漱石記念漢詩大会



漱石記念漢詩大会

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お知らせ

第二回漱石記念漢詩大会は、平成29年12月1日―2日に、熊本市国際交流会館にて、 全国から参加者約1300名を迎えて、盛大に行われました。

熊本日日新聞に掲載された記事は、ここをクリック してください。



第二回漱石記念漢詩大会開かる



                   昨年の第一回に引き続き、第二回漱石記念漢詩大会が平成二十九年十二月一日、熊本市中央区の熊本市国際交流会館にて 開催された。これは、漱石が第五高等学校の英語の教師として熊本に赴任してから今年がちょうど百二十年に なることを記念して、漱石記念漢詩大会実行委員会(委員長・柏木濶熊本大学名誉教授)主催で開かれたものである。

全国から三百二十首の漢詩の応募があり、約百三十名の参加者があった。

 開会の辞のあと、表彰式が行われ、次の方々に賞状が授与された。(敬称略)

最優秀賞・田沼裕樹、
優秀賞(高橋延雄、渡辺和洋、高山一雄、橋本 宏、古賀千恵子)
佳作十名代表・見寄権次郎、
入選二十名代表・住田笛雄
奨励賞八名

ついで、審査をお願いした全日本漢詩連盟会長の石川忠久先生による「選評とお話し」があった。 「応募数も多く、格調高い作品が多かった」との選評があり、その後、 漱石の漢詩についての特別講演があった。

次に、「熊本の歴史よりー西南戦争」というタイトルで構成吟を吟じた。最後の内戦と言われた西南戦争を 政府軍の立場と反乱軍の立場から考えた構成。予定してた高校生の剣詩舞ができなくて残念だったが、熊本の 若手吟詠家にお願いして実施したもの。
ついで、優秀賞以上に選ばれた作品の詩吟が行われた。 最優秀賞(田沼裕樹)は、熊本県吟剣詩舞道総連盟理事長・古庄吟法氏により、吟じられ、 他の優秀賞五首も熊本にある吟詠道の師範などのよって吟詠された。

その後、午後六時から懇親会が城彩苑「ぎんなん」四十四名の参加があった。
酒がすすむとともに、和気藹々、交遊を温め、詩論を論じ、楽しいひとときであった。

 翌日、十二月二日、始めに漱石が教鞭をとった五高(熊本大学)の構内を見学した。漱石の座像の前では、明治 三十年に漱石が教員総代として挨拶した祝辞が読まれ、「夫れ教育は建国の基礎にして、師弟の和熟は育英の 太本たり、、、」という漱石の教育理念について考えさせられた。次に、細川家の菩提寺であった泰勝寺を見学した。 茶室として名高い「仰松軒」を見学し、また細川家二代の細川忠興の夫人「ガラシャ」の御廟を見学した。 ガラシャ夫人の辞世の歌が馬場守一氏により吟じられた。  次に漱石の弟子として知られている寺田寅彦の下宿の跡(柏木家)を見学した。寅彦は明治29年から3年間、 ここに下宿していた。寅彦の初期の随筆「花物語」の「栗の花」に出てくる14-5歳の宿の娘というのが、実行委員長の 柏木濶の祖母にあたる。当時の寅彦の生活について、日記などを引き合いにして説明があった。  次に、水前寺公園を見学した。水前寺公園は熊本地震のときに、池の水位が下がったので、皆で 心配していたが、そのうちに回復したとのこと。公園を半分見て、その先にある漱石の第三旧居を見学した。 この建物は、数年前に移築してきたものであるが、熊本地震のときに全く被害にあわなかったので、昔の平屋の 建物は、地震に非常に強くできているということが分かったそうである。  つぎの再び、水前寺公園に入って、古今伝授の間を見学した。昔の殿様は美しい講演の景色を見ながら勉強した ということを思うと、うらやましいという人がいた。  ちょうど昼食になったので、近くの「とらや」といういけす料理の店で、刺身定食を食べた。食後、詩吟が でるなど、和気あいあいの昼食であった。   終わりは、熊本駅と熊本空港までお帰りの方をお送りして、来年の再会を約して一同散会した。

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[主催] 漱石記念漢詩大会実行委員会
[後援] 熊本県、熊本市、熊本日日新聞社、熊本県文化協会、熊本県漢詩連盟、熊本県吟詠連盟、 公益財団公認 熊本県吟剣詩舞道総連盟、放送大学熊本学習センター漢詩勉強会、夏目漱石記念百人委員会、 夏目漱石・記念年実行委員会、くまもと漱石倶楽部 
[協賛] 原泉吟社、龍南吟社、凌雲吟社、石泉詩会、嘯風吟社, 吟詠フォーラ熊本、舒文堂 など

問い合わせ先
860-0862 熊本市中央区黒髪4-711   柏木 濶(漱石記念漢詩大会実行委員長 メール kashiwa@gpo.kumamoto-u.ac.jp 携帯 090-8398-5936)  問い合わせはできるだけメールでお願いします。









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