ザプスト Zapust

翻訳:安藤 邦光

ザプスト Zapust

下ソルブの謝肉祭にあたる「ザプスト」は間違いなく、下ウジツァで最も有名なお祭りです。年々ホシェブス/コトブスの周囲の村々に住む何千もの人々とその招待客はこの習慣を1月の終わりから3月の上旬に祝います。これは、もともと田舎での仕事に根ざしており、若者たちは冬の糸紡ぎ部屋での会合の締めくくりとしてこの催しを計画しました。糸紡ぎ部屋では、毎晩若い女性と年配の女性が最近の情報を交換したり、お話をしたり物語を話したりしたものです。「カントルカ」という女性の歌い手が歌声をリードしながら、その村独自のたくさんの民謡や賛美歌を教えます。冬の間の会合が終わり、春に農作業を再開する前に男たちは糸紡ぎ部屋に入室することを許されます。彼らは女性たちをザプストに招待します。ザプストは一週間で終わります。それ以外の点では厳しい集落も、ザプストの騒々しい雰囲気には寛容でした。現在我々が見ることができるザプストの形式は19世紀末期に発展したものです。


ツァムプロヴァニェ/ツァムペルン Camprowanje / Zampern

ザプストのうち、歴史的により古い部分はツァムプロヴァニェ/ツァムペルンです。起源はキリスト教以前の信仰にさかのぼり、生命の繁栄の儀式又は厄除けの儀式とされています。魔術と祭儀の要素を持つ仮面舞踏会で着飾り、大声で騒ぎ、踊り、鞭打たれることは、悪魔とあらゆる災厄を遠ざけてくれるというこの風習の起源をうかがわせます。家々を回る人々は「生命の棒」と呼ばれる樺の棒を持って大人と子供に触ります。この棒は春に活力を新しく取り戻す生命を象徴するものです。仮装の中で最も古いものは二つの面を持つ「生ける者をかつぐ死者」、白馬の騎士や、春と新たなる生命の象徴のコウノトリ、寒い冬に終わりを告げるわらの熊です。これらの仮装も自然の力に影響を与えるべきとされていました。今日ではこれらの象徴は本来の意味を失い、現在みられるようなにぎやかな行進の中にみられることは少なくなりました。そのかわり、現代的な服装と想像上の生き物を見ることになるでしょう。ある土曜日になると、若い人々が着飾って、大騒ぎをして、音楽を奏でて、冬を追い払います。お祭りの行列が家の前を通る村人たちは挨拶として、卵、ベーコンとお金を渡します。若者たちはお返しにその家の女性と踊り、男性にパレンツという火酒を一杯あげます。一週間後、集めた全ての材料を使った卵料理が村のパブで振舞われます。

祭りの行進 Zapustowy pseseg

 祭りの目玉は日曜日に行われる行進です。正午ごろに村にいる未婚の男女がパブで一同に会します。彼らは祭りの行進に参加するカップルを構成します。若い女性は刺繍をほどこした絹のスカーフと白のレースのエプロンをつけたお祭りの踊りの衣装を身にまとっています。芸術的に結び付けられた帽子を付けると衣装は完成です。残念ながら、現在では女性が帽子をかぶらない村もあります。男性はみな踊りの相手から紙で作られた花束を受取り、自分の帽子か胸元につけます。全てのカップルは村を通り抜ける行進を始める前にパブのダンスホールで踊ります。行列は村長、教区の聖職者、学校の校長先生、地区の協会やクラブの代表や消防署の署長など村で指導的な役割をする村人の家のところで止まります。これらの人々は同様に紙で作られた花束を受取ります。同行する楽隊は名誉の踊りの曲を演奏し、ウォッカの小杯で良い将来に乾杯します。栄誉を受けた村人はお菓子と献金を寄付の袋に入れることで彼らの感謝の気持ちにこたえます。夕方になると全ての村人たちはパブで一同に会し、謝肉祭の踊りを踊ります。言い伝えにしたがって、「できるだけたくさん踊って、亜麻の収穫を豊作にしよう。」「植物が高く育つようにたくさんとびはねろ、さもなきゃ背の高い男性を選べ。」ということが言われます。多くの村ではいわゆる男性の謝肉祭で謝肉祭の季節は終わります。最後の夜は既婚のカップルのみが参加できます。このときも女性は祭りの衣装をまといます。一方、若者たちは大きな卵料理のために集まります。

(ソルブの行事に関するパンフレットより)

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