特集 ASTRO-Gとはやぶさ2の同時打ち上げについての検証 by LH2

宇宙ジャーナリストの 松浦晋也氏は、日経BPの記事において、ASTRO-Gとはやぶさ2の同時打ち上げが可能なのではないかという主張をなさっています。
本当に同時打ち上げが可能なのか、分かる範囲で計算を行ってみました。

デルタVの計算

まず、必要とするデルタVを求める必要がある。
ここでは、JAXAのH-IIAロケットページのPDF (*1)のデータを利用できるようにするため、記事とは異なりGTOのパラメーターを、近地点高度250km、遠地点高度36226kmとする。
軌道の近地点、遠地点での速度が分かれば、その差を計算することによってデルタVは計算できる。
軌道計算の公式を用いてホーマン軌道のデルタVが簡単に分かるExcelを作成した。(こちら
これを用いて計算すると、GTOの場合、近地点速度は10203m/s、250-25000km楕円軌道の場合の近地点速度は9965.7m/sであるから、デルタVの差は237m/sである。
また、地球脱出軌道への遷移に必要となる速度を求めるためには、軌道エネルギーc3(km2/m2)がわかる必要がある。軌道エネルギーとは、地球脱出軌道で、地球から無限遠の距離に到達した際の速度を自乗したものである。
ここでは、小惑星探査フォーラムで計画された、はやぶさ2と同じC型小惑星へ向かう軌道(電気推進・M-V使用)の場合(*2)
を想定した、C3=0.79km2/s2をもとに地球離脱速度を計算すると、高度250kmにおいてその速度は11004m/sであった。
(注:これでは第2宇宙速度以下ではないかと思われるかもしれないが、第2宇宙速度は地上での打ち出しの場合に必要とされる速度である。打ち出し高度が高くなれば必要とされる速度は小さくなっていく。ここでc3=0として高度を0kmとすると実際に11.2km/sに近づくことが確認できる。) これより、250-25000km楕円軌道から脱出軌道へ遷移する場合のデルタVは1038m/sとなる。


案1:H2A202(PLF:4/4D-LC)+KM-V1

打ち上げ能力の計算
H-IIAロケットの能力は、(*1)によると、近地点高度250km、遠地点高度36226kmのGTOに3700kgである。これは100kgのPAF(衛星搭載部)を使用した場合であるので、PAFを含めると搭載能力は3800kgである。
ここで、PLF(フェアリング)は4S型(質量1.4t)を使用している。
この場合、H-IIAの理想速度増分は約12435m/sである。
以下のデルタVの計算は、当サイトで公開しているロケット打ち上げ能力計算Excelで計算できる。

(記事では、 デルタVの差はすべて第2段デルタVの変化となるとして計算が行われているが、実際はアポジ高度の変化によって浮いたデルタVはH-IIAロケット全体の要求デルタVの減少として現れると考えられる。(第2段のデルタVを230m/s減少させようとすると、ペイロードが増加するが、そうすると第1段でのデルタVも減少してしまうはずである)
ここでは、簡易的にではあるが全段について計算した。)

これより、 楕円軌道でのデルタVはデルタVの差237m/sだけ少ない約12198m/sとなる。
この速度へ加速できる質量は、上部衛星フェアリング質量を1.3tとした時、約4270kgである。
(上部衛星フェアリングの質量は、かつてのGXロケット概要(*3)より求めた。GXロケット4mフェアリングは4/4D-LCの上部フェアリングである。)

質量の計算
ここで、下部衛星フェアリングの質量が必要となる。H-IIA3号機の資料(*4)によると、4/4D-LCフェアリングの質量は全体で1.9tである。上部衛星フェアリングの質量は1.3tなので、残りの600kgが下部衛星フェアリングである。
また、KM-V1使用にはスピンテーブルが必要である。H-II/H-IIAではスピンテーブルは使用されていないと思っていたが、調べてみるとH-IIAロケットのPAFには「937Mスピン」というタイプがあり(*5)、H-IIロケット3号機のGMS-5(スピン安定型)打ち上げの際に使用されていた。937Mスピンの質量は、H-IIAシステム解説書(*6)によると130kgである。実際はインターフェース直径が合わないが、質量はこの程度に収まるだろう。
これより、 3800kg(4270kg)のうち、910kg(ASTRO-G)、510kg(はやぶさ2)、100kg(PAF-937MforASTRO-G)、130kg(PAF-937MSpinforはやぶさ2)、600kg(下部PLF)以外の1550kg(2020kg)がキックモーターに割ける質量である。

ここでは、KM-V1の出しえるデルタVではなく、どれだけの推進剤をKM-V1に充填すればよいか考える。
KM-V1は構造質量0.1243t、比推力298s、推進剤1495kgとした。 (*7)
ペイロードをはやぶさ2+アダプターの510+100=610kgとすると、
デルタV=1013.8m/sのとき、推進剤質量=313kg、推進剤充填率22.8%
デルタV=1400m/sのとき、推進剤質量=452kg、推進剤充填率33.0%である。
このとき、キックモーター質量は確実にキックモーターに割ける質量より小さい。このため、問題はないと思われる。
(充填率が低すぎるが、この場合にはもっと推進剤を充填して、C3を大きくすれば電気推進側の負荷が減るかもしれないし、場合によっては、電気推進が不要となる小惑星も出てくるかもしれない。)

また、仮にキックモーターをGMSと同じStar27にすれば、PAFとして937Mスピンをそのまま使用でき、専用のPAFを開発しなくてもすむ。Star27のデータ(*8) によると、Star27は質量361kg、構造重量27kg、比推力288sであるから、アダプタ質量を100kgおよび50kgとした場合のΔVは1190m/s、1272m/sとなる。
この場合は場合によっては速度が足りないが、C3=0.79km2/s2の場合では速度が足りている。
ミッションの詳細が決定していれば、Star27を使うのもひとつの手かもしれない。
また、Star27と第2段第3回燃焼を組み合わせれば、余裕ではやぶさ2を軌道に投入できる。


案2:H2A202(PLF:4/4D-LC)andSEIG3

以上が松浦氏が提案されたシナリオの検証とそれに付随した考察である。このように、キックモーターを付加した場合はやぶさ2の同時打ち上げも可能である可能性があることがわかった。
(ASTRO-Gが推進剤節約のため1000-25000km楕円軌道へのH-IIA直接投入を考えていた場合や、フェアリングの音響、振動、軌道投入誤差などの未知の要因も考えられるため、打ち上げが可能であると断言することはここではしないことにする。)

しかし、キックモーターなしではやぶさ2が打ち上げられれば、もっと低コストでの打ち上げが可能になるのではないだろうか?
そこで、第2段第3回点火を用いた場合の打ち上げ可能性について検討してみた。

まず、第2段は第1回、第2回燃焼で250km-25000kmの楕円軌道に入り、即座にASTRO-G、下部衛星フェアリングを分離し、そのまま第3回燃焼をするとする。
まず、第1,2回燃焼での推進剤使用量を求める。推進剤使用量ΔMは、ツォルコフスキーの式
ΔV=g・Isp ln(M/M-ΔM)を変形して、
ΔM=M(1-exp(-ΔV/(g・Isp)))
として求められる。ここでMは燃焼前の質量である。

第1,2回燃焼前では、M=20*1000+510+130+910+100+610=22250kgである。
(順に第2段、はやぶさ2、はやぶさPAF、ASTRO-G、ASTRO-G PAF、下部PLF)
Isp=448s
ΔV=5436-237=5199m/s
(5436は基本となるGTOミッションでの第2段ΔVの計算値、237は先ほど求めたΔVの余裕)
とすると、
ΔM=15436kgとなる。
ここで、推進剤残量=16900-15436=1464kg
である。

これより、第3回燃焼で出せるデルタVについて考える、
M=(20-16.9)*1000+1464+510+130=5204kg
(順に第2段構造、推進剤、はやぶさ2、はやぶさPAF)
ΔM=1464kg
Isp=448s
とすると出しえるΔVは
ΔV=1451m/s

これは、C3=0.79km2/s2をもとに計算したΔV= 1038m/sを上回るだけでなく、松浦氏の仮定した1.4km/sをも上回る。

もちろん、これは近地点でSEIG3を行った場合であるから、実際にはASTRO-G分離からSEIG3を行うまでの間に理想的な近地点からは外れてしまう。また、楕円軌道を一周してから点火する場合にはH-IIA第2段の機能継続時間を延長する必要が生ずる可能性がある。
仮に以上のような要因で数10m/s程度の
不足が生じても、はやぶさ2の2液式スラスターで補うことができるだろう。
キックモーターを装備するか、第2段第3回点火を行うか、どちらが有利かは状況によって変わるものと思われるが、第3回点火、軌道上延命はGEO直接投入が多くなってきた最近の打ち上げロケットにとって必要な技術であるから、第3回点火軌道変更実験と称して投入してもらうとすれば、キックモーター搭載と比較して有利となる可能性もあるのではないだろうか。


以上がASTRO-Gとはやぶさ2の同時打ち上げに関する考察です。間違っているところもあるかもしれませんが、暇を見つけてこつこつ考えている状況ですので許してください・・・。

備考:等記事の性質について
この記事は松浦氏の記事について興味を持った1宇宙ファンによる考察に過ぎません。

等記事では単純な重量の見積もりと、ツォルコフスキーの式の変形によってΔVが目標ミッションに達するかを試算したものであり、この考察をもってはやぶさ2のH-IIA同時打ち上げが可能であると断言することはできません。
例えば、キックモーター、もしくはH-IIA第3回点火は、地上局の存在する地点で行わなければなりませんが、この考察ではそのような制約条件は考慮していません。また、衛星には要求重心高さや重心オフセットに関しての制約が設けられていますが、ここではそのような条件は考察していません。また、宇宙空間での伝熱、フェアリングの音響環境、振動など、ミッションを不可能にしてしまうここでは考察していないさまざまな要因があることを見逃してはなりません。

宇宙工学はあらゆる分野の工学の総合工学として位置づけられるものであり、このような単純な考察のみによって「JAXAや宇宙関連企業は何をしている」と批判することは実際に宇宙開発に関わっている方にとって大変な失礼と言えるでしょう。

そのようなことを念頭において、「こういう可能性もあるのかなあ?可能だと嬉しいな」という参考程度にこの記事を利用していただくことをお願いします。

PS:松浦氏のBlogでこの記事を紹介していただいたようです。本当にありがとうございます。


参考文献
*1 宇宙航空研究開発機構 H-IIAパンフレットhttp://www.jaxa.jp/pr/brochure/pdf/01/rocket01.pdf
*2 第4回宇宙シンポジウム ポストはやぶさ時代の小惑星サンプルリターン探査構想
http://www.as-exploration.com/mef/mef_report/mef_report_Ver.1.0_Appendix/2004-Space%20Science%20Symp-MEF.pdf  の10ページ
*3 Garaxy Express GXロケット概要(2005) インターネットアーカイブhttp://web.archive.org/web/20050528043855/www.galaxy-express.co.jp/aboutGXrocket_final.pdf
*4 平成14年度夏期 ロケット打ち上げ及び追跡管制計画書 H-IIAロケット3号機(H−IIA・F3)http://www.jaxa.jp/press/nasda/2002/img/f3plan_020717.pdf
*5 H-IIAロケット8号機の概要 http://www.jaxa.jp/projects/rockets/h2a/f8/img/h-2af8_j.pdf
*6 H-IIAシステム解説書 NASDA (99-00年ごろNASDAサイトにあったが、その後はなくなってしまった。インターネットアーカイブで探したがファイルが破損していた。)
*7 ISAS 宇宙科学研究所報告 特集47 M - V 型ロケットの推進性能 http://www.isas.ac.jp/publications/hokokuSP/index2003.html
*8Encyclopedia Astronautica http://www.astronautix.com/engines/star27.htm