裕があるように見る向きがありますが、続々乗車する生徒が写っていることから、55人が乗り込む途中であり、全員が乗り込んだあとの様子ではありません。また各局の映像も、車外から見た車内に空間があったことから、まだ乗れる、たいしたことはないという印象を与えていますが、これはクロスシート車特有の「錯覚」であり、窓側のクロスシート部分には立客が入らないため、通路との間に空間があるように見えるのです。

これらの写真や映像は確かにその場の「事実」を映したものではありますが、上記の通り必ずしも「真実」を示してはいません。ネットをはじめとする各所の意見がこれらの映像を根拠にしていることから見ても、ある意味で一つの先入観や予断を与えた原因ともなっています。

●決定的な違い
今回の「事件」の主因は、車両の違いと断言できます。

両日とも旭川運転区所属のキハ54系500番台車の単行ですが、9日に充当された車両は、かつて急行「礼文」に充当されたオール転換クロスシート車(急行型)であり、10日に充当された車両は、オリジナルのセミクロスシートのボックス部分を、183系気動車からの発生品である簡易リクライニングシートを固定して置き換えた車両(一般型)です。

座席数の比較でいうと、9日は60席、10日は50席。オリジナルのセミクロス車は座席70、立席30であり、詰め込むのはもっぱら立席スペース、この場合はロングシート部分ですから、実際の収容力には相当な差が出てきます。
(ロング部分は、深川を向いて後位部分が5+5、前位が8+4人分。前位の差はトイレの影響)

さらに、通路に立つ条件も違うのです。
急行型は、新幹線0系の発生品を使っています。この2人掛けの幅は1070mm、それに対して一般型が装備している183系気動車のオリジナルの座席は1040mmです。この時点で通路幅は60mm狭くなっているのです。

絶対値で見てみると、キハ54系列の全幅は、裾絞りをした幅広車ではない2800mm(外法)です。二重窓装備ですから、客室の内法はさらに狭くなります。この外壁部分の数値が手元にないのですが、他系列の数字から、100mm程度と見做せます。

つまり、急行型の通路は2800-100×2-1070×2=460mmです。一般型でも520mm。急行型で最近の通勤電車の1人分の座席幅、一般型でも寝返りが打てないと不評だった昔のB寝台の幅しか通路の幅がないのでは、通路に立てるのは1列がやっとでしょう。

特急型発生品に置き換えた一般型車内
(釧網線・2005年12月撮影)


●両日の様子を推測する
9日の急行型には、転換クロスシートがトイレがあって片側のみ設置の部分を含めて16列設置されています。シートピッチは新幹線時代には向かい合っても使用できた肘掛から引き出すテーブルが干渉するほどですから900mm程度。460mmの通路に立つ場合、びっしり詰め込んでも30人程度、荷物その他を考えると20人立てれば御の字でしょう。

証言から、一般客が2人掛けシートを1人で使っていた場所もあったと考えると、極限まで詰め込む意思を持たない段階だと80人程度ではないでしょうか。
前後のデッキに残る10人程度。乗車口のある前方はやや詰めて、後方に余裕があった。それが90人程度の乗車で深川駅員が現認した姿でしょう。

あと26人が乗れたかどうか。デッキで10人、あと無理繰りで5人程度。10人はどうあがいても無理と言う感じです。

10日の一般型は座席に50人。オリジナル時代の立客定員は30人ですが、ロングシート部は座席×3(トイレ部は×2)で見て35人、クロス部は7列ですから15人程度で50人は乗れるでしょう。
これにデッキおよび後部の助士席台に20〜30人と考えたら、130人程度が無理なく収まるわけで、さらに頑張って詰め込んだのですから入らぬはずがないとも言えます。

ただ、10日にしても乗るには乗れたが、乗り切るまで4分と言う停車時間を要しているわけで、ダイヤとの兼ね合いで考えると、「無理」と断じても言い過ぎではないでしょう。
これは、この路線はワンマン運転を行っていますが、他地域のように後ろ乗り前降りではなく、前乗り前降りなので、乗客が前方から動きにくい、さらに前位側にトイレがあるため、車室が狭くボトルネック状態、と言うことも影響しています。
さらに言えば、この季節だからこそデッキも使って捌きましたが、北海道で厳冬期にデッキを定員としてカウントすることは、いかに詰め込みの「押しくらまんじゅう」状態とはいえ、非常識な対応ともいえます。

しかも、普段は後部ドアも開けて捌いていたのに、当日は開けなかったという証言もあるわけで、もしこれが後部ドアも開けていたら、全員は乗れなかったにしても、もう少し積み残し客は少なかったのかもしれません。

以前から北海道のワンマンは前乗前降
(釧路・1991年9月撮影)


●なぜこの時期に
それにしてもJR側のコメントにもあるように、なぜこの列車だけ、という疑問はあります。

まず考えられるのが、9日の乗客が本当に90人だったのかということ。
記事では「一般乗客が多かった」という証言も出ています。高校生の数字はまず変わりませんし、10日の一般客に報道陣が乗っていたとしても、20人も10日のほうが多い方向で差が出るのか。
ワンマン列車の運転士からは、デッキやトイレの死角になって車内の状況は見えにくいわけで、深川駅員も実数を計測したのではないでしょう。
そうなると、9日も相当詰め込んでいたとも考えられるわけで、それでも構造的な問題から積み残しが発生したと言うことになります。

そして、テレビでは冬場に小規模ながら積み残しがあったという声も報じており、実はここまで大規模でなかったら日常的に発生していた可能性すら疑われます。

しかし、一番の要因は、今年度から留萌線で通学する生徒数が増えていると言う事実です。
今回の「事件」に巻き込まれた2つの高校であわせて30人もの増加です。
この数字と、今回の積み残された26人を比較すると、昨年度までは何とか凌ぎきっていたと言うギリギリの状況がうかがえるのです。

そして新年度。年度始めは特別なカリキュラムであることが多く、通常に戻るのは連休明けでしょう。「事件」が起きたのは連休明け3日目の5月9日です。30人増えた新年度、「通常運転」に入り、初めて急行型が入ったことで起きた「破綻」と言う可能性はどうでしょう。

急行「礼文」時代(稚内・1991年9月撮影)


●無理がある運用
単行で運用している線区で、もともと90人程度いたところに30人も通学客が増えたというのであれば、充分増結を考えるべきでしょう。通学の生徒だけで2両分の座席定員を満たすだけの乗客がいるのですから。

にもかかわらず、「極限にチャレンジ」したわけです。
列車は増毛始発であり、同乗記事にもあるように、石狩沼田までは10人も乗ってません。留萌支庁と空知支庁に分かれた沿線で、支庁界をまたぐ流動が薄いと言う状態で、終点近い石狩沼田や秩父別で2両連結するに足る乗客が乗ってくるとしても、そこまで1両延々と「回送」に等しい増結をするのは、経営が苦しいJRにとっては難しいところでしょう。しかも客単価としては「最低」ともいえる通学輸送です。増結を主張する声に対する反論もまさにそこを突いたものでした。

しかし、JR北海道の運用を見ていると、全体的に最混雑区間における混雑水準が「耐えられればそれでいい」という限界論で対応しているようにも見えます。
一昨年の渡道時の実見ですが、年末輸送のピーク時という特殊事情はあるにしろ、釧路で特急「まりも」接続の快速「はなさき」はキハ54の単行に立客を詰め込んで発車していきました。厳冬期の朝6時前から、釧路まで寝台車に乗っていたとしても「はなさき」は自由席ですから立たされるわけです。
「冬こそJR」といいながら、優等列車の優等車両を利用してきた乗客ですら「詰め込み」で対応する。今回の留萌線の対応が決して特殊なものではないと言う証明になるかもしれません。

●行き過ぎた合理化の気配
水害や有珠山の噴火により室蘭線が運休したとき、本来代替路線として活躍するはずの函館線(長万部−小樽)が満足に機能しなかったことは、7年ほど前とはいえ記憶に新しいです。
これは1986年11月のダイヤ改正までは交換設備がふんだんにあり、かつ構内の有効長も長かったものが、交換設備の撤去、有効長の短縮等で、かつてはC62の3重連による急行「ニセコ」の運転を例に出すまでも無く可能なはずだった貨物列車や寝台特急の迂回運転がままならなかったのです。

これに慌てて2000年に目名駅の交換設備を復活させると言う対応をしていますが、今回の留萌線も、設備合理化が進みすぎたことでダイヤが硬直化してしまい、柔軟な対応が取れなくなったともいえます。

まだ羽幌線があった1986年11月改正以前、留萌線の深川−留萌間の交換駅は秩父別、石狩沼田、恵比島、幌糠、峠下、大和田の6駅を数えていました。
11月改正では羽幌線は翌3月まで存続したものの、急行「はぼろ」の廃止など廃止を前提とした状態となって大ナタが振るわれ、石狩沼田、峠下に集約されました。

この状態が長く続きましたが、1994年秋に石狩沼田の交換設備が撤去され、峠下のみという状態になっています。
とにかく峠下でしか交換できず、留萌−増毛は行って帰ってくるだけの棒線のため、「SLすずらん号」のような集客対策も峠下の交換がまずありきで、増毛まで行った後も、とりあえず定期列車の邪魔にならないよう留萌まですぐ引き返して、改めて別列車として帰っていくと言うイレギュラーな運用を強いられたのです。

閉塞が深川−峠下であり、特殊自動閉塞と言うこともあって、続行運転が出来ません。4920Dが6時47分に深川に到着して、4922Dが峠下を7時13分に出るまでのわずかな間しかこの区間の閉塞は空かないのでは増発は無理です。

急行「はぼろ」(留萌・1986年8月撮影)


●留萌線の苦悩も見えてくる
1994年に石狩沼田の交換設備を撤去したことで、ダイヤパターンが朝を中心にかなり変わっています。

1994年8月 現行ダイヤ
列車番号 4920D 4922D 4920D 4922D
留萌 615 709 553 648
石狩沼田 701 756 630 730
深川 721 815 647 749
乗り継ぎ
旭川 806 839 730 813
札幌 845 920 826 920

石狩沼田での交換が出来なくなることから深川を8時過ぎに出る4923Dを守るために4922Dが繰り上がっており、これに引きずられる感じで、4922Dと留萌で交換する4921D、4921Dと峠下で交換する4920Dと繰り上がっています。

ここで気になるのは、まず深川口の通学輸送です。1994年までは4920Dが担っていたか、4922Dで間に合うように始業時間がやや遅かったかと推測されます。
また、対札幌や旭川という都市間輸送ですが、対旭川や4920Dの対札幌は繰り上がった分だけ早く着くといえますが、4922Dに関しては深川での待ち時間が増えただけで、札幌到着は変わりません。

朝の用務用としてはベストタイムに近い4922Dで、対札幌でいたずらに20分到着が遅くなるだけと言う効果、というかでメリットをもたらす石狩沼田の交換設備の撤去に踏み切るほど、長距離利用が減少していると言うことがうかがえます。

●バスも及び腰という「見捨てられた」区間か
そうはいっても競合するバスのほうも圧倒的に便利とはいえません。
留萌−札幌の「高速るもい号」の始発は留萌6時30分→札幌駅前9時9分(冬季は9時28分)と、深川の接続が冗漫な4922Dと互角であり、札幌により早く着くには4920Dしか手段が無いのです。
対旭川も留萌7時→旭川9時10分の沿岸バスが始発であり、こちらは4922D利用に遠く及びません。

通学輸送にしても、並行する空知中央バスの沼田−深川線の始発が沼田7時20分発で深川7時50分着。特に通勤通学時間帯に増発があるようでもなく、これ以降宵の口まで毎時1本運転です。

もちろん深川留萌道と道央道などの高速道路の整備が進んでおり、通常はクルマがメインと言うことは火を見るより明らかですし、高校生は格安の通学定期があるJR利用以外の選択肢以外は考えにくいのかもしれません。それにしても冬場は頼りのなるはずの鉄道が合理化優先で朝のダイヤを大幅に動かしても影響が見えてこない状態で、バスも都市間輸送も地域輸送も及び腰と言う現状、通学輸送はバスが引き取る意思もなく、JRがやむなく引き受けていると言う現実が浮かび上がってきます。

●貧しても鈍してはならない
とはいえ、現在の対応は、いかに採算が取れないローカル線であっても、限度を超えているのではないでしょうか。

詰め込みが本来正当化されるのは、増発や増結余力が全くない状態で、これ以上の輸送力増強は新線の建設など巨額の設備投資を要するような状態です。それとて「極限に挑戦」と言うような状態が恒常化することは正当化されるものではないわけで、設備投資に踏み切る社会的要請に応える義務もあるでしょう。

ひるがえってJR北海道の状況を見れば、そのような事態でないことは明白です。
ワンマン単行という運転コストの極小化を優先して、出来る限り詰め込むと言う姿勢であり、新線のような設備投資とは比較にならない低コストで増発すればいい話です。

車両にしても、ローカルの車両を切り詰めて、石北線の踏切事故の影響で留萌線などの車両繰りに影響が出ると言うような状態である反面、リゾート用車両などを筆頭にした余剰車両を有効活用せずに温存しているわけです。
JR西日本が、冬場のカニ輸送で、特急に接続するローカル列車の輸送力確保のため、旧「シュプール」用の波動用車両をローカル列車に投入して、増結用車両を捻出しているのと好対照です。

今回の「事件」に対するJR側のコメントとして漏れ聞こえてくるものの中に、「車両の改造」と言うものがあります。
これは明らかにロングシートへの改造を指すとしか言いようがないわけで、急行型はもとより、一般型もセミクロスどころかオールロングにして、「収容力で対応」する可能性が高いです。
共通運用の特快「きたみ」や、宗谷線など都市間輸送や観光輸送におけるサービス水準も切り下げてまで、1両に詰め込むことを優先するとなると、もはや合理的な判断の域を超えているとしか言いようがありません。

そもそも車両が減る、本数が減ると言うのは「利用が少ないから」という理由を錦の御旗にしているわけです。
今回の留萌線は30人も利用を増やしているのに、「極限に挑戦」と言う姿勢で済まされているわけです。大量輸送で力を発揮する鉄道ゆえ、利用が増えないからとサービス水準を切り下げていたのに、利用が増えてもサービス水準を戻さないのでは、鉄道としての本旨を見失ったのでしょうか。

●付記・都会の常識を当てはめることは
今回の「事件」に対して、この程度の詰め込みで文句を言うな、という批判が強かったことは否定できません。
地方ではそこまで詰め込む風習が無いという事情があろうと、都会ではそれが常識なんだから、と言う批判です。

しかし、今回の「事件」は実は都会よりも劣悪な事情と言うことも言えるのです。
先にも述べたとおり、キハ54急行型の通路は460mm程度。一般型でも520mm程度です。
113系など近郊型車両の通路幅は880mm(115系1000番台車などシートピッチ拡大車からは640mm)、オール転クロの313系5000番台車では730mm、特急型ですら640mm前後はありますし、普通列車兼用の185系は660mmあるのです。都市部の詰め込みを可能にしている車両とかけ離れた今回の急行型の通路にどれだけの収容力があるのかを考えるべきです。

また、詰め込むにしても、地方ローカル線の場合、乗客の大半は「顔馴染み」なのです。
そういう「間柄」で、身体を密着させて通うことを強いるべきなのか。異性の同級生は言わずもがな、同性であっても気恥ずかしいものでしょうし、教育上も宜しくないことは確かです。

そもそも都会の電車であれだけの詰め込みができるのも、「見ず知らず」と言うことが大きいのです。痴漢に間違えられかねない「体勢」で異性と密着してもお互い耐えられるのも、見ず知らずであるからであり、これが毎日同級生と密着とか、学生でなくとも、毎日同じ課の女の子と密着とか、はたまた嫌味な課長と密着と言う状況でも贅沢を言うな、と言われて納得するでしょうか。


今回の「事件」は、ありがちなマナーの問題と言うよりも、輸送力の極小化の行き過ぎにより、輸送量のリバウンドに対応できなくなったという、大量輸送を得意とするはずの鉄道としてあるまじき事態ともいえる話なのです。
大量の乗客と言う鉄道にとっては願ってもない状態に対応できないと言うことが、鉄道に対する信頼をどう変えていくのかを考えた時、今後の対応が重要なのですが、そこにまだ限界までの極小化傾向を維持する動きが見え隠れすることには、大きな懸念を感じざるを得ません。




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