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    芹沢鴨せりざわかも

    1830?〜1863

    龍寿。芹沢光幹。下村継次。木村継次。

    芹沢鴨の出自には諸説ある。
    水戸藩行方郡玉造村芹沢在の郷士・芹沢貞幹の三男というのが、最も有力な説である。

    水戸藩領内の神主・下村家に養子となり、下村嗣次と名乗る。
    玉造の郷校を拠点に攘夷運動を行なった。強引な金策や、町役人への狼藉などの罪で水戸赤沼獄に投獄される。
    文久2年12月、徳川慶篤の特赦により釈放された。

    芹沢鴨と名を改め、浪士組上洛に参加する。同じ水戸藩出身者に新見錦、平間重助、野口健司がいた。道中取締目付に任ぜられ、六番組小頭となる。
    道中、宿割番である、近藤勇の不手際に立腹し、往来で大篝火をあげた。これらの騒動で、一時、小頭を解任される。

    入京後、近藤らと共に清川八郎の策謀に異を唱え、残留する。
    会津藩預かりとなるにあったては、主導的役割を果たし、局長筆頭の座に着く。

    当時、貿易により巨利をあげた商人に天誅を加えるという過激派による攘夷活動が横行した。
    芹沢は、その標的の一人、大和屋庄兵衛宅に押し寄せ、土蔵を焼き討ちにした。また、新選組の活動費のため、強引な金策を重ねた。

    これらの芹沢派の行動により、新選組は尊攘激派と同様に見られていた。

    これに危機感を抱いた近藤、土方は芹沢の排除を決断する。これは会津藩の指示であったという説もある。
    9月16日、近藤の密命を受けた土方・山南・沖田・原田により、八木邸で泥酔して就寝中を襲われた。
    芹沢は刀を振り回し、沖田の顔に傷を負わせたが、敢え無く斬殺された。

     
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