 |
2004年9月3日 (金) 23時00分07秒
|
|
[名前] : 他区から〜
|
|
[URL] :
|
[コメント] : 掲示板でははじめまして。 別の区の区立幼稚園に子どもを通わせていた一主婦です。 どこから書き込んだらいいのか迷いますが、まずは幼保一元化についての極論ですが・・・。 国の決定に基づき、どこの地域でも、教育委員会が躍起になってその施設を模索しています。我区も同様です。 なぜ国がその決定をしたかというと、背景はさまざまな「言葉」となって行き交っていますが、結局のところ、専業主婦にも働いてもらって、税金をたくさん納めてもらおうという感から抜け出せません。女性の社会進出により、保育園の待機児童が増えたのではなく、保育園を増やすことにより、女性の社会進出を増やし、税金をたくさん納めてもらうことが国の(政治の)目的に過ぎないと私個人は考えています。(つづく)
|
| |
|
| |
 |
2004年9月3日 (金) 23時02分02秒
|
|
[名前] : 他区から〜
|
|
[URL] :
|
[コメント] : つづきです。 実際に家のそばに幼保一元化施設(もともと保育園は、「保育に欠ける」子どもが条件ですが、一元化施設ではおそらくその条件は解除されると思います・・・というのが前提です。)ができて、まだ余裕があると聞いたら、大変な育児と家事をしても誰にもほめられることなく、収入もない(おまけに不況で夫の給料が減った)一主婦は、そこに預けることを考えなくはないと思うからです。幼保一元化の施設が、待機児童を減らすということはありません。子育てから解放されたい主婦を増やすだけです。(つづく)
|
|
| |
|
| |
 |
2004年9月3日 (金) 23時04分58秒
|
|
[名前] : 他区から〜
|
|
[URL] :
|
[コメント] : つづきです。 女性進出が悪いわけではありません。働いている女性を非難するわけでもありません。それでも、親と子どもが接する時間を、政治が安易に少なくすることを助長することは、よくないと私は思うのです。 今現在働いている母親たちは、子どもと接する時間をきちんと計算して、密度の濃い時間を過ごしたり、時間が少ない分、さまざまな工夫をしているのです。やむなく働いている人もいれば、子どもが幼稚園に通っている間だけ働いている人もいる、働く姿を子どもに理解してもらおうと必死な人もたくさんいる・・・。そういった一生懸命な働く母親と、専業主婦で、たくさんの時間を子どもにかけて、一生懸命子育てをしている母親と、どちらが愛情をたくさんかけているかなんて、量ることはできないと思うのです。(つづく)
|
|
| |
|
| |
 |
2004年9月3日 (金) 23時08分42秒
|
|
[名前] : 他区から〜
|
|
[URL] :
|
[コメント] : 議論もされていない、地域にも受け入れられていない、元区立幼稚園である幼保一元化施設をつくることは、子育て放棄の母親や、お小遣い稼ぎの母親の予備軍をただ呼び覚ましているだけのような気がします。 あくまで極論です。今現在本当に働かなくてはならない母親はたくさんいて、幼保一元化施設に通わせている方を非難しているわけではありません。 言葉がきつくて申し訳ありません。 幼稚園と保育園はもともと別の目的で作られたものです。一元化するよりも、先に、なぜ別の目的で作られたかを検討していただきたいです。一元化するのは、本当に将来を担う子どもたちのためでしょうか。 (つづく)
|
|
| |
|
| |
 |
2004年9月3日 (金) 23時09分25秒
|
|
[名前] : 他区から〜
|
|
[URL] :
|
[コメント] : バブルを作り出した国は、その時代に親となった(爺婆から離れたい)世代に家を買わせ、核家族を作り、バブルがはじけて母親が働かなくてはならなくなり、家には子どもだけが取り残されました。 私は、近頃の犯罪の低年齢化と、残忍さはこのことと関係している気がします。 保育園が悪いわけでもないし、幼稚園を賛美しているわけでもないけれど、幼保一元化施設は、その再現にはならないのでしょうか。安易に作るべきではないと私は思います。親を親として教育していく場が薄れるだけのような気がしてなりません。おわり。 (長文のため、5回に分けました)
|
|
| |
|
| |
 |
2004年9月5日 (日) 23時17分41秒
|
|
[名前] : ダッチ
|
|
[URL] :
|
|
[コメント] : 他区から〜さん、おっしゃりたい事よ〜くわかります。時代のニーズはどうあれ子どもは親と一緒にいたいんです。私の妹のケースがそれにあてはまる悲しいサンプルです。私は3歳から、妹は生後7ヵ月から保育園に通園していました。家は自営業、経済的にも貧しく、寝たきり老人が一人、体の自由がきかない老人がもう一人いたのでやむを得ない状況です。妹は園に行きたがらずいつも泣き叫び、叱られながら強引に通わされていました。妹はいまだにどこか大人に成りきれない所があり、何か大きな忘れ物をしてきた人間という感がぬぐえません。子どもを産む事も拒否しています。子どもなどいない方が気楽でいい、そうです。母には言えませんが、私は確実に幼児期の過ごし方に影響されていると思っています(極端なケースかもしれませんが)。保育がどうあるべきかは、多数決やニーズで計れるものじゃないと思うんです。
|
|
| |
|
| |
 |
2004年9月5日 (日) 23時19分07秒
|
|
[名前] : ダッチ
|
|
[URL] :
|
|
[コメント] : 他区から〜さん、おっしゃりたい事よ〜くわかります。時代のニーズはどうあれ子どもは親と一緒にいたいんです。私の妹のケースがそれにあてはまる悲しいサンプルです。私は3歳から、妹は生後7ヵ月から保育園に通園していました。家は自営業、経済的にも貧しく、寝たきり老人が一人、体の自由がきかない老人がもう一人いたのでやむを得ない状況です。妹は園に行きたがらずいつも泣き叫び、叱られながら強引に通わされていました。妹はいまだにどこか大人に成りきれない所があり、何か大きな忘れ物をしてきた人間という感がぬぐえません。子どもを産む事も拒否しています。子どもなどいない方が気楽でいい、そうです。母には言えませんが、私は確実に幼児期の過ごし方に影響されていると思っています(極端なケースかもしれませんが)。保育がどうあるべきかは、多数決やニーズで計れるものじゃないと思うんです。
|
|