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Victorの日記
10月27日 シティー・センターでのダンサーのためのキャリアの変遷慈善興業 この公演はとてもスペシャルな夜だった。 ダンサーは大抵20代後期から40代半ばという短い生涯だ。 まれに特例はあるけれど、でもそれが一般的な決まりなんだ。 アメリカではダンサーには引退扶助金も与えられないし、 他の仕事への良き解釈技術も無いんだよ。 「ダンサーのためのキャリアの変遷」のこの慈善興行は、 ダンサーとしてのキャリアを終えた時に彼等が新たな技術を学び、 別の職業にチャレンジする支援のための基金を立ち上げる手助けをするものなんだ。 素晴らしい主義だし支援の価値もあるから、 このイベントの委員会がボクたちに参加してくれないかと話をもちかけてきた時、 ボクはその1部を担えることにとても乗り気になったよ。 ボクたちのプレス担当のケヴィン・マッカナニーがまだ日本公演中に連絡してきて、 今年の公演のテーマがハリウッドだろうから、 とりわけ「カルメン・ミランダ」をやれないかと言ったんだ。 このタイプの踊りはバレエのジャンルというより芝居じみた部類になるし、 ボクたちも今までにこういうものをやったことがなかった。 カルメン・ミランダへの賛辞としての部分を含む芝居がかった作品を、 マーカス・ガランテが振り付けていた事を思い出したんで、 ボクは彼に電話してこの慈善興行のためにボクたちが それをやるのを許可してくれるかどうか訊いてみた。 彼は賛成してくれたし、ボクはフランスでの公演を終えるまで、 それに対する沢山の考えも本当に持っていなかったんだ。 マーカスはいくつかの部分が欠けているから、 また作らなくちゃならないと知らせて来て、 ボクも衣装に相応しい靴を探し始めた。 ケヴィン・マッカナリーがそれからその夜に出演する他のアーティストのリストをくれたんで、 ボクは緊張しはじめちゃったよ。 このショウはダンス界の「フーズフー」(*イギリスの人名辞典)だったんだもん。 このようなスターがちりばめられたイベントだなんてボクは思ってもみなかったよ。 先ずはマリー・タイラー・ムーアと そして「ダンス・インスティテュート・バイ・ジャック・ダンボアーズ」の為に振り付けられたナンバーで始まった。 それから数年前にブロードウェイにかかっていた「赤い靴」が ラーズ・ルボビッチ・カンパニーによって演じられたんだけど、 ここにはかつてABTにいたダンサーが数名いるし、 何名かは今ブロードウェイの「Movin Out」に出演してるんだよ。 次はニューヨーク・シティー・バレエのプリンシパルやソリストによる ジェローム・ロビンス版「ウエスト・サイド物語」からのナンバーで「アメリカ」だった。 それから映画「愛と喝采の日々」の主演で元ABTのプリンシパルだった レスリー・ブラウンがマクミラン版「ロミオ&ジュリエット」のバルコニーの場を踊った アンヘル・コレーラとアシュリー・タトルを紹介したんだ。 「In Living Color」の振り付けと同じく その映画界での偉大なキャリアでも良く知られているロージー・ロペスが ボクたちの「カルメン・ミランダ」への賛辞を紹介してくれた。 今までにハイヒールで踊ったことはなかったから、すごく緊張したし、 それにこんなにも大勢の逸材がまわりにいるんで、 完璧にやらなくっちゃって気分になった。 未だかつてやったことのないナンバーだったから、 観客がどんな反応するかボクはわからなかったけど、 彼等はすごく笑ってくれたし、 拍手もしてくれたんで、ボクはとてつもなく安心したんだ。 ブロードウェイ・ショウの「アイーダ」のメイクアップ・ディレクターで ボクの友人のジョージ・ヴァルガスが来てくれて、 その夜のボクのメイクをしてくれたんだけど、 彼はボクたちが好印象を与えるようにしたいってとっても思っていたんだよ。 ショウはアン・リーキングとベイブ・ニューワースと その他6人のすごく良かった女のコたちによるすばらしいナンバー 「ビッグ・スペンダー」と続いた。 グレゴリー・ハインズの弟のモーリス・ハインズも、 ハリウッド伝説のエスター・ウィリアムス、 ジェーン・パウエル、そしてシド・チャリシーと同じく現われた。 ブロードウェイ・ショウの「サタデー・ナイト・フィーバー」のナンバーもあり、 ロイヤル・バレエからのアリーナ・コジョカルとヨハン・コボーの「黒鳥」で その夜は幕を閉じた。 その後でオークション付きの素敵なパーティーがあったんだ。 品物にみんなは1万ドル以上も競り合ってたよ。 ダンス・シアター・オブ・ハーレムのかつてのプリンシパルで、 現在のポアント・マガジンの編集者であるヴァージニア・ジョンソンや、 ABTの伝説的なプリンシパルだったシンシア・グレゴリー、 ランディー・スキナー、リン・レッドグレイヴ、ラス・タンブリン、 オーレン・ダール、ジョージ・チャキリス、マージ・チャンピオン、 ウィリアムス兄弟、フェイアード・ニコラス、マルニ・ニクソン、 ロバート・オズボーン、そしてエリザベス・パーキンソンといった重要な人たちも その公演で演じたりトークをしたんだ。 そのパーティーでボクはABTの監督のケヴィン・マッケンジーや、 NYCBの元バレリーナのヘレーヌ・アレクソポウリス、 ルールデス・ロペス、テリ・レイエスといった追求を無くした大勢の人たちに会った。 常に思い出すであろう見応えのあるイベントだったよ。 このような素晴らしいイベントに参加できた事を ボクたちはとても誇りに思った。 テリ・レイエス。 ボクは何年か彼女と一緒のクラスを受けていて、 「星条旗」でのソリストを踊っていたのをいつも思い出すよ。 ヴァージニア・ジョンソン。 ダンス・シアター・オブ・ハーレムのエレガントなプリマ・バレリーナだった。 彼女がウェスト・パーム・ビーチに公演に来た時に、 ボクもそこで1年弱踊っていたんだけど、その時に彼女に会ったんだ。 「欲望という名の電車」の主役をやっていたのを思い出すよ。 ボクはただのエキストラだったけど、 彼女はパーム・ビーチ・オーディトリアムの楽屋の床で寝ていて、 ボクが彼女がもっと心地良くなるように何か持って来ようかと提案したことを覚えてる。 (セーターとか枕とか、ずっと前のことだからどっちだったか定かではないけどね) 彼女がボクの提案を受けたかどうかは覚えてないなぁ。 でも、彼女はコートで顔を覆っていたから暗闇で眠れたってことは良く覚えてるんだ。 ジェニファー・リンガー。 彼女はNYCBの現在のプリンシパルだよ。 ボクは何年か彼女と一緒のクラスを取っていて、 先生はいつも彼女をジェニーって呼んていたんだ。 とても良い女のコがいるけど、 どこで踊ってるんだろうっていつも思っていたんだ。 もちろん、ジェニファー・リンガーって名前は知っていたけど、 そのコが同一人物だなんて考えたことも無かったから。 で、ある日リンカーン・センターのバーンズ&ノーブル近くのブロードウェイを歩いていたら、 そこに巨大な彼女のポスターがあったんだよ。 ボクはバカだったと思ったね。 ルールデス・ロペスもまたNYCBのプリンシパルだったんだ、 今は引退しちゃったけど。 ボクが最初にNYCBを見たのはウェスト・パーム・ビーチで 彼女は「星条旗」の主役の一人として踊っていた。 「ガルギラード」っていうステップを彼女がやっていたのを思い出すよ。 それぞれの足でダブルで”ロン・ド・ジャンベ”での”パ・ドゥ・シャ”なんだ。 ボクは彼女の踊りを見てからファンになったね。 彼女はエキサイティングだったしすごい明快さがあった。 それにその時は沢山のラテン系バレエ・ダンサーを知らなかったからね。 彼女はボクを感激させてくれる最初の女性ダンサーの1人だったんだ。 レスリー・ブラウン。 彼女は元ABTのプリンシパルで、 勿論「愛と喝采の日々」で主演してたんだよ。 ディオンの良き友だちなんだ。 ボクは何年か彼女とその弟のイーサンを知っていたし、 同じくバレリーナだった彼女のお母さんにも会ったことがあるんだ。 このショウはチャリティーだという事は聞いてはいましたが、 そうそうたる歴代の名前のオンパレードでしたね。 ビックリです。 でも、こうやって沢山の写真もアップしてくれたので、 すごく良くわかって楽しかったというか、 嬉しかった(ヴィクターが?)のが伝わってきますよね。 奇抜な衣装の「カルメン・ミランダ」、 是非見てみたいものです! (Jainnie K) |