勇ましげな水賀湊の顔を見ながら、俺はどんな間抜けな顔をしているんだろうか。俺の短い人生の中でも、こうまで呆気に取られるという言葉を体感したことはないだろう。
 さて何を言われるかと思った矢先に飛び出したのが、これほどまでに意味の分からない言葉では、俺程度の理解力では何の意図あってのことなのか分かろうはずもない。
 そんな俺の困惑に気付かないのか、目の前に立つ水賀は上目遣い気味に「どう?」とでも言いたげに俺の目を見上げてくる。
 俺は、ここに来なければ良かったかという後悔を感じながら、一度、深呼吸を兼ねて溜息をついた。

「……なんのことか、ちゃんと説明してくれ」

 俺がそう言うと、水賀は今気付いたと言わんばかりに慌てだす。

「あ、そ、そうだね! 説明しなきゃ分かんないよね! なんか、話聞いてもらえるってだけで緊張しちゃって、何言おうかとか考えてたの全部飛んじゃって……」

 何をそんなに緊張していたのか知らないが、まあ大方、どこかで俺の噂を聞いて、怖いなどと思っていたのだろう。もっとも、俺自身に友達がいないから俺に関するどんな噂が流れているかなんて、知りようがないのだが。

「それで、その……犯人っていうのは……」

 そこで、水賀の雰囲気が一変する。
 それまでのどこか浮ついた空気は払拭され、どことなく、緊張感が漂う。そして、その緊張感というのは、他でもない水賀湊から発せられるものだった。
 俺は、急激に変化した場の雰囲気に呑み込まれかけ、知らず戦慄を覚える。
 どうやら、優等生様というのは、俺が思っていたよりもずっと抜きん出た能力を持っていたらしい。知力体力性格その他諸々もその内ではあるが、それ以上にこいつが学園の中心にいる理由があるように俺は感じた。
 こいつはおそらく、場の空気を作るのが圧倒的に上手いのだ。どんな状況においても、無意識に相手の意識を自分へと引き込んでしまう。そんな能力のようなものが、こい つには備わっているんじゃないかと、水賀が俺に関わってきたほんの短い時間の中で、俺は思うようになっていた。

「……最近、市内で放火事件が起こってるの知ってる?」
「ああ、よくニュースでやってるな。なんか同じクラスのやつの家も燃えたとか」
「うん、望月さん可哀想だったよね……って、それは置いといて、その犯人ってまだ全然捕まってないの。私、お父さんが警察に勤めてるから、なんとなく話聞くんだけど、 目撃情報とかから犯人像は結構前に分かってたのに、それでも捕まってないんだって」
「まあ、捕まってたら家は燃えないからな」
「うん、お父さんも幽霊が起こしてる事件みたいだって。犯人の背丈も、特徴も、外見年齢も、出没する地域や時間帯まで分かってるのに、いくら警察が網を張っても全く捕まる気配がないの」

 さきほどまでの口下手な感じはどこへやら、水賀は立て板に水で言葉をつむぐ。
 時間は既に日没前。
 夕焼けは消えかけ、空は紫へと色を変えていた。

「でだ、まさかとは思うが……その犯人を捕まえるのを手伝ってくれ、ってんじゃないよな」
「えっ、なんで分かったの?」

 そこまで言われればタマでも分かる。
 ボケてるのか天然なのか、判断がつきかねるな。

「それで、俺が手伝うか手伝わないかは別にして、どうするつもりなんだ。いくらアンタが優秀だからって、警察に手の負えないもんを、たかが一学生がどうにかできると思ってんのか?」

 俺がそう言うと、言い方がきつかったのか水賀は視線を地面へと移動させた。

「それは……そうなんだけどね。でも、これは私がやらなくちゃいけないの」

 水賀は再び顔を上げる。

「私ね、犯人を見たの。部活で帰るのが遅れた日、三丁目の交差点あたりで積んであったゴミ袋に火をつけようとしてる男の人を」
「なら、それを警察に言えば……」
「言ったでしょ? 目撃証言はいくつも出てるって。いまさら私が言ったって一緒だよ。それよりもね、そのときにゴンが犯人の匂いを覚えたの」
「ゴン?」
「うん、ゴン。私の契約した精霊でフェンリルのゴン。って、知ってるよね」

 なにやら聞き覚えのない名前が出てきたと思ったら、あの狼の名前だったのか。
 どうやら、こいつにはネーミングセンスというものが欠落しているようだ。名前なんて、もっと雰囲気に合ったものをつけるべきだと思う。
 その点、タマは完璧だ。
 見た目はともかく、性格や思考回路が猫にそっくりだからな。

「その犯人は、ゴンが言うにはすごい力で姿を隠してるらしいの。それはどんな精霊でも使えるような力じゃなくて、ホンの一部の、それこそ幻霊クラスの精霊が使う力」

 なるほど、そんな力を使っている犯人では、警察の手に負えないのも仕方ないということか。しかし、今の話にはそれよりも気になる点があった。

「なあ、あの狼って……喋るのか?」
「え? ううん、喋らないよ?」

 もう意味が分からない。
 もしかしてこいつは、今まで俺の感じたすようなごい所など一つもない、ただの不思議な子だったりするんじゃなかろうか。そんな疑念が頭をよぎる。

「なんていうか、テレパシーというか……頭の中にゴンからイメージが送られてくるの。それははっきりした言葉とかじゃないんだけど、でも何が言いたいかは分かるみたいな……ごめん、言葉じゃ難しい感じだって思ってもらえればいいかも」
「……まあ、分かることにしとく。それで?」
「あ、うん。そんな力を使う犯人を見つけるには、何かを探すことに長けた精霊じゃないといけないの」
「なるほどね、フェンリルは言うなれば犬だからな。鼻が効くってことか」
「うん、ゴンなら、隠れた犯人の居場所も分かる」

 空は既に黒く染まり、一番星どころか三十番星が現れていそうな気配で、もうそろそろ帰らないと教師に大目玉を食らうのではないかという時間になっていた。
 俺はと言えばさっさと帰りたかったが、水賀の話はいまだ終わりそうにもない。
 だが、無理やりにでも話を切って帰ることはできようが、俺はそれをしなかった。タマ以外とこんなにも長く話したのは、どれくらい前か思い出せないくらい昔のことで、俺は、少し嬉しかったのかもしれない。

「なんども言うけどな、犯人の居場所が分かったんなら警察に言ったらどうだ。それで信じてもらえなくても、あんたの親父さんも刑事なんだろ?」

 水賀は首を横に振る。

「それじゃ駄目なの。警察は信じてくれないし、お父さんはゴンが大嫌いで……絶対にゴンの力に頼ったりしない。でもそれ以前に、警察でもずっと見つけられない犯人の居場所が、一人の女学生に教えられた場所に行ったら見つかった、なんて、そんなこと警察は威信にかけて良しとするはずない。だから……」

 水賀の目が、じっと、俺の目を射抜く。その視線は何か人を引き付ける力があるように感じて……俺は、目を逸らすことをしなかった。
 そして、水賀はゆっくりと口を開き、

「私が、犯人を捕まえるしかないの」

 力を込めて、そう言った。

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