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温かい汁物
本当に毎日寒いですね。奈良は底冷えします。
数年前北イタリアに行った時は冬の寒さはこういうものだと体験しましたけど、今年の日本は同じです。
 おまけに、日本家屋は隙間だらけ、エアコンの利きが悪く室内でマフラーして手袋してキーを打っていますよ。
そんな寒い日の夕食には、どんな温かい汁物をだそうかと工夫しています。

今晩は焼きあなごがあったので、うどんと小エビとしいたけを入れた茶碗蒸し…小田巻き蒸しと呼びます…フーフーしながら食べて残ったところにご飯をいれて卵の汁をしみこませ、最後まできれいに食べるのです。

昨日はおでん、その前は白菜をうす揚げをとろとろに煮て吉野葛で和風に仕上げた汁物。その前は粕汁、その前は、かにのほぐし身と豆腐のとろみを付けしょうがを利かせた中華風スープ…。

温かい事をすると身体が温まって気持ちもほっこりしてきますね!
物事も肯定的に考えられます。

今日、庭のスミレに枯れ草をかき集めたフトンをかけてあげました。
これで冷たい霜をふせぐかな。
2011/1/27 (Thu)
家族とはいいもの
年に何回か離れ離れに生活している息子や娘たち家族と会いますが、家族っていいなあと実感します。
考え方がちがっても何をしても許せるのが家族ですね。

愛は男女の愛(エロス)人間的な愛(フィーリア)神の愛(アガペー)と新約聖書のヨハネ伝で使い分けられていると習いましたが、家族の愛は母の愛を中心に動いていて、神の愛に近いもののように思います。

ただ、子どもの親に対する愛は自己中心的になりがちだけど(実感)、親の子に対するそれは、純粋なもの。
神様がご自分の愛を生物の母親たるものすべてにお与えになったもののように思えてしかたがありません。
本能としてでしょうか。命をつなぐための。

熟年にしては未熟なわたしとて、子どもが世界中を敵に廻しても、わたしだけはどんな理由であれ、かれらの味方になる気持ちでいますもの。

(最近ではわが子を殺す親も出てきたようですが)
2011/1/18 (Tue)
お正月を越えて
長い間HPと離れていました。とてもいそがしかったのです。

クリスマス、お正月は家族とゆっくり過ごせるうれしい休暇です。もっとも、もてなしの忙しさは半端じゃない。台所は戦場と化します。

今年は紙皿、使い捨てのプラスティックカップを良く使いました。おばあちゃんの大事にしている、ハレの日のための、骨董品のおそろいの取り皿はしまわれたままでした。けれど女性群が楽できたので喜んでくれました。

いつものおせち料理は皆が楽しみにしているので頑張って作りましたが、今年からはレシピをくばって、皆で分担しましょうと提案することにします。

ともあれ、離れている家族の顔を見られることはうれしいですね。何も話さなくてもいいのです。クリスマスプレゼントやお年玉は喜ぶ顔が見たいため。早くから情報を集めて買っておくのは私の楽しみです。

お祖母さんは元旦のご挨拶にこだわります。ひとりづつ、前に行って手をついて挨拶してほしいのです。皆で「乾杯!」では駄目なのです…。
商家だったその実家ではその儀式があって、初めてお年玉をもらっていたと。
お祖母さんからのお年玉は、家族の人数も増え経済的な事情が生じて、一年前からメロンになりました。
一家にメロン一個がお年玉。今年はそのメロンの儀式も済ませ、ご馳走を食べ、みんなで百人一首をして楽しみました。
2011/1/10 (Mon)
向日かおりさんゴスペルコンサート
終わりました!今年の教会のクリスマス企画「向日かおりさんゴスペルコンサート」
クリスマスの静かな感動を残してくれました。
受付だった私はスリッパの確保に大慌てでした。プログラムも足らなくなって。新しい方々が次から次へと入っていらっしゃるのは感動でした。
多くの初めての方が教会の敷居はまたがれました。
中年のご夫婦も多かったし、お独りの熟年男性も目に付きました。
お子様連れの若いお母様も。
向日さんのお話に涙される方もいました。

「ありがとうとごめんなさい」(の言える人になろう)を皆で歌いしばし眼をつぶって思い巡らしました。
みんなの心が神様に向けられたひとときでした。

向日かおりさんHP
2010/12/24 (Fri)
シンデレラのように
綺麗な題をつけましたが、ロマンティックなお話ではありません。
このところ、体調悪くて、若い頃のような夜更かしの生活をすると、翌日はいっかりとその結果が出るようになりました。血圧の薬も増えました。

日野原先生のつけた生活習慣病とは適切な名前ですね。悪い生活習慣が病気を呼ぶと。

そこで最近、シンデレラのように12時にはおふとんに入ることを自分で義務つけています。それがなかなかうまく行きません。独りになったら、やりたいこと(しなければならぬことも)いっぱい。

夜パソコンの前に座っていると1,2時間は飛ぶように過ぎていきます。
「急いで急いでもうすぐ12時のベルがなるぞ」
夕食後、ゴミをまとめ、朝ごはんの下準備、お風呂の時間、髪を乾かす時間、顔の手入れの時間…と分刻みで計算して、ちゃんと好きなTVを見る時間も入れるとなると相当頭を回転させなければなりません。

そういう動き方(計算)が一番不得意なのです。

デザインして渦巻きのアールの調整にああでもないこうでもないと際限なく時間をかけるのは、なんでもない人なのですが。

シンデレラも帰らねばならない現実がありました。
12時までに。
わたしも与えられた短い自分の時間を宝物のように、
節制しながら大事にしましょう。
2010/12/8 (Wed)
鉛筆を削る
月曜日から三日間、無理がたたったのか体調が悪く伏せっていました。
今日お医者に行って薬をもらって少し落ち着きました。元気が出てきたので、家に居て今まで気になりながらできなかったことを、ひとつひとつかたずけました。

頂いたお手紙に丁寧に返事を書き、お財布の中身を整理して、母と貸し借りの清算、衣類のひっかけに接ぎをして、机の上を少々整頓、鉛筆を削りました。
鉛筆削りの楽しいことといったら!
カッターの先を使って綺麗な円錐形にします。
「あんまり尖らすとあぶないよ!」という母の助言を今日は素直に聞いて上げましょう。
たくさんのとがった鉛筆をみて満足まんぞく。
さすが木彫りの先生です。上手です。

でも、ちょっと疲れてしまい、今日はこれでおしまいです。
2010/11/24 (Wed)
落ち葉そうじ
我が家の前は公園になっていて、大きな桜の木が何本も植わっています。この季節になると、紅葉が舞い、まるで大きな雪の葉のように積もっていきます。みぞにも、道路にも。
雨がふるとみぞが詰まるのでせっせと暇をみつけて掃除をするのです。

風邪気味でこの枯葉そうじを数日サボっていました。
今日は朝一番、どっさりと溝に詰まった落ち葉のそうじです。
あーああ、大変だな…。でもそのうちに、おもしろくなってきた。
たくさんの葉っぱたち。すくってもすくっても、どっさり!

はるか昔、よく近所の友達と野原でおかあさんごっこをしました。
古い家の土台の平たい石が食卓。葉っぱや木の実や泥まんじゅうがおかずとごはんの代わりで、「ご飯ができましたよお」「はいおかわりどうぞ!」って遊んでいました。

どっさりの枯葉をすくう時、「さあ、おいしいごはんですよ、たくさん食べてね!お代わりたくさんあるよ。」というおままごとの少女の気持ちになっています。
さすがに言葉は出さなかったけれど、独り、朝一の枯葉掃除で遊んでいました!
2010/11/18 (Thu)
枯葉が散る
数日前から木枯らしが吹き始めました。
枯葉が風に舞っています。風のヒューっという声に葉っぱのカサコソという音が混じります。
「アメリカン・ビューティー」という映画を思い出しました。何気ない日常がだんだん異常に変化していくちょっとこわい映画でしたが、そのなかで道路に落ちたビニール袋が風に舞うシーンがありました。その袋をカメラが追っかけて、それが延々何分間と続くのです。
退屈だなと思う反面、何か惹き付けられるものがありました。
風の存在。

風は眼に見えません。普通は音もほとんど聞こえませんね。
空気の流れとして私たちの周りにつねに存在しているものです。
ふだんは意識しないけど。

まるで神様のように。
私たちを創られた神様は守っていてくださるのです。
眼に見えない風のように。私たちを取り囲んで。

これから風はますます冷たくなっていくでしょう。
でも、神様はちがいますね、私たちを冷たすぎる風から守ってくださり、私たちの心に温かい風を吹き込んで元気を与えてくださるお方です。
そんな神様の別名を「聖霊」というのではないでしょうか…。
2010/11/11 (Thu)
叱られること、誉められること
毎朝、今日すべき仕事が出来るように知恵と力を与えてくださいと祈って一日を始めますが、
引っ越し直後のダンボールの山の隙間で木屑にまみれて木彫り作品展の準備、急いで食事準備と洗濯など家事、日が暮れたらパソコンに向かいさまざまな事務を夜中まで。という生活を送っています。

心は時々平静をかき、母に小言をいい、(同居前は、言う人が横に居なかった)家によくいる夫からは逆に小言を言われる生活シーンが増えています。

しかることや、叱られることが慣れっこになってきています。

母をうっかり叱ることは良くないから、本気で止めましょうと思います。
---年寄りを叱ってはいけない、とはっきり聖書に書いてあります---。

夫に叱られることはもっともだと思いますのでつらいですが、その言葉を甘んじて受けて、明日は余り叱られないように頑張ることにします…。

誉められることも時々あります。好きな仕事は楽しくてつい時間をかけてしまうので結果がともない、その充実感は生きがいともなります。

でも、誉められたあとの心は自分で見つめると実際はあんまり良くないです。浮き足立っている。自分を過大評価しようとします。

叱られている方が気持ちがしっかりします。こんなわたし、少しは成長したのかな。(万年青年なのです?)
2010/11/1 (Mon)
里芋煮っころがし
秋が深まって根菜の美味しい季節になりました。

芋の煮っころがしの話です。
夫の郷里の長崎ではさといものことは南京芋といいます。煮っ転がしの定番は甘辛のあじつけです。柔らかくなったら鍋をゆすって芋を転がして味をつけるのでこう呼んだのでしょう!
単品であるいは鶏肉と煮っころがしにします。おふくろの味ですね。

今回は里芋だけシンプルに水と塩と日本酒で煮ました。
小さなおいもの場合は、芋の泥をおとして、皮を一部むかないで帽子のように少し残しておきます。
食べる時にするっとむけるので心配いりません。
お芋の美味しさが直に出て、とても美味しいですよ。
少し高めだけど、セレベスという種類は特に好みです。

また、しょうゆを全く使わないので、里芋の水灰色(こんな色名あったかしら)も眼で味わえて、違った舌体験でした。
2010/10/24 (Sun)
美しい人
教団の全国レベルでの集会が大阪でもよおされました。
久しぶりに出かけていきました。
今の地に落ち着く前、東京、広島、大阪でお交わりのあった10年ぶりや、20年ぶりにお会いする方々が何組も!
覚えていてくださり、うれしくも興奮して少々疲れもしました。
若い頃、皆純粋な信仰で一生懸命お祈りしあって、きびしい試練を夢中で乗り越えてきました。

そして今落ち着いた年齢になって、お会いするとき時、みなさん若い顔ではないけれど、なんと美しいお顔かと眺めていました。

長い年月その方の心が見つめてきたものに似てくるのだと感じました。
ある牧師婦人の顔には清らかな神様との美しい交わりの跡が表れていました。
常に讃美歌を歌っていらしゃるでしょう声は鈴のよう。
ファッションとかは全然覚えていないけれど、品のよい綺麗な魂を感じさせる全体のたたずまい。10年前には感じなかったことです。

神様が作られた美しい方だという強い印象が、今も心に焼きついて感動をおぼえています。
2010/10/12 (Tue)
ありがと…っす!
関西に帰ってきて奈良に住んでもう20年ちかくになりますが、まだまだ知らない奈良弁、というかアクセントに出会います。

最近になって気がついたのですが、店員さんの「ありがとうございました」という言い回しが独特です。でも、若い人からは聞いたことはなく、中年の男性が言うこの「ありがと…っす!」

聞くたびに嬉しくなってしまいます。
わたしも真似してどこかで使ってみたい。
新しい言葉の響きが新鮮で。
2010/9/29 (Wed)
おかあさんと呼びかけられて
一晩で太陽が秋の光線に変わりました。

夕方の金色の風が、少し色づいている田んぼの穂をなぜる様子が、なにか物哀しげで、郷愁を誘います。

今日は、自動車のガソリンを入れにスタンドに行きました。
最近は独りで入れて誰ともしゃべらずに帰る事が多いのですが、今日は新人らしきガソリンスタンドのスタッフの青年が寄ってきて、話しかけてきました。

結局彼の勧めで、エンジンオイルを全部入れ替えることにしたのです。
けっして、話上手でも、ハンサムでもない、ぼくとつな感じの青年でしたが、びっくりしたのは、私のことを「おかあさん、」と呼びかけるのです。
わたしは、決してお母さんらしい格好はしていなかったのですけど。

子ども達がそれぞれに独立してからは自分が母親という意識が、実際、希薄になりました。(自分は娘で老いた母親を見なければならないという意識は忘れたことがありませんけれど。)

「おかあさん、」と呼びかけられた時、急にそれがよみがえりました。
まだ慣れない青年が一生懸命営業しているのを助けてあげたい気持ちになって。まあ、どのみちエンジンオイルは交換時期に来ているのだし…。
それにしても彼は「おかあさん」って誰にでも言っているのかしら。

何だか懐かしい気持ちに巡り合って、家路に着きました。
2010/9/14 (Tue)
バナナのサラダ
久しぶりに昔、長崎の義母から教わったお料理をつくってみました。

結婚してしばらく長崎の夫の実家にいましたが、10歳以上離れている姉達の家族がしょちゅう出入りしていました。そこで、今では珍しくなった大家族の食卓を経験しました。
まだ小学生だった夫の甥っ子たちのために、義母が考えたデザート風のサラダです。カレーライスの付け合せにも合うし、夏の子ども向きの一皿です。

バナナ(1僂阿蕕い両口きり)2本ぐらい、きゅうり(ちょっと塩でもんで小口きり)、トマト、魚肉ソーセージを、皆おなじくらいの大きさに切りそろえて、たっぷりのマヨネーズであえる。味を見て、砂糖など甘味を少し足す。
魚肉ソーセージでないとこれは美味しくないのです。バナナはレモンをふっておくと色変わりしないようです。
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今我が家では、健康のために、砂糖でないてんてき糖という甘味料を使っています。カロリー半分で、安全でクセがなく、良くきくので大変お勧めですよ。
2010/9/12 (Sun)
ヒノキのまないた
調理道具としてなくてはならないまな板ですが、今まで恵まれませんでした。すぐカビがはえたり…。表面がざらざらになったり。

一年発起。ヒノキの厚さ3センチ以上もあるまな板を取り寄せました。
今までなぜ、気がつかなかったのか、いつも材料を作って入れる指物師さんに頼んだのです。市販ではかなり高いのをリーズナブルな価格でわけてもらいました。

「分厚いほうがいい、汚れたら削ってあげますから」と助言を受けました。
そのヒノキのまな板がやってきました。

今、台所で神々しい存在感をはなっています。
傷がつかない、包丁を入れたときの硬さがなんともいえずいい感じ。
そして、その香り!
きよい、凛とした香りが台所中に漂っています。

大事に手入れしましょう。
おいしいものがいっぱい作れそうです。
ほんとうにワクワクします。
2010/9/9 (Thu)
どこに向かって
温泉に行きたいという母の申し出に、一番近い山の上にある天然温泉に行くことになりました。
国道を車でずっと走ると山が近づいてきました。
「どの山の上なの?」という質問に「えーっと」と答えられない私。

見渡せば、右も左も、その奥にも山の頂が見えている。
「いくところは分かっているのよね?」
「もちろん、この道を真っ直ぐ、次の交差点を右に曲がって…」
何度もいったことのある場所だから行けるのだけど、こうしてみるとどの山が最終目的地か分からない。

ふと、私は人生の「最終目的地」を見ながら歩いているのかという問いがやってきたのです。
いえ、神様に委ねていますという言い方は出来るけれども、自分が「どうなりたいか」のビジョンを持っておくことは、自らの責任のような気がするのです。

歩けなくなったら、私はきれいな美しいお話をつくろうと思います。
その絵と文は自分で書きます。
子ども達や人々がそれを読んで(いや、見て)幸せになり、神様をほめることの出来るような。世界が平和になるための助けになるような…。

(あなたは木彫りの先生ではなかったのか!)
そうです。教室を続ける限り、わたしは、生徒さんが趣味を見出し自信を持ち、一人一人がかけがえのない大事な方として、元気に生きていけるようなちいさな時間を提供したいです。
2010/9/9 (Thu)
美しい表情
この暑さが年配の方には特にこたえるのでしょうか。
身近で亡くなる方の報に出合います。

植木職人だった91歳のお父様をなくされた教会のお友達。
三人姉妹で、おうちのなかは、女性ばかりだったので、
お父様は何歳になっても、自分が家を守らねばという気持強く、倒れる直前までのこぎりを引いて垣根の修理をしておいでだったとか。

心臓発作で数日のうちに他界されましたが、三年前癌でなくなった「ご長女の側に行こうね」とご家族の呼びかけに涙で応答されて、信仰を受け入れ、静かになくなられたお話を伺いました。

ご葬儀は公民館でキリスト教式で進められ、天国を歌ったさんび歌の独唱があり、思い出が語られ、短い説教があり、みんなでお棺に花を入れました。

ご遺族に挨拶しましたが、そのお友達の美しい表情に心を奪われました。
いつもの控えめな表情ではなく、天使が宿ったような静かな喜びの表情でした。
葬送式(告別式という表現ではありませんでした)で、このような表情ができる彼女の信仰におどろきました。別れの淋しさは今だけ。
お父様が天国へ入られたよろこび、また、そのうちすぐに、そして、永遠にともに住めるよろこび…
2010/9/7 (Tue)
ずいき
最近、今まで食べたことのなかった食材に時々挑戦しています。
そのひとつが「ずいき」。鉄分、ミネラルいっぱいのさといもの茎らしい。関西に来て初めて知った野菜です。

今まで、その材木のような「かさ」に恐れをなして買うこともしませんでした。
これが、おいしいのですよ!
でも、下ごしらえが必要です。
でないと、舌にぴりぴりするあくが残りますので。
酢水の中で皮をむいて適当な長さに切り、そのまま火にかけ塩を入れて下茹でしてから(綺麗な薄紫色のあくが出ていますよ)使います。

水気を絞り食べやすい長さに切って
酢の物にします。

夏の酢の物はからだが求めている一皿です。

煮物にしても美味しい。何とでも相性いいです。
春に出荷される若ごぼうといい、野菜の茎はおいしいですよね。
2010/8/24 (Tue)
神を愛する
仕事も休み、毎日暑くて身体がだるくて、ご飯食べて寝るだけでで手一杯っという状態でいると、何のために自分は生きているのだろうとつい考えてしまいます。(わたしは、きまじめさんなのです?)

数ヶ月前読んだ、隠れた名著とよばれる「敬虔の生涯」。
ブラザーローレンスという修道士さんの「神を愛する」ことだけをつらぬいた生涯の一言一言がまだ心に残っています。

彼の人生の目的はひとつ。神を愛すること。いつも神を意識するため自ら訓練し、神を愛することだけを考えます。

わたしにとって生きる目的は?の答えに、レベルはちがえどもこれ以外にフィットする答えは見つかりません。

神を愛するために生きているのです。

神の中に生き、日々の仕事、人々を通して、神の愛に触れ神を愛し、心地よい交わりをする人生。

その結果、他の人を愛し責任を果たす力が与えられるのです。

わたしは、まだまだ道中にあります。

やがて時が来れば…
もうちょっと涼しくなれば、今わたしに課せられている仕事、彫刻刀ももっと使いたくなるでしょう。
肉体は弱いのです…。
2010/8/22 (Sun)
気を抜かないで
足指を骨折しましたが、だいぶよくなって、足を引きづりながら近所に出かけていきますと、知り合いの方がたが声を掛けてくださいます。

その「お大事に」をご挨拶のように聞いていたとき、ふと、「気を抜かないでね」と言ってくださった方がいました。
それが、妙に心に残って思い巡らしていました。

すると数日後…添え木も包帯もはずして身軽さを喜んで歩いていましたところ、家の中で家具につまづいて、同じ指を打ってしまいました。

二三日のうちに、今度は手に持った箱の中板が外れて同じ指のあたりを直撃、痛かった。

今日は自動車から地面に足を下ろしたところ、ちょうど、下水の蓋があり、その段差につまづいて、おっとっと…こけはしなかったけど、同じ足の甲をちょっと打って靴下が破れました。

自動車の運転する大事な右足は、そんなことでまだ満身創痍状態です。
今日からまた包帯をしています。

動作をするとき、慌てて動かない、気を抜かないようにしようと決心しました。

それと、ある方から、家の中でも必ずスリッパをはくのよと知恵を授かりました。夏でも足を事故から保護するための意味もあるそうです。

はだしの感触を楽しんでぺたぺた歩いていた私は、とんだ世間知らずでした。学習しました。
2010/8/21 (Sat)
さらさらお茶漬け
私は関西生まれですがお茶漬けはめったに食べませんが、この夏の暑さのせいで今は冷茶漬けにはまっています。
以前は「烏龍茶漬け」というおいしい食品があったのですが今年は廃番になったのか見かけないので、わさび茶漬けのもとを使っています。

刺激的なわさびのからさと冷たさでのど越しもいいですよ。
お米は発芽米です。だからお茶漬けでも栄養価高いのです。

もうお米は何年も、「茶色いごはん」です。
子ども達や母からは「ごはんは、白くないと…」評判悪いのですが、夫とふたりで体重維持と健康のために続けています。味があっておいしいですよ。

おかずで最近おいしいとおもうのは、冬瓜です。薄口しょうゆのだしで、あれば干しえびと煮て冷やしておくのです。(夏しかないのに何で「冬瓜」なのでしょう!)

子どもの頃はそのぬるっと柔らかな食感が嫌でしたが、でも変わりました。
2010/8/17 (Tue)
すたこらさっちゃん
私の母は大正生まれの猛女です。

といえば、恐ろしいイメージですが、実は可憐な少女がそのまま大人になった人。
母の口から猛々しい言葉が出たことはかつて、一度もありません。
エレガントを心がけている人は皮肉は言えども、絶対に自分を見失いません。
なにが、すごいかというと…。其の美しき強き個性。

そんな母が、自分を主題にした四コママンガを私に描けというのです。

母の願いを無視できない私は暇な時にその準備をしようと思います。
(私は母をサポートするために生まれてきたのか!)
題名は「すたこらさっちゃん」だそうです。本人の希望によって。
(なんというレトロな響き!しかし、わりといいなあ)
絵を書く前に、その題材をここに書きとめておこうと思います。

其の
♪さっちゃんはね、幸子というのよ、本当わね。だけど、ちっちゃいから自分のこと、さっちゃんっていうんだよ♪
母の名は幸子といいますが、84歳になって、この歌は初めて聞いたそうです。自分の歌だと喜んでいて、みんなに歌ってとせがみます。

其の香水を欲しい時、「せっかく外人さんが日本人の女性の名を付けてくれたんだから、それを使わないと悪いじゃない?『サチコ』ね?…」

「それをいうなら、ミツコでしょ」(ゲランのミツコは名香です。)

其の私は香水マニアで、時々きれいな瓶を母の部屋に置いて上げますが、
もう母のものになってしまって、とりもどすのは大変手間がかかります。
美しいものには眼がない母だからです。

私がネットで気に入りのTシャツを見つけて買い、初めて着たときのこと。
さっちゃんの好みでもあるなと危険を感じたらやっぱり!

さっちゃんの眼がぴかりと光り、それいいね、どこで買ったの、素敵だ、私も欲しいとひっきりなしに言われて、もう諦めて脱ぎました。
母のものになりました。お金だけはもらったけど。
(ちなみにププラのものです。)
2010/8/12 (Thu)
ようやく歩けるようになりました
足指を折ってから約一ヶ月以上になりますが、やっとふつうに歩けるようになりました。

一週間前までは、足を引きずらないともう歩けないのかしらとおもいましたが、神様は弱い者にそんな試練を与えなさらなかった。

直りが悪いとお医者様から言われた時は滅入りましたが…。

その間、家族の人には甘えっぱなしで、遅くまで寝ていても、好きに怠けていても許してくれて本当にありがとう!

病気は休養のとき、とだれかがおっしゃっていたようですがその通り!と、うなづいています。

最近、夫がリタイアーしました。
ということは、私もリタイアーということなのですね。一心同体という意味では。

でも、まだ木彫りの仕事を止める気持ちにはなりませんが、人生の締めくくりを考えながら歩んで行きたいと思うこのごろです。

若い頃のように、何のために生きるのかではなく、何のために生きてきたか、そして、完成のため、残りの時間の使い方を教えてください!


(母は私が絵がうまいから、自分を題材とした四こまマンガを描けと言うのです!)
2010/8/11 (Wed)
おたんじょうびおめでとう
六、七、八、九月と家族の誕生日が続きます。

息子のお誕生日にメールを打とうと携帯を手にしたら、すでに彼からメールが来ていて「お誕生日ありがとう!おかあさん。」

これは、残念ながら知人の話でしたが、母としてぐっときますね。

私はといえば、大人になったばかりのお誕生日の日、その日は夕方になっても家族のだれも私の誕生日に気がついてくれませんでした。
自分で言うのもいやで我慢していましたが、夜になって、
「だれも気がつかないの!今日はわたしの誕生日よ!」と叫んだことを思いだします。
先の青年となんという心の違いでしょう。

このごろは自分の誕生日の日は予告はしっかりしておきますが、当日は何だか気恥ずかしくて、静かにしています。
一年のうちで、唯一自分が主役の日。
期待と失望の間を揺れ動いて一日が終わるとほっとします。
また静かな自分に帰れると。
まだ、なにか祝ってもらうことを期待している自分がいます。

いまだに母にこういうセリフは言えない自分がいます。
「産んでくれてありがとう」「命をくれてありがとう」

神様には言えるのに。
わたしのまだ通らねばならない課題ですね。

ちょうど、今教会の礼拝で米田浩司さんのお誕生日をお祝いするゴスペルソングをみんなで歌っています。
happy birthday to you!…
かけがえのない命をくださったありがとう。神様。

米田浩司
2010/8/2 (Mon)
骨折その後
足指の骨折から三週間経ちました。
最初言われていた期間がすぎたので、包帯が取れるかなと期待して行ったら「まだ当分固定しなければね。そのうち直ると思いますが…」ですって。
レントゲン写真には、一週間前のものより、骨が割れた様子が鮮明になっていました。
「きっちり割れてから付いてくるのですよ」という医者の言葉を信じましょう。
でも、以前より歩くと痛いのです。それと反対側の腰に腰痛も起こってきている。何をしても疲れやすい。それと、心に「チョイウツ」が入ってきている!

よろこびさがしのゲームをしてみましょう。元気出るかな。

●ゴロゴロ寝ていても怒られない。
●早朝のゴミだしは夫の仕事になった。遠出は夫の運転手さん付き。
●大好きな巣篭もりが合法的にできる
●家事をしたら、『足わるいのにがんばっているね」と感謝される
●買い物にあまり行けないから無駄使いが減る
●時間はけっこうたっぷりある
●病気や、足の不自由な人の気持ちが分かる---これは人生の必修科目かもしれない。
神様から守られているのも感じます。
2010/7/29 (Thu)
尊いおくりもの
お中元のシーズンです。
物を贈ることについて考えさせられています。

毎年、手縫いの雑巾を三十枚、それぞれ柄のちがうきれいな布で作って贈ってくださるご婦人の話を聞きました。
それが毎年、何年もつづいたというのです。貰った方は大事に残しておいて、親戚の若い方が結婚式される時に持たせてあげたりしたそうです。
その美しいプレゼントの話に感動しました。

その方は手縫いのぞうきん作りにご自分の大事な時間を費やして奉げてくださったのです。時間というものはわたしぐらいの年齢になると最もたいせつです。自分のために大事に一日を過ごしたいなと思うのです。

贈り物のこころとは何でしょうか?
その一つは、感謝を表すことでしょう。

「感謝をささげるとは自己を犠牲にすることがともなうものですよ。」といった、宣教師の先生のことばが心をよぎります。

わたしの贈る行為はそれに適っていたでしょうか。
と今、心をさぐっています。
2010/7/21 (Wed)
 
「ポキッ」
「いたっつ!」
立ち上がり際に敷居に右足先をぶつけて、激痛が走りました。

そのうち直るだろうとの思いでがまんしていたけど、病院に行ったら
「骨折です。三週間ぐらいはかかりますね。」
と添え木をつけられました。

足先は包帯で膨れ上がっています。
これじゃ、普通の靴ははけない。
右足だから車の運転も出来ない。
(左足でブレーキを踏む練習しようか?)
買い物はどうする?
母の介護は?
出張稽古はどうする?

けれど、最近リタイアーした夫がいます。
この際彼に助けてもらって、ついでに家事のことも覚えてもらおうともくろんでいます。
わたしにとってもいい機会かもしれません。無駄使いもしないで済みますし。後回しになっていた家の中の細かい仕事に取り掛かれます。

男物のサンダルを履いて、ヨチヨチしか歩けないけど、(半額バーゲンの案内がチラチラ頭をかすめています。そんな格好で行けないでしょ。)

八年前、靭帯を切ったときよりマシでしょう。
あの時は6週間ギブスに松葉ツエ生活で移動困難、近くにあるものも直ぐに取れない、もどかしい毎日を経験しました。
「今回は楽勝です。」と考えて「今は休暇中」の気持ちに切り替えました。
2010/7/7 (Wed)
よく似た人
神様って本当に賢い方だと思います。私たちの必要をご存知です。

三年前に私の弟は急性の癌でなくなりました。
母は精神に弱さを持つこの弟に献身的な愛情をそそいでいました。

母はだれかの世話をするのが好きでしたが、その対象をうしないました。
娘である私を世話しようとして、ちょっと迷惑がられたり、愛情の空回りでかわいそうでした。(ごめんなさい、おかあさん)

最近、私たちの教会に弟の面影を宿す男性が通い始めました。
年も同じくらい、背丈も身体つきも似ていて、どこかあやういような少年っぽさがあります。雰囲気がとても良く似ているのです。

彼は、最近おかあさんをなくしたようです。
そして、母とよく話しをするようになりました。
「教会はお昼ごはんだけに来てはいけない。メッセージに遅れないように来なさい。」
そんな母の直言を彼は素直に聞いてくれるのです。

母に新しい仕事が出来たようです。
かれのことを、ちょっとケアし、魂の救いのために祈る仕事が加わりました。私は神様に感謝して、その様子を見守っています。
2010/6/27 (Sun)
日本チーム勝利!
久しぶりにさわやかな興奮を味わいました。
日本チームの得点シーンは何度みても気持ちいいものですね。
全然期待していなかっただけに。…「いえいえ2-1で勝つと予想していた」っていう人が側にいますけど。

84歳の母は、大きなはだかの男の人の出てくる相撲はきらい、野球もイマイチ、父(ぱぱちゃん)の影響なのかサッカーがいちばんおもしろいといいます。もっとも、ルールなどよくわかっていない。(私もあんまり…)

たぶん風を切って走るサッカーの選手が引き締まっていて、一番かっこいいからでしょう。
「でも、サッカー選手って、あつかましい人じゃないとつとまらないねえ。お先にどうぞなんて言ってられないしね。ちょうど、うちのぱぱちゃんに似合っていたわ」ですって。あいかわらずの天然ぶりです。
2010/6/26 (Sat)
明日、明け方に「サッカー日本チーム第三戦」
私はとくにサッカーファンというほどでもないのですが、亡くなった父は熱狂ファンでした。
自らも会社時代からサッカーを楽しみ、定年退職してからは、近所(伊丹市)でママさんサッカーチームを立て上げ(関西初と聞いています)コーチした人でした。

夫も熱烈ファン。
明日行くはずの勤務を今日に変えて、今夜は早々と就寝です。
なぜなら、明日早起きして、夜明け前の「決闘」(試合)を!…それを見損なう手はない…。
というくらいの気持ちみたい。いえ、日本チームをこよなく愛し期待しているのです。自分の子どもにはこんな感情みせなかったなあ。

私にもこの気持ちが伝染してきました。正視して見られるかしら。

サッカーの試合は、勝敗も気になりますが、選手の動きや顔にドラマが見えて、また鍛え上げられた筋肉も見られて、そのこともひそかな楽しみです。
2010/6/24 (Thu)
コンサートを聴きに行く
久しぶりのクラシックコンサートでした。
しかも関西フィルが私の地元の奈良の100年会館に来てくれて、指揮は藤岡幸夫さんでした。(ファン倶楽部にこのあいだまで入っていましたが、会場がいつも遠すぎて行かれず、やめたばかり)
オペラの美しい間奏曲などを数曲とサンサーンスのバイオリン協奏曲、ベルリオーズの幻想交響曲などイタリア、フランスもの。
「クラシックはやっぱりドイツだ!」という夫も横で盛んに拍手していました。(男の人の拍手はバッコン、バッコンとすごい迫力ですよ。)

交響曲は大編成で特別にハープが二台、ドラムも三人はいました。
眼でみても交響楽団って群像として美しいです。
金管楽器はきらきら光って、弦楽器のマホガニー色と団員の黒い衣装と。
関西フィルの溌剌としてボリームのある演奏に酔いました。
藤岡さんは台から転がり落ちそうな情熱的な指揮でした。

藤岡さんは音楽の好きなやんちゃな男の子がそのまま大きくなったような方
かしら。率直な人柄が伝わってきます。それにハンサムです。
2010/6/8 (Tue)
チラシ配りの楽しみ
教会でチラシを作ったらそれを戸別配布します。
みんなで一軒一軒ポストに投函するのです。
暑い時期や寒い時期でないことが多いので、これが結構たのしいのです。
いろんな家とお庭を見られる楽しさ。

門のあたりには住む方のさまざまな表情が表れています。
ことに今は花が美しい時期で満開のつるバラの木立の中に埋もれたようなお家もあります。余りに美しいのでふと見とれていると、そこでリタイヤーした男性達が育て方の立ち話をしていたり。
私も「きれいですね。」となにげなく声をかけたり。
私が何のチラシを配っているのか分からなくても挨拶してくださる方もいます。
一ブロック配り終えたらその数だけの人生を感じたような気がします。

気を付けたいことは犬に吠えられてびっくりして門の踏み段をふみはずすこと。
それで捻挫した人もいます。
私は慌て者なのでそのことだけは心引き締めています。
2010/5/27 (Thu)
色のいろいろはなし--赤い料理
母は、生のトマトはメチャメチャ好きな人なのに、赤い色の料理は食べたくないという人なのです。
イタリアンでトマトソースのたぐいや四川料理などとうがらしの赤が入っているだけでダメらしい。
(ちなみにわたし赤い料理大好きです)

私が作るとってもおいしいチキントマトスープは、色見ただけで食欲をそそらないようで、腕に自信がなくなります。
にんじん料理も…こどもたちに食べさせようと工夫したおいしいレシピがいっぱいあるのに。

鮭だけはまあまあ好きですが、北海道産の鮭しか食べないのです。
お店の人曰く、「これアラスカ産だけどさ、海はつながっているんだよ」

夫はなんでもおいしいおいしいと食べる人なので、久しぶりに同居するこの母親はまるで新人類に出会ったようです。
2010/5/23 (Sun)
色のいろいろはなし--黄色いカレー
造形作家の母と同居してそのこだわりにつきあって毎日驚くことばかり。
ひとつ、食べ物の色に関して。

母の大好物は大阪船場の老舗の精肉店「はり重」のカレーソース
です。
ゴロゴロ肉がはいっていて黄色いのです。(昭和の学校給食のカレーの味かな!)

そういうわけで、母は「カレーは黄色くないと食べられないの」。
それを信条にしています。小憎たらしいことに本当に食べないのです。

そこで、わたしは、はり重のカレーを買えない時はひたすらカレーを黄色くすることに専念します。

まず、最近のカレールウはほとんど茶色いですよ。より複雑な味になっているからでしょう。
黄色いカレールウをさがすのは至難の技です。

このあいだ比較的黄色いルウを見つけて、小躍りしました。
それをベースにカレー粉を少しと、ターメリックをドンといれてやりました。
みごとに黄変!母はよろこんで食べていました。

ケチャップやソースなどぜったいにいれてはだめなのですよ。
(わたしはほんとうは、トマトソースの酸味のきいた赤いカレーがすきなのです。)

市販の炒めたまねぎを入れたらそのメーカーのはカレーが茶色くなってしまい、失敗でした。

母のわがままをどうしてそんなに聞いてあげのかというと、やっぱりうれしそうな笑顔が見たいからかな。
2010/5/22 (Sat)
人にしてあげられること
人にしてあげられること、それは、その人から困難を取り除くことに手を貸すより、困難を乗り越えるように支えてあげること。

クリスチャンの祈りはその原形です。神様が働いて事を動かしてくださいます。

あるいは、困難を乗り越えられなくても、
それを受け入れて困難とともに歩けるように支えてあげること。

その人が負いきれないような試練はやってきません。
神様は憐れみ深い方だから。必ず脱出する道を備えてくださいます。

必要なのは少しの忍耐かもしれない。

何十年も前ですが、私は、親戚もいない東京で慣れない子育てに追われて、自分もからだ弱くてつらくてつらくて、しくしく泣いていました。
…そんなとき、夫は同情もなく言い放ったのです。(夫はオムツ洗いなど何でも手伝っていましたが)
「母親になったのだからもう泣くな!。」

しくしく泣きが怒りの悔し涙になりました。

あのセリフを、ずっ〜とうらみましたが、今では感謝しています。
あのことばでわたしは、お嬢さんからおかあさんになれたんだと。
2010/5/13 (Thu)
失敗の青い空
これは、学生時代に好きだった長田弘の詩集「われら新鮮な旅人」の一節です。
若さの不安定さ、純粋さ。この言葉がイメージとして心の深くに潜んでいましたが、最近、突如意識することになりました。

大失敗を冒したのです。

わたしだけのせいではないかもしれませんが、きっかけは私がつくってしまったのは事実です。そのせいで、お金も時間も大分ロスしてしまいました。もっと早く気が付いていればと口惜しい…。
深い自己嫌悪に陥ります。

「失敗の青い空」…そのとき、この言葉を思い出し、心の抜け道を捜しました。回りはふさがっていても、自分の上方、天は空いているのだ。きれいな青い空は変わらずあって、神様はわたしを見ててくださる。


幸いに私を責める人は誰もいません。
そのことを知っている人は慰めてくれます。みんななんて良い人なんでしょう。

失敗してよかったことは、失敗した人のつらいみじめな気持ちが自分も分かることです。
ひょっとして、人に優しくなれる近道かもしれません。

(でも、二度と失敗しない気持ちで踏み出さないといけません。)
2010/5/4 (Tue)
永遠の腕
何が起こるのかわからないのが人生ですが私たちに与えられた出来事は何一つとして無駄ではないと考えることにしています。
だって神様が許して下した試練だから。
だから、後になって「あのときはあれでよかった。」と言える日が必ず来ると信じているから。

話は変わりますが、DVDでスピルバーグの近未来のパニック映画を見ました。地球がエイリアンにのっとられ、人々が殺されるのです。父と娘が必死の逃避行を続けます。

恐ろしさでパニックになって、呼吸困難になりそうな娘に向かって父が教えます。
「ほら、教えただろ、両手を前に出して輪をつくってごらん。その中にいるかぎり、おまえは安心なんだよ。」と。

それを聞いて私も安心しました。
そして、私もときどき輪を作って安心を確認しようと。
生きている…生かされている。安心な場所がある、自分の中に。

今日はバースデイです。(ホントニ)もうその日も終わろうとしています。

確かな自分をつかみたいと生きてきましたが、自分にたいしてはあまり信頼できない。けど、安心な場所があり、永遠の腕に支えられて守られていることを感じます。

「下には永遠の腕がある」(聖書)
2010/4/25 (Sun)
眼科でミニ手術
最近、医者通いが続いています。
今日はまぶたの裏に脂肪の塊が出来てごろごろ痛いので切開することになりました。麻酔されてベットに横になると、頭上に大きなライトや機器たち。

麻酔の目薬がしみて痛いけど不思議に恐れは感じない。
やさしくて上手なこの先生に絶対の信頼があるから。
「ちょっと痛いですよ」と言われたけど言葉どおりに受け取る。
しんぼうできるから大丈夫と。

手術が始まり、ちくちくしてきた。でも、先生を信じて不安がないと痛みも軽くなるんだなあと実感。
「これは痛いでしょうね。でも、もう直ぐですよ。」と気の毒そうに言う先生。
「はい。…ちょっと…。」足で息をする。

イエス様の十字架の痛みを思う。私たちの罪をになって代わりに罰を受けてくださった。その苦しみ、神に捨てられた絶望。
わたしの小さな痛みなど…。

日常の延長である歯医者や眼医者でのちょっと痛い経験はわたしの信仰を深めてくれます。
今週は受難週です。
2010/3/29 (Mon)
歯医者さんに行く時
最近、母と一緒に週一回大阪の歯医者さんに通っています。

母は大正生まれですが大変おしゃれな女性ですので、身だしなみにはいつも気を使っています。

たとえば、電車で座る時は出入口の近くに座らないことをこころがけているようです。なぜなら立っている人から頭の頂きを見られるからと…。(誰も好きで見ているのではないぞ)

ですから、外出の前には頭頂をドライヤーで膨らませています。

また鼻のテカリは許せないもののようで、よく私の鼻をみて注意してきます。

最近、足が弱ったので、私の車でいきますので、車中飲み物を用意します。

しかし、歯医者さんに行くのですから、母にはこだわりがあるのです。

私がせっかく買っておいた、大好きなラズベリージュースはこの日はだめ、舌が赤くなるから、みっともない、歯医者さんに悪い…と。

コーヒー牛乳もだめ、舌が白くなるから…と。

みかんジュースは黄色くなるからバツ。

好物のサイダーはゲップが出るからNG。といつまでたっても決まりません。

「ええい〜水、どこかで水を飲めばいい!」と声を荒げる私。

母のこだわりは止められない。

おしゃれな人はいつでも気を抜かないのですね。

歯医者さん、ちょっと素敵みたいですし…。
2010/3/23 (Tue)
桃の花が…

母が買ってきた小さな桃の木が玄関に植えられてから四年目になります。
弟が急逝してからの淋しい日々を越えてきました。

去年初めてその桃の木に十個ほど綺麗な花が咲きました。
そして、今年は背が高くなり枝も広げて木全体につぼみをいっぱいつけています。
つぼみは毎日膨らんで、がくからピンク色の花びらが少しずつ顔を出しているこのごろ。

近所の桃の木はとっくに満開なのですが…。
隣家の建て替えで、日当たりの悪くなった庭で一生懸命生きてくれたこの「桃男くん」の開花は、明日かあさってか。
楽しみです。
2010/3/21 (Sun)
クララ・シューマン-愛の協奏曲
久しぶりに出会いました、本格的な音楽映画のDVD。

シューマンと妻クララとブラームスの音楽、その背後にある愛と苦しみを丁寧に描いています。
全編に美しい音楽がふんだんに散りばめられていて、テレビの前でお茶も飲まずに座って一気見終えました。

最後の場面はブラームスのピアノ曲を情熱的に弾くクララ。
シューマンの死後、クララがブラームスのストイックな愛を受け入れたことを思わせます。ブラームスの顔が驚きと喜び、涙から確信と決意に変わっていく様子を五分間以上映し続けます。
そこでセリフなしに終わります。その後の二人の生き方が簡単に字幕でのべられて。心の中で拍手と満足。

コントラバスを弾き、音楽の才能豊かだった私の弟も精神障害で苦しみ続け、夭折しましたので、シューマンの魂が壊れていく様子は、家族のつらい思い出につながりましたけれど。

この三人の音楽家のこのような愛って、苦しみも喜びも深過ぎるのです。
わたしはやっぱり普通でいいなあ…。
2010/3/10 (Wed)
お風呂をキュキュッツと
お湯を最低二回変えるので、日に何回お風呂を磨くでしょうか。

湯舟の壁をさわるとキュキュッとなるお風呂に入らせたくって。

最近はちょっとエスカレートしてキュキュットなるまで意固地に磨いています。ちょっとカーリングの気分です…。

もともと「うちのお風呂は掃除しなくてもいつも綺麗よ」と公言していたのに、最近その真実を知ってしまいました。

夫がお風呂を使うたびにお風呂場の色んな場所を磨いていたらしい。
畳の埃は気にならなくても、水垢は許せないみたいです。
いいことです。家事は共同作業でなくてはね。

しかも黙ってしてくれるって男らしいですよ!
2010/3/2 (Tue)
朝はバナナだけ
もう一年ぐらいになるでしょうか。
朝食はバナナ一本と飲み物だけの毎日。
それは、ダイエットというか健康のためというか…。

とにかく体重増やしたらいけないと主治医に言われたし、おしゃれしたいからウェストサイズをキープしたいし。

慣れたとはいえ、午前中は充たされない思い{!!}で一杯ですが、これがまた良いことに気がつきました。
ヘルマン・ヘッセは空腹を好んで、創作活動をしたと読みました。
想像力が活発になるように思います。
また、身体も軽く時間が有効に使えますよ。

バナナはオーガニックなとてもおいしいものを取り寄せています。
2010/2/24 (Wed)
誰かが祈ってくれている
ここ数日元気がなく、過ごしていました。
理由は…自分の心の貧しさです。

信仰の友にメールで「私のために祈ってください」と伝えました。

すると、次の日は訳もなく心が晴れて意欲が出てきました。
「祈ってくれたんだ、神様が貧しい私の心に触れてくださったんだ」と喜びが溢れてきました。

今神の愛に包まれています。
だから、何でも受け入れることが出来そうです。

眼に見えないけど存在しているものっていっぱいありますね。
友とのきずなもそうです。そして、創造主。私たちのすべてを知って生きていてはたらいてくださる方。

お日さまが少し暖かく顔を出し始めましたね。お花たちが一斉に咲き出す準備をしています。
2010/2/3 (Wed)
金色の雲にのって

実は、お正月明けてまもなく、闘病中だったM兄が召されました。
うつ状態であられた夏ごろから体力をなくされ、急激に衰えていかれたようです。
直言の多かった弟が「信仰のエリート!」と賞賛し、親しんでいた少年のような純粋な魂の持ち主でした。神様に向かわれる姿勢が素晴らしかった。

「敬虔」とはこの方のためにある言葉。歩く「真摯」。

しかし、佳人薄命といいますが、この世との戦いに疲れ果て、エネルギーを使い果たされたように思えてなりません。まだお若いのに。
奥様の悲しみを見るにつけ、やりきれないようなつらさを教会のみんなで経験しました。


今日は不思議な(アメージングな)空の色でした。夕焼けの空は金色に染まっています。見上げると、金色の雲の中にM兄の笑顔が浮かんでいるようにおもいました。

彼は世から取り去られて、神様のそばで憩っていらしゃることが即座に実感できました。
「これで良かったんだ。私たちの最終ゴールは地上ではないのだから。」

私は金色の雲を追いかけるように車を走らせましたが、やがて夜のとばりがあたりを包んでしまいました。
でも、あの雲に明日もまた会えるかもしれないと悲しみはしばし癒されて、こころ楽しくなっていました。M兄、残された奥様を守ってください!
2010/1/23 (Sat)
春は土の中に
一人暮らしの母が心配で、アトリエに住みこんで三ヶ月ほどになります。
そこで、激しいカルチュアショックを感じています。

日本家屋の寒いこと寒いこと!
廊下はまるで戸外。お風呂場はまるで露天風呂。

マンション暮らしが20年以上になり、とくに最近は冬でも室内ではセーターいらずの全館暖房のマンションにいましたから。
自慢してるわけではないです。バブル期に建った建物で、もういろいろ故障だらけでしたよ。

今、奈良の寒さを実感し、冬の寒さを新鮮に味わっています。
毎朝、夫を門まで送るときに、日ごとにお花の芽がふくらんで行くのを見かけます。厳しく寒いのに、もうすぐ咲く準備をしているお花たちがけなげで、いとおしいです。

夫は枯葉を集めて、花のまわりの土の上にかけてやりました。
枯葉のお布団です。
霜が降りた時寒くないようにと。

水仙、マーガレット、においスミレがもうすぐです。
待ち遠しくてどきどきします。
2010/1/11 (Mon)
信じます
信じます…この言葉の響きいいですね。人のこころを安心させすっきりさせます。
キリスト教の信仰をもって数十年になりますが、日常会話ではこの言葉はそんなに出てきません。
教会の中でも。
八百万の神を信じる日本の土壌にこの言葉は合わないのかな。
信じる対象がぼやけすぎて、うそっぽい。

先日、教会で牧師先生のお祈りの中にこの言葉を聞いたとき、はっとして、聞きほれました。

なんと美しいことばでしょう。そして、行為でしょう。
信じること。

信仰の問題でなくても、これでこじれた問題の糸口が見つかり、解決の方向にむかうことがあると思うのです。
2009/12/24 (Thu)
泡風呂
84歳になる母は、最近泡風呂…バブルバス…がお気に入り。

「女優さんになった気分でいい気持ちね?」って聞くのは外野席のわたし。
本当のところは、外で身体をごしごし洗うのが面倒なようで。

「お湯の中にせっけんが入ってんのね?」と、毎回聞くわけは、どうやらお風呂の中で体をなぜるだけで済ませている様子です。

80歳にならないとその気持ちは分からないですけど、私もちょっと影響されてバブルバスをしています。
「エコにならないなあ」と後ろめたさを感じながら。

ハウスオブローゼの専用のボディソープはしっかりと、モクモクと雲のように泡が立ちますよ。いい匂いがあたりに立ち込めて。

でも、泡って冷たいの知ってますか?首筋に泡があたるとひやっとするのです。それは、あんまり気持ちよくないです。

泡の中に体をもぐらせて、洗ったり、手や足だけ出して遊んでいますが、それも上がり際が大切。
泡はいずれ少なくなっていくのです。泡がまだある間にあがりましょう!

そうでないと、祭りのあとみたいなさびしい気分になりますよ。
また、暖かいシャワーが出るのを確かめておいてね。
この間はどういうわけか、シャワーから冷たい水しか出なくて…みじめでした。

冬はやっぱり、昔ながらの入浴剤の方が安心かも…。
2009/12/12 (Sat)
紙袋をさげて
最近はアトリエの方に住み付いています。
というのも、展示会あとの雑用をこなすのも好都合だからです。

また、夫は、一室を整えて彼専用のリスニングルームにしてそこで寛ぐ醍醐味を覚えたから。そこには、自作の時代物のレコードプレーヤーを置いて、すっかりお気に入りの空間になりました。

わたしはといえば、台所のとなり、食料品や木彫り材料の棚に囲まれた、二台のパソコンと二台のプリンタや機器と荷物だらけの小さなスペースがお城。この部屋から寝室まで約30歩。

物を取りに広い家のなかをうろうろしてます。
そこでかんがえたのが紙袋作戦。

着替えや必要なものを入れて家の中をそれを持って移動して廻ります。
毎日の生活って旅ですねえとつくづく思います。
2009/12/4 (Fri)
庭にて
雑草がはえていない!

ある日庭に出て気づきました。
私が選んで植えた草花以外の、しつこく元気に伸びていた雑草達がきれいに枯れている!
薬を撒いたわけでもないのに。

気温と湿度の関係でしょうか。
誰かがきれいにお掃除したようになっているのです。

そういえば、数年前旅行した北イタリアの野は、緑の芝生をしきつめたようにきれいでした。
広大な野をだれが手入れするのかしらと余計な心配をしたものでした。

庭は神様と出会うところ、と言った方がいます。
私達が懸命にがんばることを、一瞬のうちに成してしまう創造主。

自然淘汰ということばで表す人もいるかもしれませんが…。
2009/11/16 (Mon)
温かいデザート
夜の長い季節になりましたね。

私は、家族がそれぞれの部屋に引き上げたあと、夜遅く台所で独りごそごそするのが楽しいです。
気分によっては、何処かを磨いたり…乾物を整理したり…。

今日はデザート作り。
さつまいもが残っているのを見つけてりんごと煮て温かいデザートを作ることにしました。

作り方はごくシンプルです。
りんごは皮をむいて薄切りにし、さつまいもも皮をむいて薄切り、それぞれ水に浸してあく抜きしてから、バターを所々に置いて、ひたひたの水加減で加熱し、沸騰したら中弱火でやわらかくなるまで煮て砂糖を足し、仕上げにシナモンを加えます。
りんごの甘酢っぱさとさつまいものホクホクさにバターのコク、シナモンのテイストが加わって美味しい。

レーズンを足すと色あいや姿もちょっとおしゃれになります。温かくしてすすめてね!
2009/11/9 (Mon)
誰もいない海
今秋の大きな山場であった作品展が終わりました。
多くの方が見に来てくださり、久しぶりに旧友との再会を楽しんだり…始まればあっという間の三日間でした。
しかし、準備のなんと大変だったこと!

荷造りが明け方までかかり、、初日は3時間の睡眠時間で臨みました。
しかし三日間、倒れることなく過ごせのは、回りの方々の協力と神の支えです。
楽しくも感謝な日々でしたが、もともと一人が好きな私は、大勢の方と話して少し疲労感があります。
頭の中がごちゃごちゃです。懐かしさと驚きと興奮とよろこびと…。

今は休息して静寂を楽しんでいます。
そういえば、知らない間に街路樹が深い赤に染まっていました。

久しぶりに自宅マンションに帰りました。
最近では、アトリエに泊まりこみが多く、あまり帰らなくなったためか家も違った顔をしています。
にぎやかに子育てしたこの家ですが、子ども達も巣立っていって今はガランとして寂しげです。

タイトルのように、ここも秋の気配です。
2009/10/27 (Tue)
蜘蛛の・つづき

今日蜘蛛の巣を掃おうとしたところ、親ぐもの上の方に同じ姿をした子どもの蜘蛛がぶら下がっているのに気づきました。

そして、クリアーな秋の空を背景に透明な蜘蛛の巣の模様がとても美しく、しばらく見とれておりました。

それを壊す気になりませんでした。
通りすがりの家人が、「蜘蛛は家を守るって言うよ。」

その一言で、理由がみつかり、もうしばらく蜘蛛の巣はそのままということです…。
2009/10/21 (Wed)
くもの巣
最近アトリエで庭を見ながら手仕事をしています。
そして、はたと気が付きました。眼をこらすと、先月の台風の翌日、巣を守っていた蜘蛛が今日も同じところに巣をはっている。

すごいなあ。あの強風にもめげずに、細い透明の糸に乗ってブラブラしていた蜘蛛さん、どんなにかこわかったことでしょう。
「勇敢でしたね!」そんな具合に感激したものでした。

でも…玄関近くの屋根と横の木をつないでいる蜘蛛の巣はちょっとかっこ悪いです。
だから明日掃います。
その前にちょっとわたしの気持ちを伝ておきますね。ごめんね。
2009/10/21 (Wed)
ロミオとジュリエット
定例のオペラの会でグノーの「ロミオとジュリエット」を見ました。

ロミオとジュリエット…ベタな悲恋ストーリーというイメージを壊す迫力のある素晴らしい舞台でした。(15年前のアラーニャとヴァドゥーバ)

歌手達の歌唱力、演技力、音楽、脚本の素晴らしさ。

私たちに迫ってきます。
あまりにも有名で筋の展開も結末も予想できるのに、涙が溢れてくる。

これは何でしょうか?と内なる声が聞いてきます。
私の世代ではとっくの昔に失ったもの…若さの美しさなんです!


純粋な愛、未熟ゆえの激情、唐突さ、行動力、苦悩、早とちり、愚かさ…。

でも、涙あふれるほど美しい。
自殺に導かれるときに、「神よお許しください」というセリフがあったけど、神様は彼らを愛してゆるしてくださるでしょう。

詩情あふれるセリフが胸に残ります。

悲恋ストーリーの中に、人間性の深みを見せてくれるシェークスピアの原作をいまさらのように読んで見たくなりました!
…でもおそらく読まないでしょう(笑)
2009/10/8 (Thu)
のだめ族
「絶滅の、のだめ族にちがいない!」

休日の朝、寝ぼけている私に発せられた家人の言葉です。
わたしの寝相を見て家人が思わず思ったらしい。
これは、ヒューマンビーイングでなく、ET…みたいな「のだめ?」とか?

いえ、「のだめ」とは、「のだめカンタービレ」という漫画のヒロインの愛称で、ちょっと変わったピアニスト志望の音大生の女の子のことです。
この破天荒な野田めぐみと言う女の子のピアノ道と恋愛のサクセスストーリーといいましょうか。おもしろかったですよ。

これは、一年以上前テレビドラマ化され、若者にも静かなクラシックブームを起こしたといわれました。
我が家でも毎週欠かさず見ては、クラシックの挿入曲を捜し当てたり、聞き直したり、楽しい時間を提供してくれました。

漫画は、最近また最新号が出てまだ続いています。

のだめは、散らかし上手で、掃除下手で、非常識で。
でも情熱的で天才肌で。

いえいえ、わたしとは、けっして、似てませんし…。

けど、そういえば、…私の娘には思い当たるところがありますね!
2009/9/17 (Thu)
使命に生きて
ちょおっと大げさな題をつけました。
でも最近、自分の人生と残りの時間のことを考えます。
自分は今、何の目的のためにこの時間を使っているのか…と。

久しぶりの作品展が迫っているので、ここのところ「一生に初めて」というほど、彫刻刀を持っています。
出来る日は、指が痛くなるまで。
仕上げの作業は非常に細密になり、楽しくおいしい時間ですが、毎日少ししか進みません。
まるで時間を食べているようです。

計算してみると、自分と家族の衣食住に必要な時間を除いて、木彫りをする時間は少ししかないのです。
だから、最近はできるだけ木彫り優先。埃や汚れで人は死なないと…。

しかし、大好きなTシャツに虫食いの穴を発見してショックを与えられました。洗濯屋さんに言ったら、「お掃除をよくしなさいよよ。それが一番」ですって。まるで見ていた様に。

母から引き継いでいるこの木彫り工房を発展させていく使命を果たすためにはどうすれば…
「自然体で行きなさい。消滅すればそれも成り行き。」と心の中で別の声がして私を安心させてくれます。あと、38日。
2009/9/14 (Mon)
おそうじは癒し?
以前はまとまった仕事が終わったあとに、昼間独りで洋画のビデオなど見る楽しみがありました。

が、最近では気晴らしなど必要ない気持ち。
仕事自体が楽しみで、充実しているから。(---と偉そうなことを言ってます---)

この間、久しぶりにビデオショップに行って洋画の新作を借りて来ました。
キャリア女性のサクセスストーリーでした。

分刻みの忙しい毎日のなかで、彼女はいそいそと雑巾を持って室内を掃除しているではありませんか。

そして、「お掃除はわたしにとって癒しなの。ほら、きれいになったわ!」
とうれしそう。

そういえば、私は、「忙しくてゆっくり掃除をする暇がないの、ごめんなさいね。」と家族に弁解ばかりしています。

掃除することが、癒しになるのなら、わたし、時間作りますわよ。
きれいになるのは、誰でも好きですもの。

では、わたしにとって掃除が気乗りしないのはどうしてでしょう。

物をどけないと掃除できないから、面倒なのです。

一大発念して、不要な物をどかした室内は床や壁が見えて、みがくのが好都合になりました。

「しなければ…」と思って掃除をするのでなくて、「気分転換、癒し」と思って掃除すると、なんだかほんとに楽しみになってきますよね!

家がきれいになって一石二鳥です。

映画のセリフが思わぬ効果でした。
2009/8/20 (Thu)
塩キャラメルロール
息子達が東京のおみやげでおいしい物を買ってきたよ、と届けてくれたのが「東京駅塩キャラメルロールケーキ」です。

こんなにおいしいケーキは久しぶり!
東京には大学時代から18年間住みましたが、伊丹の実家に帰るとき東京駅のおみやげ品コーナーでは、おせんべいや人形焼きが並んでいました。

(ちなみに息子達のもう一つのおみやげは「ベタな」人形焼きでしたがこれもなかなか美味しいものです。)

この塩キャラメルロールケーキは東京駅でしか買えない物だそうです。
もともとは[アンリ]という京都のお菓子屋さんのようです。

ネットで何でも手に入るご時世ですが、そこに行かなければ買えないと言うのもいいものですね。
東京駅へ行く用事はないか、ついでに買ってきてくれる人はいないか、頭の中でめまぐるしく捜している私です。

そのケーキを、皆で二日に分けて私は全部で三切れ食べましたけど、最後の一切れのあと、お皿にくっついているクリームも舐めてしまいました。
家族が中座している隙に。舐めている姿を見られたら大変…。

甘くて、まろやかで、ほろ苦くて、忘れられない味。
2009/8/19 (Wed)
朝一番に
早朝、家族を駅まで車で送っていく毎日です。
途中100メートルほどの狭い道は、運よければ行けますが、前方に車をみつけたら手前で待機するかされるかになります。

譲ってもらった時は、「ありがとう」の意味をこめて、手で合図して通り過ぎます。
私は恥ずかしくて、その後の反応は見られないのですが、今朝はたまたま相手の車から手の合図が返ってきたのをみました。

その時、ぽっと、心の中が温かくなったのです。

何でもないことなのですが、まだ朝起きたばかりの頭(こころ)がさわやかに動き始めました。
街路樹の白い花が元気に咲いていて美しい。

…この手の合図はあれこれ試してみましたが、早く動かすと威張っているように見えるので、ゆっくり動かすとか工夫して今のに落ち着いています。
会釈の方がいいと家人は言うのですが、よく分かる方がよいとおもうので…。
2009/7/26 (Sun)
肌すべすべに!
「おじさんも清潔でお肌きれいでなくちゃ」
化粧品会社にいた娘の進言で一年ほど前から、お風呂あがりにスキンケアしはじめたオットですが、先日歯医者さんで「肌きれいですね。」と褒められたそう。
「歯医者さんが言うのなら、お世辞じゃないわ!間近で見てるわけだし」
と、家族から言われてまんざらでもなさそうです。
そんな人が、会社関係の半分つきあいだからといって、イオンシャワーなるものを買ってきました。

ところが、これが、いいんです!

はじめて使った時から「すごい!」と実感しました。

普通美容器具とかは一ヶ月ぐらい使わないと効果が表れないものだとおもっていましたが。
シャワーのお湯、化粧水になっちゃったみたいなんです。お肌すべすべ。

二日目、シャワーのお湯を捨てるのがもったいないのでバスタブにためて、浸かりながら洗いました。
するとバスタブもなんだかすべすべになっている。風呂の床もすべすべだ!

お風呂あがりは、体中すべすべで、温かくて温泉に入ったような気分です。
さて、しわがのびるかな、楽しみです。
2009/7/23 (Thu)
グリーンサムになっちゃった!
毎年夏になると、窓辺にアジアンタムなどシダの鉢植えを置いて、その涼しげな葉に見とれたいと思いつつも、買ってきて一週間と持ちません。見事に枯れていくのです。

ところが今年は…夢みたいなことが起こったのです。。

ベランダには小さな森のような姿をした何種類もの鉢植えがあり、緑豊かなシダの葉が風に揺れています。
近づいてみても、枯れる気配などありません。
他にも沢山の植物がいきいきと育っているのです。
しっとりとした土に繊細な芽をだしているハーブもあります。
ベビーリーフとしてサラダに、ハーブティーとして食卓に乗ります。。


夫の指がグリーンサムになったといいましょうか。


元はといえば、昨年、私のバースディ・プレゼントだと言って息子がふしぎな植物を運んできました。
手入れもほとんど要らないサボテンだから、お母さんでも大丈夫でしょう、と。
確かに、それは大した手入れもしないのに、どんどん大きくなりました。夫の出番になり、それを支え棒で補強し、そのうち他の死にかかっていた鉢植えにも手が入り…。花咲かせおじさんになりました。
本当に尊敬!です。グリーンサムを持つ人-尊敬してマス。
2009/7/17 (Fri)