交易都市ランバンカのメインストリート。数え切れないほどの店が立ち並ぶ中に、『サーマローニーヤ』という酒場がある。ここは古代語で『安らぎの一時』という意味のとおり、静かに飲みたい客にとってここは最高の店だろう。
 そして今、この店に見慣れない黒いロングコートで全身を覆った二人組みが入店した。一人は小柄な、ともすれば子供にすら見えてしまいそうな背丈の男。そしてもう一人は、御伽噺に現れる巨人の血を引いているのではないかと思うくらいの長身と肩幅を持つ偉丈夫だ。あまりに正反対な二人組みは誰が見ても異様だったが、問題さえ起こさなければ来るもの拒まずの気風を乱すほどでもなく、二人組みは客全員の視線を受けながらも堂々とカウンターに歩いていった。
「親父ぃ、ちょっと聞きたいんだけどよぉ」
 カウンターの奥でグラスを磨いていた店主に声をかけたのは、カウンターに腰掛けた小柄な男だった。その声は見た目に違わず、声変わりもしていないかのように高かったが、堅気の仕事をしていない者に特有の下品さを含んでいた。大柄な男は小柄な男の後ろに立ち、腕を組んでカウンター奥のワインセラーを眺めている。
「なにかな?」
 店主はその下品さを読み取っていたが、いつものように低く渋い声で答える。元来酒場といえばならず者の集まる場所。昔は別の町で酒場を開いていた店主にとっては、懐かしいだけの出来事なのかもしれない。
「ここによ、茶髪ででっかい青い剣を背負った男と、橙の髪で青いローブ着た女が来なかったか?」
「……ああ、来たな」
 ほんの一刻ほど前に来た客だが、それ以上に巨大な剣の印象が強く忘れるはずもなかった。
「どこに行ったか知らねぇかぃ?」
 小柄な男の言葉に、店主のグラスを磨く手が止まる。店主の目には、明らかな敵愾心が見て取れた。こういう男が誰かの居場所を聞いてきた場合、大抵が碌なことにならないことは経験から知っている。かといって、素直に喋らなければこの場所がどうなるか分からない。店主は思考を巡らせる。
「それを聞いて、どうするつもりだ?」
「いや、俺らあの二人とお友達でよ。久しぶりに見かけたもんだから挨拶してぇんだよ」
 へらへらと下品に笑いながら、小柄な男は小馬鹿にするように言った。
「すまんが、俺は行き先までは……」
 知らない、そう続けようとする店主の表情が固まった。店内が騒然となり、壁際に待機していた警護魔術師が動き出す。大柄な男が、青い光を帯びた右手で店主の頭を鷲掴みにしたのだ。
「おいおいディオン、もう少し遊ばせてくれたっていいだろ。もっとじっくりゆっくり、じわじわと時間をかけて焦らしつつ口を開かせてくのが楽しいんだろうが」
 口では文句を言いながらも、へらへらと下品に笑っている。
「時間の無駄だ。貴様の変態趣味に付き合ってやる義理はない」
 大柄な男が手を離すと、店主はどさっと腰から床に落ちた。
「行くぞ。やつらは”返りの森”とかいう場所に行ったらしい。場所も引き出しておいた、今すぐに町を発つ」
 そう言うが早いか、大柄の男は踵を返して出口へと向かう。そしてその途中、何かの魔術を使ったのか店内にいた全ての人間を一睨みして気絶させた。
「へいへい、イキますよ。イケばいいんでょ」
相も変わらず下品な笑みで、小柄な男はすでに店から出て行った大柄な男の後を追った。 





 ユオは地面に突き立った大剣をそのままに、一仕事終えたといった顔で「ふーっ」と額の汗を拭った。大剣の刺さった部分がクレーターのように大きく抉れていて、先ほどの一撃がどれほどの威力だったのかを物語っている。ただ、そこまでやる必要があったのかどうか、その答えは永遠に闇の中だ。
「今の音って、まさか……!?」
 フェイリンはフェイリンで、ユオの行動に目もくれず森のほうに夢中になっている。木の幹に手を当てたり、下草を引っ張ったりとその行動は酷く忙しなく忙しい。ユオなどは目を回してしまいそうになるほどだ。
「……あんたの剣、思ったよりもとんでもないわね」
 しばらく森を調べていたフェイリンだが、ふと手を止めて呟いた。そして、ユオを見る。
「感覚阻害と魔術隠蔽の術が解除されたから、魔力の残滓を感じ取ることができたわ。今のあんたの一撃で、この森にかかっていたいくつもの魔術が、全て完全に解除されてた」
 半ば憤るように、棘を感じさせる言葉でフェイリンが言う。何故だかその表情は、見ようによっては焦っているようにも見えた。
「これが、どんなに凄いことだか分かる? 一般的に場所を対象にした広範囲魔術は、唱えるだけでも膨大な時間と魔力が必要とされて、唱え切れても魔術が正常に作動する可能性は半分くらい。だけど、かけるのが難しい分、解除するのも容易じゃない。場合によっては低レベルな魔術師がかけたものを、高レベルの魔術師が一生かけても解除できないこともあるくらいよ。なのに……」
 フェイリンはいったん言葉を切り、ため息をついた。
「この間のあんたと戦ったときもそう。あんたのその剣は、私たち魔術師が長年かけて培ったものを一瞬で粉々にしてしまう。どんなにがんばって高レベルな魔術を習得したとしても、その剣の前じゃ何もしてないのと同じ。いったい、私のしてきたことは何だったのかって」
 先ほどのフェイリンの表情。あれは、焦っていたのではなかった。フェイリンは、悲しんでいたのだ。
 あまりに簡単に魔術師が作ったものを破壊するこの剣は、彼女たちの全てを否定してしまう。それは、どんなに虚しいだろうか。
 ユオは何も言えない。言えるはずもなかった。
「……っと、余計なこと話しちゃったわね。せっかく森に入れるようになったんだし、さっさと大賢者とやらに会いに行くわよ!」
「……あ、ああ」
 フェイリンが意気揚々と森に入っていく。ユオはやはり何も言えず、明らかに空元気なその背中を追った。


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