レトロ・ギャラリー


BGMリリーマルレーンはピアニスト、OTOさんから
ムリヤリ頂きました。^^;OTOさん、ありがとうございます。

ようこそ、旧アサヒビアハウス・ギャラリーへ


梅新アサヒ・ビアハウスを知っている方には
往時を懐かしんでいただき、
知らない方には、beerhouseエピソードとあわせて
旧きよき時代を感じ取っていただければ
幸いです。では、みなさま

Ein Prosit ein Prosit der gemutlichkeit!
乾杯!


ビアジョッキをクリックすると、「アイン・プローズィト」の歌が聴けます。

梅新アサヒビアハウス同窓会掲示板は下からどうぞ。
http://www3.ezbbs.net/22/beerhouse/

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          アコーディオンのヨシさんと歌姫たち
歌ってる途中でいつも割って入ってくる毎夜常連、A放送のK氏(笑) 
宝木嬢にいつも後で叱られていました。職場よりビアハウスに出勤してる方が多かったかも(爆)



梅新アサヒの立ち飲み席

 これが知る人ぞ知る
 アサヒ常連の立ち飲み席!

 どこの店でも常連の席を確保
 するものであるが、アサヒでは
 常連自ら立ち飲み席を陣取るのです。

 若き日の常連のみなさん。
 左からアコのヨシさん、
 「無情の夢」が持ち歌の故沢田先生、
 歯科医でした。 その隣が62歳で
 阪神タイガース応援歌で歌手デビュー
 した杉ヤン。
 右端が今でもアサヒで毎晩その姿が
 見られるでしょう朝○放送の児島氏(笑)

 

 



わたしの楽譜「La Pioggia=雨」

 

ボロボロになったわたしの楽譜。
裏には破れをふせぐため、
一部ガムテープでつないでいるが、
この楽譜の向こうから聴こえてきます。

♪La pioggia non bagna nostro amore
quando il ciel e blu

 



わたしの気に入りスナップ写真
      

              
           わたしがビアソング人間国宝に推薦したいと思う宝木嬢^^。 常連にポーズを取れと頼まれて^^

                 
     


   オクトーバー・フェストでのモノクロ写真。 思い切って髪を短く切った時期。 

                      


                     
                   
                  わたしたちのスナップ写真は全て、常連客や見知らぬ客が撮影、提供されたものです。

 



御堂筋に面したアサヒビアハウス入り口

 この小さな入り口すぐにある階段を
 降りたところ、扉の向こうに、梅新
 ABの世界があった。

 階段を降りると、仲間たちのざわめ
 きが、アイ ン・プローズィトが聞こ
 えて来る。

 アサヒビアハウスの階段を降りる
 度にわたしの胸はいつも未知の人
 生に、出会いにときめいたものだ。 
 
 

 




  ご存知、阪神タイガース大ファンの杉ヤン!



この歌いっぷりは「オ、ブレネリ」です
体を前後に揺らし、声張り上げて歌ってます、杉ヤン^^
ここで杉ヤンを知らない人はモグリです。

                                   



常連、ベルリンオリンピック・水泳のゴールドメダリスト
葉室氏と歌う「知床旅情」

                  
                 旅の情けか 酔うほどのさまよい      今宵こそ君を 抱きしめんと
                    浜に出てみれば 月は照る波の上     岩かげに寄れば ピリカがわらう〜
                 (このあたりは、こういう調子で↑)      (だきしめんと〜で、こういう具合に↑笑)
                             
なぜだか、写真を撮ってる宝木嬢の後姿が^^;

 



テレビに取り上げられたプロジェクトX氏

 

 
 
常連さんの一人。 
 NHK番組「プロジェクトX」でその活躍を
 とりあげられました。めったにお歌いになりません。
 多分この時が最初で最後だったように思います。
 送別会の席でした。

 

 

 

 

 




宝嬢と歌う我が友、キャセイクルーのDavid



            クルー仲間で歌うただ一人の人、
                    英国人の我が友。
                    「エールワイス」が持ち歌。
                    少し暗いですがご勘弁を。

                    渡米の夢に手が届き、いよいよ
                    飛び立つその日に、羽田まで見送り
                    に来てくれたのがDavidでした。

                    今、どうしているでしょう。

 

 



雑誌ANAN1977年5月20日号とメモ


          

雑誌に載った若き日の歌姫、初期のころ。
民族衣装をつけたのはずっと後になってからで、
この頃はよくシャンソンを歌っていました。
写りはよくありませんが、シンボしてください。
レトロのゆえんでありまする(笑)

 


1977年「週間朝日」2−4号掲載

 

    回し飲み、女性が立ってます。たった一枚の「塩さん」が写っている写真。
    暗くてよく分からないかもしれませんが、横で手をたたいているのが塩さん
    回し飲みの列の後ろにマック、土佐さんの顔が、そして、右の端っこに  
    荒井さんも座ってますw





       これがアサヒビアハウス名物5リッタージョッキー回しのみ




 梅新アサヒ・ビアハウスの名物で、
 当時は毎晩のようにに催されまし
 た。この日トップバッターで飲んで
 だのはアメリカ人の我が友Bruce

 Bruce君は、「アリゾナの空は青
 かった」にも登場します。

 

 

 

 

 


マーティンさんのグループ

わたしが一時通っていた梅田英語スクー
ルのヘッドマスターがMartinさん。
当時には珍しくそこの先生はみなnative
speakerでした。Martinさんと後ろにみ
えるBruce君を除いて他は全員生徒さん
です。
オーストラリア人のMartinさん、この頃は
よく見えました。

マーティンさんはこちらのエッセイに登場
します。

 



  1977年女性セブン6月16日号

         
           リボンのアイコンをクリックすると「Eine nacht in
            Monte Carlo=モンテカルロの一夜」が聴けます。
    (雑音が入り、とてもレトロです^^;)


      常連の中でもひときわ目立ったカップル。
        「モンテカルロの一夜」「夜のタンゴ」が歌われると
 必ず踊り出す。彼ももう故人です。
       それぞれ強い個性を持つ 常連が多い、愉快な
               大人の集いのビアハウスでした。

 

 

 



カエルの子はカエル?

            
          我が息子J.R. どうしてもマイクを離さず、困りました(汗)
          そこでマイクの電源を切って持たせました(笑)
          このようなことを自由にさせてくれたアサヒ。
          思い出が山ほどあります。



わが息子ジュアンと宝嬢たち


           

 懐かしい面々が後ろに^^
 高橋店長、土佐さん、Dr.N
 一時帰国していた時期で、
 わたしはこの頃も復帰して
 歌ってました(笑)

 

 

 

 



歌うドクトル・N

 

           
          ビアジョッキをクリックすると
「Ich hab mein Herz in Heidelberg verloren」が聴けます。

  
 若き頃ドイツ留学をして医学を学んだと言う。歌うのはドイツ語で
 十八番は 「ハイデルベルグの郷愁」。
 ジョッキ片手に、実に楽しそうに歌います。ご覧のように片足も必  ず上がっちゃう。これが彼のスタイルです。

            さて、ステージの壁に貼ってあるアサヒ楽団 トリオの似顔絵が
            (ヨシさん、宝嬢、わたし)見えますかな?
            これはさる画家がこのビアハウスで酔いに任せて描いたもの。
            常連のどなたか保存してますか〜〜。
            オークションにかけるかな?(笑)

 


宝嬢と「谷間のともしび」を歌う
武ヤスさん

  

 たそがれに我が家の灯〜窓に映りしころ〜^^
 
 いいですね、この歌。懐かしさがこみ上げてきます。

 二本の太い眉毛が特徴でした。
 どうしているのかな?
 その前でご愛嬌でK氏と踊って
 おりますわたし。

 

 



懐かしや、Mr.高松

ABの黄金時代の重役さん(?)w血液型が同じB型だからと言って、ゆうちゃんゆうちゃんと可愛がってくれました。

この顔が店に現れるとなぜかホッとするものを感じましたっけ。
「ふうてんのゆう子」とわたしにニックネームをつけたのはこのお方です。(笑)
Mr.高松、お元気ですか?

 


アサヒビアハウス恒例の
   オクトーバー・フェスト
    (10月祭り)
 

Rオクトーバー・フェスト/1977
このころはアベノも入れて歌姫は3人だけでした。
1年に一度のドイツ式ビア祭り。普段と違い大きな楽団が入ります。

                  

左側で乾杯の音頭をとるのはベルリンオリンピック大会の水泳競技で金メダルをとった葉室氏。オクトバーフェストはこの頃時々報道陣が入り大阪のテレビニュースで流されました。

写真右、右端に写っているのは、ラテンを歌わしたら最高の田嶋氏。少し足が悪くひきずっていましたが、
抜群の声量とつやのある素晴らしい声の持ち主。彼が持ち歌で歌う「キエン・セラ」は最高に盛り上がるのでした!


                               



阿倍野ビアハウスの巽氏と歌姫も入って

 ハイ、チーズ〜wこの日のわたしは衣装を
 着てませんからオフ。オフでもこうして
 出かけたものです。

 ここに来れば会社とはまた違った楽しい
 仲間がいる、そんな気がするビアハウス
 でした。^^

 

 

 

 



2009年、ビアハウスから30年後の今



夫と初めて会ったのも、この思い出のアサヒ・ビアハウス。
1977年6月30日でした。
その日は彼の30才の誕生日でしたからよく覚えています。
わたしたちは結婚式は挙げませんでしたが、
親友michikoとかつての会社の同僚ザワちゃん(こちらのエピソードで登場→
)に
証人になってもらい、京都府伏見区役所に婚姻届を出したあと、
このビア・ハウスで常連や会社の仲間たちが祝ってくれたのでした。

黄金時代の重役さんMr.高松曰く、
「なに、アメリカから半年で帰ってきたのと同じく、ポルトガルへ
行っても、ゆうちゃんはまたすぐ戻ってくるさ。あははは。」^^;

確かに時々戻りはしますが、あれから30年、結局
「ふうてんのおゆう」はその名を返上して、海を隔てた向こうは
アフリカ大陸というポルトガルに終の棲家を得たのでした。

旧アサヒ・ビアハウスをご存知の方、このギャラリーをご覧になりましたら、
かつての歌姫こと「ふうてんのおゆう」は、日本からの遠国、
ポルトガルにて、元気にしておりますゆえ、ご安心ください^^

また、トップページより、メールをいただけましたら、
本当に嬉しいです。

旧アサヒ・ビアハウスは現在はかつてのABがあった同じ場所に
「アサヒ・スーパードライ梅田」としてあります。
あの頃と変わらず出かけている常連が幾人かいると思います
ので、どうぞ、お出かけしてみてください。

わたしの中でのアサヒ・ビアハウスは今も変わらず、少し薄暗くて、
大理石柱があり、ヨシさんのアコーディオンと大先輩、
宝木嬢の姿がホールに見え、常連たちが立ち飲み席で
飲んでいる、あの風景そのものです。

それこそが、わたしの梅新アサヒ・ビアハウスです。
目を閉じればあの頃の常連たちのそれぞれの持ち歌が今も
聴こえて来るようです。


古い写真が出て来ましたら、またアップいたしますので、
どうぞ時々覗いてみてください。
また、下記では、わたしの記憶にある限りアサヒ・ビアハウスの
思い出をエッセイにしております。
拙文ですが宜しかったらご一読ください。

「あの頃、ビア・ハウス」トップページ →  


旧アサヒ・ビアハウスの仲間には、塩さん、歯医者さん、土佐さん、
A.D.葉室先生、高橋店長さん、タンゴのおじさんと、
もうアサヒには来るにも来られない人たちもいますが、
みなさん、きっと天上で再会し乾杯していることでしょう。

わたしにこのような素敵な思い出を残してくれた
みなさんに心から感謝して、
Ein Prosit!

2009年12月記。写真は2007年のパリにて。



それぞれ個性豊かな常連さんたちのエピソードをエッセイでとりあげて
います。よろしかったらどうぞお立ち寄りください↓

ビアハウス・エッセイメニューへ →  

   
             お世話になっています。^^

 

 

 

 

 

 

 

 

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