不動尊前経由
〜新京成バス拾遺その4

新京成バスの基幹系統とも言える船橋駅から三咲駅方面に向かう系統は、県道夏見小室線を北上し、鎌ヶ谷大仏や小室駅に向かっています。
このルート、かつては御滝不動付近で現在と異なるルートを走っていました。県道の改修が長らく完了しなかったことによるのですが、その旧ルートを辿ってみました。

不動尊前バス停があったあたり。左は御滝山金蔵寺

写真は2005年7月撮影


夏見小室線を北上する小室線ルートの途中折り返しである船11系統は、今でこそ御滝不動行きですが、かつては1つ手前の御滝中学校前が終点でした。この折り返し場は「御滝不動」の名の由来となった御滝山金蔵寺の横にある御滝公園に接しているのですが、御滝不動のバス停は折り返し場と御滝中学校前の中間にあります。

となると御滝不動のバス停を無視して折り返していたのかと思いそうですが、実はこれ、今の御滝不動のバス停がかつてはなかったことに由来するのです。
とはいえ沿線有数の名所である御滝山のそばに停留所を置かないわけもないわけで、かつては御滝不動バス停手前の交差点をバスは左折し、不動尊本堂のすぐそばに「不動尊前」と言うバス停があったのです。

この先の信号を直進すると御滝不動。かつては左折していた

そして、現在の二和小学校バス停の代わりに「稲荷前」バス停を置き、二和道方面に向かう道路から三咲駅方面に分岐して今の県道夏見小室線に復帰していました。
ちなみに二和火の見下バス停も今の位置ではなく、旧道の分岐地点付近に設けられていました。

稲荷前バス停付近

つまり、当時の状況は営業線は不動尊前に向かって左折し、回送車だけが今の折り返し場に向かっていたのです。
折り返し系統だけ「御滝不動」バス停を設置したり、少し離れてますが「不動尊前」としてしまう選択肢もあったのでしょうし、実際需要はあったと思うのですが、経路変更の日まで回送扱いは続いたのです。それどころか高根経由の御滝中学校前行きは、経路変更があってもしばらくは御滝中学校前止めの扱いで、御滝不動を横目に回送されていたのです。

この変更は、折り返し場の少し先から、三咲駅方面に右折する交差点までの区間が整備されたことによります。今は真っ直ぐきれいな道を走る区間ですが、かつては狭隘な区間を大型バスが走っていたのです。
変更の時期は正確には覚えていませんが、系統番号ができた時に「船11|御滝中学校前」を見た記憶がないので、1980年代前半のことでしょうか。

こうした経緯もあり、この区間は前後の区間と違い畑が目立つ荒涼とした車窓になるのですが、当初は全く何も無しという感じでした。
もっとも、折り返し場のすぐ東側には、このあたりから滝不動駅の西側にかけての区間に今なお残る江戸時代の幕府直轄の牧場の柵(土塁)の跡が残っているように、開発の区切りとなっていることもあり、それも沿線の変化に輪をかけているのでしょう。

旧二和火の見下バス停付近。右折して三咲駅方面へ



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