転位基準魔力石、通称”転位石”というものがある。
 転位の魔術といってもどこへでも無条件に行ける訳ではなく、記憶した特定の魔力石の波動、または魔術兵器や竜といった巨大な魔力源に向けてのみ転位が可能だ。さらに、移動する距離に比例した魔力が必要となるので、万能には程遠いと言えよう。
 しかし、万能ではないと言ってもかなり便利なことには違いない。なので、高度な魔術にもかかわらず大抵の魔術師は覚えようとする。
 故に、転位石を使用する人間などは全く以って珍しくはないのだが、第四王政服属都市「リオネ」にある王立救命施設の転位石は、そこに勤める者たちの注目を浴びていた。
「おい、今度は一週間だったな」
「マジかよ、十日はもつと思ったのに」
「あ〜、これで四連敗か……」
 直径が大人が両腕を広げたほどの大きさの平らな転位石の上に緑の光玉が現れ、爆散する。同時に現れた二人を見て、救命施設の職員は悲喜交々の声を上げた。中には泣いている者もいる
 現れたのは王立救命施設の制服である青いロングコートに身を包んだオレンジの髪を持った十代後半の少女と、大剣を背負った茶色の髪を持った二十歳前後の青年。
 この青年が一体何日で再びこの施設の厄介になるかを予想するのが、今のこの施設の娯楽の一つであった。
「何の騒ぎですか?」
 ざわめいていた職員達が、柔和な雰囲気の紳士然とした中年男性が部屋に入ってきた途端に、波を打ったように静かになる。そして、誰も何も言わずともそうするのが当然のように、人垣が割れて入り口から転位石までの道が作られた。
 その道の奥から中年の男、この救命施設の所長ラルイン・ヴェンバークは大剣を背負った青年を見てやれやれと肩を竦めると、ゆっくりと転位石に歩み寄った。
「今度は一週間ですか。もっと頑張ってくださいませんと、私の財布が空になってしまいますよ」
 所長自ら掛けに参加するというアットホームな職場。だがそこは突っ込むべきところではない。なぜなら、この賭けを始めようと言い出したのは何を隠そうこの所長だからだ。
 ラルインが転位石の前に立つと、それを知ってか知らずか大剣を背負った青年、ユオは焦点の合わない視線をラルインに向けつつ、
「……み、水……を……」
 と疲れきって掠れた声で呟き、膝から崩れ落ち、倒れ伏した。
「ふ〜む、剣士の割に軟弱ですねぇ。エリオさん、医務室まで彼を運んであげて下さい」
 指名された人垣の中の一人が慌てて出てきて、ユオに肩を貸しながら部屋から出て行った。
「あなたも大変ですねぇ、フェイリンさん」
 ラルインは青いローブの少女に労いの言葉を掛けると(誰を送るか決めているのは彼なのだが)、ゆったりと上品な足取りで部屋を出て行った。
 ラルインが出て行くと人垣も段々と散り始め、やがて転位石の整備技師数人と一人を除いて誰もいなくなる。
 青いロングコートの少女、フェイリン・キアエンヴィは、誰もいなくなった転位の部屋で誰にも聞かれない溜め息をついた。


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