太閤秀吉の夢のまた夢


ゲストはふたたびサルさんです。
ウキャ?ウキャキャキャ。
りょうこ
おみゃーワシをバカにするんでにゃーでよ。
ワシゃー太閤になったんでゃで。
天皇の次にエラい人でゃーも。
豊臣秀吉
山崎の合戦以来、ずいぶん出世したんですね。
りょうこ
あれからな、
賎ケ岳の戦い
小牧、長久手の戦い、
四国・九州征服など、
ぎょーさんの戦いにワシは勝って、
ついに天下統一をはたしたんだぎゃあ。
豊臣秀吉
サルが天下を取るなんて、すっごーい!!
パチパチパチ!!!!
りょうこ
そのあと日本ではもう敵がいにゃーから、
ワシゃー朝鮮・中国の方にまで攻めてったんでゃーも。
(文禄・慶長の役)
豊臣秀吉
え?まだ戦ったんですか?
戦うの好きですねー。
りょうこ
ワシゃー負け知らずだったからのー。
でもちいーとばっか読みが甘かったぎゃあ。
結局人がいっぱい死んだだけで、
領土までは取れずに引き上げて終わったからにゃーも。
豊臣秀吉
無駄な戦いだったんですね。
ところでサルさんといえば、
「太閤検地」とか「刀狩り」をしたと教科書に書いてあるんですが、
これは何をしたんですか?
りょうこ
「太閤検地」というのはな、
土地の大きさをちゃんと測ってな、
応仁の乱以降いーかげんになってた「荘園」というものを完全になくしてな、
実際その土地を支配していた大名に支配権を与えて、
その石高に応じて軍役などを負担させたシステムの事だぎゃ。
豊臣秀吉
ちょっと難しくってわっかんないよ。
サルさん、もうちょっとやさしく言って。
りょうこ
頭悪い奴でゃ。
いいか、「検地」というのは田んぼの大きさを測って、
そっからどれくらい米が取れるかを計算する事でゃ。
ここまではわかるきゃ?
豊臣秀吉
はーいわかりまーす。
りょうこ
広さによってどれだけ米が取れるかわかれば、
その土地の大きさによって米がどれだけ収穫できるかわかろうが
つまり1の土地から米が1取れれば、
100の土地からは100の米が取れる事がわかる。
どうでゃ?ここまでわかるか?
豊臣秀吉
わかりますけど、
今まではそんな簡単な事がわからなかったんですか?
りょうこ
それまでは測量器具自体が全国でバラバラじゃから、
長さや広さの単位が完全に統一されてなかったんでゃーも。
それに大名たちは「検地」などする必要はあまりなかったからにゃ。
豊臣秀吉
ふーん。
田んぼの広さを測って、それでどうしたんですか?
りょうこ
天下統一した後にな、それぞれ手がらのあった大名に、
手がらに合った広さの土地を、
ワシがほうびとして与えた
んだぎゃあ。
豊臣秀吉
ああ、ひょっとしたら、
50万石とか、100万石の大名とかいう、アレですか?
りょうこ
そうだぎゃ。
「石」というのは米の単位でな、
100万石の大名の持っている土地からは、
100万石の米がとれる、
という事がわかるんだぎゃあ。
豊臣秀吉
なるほど・・・サルさんってかしこいですね。
りょうこ
ウッキー!あんまりホメるな。
それでな、大名にはその土地の年貢徴収権を与えてな、
石高にあわせたお金や人間などをワシのトコにさし出すシステム、
それが「太閤検地」でゃも。
豊臣秀吉
わかりました。
では「刀狩り」というのは?
りょうこ
それまで「農民」は、いざ戦争になったら、
クワを捨て、刀を持って戦いに行っとった。
でもこれじゃ困るんでゃ。
豊臣秀吉
どうして?
りょうこ
「農民」が戦いに行っとったら、野良仕事ができんでにゃーきゃ!
せっかく「太閤検地」で米の取れる量がわかっても、
米を作る「農民」がいなかったら米はできにゃーでよ!!
豊臣秀吉
それもそうですね。
で、「農民」から刀を取り上げたんですね?
りょうこ
そうでゃ。
百姓はええ米を作る事に専念させる事にした。
刀を取り上げれば一揆もできにゃーしな。
一石二鳥という事でゃ。
ウッキャッキャッキャッ!!
豊臣秀吉
「兵農分離」というやつですね?
りょうこ
おっ、ねーちゃん、難しい言葉知っとりゃあな?
そのとーりでゃ。
豊臣秀吉
太閤検地と刀狩りはわかりました。
それでその後サルさんはどんな人生を送るんですか?
りょうこ
57歳の時に子供ができてにゃも(豊臣秀頼)
ワシゃこの子がかわいくてかわいくて、
あとをつがせるんじゃが、
そのすぐ後ワシはポックリ死んでしまうんでゃ。
豊臣秀吉
あらま、死んじゃうんですか。
りょうこ
そのあと大坂冬の陣・夏の陣で豊臣家は徳川家にほろぼされてしまうぎゃ。
まったくワシの人生「夢のまた夢」であったぎゃーも
豊臣秀吉
あっけない幕切れですね。
かわいそうだからバナナあげる。
サルさん、バイバイ。
りょうこ
ウッキー!!
豊臣秀吉

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