再び表情を引き締めるフェイリンを目の前に、ユオは服についた汚れを払う。
「うお〜、危なかった〜」
 服を払いながらの呟きには、危機感など欠片もあらず、さして気にしていないようにも見える。
「いいわ、あなたが強いってことはよく分かった。今度は、こっちも本気で行かせてもらうわよ」
 そう言って、フェイリンはユオに向けて両掌を突き出す形に構える。その両手の肘から先に、蛇が絡みつくように紫電が纏わり付いていく。
「蛇の牙、獅子の牙、竜の牙。風の戯れ、地の怒り。刺し貫け、千の大蛇!!」
 フェイリンが大気を揺るがすような迫力で叫ぶ。そして、声と同時に腕に絡み付いていた幾条もの紫電が、獲物を見つけた蛇のようにユオへと襲い掛かった。
 ユオの視界を埋めるほどの紫電の大蛇。その全てが違う角度、方向から生き物のようにうねり絡み合い鎌首をもたげユオを喰らおうと迫り来る。
 先程の火球など比べ物にならないほどの速度の大蛇は、フェイリンの腕から放たれた次の瞬間には回避不能な距離まで近づいていた。
 ユオは剣を腹を前に構える。瞬間、無数の雷の蛇が、見えない壁にぶつかって弾けた。
「……さっきの爆発も、そうやって防いだってわけね。無駄に魔力が高いってのも、厄介なこと」
 ユオは大剣を盾にしながら、修練場の内周をなぞるようにして走る。次々と大蛇が剣に到達するが、その全てが圧倒的な魔力の壁に阻まれ消滅する。
 剣の隙間からフェイリンを見れば、腕を突き出した状態で身体ごとユオを追うように向きを変え、その腕からは止め処なく追加の蛇が生み出されていた。つまり、フェイリンを倒すには、魔力が尽きるのを待つか、紫電をかいくぐり一撃を浴びせるか、ということになる。だが、どちらにせよ困難なことには変わりない。逃げ続けてもいつかはユオの体力が無くなる。今は辛うじて蛇は一方向からしか襲ってこないが、ユオの足が少しでも鈍れば、その瞬間四方八方から襲い掛かられることになるだろう。かといってフェイリンに攻撃しようとすれば、ユオはフェイリンに近付かざるを得なくなり、近付けばユオは格好の的になる。
 ならば、近付かずに攻撃すればいい。
 全ての蛇がまるで生き物のように襲い来る。それは機械の統率された動きではなく、まさに獲物を見つけた捕食者の動き。それぞれの蛇が我先にと競い合う。ならば、絶え間ない怒涛の突進であるときもあれば、僅かにでも群れが途切れることもある。
 ほんの僅かな時間、隙間ができた。フェイリンに走り寄るなど不可能で、できることは精々剣を一振りする程度。だが、その程度で十分だった。フェイリンの敗因は、ユオの剣の力を見誤ったこと。
 ユオが盾のように構えていた大剣を走りながら後ろに流す。柄を両手で握り、全膂力を込めて迫り来る無数の蛇に照準を合わせ、大剣を薙いだ。
 前代未聞の高濃度魔力を纏った大剣は、さながら調教師のように、他の魔力を巻き込み魅了し屈服する。それが炎であれ氷であれ、雷であったとしても変わりはない。魔力である以上、必ず影響を受ける。紫電の大蛇は大剣と衝突した瞬間、頭が胴と尾を吸い込むように球体へと姿を変え、フェイリンへと打ち返された。当然、普通の剣では到底できない芸当だ。
 球体へと変化した紫電は、反発する磁石のようにその速度を著しく上昇させ、元飼い主に襲い掛かった。
 高レベルの魔術は通常、他の魔術と同時に使用することはできない。ましてや、真言を用いる魔術なら尚更のこと。
 フェイリンは咄嗟に雷蛇の魔術をキャンセルし、魔術障壁を展開しようとするが、時既に遅し。対魔術用に表面を加工されたコートが感電を抑えたものの衝撃までは吸収しきれず、フェイリンは巨人にでも殴られたかのように吹き飛び、予測していたかのように立っていたラルインに受け止められた。
「この勝負、ユオ君の勝ちですね」
 フェイリンは痛みからか気を失っている。ラルインは観客席に転がっている所員にフェイリンを託し、医務室に運ぶよう言うと、ユオに歩み寄った。そしてユオの両手を掴み、泣いた。
「あ゛り゛がと゛う゛〜!」
 ユオが仕方なく子供のように泣くラルインをなだめる。しばらくしてラルインが泣き止むと、フェイリンを託した所員が小走りにやってきて命に別状は無いとラルインに報告した。
「いや〜、ユオ君は勝ちましたし、フェイリンさんは無事ですし、万々歳ですね〜」
 ラルインがとても気持ちのいい顔で笑う。こんな性格なのにラルインが誰からも恨まれてないのはこの笑顔のおかげかもしれない。
「で、俺はマジであの子と行くんですか?」
 そこが問題だった。ユオは金と聞いて咄嗟に頷いてしまったが、よく考えればそれだけでは割に合わない気がしてきた。
「えっ!? 駄目なの!?」
 ラルインは、半泣きになった。
「……まあ、一度OKしましたから、しょうがないですけど」
 ラルインは、笑顔になった。
「大丈夫ですよ、彼女は強いですし。なにより、お金に困りませんしね!」
「ええっ、そうですねっ!!」
 ユオも、笑顔になった。


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