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    局中法度

    新選組「局中法度」


    一 士道に背くまじき事
    一 局を脱するを許さず
    一 勝手に金策致すことを許さず
    一 勝手に訴訟を取り扱うことを許さず
    一 私闘を許さず
    右の条文に背く者には切腹を申し付ける



    この局中法度は「私闘を許さず」を除いた四か条の「禁令」を元に
    『新選組始末記』において子母沢寛が創作したものであるといわれている。


    「禁令」について
    池田屋事件の前、新選組では脱走者が相次ぎ隊士が30名程に減ってしまった。
    この状況を見かね、  「出奔せし者は見つけ次第同志にて討ち果たし申すべし」という掟が作られたという。
    四箇条の禁令は永倉新八の体験談を綴った「新選組顛末記」に記述がある。
    それによると文久3(1863)年4月頃の制定となっているが、 慶応元年春ごろに大所帯となった新選組を取り締まるため 定められたという説が有力視されている。
    また、違反者は全て切腹というわけではなく、正当な理由ありと見なされれば除隊扱いとなったようである。

    「鬼の副長」土方歳三が一人で考え出したかのように描かれることもあるが、
    近藤と土方の合議のもと制定されたと考える方が自然であろう。


    新選組「軍中法度」

    一、役所を堅く相守り、式法を乱すべからず、進退組頭の下知に従うべき事。

    一、敵味方強弱の批判いっさい停止の事。

    一、食物いっさい美味禁制の事。

    一、昼夜に限らず、急変これ有候とも、決して騒動致すべからず、
      心静かに身を堅め下知を待つべき事。

    一、私の遺恨ありとも陣中に於いて喧嘩口論仕り間敷き事。

    一、出勢前に兵糧を食ひ、鎧一縮し槍太刀の目釘心付べき事。

    一、敵間の利害、見受之あるに於いては遠慮及ばず申出るべく、過失を咎めざる事。

    一、組頭討死に及び時、その組衆、その場に於いて死戦を遂ぐべし。
      もし臆病をかまえその虎口逃来る輩これ有においては、斬罪微罪   その品に随って申し渡すべきの候、予て覚悟、未練の働これ無き様相嗜むべき事。

    一、烈しき虎口に於いて、組頭の外、死骸を引き退くことなさず、
      始終その場を逃げず忠義をぬきんずべき事。

    一、合戦勝利後乱取り禁制なり。その御下知あり之に於いては定式の如く御法を   守るべき事。



      右之条々堅固にあい守るべし。この旨執達件のごとし。

                             局長 近藤勇
                             副長 土方歳三


    この「軍中法度」は、池田屋事変の後、禁門の変を前にした
    元治元(1864)年7月に屯所の門前に高々と張り出されたといわれている。


    最も目を引くのは「隊長が討ち死にした時は、配下の者もその場で・・・」のくだりであろう。
    まさに、鬼の規則である。
    函館での戦闘中、退こうとした隊士を土方が馬上から切り捨てたというのは、有名な話である

    子母澤寛はこの「軍中法度」厳格さを「禁令」に上乗せし、「局中法度」を作り上げたのではと言われている。

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