幕末維新人物名鑑
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    相楽総三さがらそうぞう

    1839〜1868

    小島四郎将満。四郎左衛門。字:信臣。号;武振。変名:村上四郎。内田四郎。

    下総国相馬郡椚木新田村の裕福な郷士・小島兵馬の四男として江戸赤坂に生まれる。
    総三が生まれた頃には、赤坂に移り住んでいた。

    幼い頃より国学、兵学を学び私塾を開いた。

    文久元年、父から金を引き出し、諸国を回り同士を集めた。
    その後、水戸天狗党の筑波山挙兵などに加わるが失敗に終わる。

    西郷隆盛、大久保利通らと交流を持ち、慶応3年、西郷の命を受け幕府軍を挑発するため、江戸市中で暴行や略奪を繰り返した。
    屯所を襲撃されれた庄内版画が薩摩藩邸を焼き討ちした。
    これが鳥羽・伏見の戦いのきっかけとなった。

    鳥羽伏見で薩長が勝利した後、西郷から総督府軍の先鋒隊として参加するようにいわれ、赤報隊を結成した。

    新政府が勅定を得ていた年貢半減を布告しながら東海道を江戸へ向かったが、軍資金不足のため、新政府はこれを撤回、赤報隊を呼び戻した。
    3隊に分かれていたうち総三率いる一番隊だけは命令を無視し進軍した。
    総三の部隊に次第に信州の農民が加わり、市民運動の様相を呈してきた。
    それは、新政府は厄介者となった赤報隊を「偽官軍」であると布告した。

    赤報隊は攻撃を受け崩壊、総三も捕らえられ、取り調べもないままに処刑された。

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