「見たところ大した怪我もないみたいだし、脱水症状と極度の空腹ってところだね。怪我は魔術で治せても、腹減りは治せないんだから、しっかり食べなあかんよ?」
 白を基調とした清潔感あふれる部屋には、ユオにはなんだかよく分からない器具や薬品が所狭しと並んでいる。その部屋にいくつかあるベッドの一つにユオは寝かされていた。
 カルテだと思われる紙の束を持った、白いローブを纏った治癒魔術師で恰幅のいいおばさんが、ベッドに寝かされているユオに治癒魔術をかける。
「う〜……ありがとうございます」
「いいんだよ、礼なんて。こっちはこれで食べてんだからね」
 がはは、と剛毅な笑いでユオの殊勝な雰囲気を笑い飛ばす。
 このサバサバとした態度と懐の大きさで、このおばさんはみんなから信頼されていて、人生相談なんかもしょっちゅう受けているらしい。古き良き時代の母親という感じなのだろう。
「あ、それとあんたのバカでっかい剣だけどね、ここ武器持ち込み禁止だから、所長が保管庫に持ってったよ。明日になったら忘れずにとりにいきな」
 その言葉を最後に、ユオは真っ暗な眠りに落ちていった。おばさんがかけた催眠の魔術が効いたのだろう。





「う〜〜〜〜〜〜〜〜む」
 ラルインは、やたら豪華な所長室でじっと壁に埋め込まれた機械を睨みながら一人唸る。
 赤い絨毯の敷き詰められた部屋は、壁にも机にも見事な彫刻が施してあり、飾ってある壷は煌びやかで、壁の絵画は著名な画家の描いたものだ。そして棚の淵までもが金で彩られるという、なんとも派手な部屋だ。
 そんな部屋の一角にあるのは、鉄(くろがね)で作られた人が一人通れるくらいの扉がついた無骨な機械。無論その部屋には到底そぐわないその機械は、扉の上に付けられたいくつものメーターを忙しなく動かし、ガタガタと小刻みに振動しながら自己主張を繰り返している。
「所長、フェイリンです。……所長?」
 ドアのノックと共に、綺麗に澄んだ良く通る声が聞こえてくる。顎に手を添えてうなっていたラルインは、その声で我に返るった。
「おお、よく来てくれましたね。どうぞ、入ってください」
 失礼します、と言いながらも堂々とした足取りでフェイリンがドアを開ける。
「それで、何の御用でしょうか? 所長室にお呼びになるところを見ますと、何か重要なことですか?」
「ええ、この子は魔力に敏感でして、本来なら誰もこの部屋に入れたくは無いのですが、ちょっと事情が事情でしてね」
 この子、と言いながらラルインは目の前の黒い機械を撫でる。
 フェイリンはラルインの骨董機械愛好を噂に聞いていたが、実際に見るとその行為は本当の子供を撫でているようなその口振りと仕草に呆れた。だが、上司の手前そんな顔をするわけにはいかないので、ポーカーフェイスだったが。
 こっちに来て下さい、と機械の目前にラルインが手招きをする。
「なんですか、これは?」
 機械の前に立ったはいいが、機械のことなど全く分からないフェイリンには、何に使うものかさえ分からない。ただ、扉には小窓のように開く部分があり、そこから中を見ることができるようだった。
「これはですね、魔術兵器や魔具などの比較的強大な魔力を有する物体の総魔力量を量る測定機です。そのなかでもこれは特別製でしてね、金の大賢者ダイダロスの作品と言われていまして、ほぼ無限に魔力を測定できるのです。いや〜、ずっと骨董屋の主人に頼み込んで、先日やっと売ってもらったんですよ」
「で、これがどうかしたんですか?」
 一蹴。ラルインの機械に対する熱い思いは、フェイリンの心に届かなかったようだ。
「ま、まぁ、これを見てもらえますか?」
 ラルインが扉についている窓を開け、中を覗くように促す。フェイリンは少し嫌そうな素振りを見せたが、ラルインの真剣な表情を見ると断るわけにもいかない。フェイリンが渋々小窓に顔を近づけると、暗い機械の内部に彼女の身長よりも大きな青い剣がセットされているのが見えた。
「……これは、彼の剣ですか?」
「ええ、その通りです。さすがは50回も助けに行かれただけのことはありますね」
「それは関係ありません。ところで、これがどうかしたんですか? それと、一息に全部話してください。話を小出しにするのは所長の悪い癖です」
 ラルインは頭を抱えた。一体、自分の何がフェイリンを怒らせたのだろうか、と。
「え、ええとね、つまりですね、この剣はとんでもない魔力量を持っているんですよ。それも、どこの兵器を敵わないくらいの」
 ラルインが扉の上についている計器を指差し、フェイリンの視線がそこに動く。
「実に、その量340万」
「340万、ですか」
 フェイリンの目が驚愕に見開かれる。ただし、口調はいつもの通り。驚いているかどうかいまいち判断し辛い。
 ラルインは機械の電源を切り、剣を中から取り出す。
「えっ、素手で持って大丈夫なんですか!?」
「おかしいでしょう?」
 普遍的に、魔力というものは大きい魔力に小さい魔力が触れると、小さい方の性質を大きいほうがバラバラに崩してしまう。人間同士は意思を持って魔力を操ることが出来るために、互いに触れても性質を崩してしまうことはない。だが、意思を持たない大きな魔力を持った無機物に人間が触れた場合は、その性質を崩されてしまう。
 だから、340万などという常識外れの魔力量を持った大剣に触れたということは、その瞬間に体が粉々に砕け散っても誰も驚かないということになる。むしろ、そうならなければ常識としておかしいのだ。
「でも、持ってみて下さい」
 差し出された剣を、恐る恐るフェイリンが受け取る。そして、その感触に眉をひそめる。
「何も……感じない?」
 剣に触れた指先からは、なにも感じることが出来なかった。魔力を感知しようと意識すれば、路傍の石からでさえも感じ取ることが出来るというのにだ。
「これは多分、人間の防衛本能でしょう。ここまでの魔力量だと、頭で理解した瞬間に脳の回路が焼き切れてしまいますから。脳が強制的に魔力を感知するという能力を絶っている、と私は解釈します。でも、その剣がとんでもない魔力を持っていることには変わりが無い。だから、私のような普通の人間は10分も手にしていれば体調を崩しますし、一時間もすれば死に至るでしょう」
 フェイリンは、そのラルインの説明を実感していた。なぜなら、今まさに剣を掴む手から血の気が失せていっているからだ。
 そして、気が付いた。
「彼は……ずっとこの剣を身につけている」
 ラルインが剣を彼女の手から受け取り、机に立てかけた。
「そうです、我々が過去に彼を助けた記録を見ても、全ての状況において彼はこの剣を身につけている。そして、もう一つ。彼の魔力量を知っていますか?」
 魔力量は身長や体重と同じ個人情報だ。当然、知るわけが無い。なのでフェイリンは首を横に振った。
「それがですね、もしや340万を越えているのかと思いきや……」
 ラルインは机の上の書類を一枚、フェイリンに手渡した。それはユオの個人情報を記したものだった。
「……こんなこと、有り得るんですか?」
 フェイリンは目を疑った。魔力量といえば、生まれたばかりの赤ん坊で平均400、正式に魔術師としての資格を得る際に必要なのが10万。そして、天才と言われているフェイリンは、今の時点で30万を越えている。さらには70万あれば大賢者にもなれる。
「ええ、最新型の魔力測定器を使いましたから、間違いということはありません。……まさに、最強と最弱の組み合わせですね」
 0などという数字は、ありえない筈だった。


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