新選組隊士名鑑
  • 近藤勇

  • 土方歳三

  • 山南敬助

  • 伊東甲子太郎

  • 沖田総司
  • 井上源三郎
  • 永倉新八
  • 原田左之助
  • 藤堂平助
  • 斎藤一

  • 芹沢鴨
  • 新見錦
  • 平山五郎
  • 平間重助
  • 野口健司

  • 松原忠司
  • 尾形俊太郎
  • 武田観柳斎
  • 谷三十郎
  • 鈴木三樹三郎

  • 山崎烝
  • 島田魁
  • 吉村貫一郎
  • 大石鍬次郎
  • 河合耆三郎

  • 篠原泰之進
  • 服部武雄
  • 加納道之助
  • 富山弥兵衛

  • 殿内義雄
  • 相馬主計
  • 中島登
  • 市村鉄之助
  • 阿部十郎
  • 新選組   ->Top

  • 隊士名鑑
  • 組織編成
  • 局中法度
  • 新選組概史
  • 歴史館動乱の章

    山崎烝やまざきすすむ

    ?〜1868

    山崎丞。蒸。進。晋。

    大坂の針医者の息子として生まれたとも、阿波徳島の生まれともいわれる。

    背が高く、色黒で、あまり口を利かない人であったという。
    香取流棒術の使い手で、文武両道の人物であったという。

    文久3年末から翌年初め頃、新選組に入隊する。
    京阪に詳しい山崎は、新選組で重宝され、元治元年春頃から諸士調役件監察として謀報活動に携わる。
    池田屋事件では長州藩士の探索にあたった
    薬屋に扮装し、数日前から潜伏。屋内から鍵を開け、近藤らを誘導したといわれているが、褒賞金名簿にその名はなく、虚構である可能性が高い。

    慶応元年、長州再征に際して幕府の長州藩訊問のための死者が派遣されると、近藤らと共に同行した。近藤らは帰京したが、山崎は吉村貫一郎と残留し、長州藩の情報収集にあたった。
    慶応2年6月、幕軍と長州の戦闘が始まると、戦況を会津藩や近藤に報告した。

    松本良順が屯所を訪れた際には救急治療法を習った。

    12月には大和国宇陀郡松山上町、翌年3月には近江国八日市宿付近の村々に出かけ、訴訟などを処理し治安維持にあたった。

    6月、新選組が幕臣に取り立てられると、副長助勤の職にあった山崎らは見廻組並の格を授かる。
    この前後から、中山忠能、正親町三条実愛らの公卿邸を訪問し、公武合体論を説いた。

    慶応4年1月の鳥羽・伏見の戦いて、5日の淀もしくは、6日の橋本の激戦の最中、重傷を負い、敗走する幕軍と共に大阪に引き上げた。
    10日、幕艦・富士山丸に乗せられ大坂を出航したが、11日に死亡し、遺体は紀州沖で水葬にされたといわれている。

    淀、橋本でそのまま死亡したという説もある。

    彼については、いまだに謎が多い。
    Copyright (C) 2004 str. All Rights Reserved.   http://www.geocities.jp/str_homepage/