【離れるべきこと】

覚りの境地に至ることを目指す人は、自分がどこかしら特別であるに違いないという驕りと、その反対に自分が決定的な何かを欠いたつまらない人間であるのだという自己嫌悪の両極端を(正しく)離れて中道を歩み行かねばならない。

そのためには、世間において広く狭く知られ、深く浅く認知され、しかし誤って通暁される(正しからざる)ことがらを避け、恥じ、畏れ、遠ざけるべきである。

○ 修行ということにとらわれてしまうという避けるべきことを避ける
○ 自分の身に起きた異常な体験を人々に吹聴するという恥じるべきことを恥じる
○ 迷妄と妄執とに浸りきって、それらから抜け出せないでいるという畏れるべきことを畏れる
○ 正しい道を外れた獣の如き人々と心ならずもつきあってしまうという遠ざけるべきことを遠ざける

そして、人が中道を歩むときには、かれは次の如くに為すのである。

◎ 避けなくてよいことを避けることなく、諸々のことがらと真摯に対峙するに至る
◎ 恥じなくてよいことを恥じることなく、こころに問うて疑義を正すに至る
◎ 畏れなくてよいことを畏れることなく、人と世の真実を見極めるに至る
◎ 遠ざけなくてよいことを遠ざけることなく、諸々の尊敬さるべき人と親しむに至る

人は、このようにして一瞬一瞬に進むべき道を見いだし、心はつねに安寧に帰し、平らかに道を歩み行きて、ついに覚りの因縁を生じて不滅の安穏(=ニルヴァーナ)に至るのである。

それゆえに、こころある人は両極端から離れるべきである。 それは、避け、恥じ、畏れ、遠ざけることによって達成されるであろう。