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「倉敷の風景」
初めての一人旅だった。
是非、蔵を改造した古い
旅館に泊りたかった。
30台の女の一人旅、
快くこじんまりした部屋に
泊めて貰い、日本酒を
頼むと同年輩の人が優しく
お酌してくれながら、話かけ
てくれた。
岡山弁が一人旅の心細さを
優しく包んでくれる様な気
がしたのを、今も覚えている。
翌朝、早起きしてスケッチした
物を後でゆっくりと、染色画に
描きなおした。 |
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「ネス河の畔」
外国での一人旅、ネッシーの
棲むといわれるネス湖のから流
れる、ネス河の畔に泊った。
3月の末と言うのにかなり寒かっ
た。が町の人々は優しかった。
ネス河には、大きな鮭が跳ね
ながら泳いでいた。
教会をスケッチしていると、その
教会から出てきた人が、「是非
その絵を譲ってくれ」と言う。
何時の日か、この絵を元に作品
にして送って上げる。と約束して
立ち去った。
インヴァネスには3回も行ったが
まだ約束は果たしていない。 |
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「インヴァネスの雨の朝」
その町には3日泊ったが、ある朝
ホテルの窓から見ていると、馬車
でゴミ集めをしている、ひげの
おじさんが居た。
馬も可愛く、小父さんも楽しそうで
ゴミ集めをしているとは、到底
思われなかった。
薔薇の垣根の中の道を、
「カッポ、カッポ」と走る灰色の馬、
茶色のあごひげとハンチングが
よく似合って、何故か童話の世界
の中の出来事のようだった。
窓から馬車が見えなくなるまで、
見送っていた。 |
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「エディンバラ城」
インヴァネスの次に行ったのは、
スコットランドの首都に当たる、あの
エディンバラだった。
城というより、其れは戦の為の城砦
だった。
高い丘の上に建てられ、町の何処
からでも見える、石だけで造られた
まさに砦であった。
囲いの中には旧い大砲と丸い砲弾
がいくつも飾られていた。
街の雰囲気は、インヴァネスより
暗く重おもしい感じだった。
城の中でスケッチしていた時、周りに
集まって覗き込んでいた子供たちは
とても人懐こかった。 |
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「ロワール河の城」
スコットランドの旅の三年後に今度は
夫と2人で、フランスを何回か訪れた。
ロワール河の12の城を巡るツアーが
パリから1泊で出ている。
車に乗らない私たちはそのツアーに
便乗した。
夫々に優雅で美しい城の背景には、
オドロオドロシイ、歴史が隠されている。
王家の争い、女たちの嫉妬、王妃と
王の愛人の争い、数えきれないほどの
人間臭い歴史を抱えながら、美々しく
残されている城と庭園を歩きながら、
日本の歴史より、血なまぐさいのだろう
か?と日本の戦国時代を思う。 |
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「花菖蒲の咲く頃」
親しい友人の家の直ぐ隣が「京王百花苑」
だった。
花菖蒲が満開になる頃、私は友と其処を
訪れた。
次の日私は一人でスケッチブックを持って
又出かけた。 あいにくその日も小雨が
降っていた。
沢山の色とりどりの花には、夫々優雅な
名前が付けられている。
あれも描きたい、此れも描き残せないと、
私は欲張って小雨の中を何枚もの絵を
描きつづけていた。
花の手入れをしていた人が、見かねたのか
「後は家に帰って描きなさい、」と何本かの
未だ蕾の花を切り取ってくれた。
翌日も翌々日も、狭い我が家のあらゆる
バケツと花瓶の中の花は咲き続けた。
思えばあの日の来園者は私一人だったの
では無かったろうか? |
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「S氏のコーナー」
3回した個展の中で、初めての「盗まれた絵」
と成った、記念すべき絵となった。
画廊の主人は、絵を描く者にとって、絵を
盗まれると言う事は、大変名誉な事なのだ。
とその時言った。
その時の個展は、確かに思いもよらないほどの盛況で「S氏のコーナー」以外は全品、
売切れてしまった。
案内状を配った人だけでなく、見知らぬ人でも、毎日通ってくれる人も居た。
あの絵は今何処で如何しているだろうか?
大事にされていればいいが…
私はそれから暫く、画廊の近くのゴミ捨て場
をそれとなく捜し歩いた。
間違えて持って帰った人が、捨てはしないか
と、思ったからだ。 |
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「パティオ」
ポルトガル、スペインにはパティオのある家
が多い。
特に スペインの南 アンダルシヤ地方には
美しいパティオが、ふと横丁を曲がると、現れることが多い。
暑い日に、そんな中庭を覗くとほっとする。
スペインの人たちは、シェスタと言って、午後は、4時ごろまで、昼寝をする習慣が有るので、覗き込んでも誰もいない。
しーんとして静かなそんな中庭に出会うと
どんな人が住んでいるのだろうか、と想像をたくましくする。
綺麗に掃除され、飾られた庭は道行く人々
のオアシスとして作られているのかとさえ思う
事がある。 |
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