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    阿部十郎あべじゅうろう

    1837?〜1868

    阿部慎蔵。信二郎。隆明。高野十郎。

    出羽国由利郡羽広村の農家・阿部太郎兵衛の次男として生まれる。

    幼少の頃から腰の曲がる病気であったという。

    文久3(1863)年初夏頃、阿部慎蔵の名で壬生浪士組に入隊する。
    勤王家で、芹沢派の一員であったともいわれる。
    8月18日の政変にも出動したが、その後、新選組を離脱する。

    離脱後、高野十郎を名乗り、大坂の谷万太郎の道場に身を寄せていた。
    浅野薫に復隊を勧められ、慶応元(1865)年1月、谷らと共に大坂焼き討ちを計画する浪士をぜんざい屋・石蔵屋に討ち取り、その功で新選組に再入隊する。

    それからの阿部は伊東甲子太郎と行動を共にし、その年の再編成では伍長、砲術師範になっている。

    慶応3(1867)年、伊東に同調し御陵衛士を拝命し新選組を離脱する。
    伊東暗殺の際には、外出しており、事件後、三木三郎、篠原泰之進らとともに薩摩藩に匿われた。

    その後は高台寺残党と共に新選組への復讐に燃え、沖田総司襲撃を企てたが未遂に終わる。
    続いて近藤勇狙撃を画策し、右肩に傷を負わせた。

    鳥羽・伏見の戦いでは中村半次郎に属し、その後赤報隊に参加したが、離脱し奥州まで転戦した。

    維新後は、開拓使として北海道に渡り、阿部果樹園を設立し、りんご栽培に精を出した。

    明治32(1899)年頃、東京に移り、新選組についての多くの証言を残した。

    元同士の篠原が事件時逃亡したにも関わらず「自分が近藤を狙撃した」と証言したのを知り、絶交している。

    明治40(1907)年1月6日、病没する。
    享年71。


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